肺の中に溜まっている空気を全部押し出すような深い溜息を吐いてゆっくりと上体を起 こし、先程まで発情期の猛獣を思わせる声が上がっていたベッドをじっと見据える。完全 に目が覚めてしまった。  今は何の反応も無い三人分の膨らみをしばらく眺め、再び溜息を吐く。 (今度耳栓でも買ってくるか…)  あるいはウルスラに頼めば分けて貰えるだろうか、と考えつつ、のろのろと着替える。 起きるには早い時間ではあるが、目を瞑るとあの騒ぎを思い出しそうで、まったく眠り直 す気にはならない。  できる限り音を立てないようにドアへと向かう途中、空いているベッドが四つあること に気付く。二つはハルカとジュゼッピーナ准尉。一つは私。最後の一つはエルマ中尉のも のだった。  今日は夜間哨戒に出ている訳でもない、トイレか何かだろう、と深く考えずに部屋から 出て食堂に向かう。何か焦げ臭いコーヒーが無性に飲みたくなっていた。 「あら? おはようございます少尉」 「あっ、おはようございますビューリング少尉」  食堂には先客がいた。第一中隊隊長ミカ・アホネン大尉と『我が中隊』元隊長エルマ・ レイヴォネン中尉。もともとこのカウハバ基地所属の二人だが、余り見ることがない珍し い組み合わせだ。 「おはよう、ございます…アホネン大尉。エルマ中尉」  挨拶を返すと、丁度何かを頼んでいたところなのか、アホネン大尉が首を傾げながら目 で貴女は何にする、と聞いてきた。モカ、と答えると大尉の形の良い唇がにやりと釣り上 がる。 「うふふ。エルマさんと違って物が分かる方ですね」 「コーヒーなんてあんな苦いものとても飲めませんよぉ」  エルマ中尉は信じられない、といった様子でアホネン大尉に突っかかっている。とりあ えず二人を諌めていると甘い香りが漂ってきた。 「エルマ中尉はココア、か」  実にらしい。そう思い口に出した言葉に他意は無かったのだが、エルマ中尉はからかわ れたと思ったのか、ふ〜んっだっ、などと言ってさっさと行ってしまった。 「ああ。怒らせてしまいましたわね?」 「そのようですね」  色濃く笑いを含んだ台詞に頷く。 「ブリタニアでは紅茶が主流だと聞きましたけど、貴女はお嫌い?」 「いえ。味が薄いのを除けばそう嫌いでも」  コーヒーと比べると香りも弱いが、あれが良い時もある。しかし、あの味の薄さは致命 的だと思っている。  私の答えにアホネン大尉はにこりと笑い、 「ええもうお砂糖でも沢山入れなければ耐えられないものですわね」  そう言って例の高笑いをした。 「おほ、おほほほほほ……あら? 少尉。エルマさんの方をご覧になって?」  唐突に高笑いを中断し、手でどこかを指した。  振り向いてその方向を見ると、エルマ中尉が四人掛けのテーブルにぽつんと座り、こち らに早く来ないかな、とちらちら視線を送ってきていた。 「…っく」  思わず噴き出しそうになった。 「ふふっ。これ以上待たせるのも可哀想ですし、行きましょう?」  立ち話もなんですしね、と大尉は軽く首を振って微笑んだ。 「なんというか最近智子中尉たちのアレが…」 「……同感だ」 「何やら面白そうなことになっていますわねぇ」  朝食にはほど遠い食堂で、私とエルマ中尉がゲンナリとして話す内容を、アホネン大尉 が頬に手を当てながら楽しそうに聞いているという中々珍妙な光景が繰り広げられていた。 「想い人を取り合う二人の乙女! ロマンチックですわね」  エルマ中尉とどんよりとした顔を見合わせる。即座に性的行為になるあれはロマンチッ クなのだろうか。 (ああ、そういえば大尉はそっち畑の人間だったか)  公私をしっかりと区別し、案外人間として頼りになるので忘れていた。  穴拭中尉がどう出るか楽しみですわ、などと一人で盛り上がるアホネン大尉を他所にエ ルマ中尉と二人で重い息を吐く。この際夜に盛るのは構わないから静かにしてくれと切に 思う。 「ところで、お二方にはそういう人はいらっしゃらないのかしら? お二人とも折角可愛 いのに何も無い、では勿体無いと思いますわ」 「わっ、私はノーマルですっ!」 「可愛い?」  頓狂な大尉の話題振りにエルマ中尉は慌てて否定する。大尉はそれを、 「別に女性とは言っていませんわよ〜? もしかして何か…」 「ち、ちっ、違いますぅっ!」  と赤面させて黙らせ、こちらを向き、 「自分でそう思わなくても、貴女は充分魅力的な女性ですわよ? わたくしの好みではあ りませんけどね。お暇ならこっそりとハンガーでも覗いてみてはいかがかしら」  人気ありますわよ貴女、とウインクをしてきた。 「…はあ」  意外だった。中隊きってのエースであり、女性から見ても見目麗しいと言っていいトモ コや、失礼だが可愛いマスコットのようなエルマ中尉に人気があるのは分からなくもない。 しかし、ブリタニアにいたときに上官にも同僚にも可愛げが無いだの愛想が無いだの言わ れていた私に人気があるとは。  こちらに来てからも特に可愛げや愛想を振りまいた記憶は無い。  そんなことを考えていると、くん、と髪を引っ張られる感覚で我に返る。いつの間に後 ろに回り込んだのか、アホネン大尉が私の髪を丁寧に左右により分けているようだ。 「大尉、何を」 「たまにはこういうのもいいんじゃなくて?」  全く答えになっていない答えが返ってくる。  とりあえず抵抗しないでいると、より分けられた髪が何かで縛られる。私の真横でそれ を眺めていたエルマ中尉が口の前に手をやって、くすくすと笑い始めた。 「か、可愛いですよ。ビューリング少尉」 「…エルマ中尉」  半ばからかいの混じる声にむっとして、咎めるように名前を呼ぶ。 「でも、本当ですよ? ね、アホネン大尉」 「ええ。御自分でも確かめてみてはどうかしら?」  手鏡が差し出される。言われるままに鏡を覗くと、赤いリボンで髪が左右それぞれにま とめられている。ツインテールというやつだろうが、はっきり言って、 「似合わない…」  エルマ中尉がやれば似合うかもしれないが、私にはどうか、そう思う。 「えぇ〜、可愛いですよ〜」 「うふふ。じゃあこうしてみましょうか」  慣れた手つきでリボンが解かれ、今度は後ろにまとめて結わえられる。 「わぁ。こっちの方が良い感じですね〜」  両手を合わせてにこりと笑うエルマ中尉の言葉に再び鏡に目を落とすと、ショートカッ トの様になった自分の顔が見える。やや上目に後ろで一まとめにされて髪が垂れている。 ポニーテールのようだ。 「まあ、これなら…」  似合わなくもない。  ちらりと見えたリボンがやけに可愛らしい物だった気がするが、見なかったことにして おく。 「では、今日一日はそれでいらしてくださいな」 「は?」 「いいですね〜。ついでですから服も変えてみてはどうですか? わたしのでよければ貸 しますよ」 「それは名案ですわねえ」  突拍子の無いアホネン大尉の台詞に固まっている私を尻目に、二人は盛り上がっている。 「…待ってくれ」  私の抗議は却下された。 「へえ。そういうのもビューリングに似合うわね」 「そうでしょう? フリル付きの物が絶対に似合うと思っていましたわ」 「アハハ! 確かに可愛いね! ウルスラはどう思うね?」 「どうでもいい……」  エルマ中尉の『外行き』の服を着ている私を見て、ベッドの足に括り付けられて猿轡ま でされているハルカとジュゼッピーナ以外の面々とアホネン大尉が好き勝手なことを口に する。 「はあ…もういいだろう?」  服を脱ごうと手を掛けた私に、駄目、と言いながらエルマ中尉が抱きついて妨害してき た。 「ダメですよ〜。ちゃんと今日一日これでいてください……でないとあの子のことを…」  私だけに聞こえた台詞にびくりと手が止まった。別に何を言われても構わないと思うの だが、ここ最近この脅し文句で押し切られている気がする。 「…ダメ、ですか?」  何も言わずにいたせいか、微妙に潤んだ目で見上げられる。じっとその顔を見返して一 つ溜息を吐く。 「分かった……」  と、そう言ったところで部屋の空気がおかしいことに気付く。  中隊員を見渡すと、トモコは顔を赤らめてそっぽを向き、キャサリンはこちらの視線に 気付くとぴゅーと小さく口笛を吹き、ウルスラはいつも通り本に釘付けで、アホネン大尉 はとても良い笑顔で目を輝かせていた。 「オォ〜ウ! もうノーマルなのはミーとウルスラだけなのねー」 「待て、誤解だ」  ビューリングもそんな趣味だったなんて、と別の世界に行っているトモコは放っておい て、キャサリンとアホネン大尉に言い募ろうとするが、 「見直しましたわエルマさんっ! 頑張ってくださいな」  大尉はそれだけを言い置いて、いつほどいたのか分からないが、ハルカとジュゼッピー ナと未だトリップしているトモコを連れてさっさと部屋から出て行ってしまった。 「お邪魔虫は退散するねー」  と本を読んでいるウルスラを抱えてキャサリンもすたこらと退散していった。  後に残ったのは居心地悪い沈黙だった。 「「誤解…です」」  呆然とした二人の声が揃った。 ねんのため 一応補足しますとビューリングさんの身長は165でエルマさんは162です フィンランドの年間一人平均コーヒー消費量は世界上位だったりします確か12キロくらい スオムスもそうなんじゃないかなーとそんな感じ でもWW2当時はどうか分からんので例によってでっち上げ アホネンさんは良いレズビアンだと思います きょう も もうそう が はげしい ぜ 自分の脳内と本編との差が恐ろしい 灰髪の彼女が当て馬みたいになっちゃうなもとはといえば彼女と仲良くみたいな話だったような気がするのに 出てきてすらいないとかこれは酷い どうしようかなあ俺のビューリングさん×エルマさん魂が燃えてしまったようだ