薄く白んだ滑走路にぼんやりとした誘導灯が灯されている。カウハバの明るい夜にはや や心許ない光を見つめ、ゆっくりと箒に魔力を流し込む。わたしのストライカーがそれに 応え、肉食獣を思わせる唸り声を上げる。 「それでは、行ってきますね」  わざわざ見送りに来ていたハッキネン少佐に手を振って、今の季節にそう必要無いが、 十分暖気をしたメッサーシュミットに先程よりも大きく、強い魔力を徐々に与えていく。  地面に灯された明かりの上を滑るように加速し、震えているメルスに魔力を叩き込む。 「…っ」  白く染まった大地が一気に遠ざかる。冬程ではないが、寒い。  欧州最北の辺境スオムスは一年中気温が低い。隣国オラーシャの一部と比べればまだ暖 かいらしいが、我が祖国の寒空はウィッチでもなければ凍え死んでしまいそうだ。 「はぁ〜…寒いですねぇ」  今日の哨戒はわたし一人なので聞く相手はいないのだが、エンジン音だけが響く世界に 耐えられそうにない。わたしは怖がりなのだ。  とはいえ元々予定に無い誰かについてきてもらうということは、その人に無理をさせて しまうことになる。きっと中隊のメンバーに頼めば来てくれると思うが、わたしよりもが んばっている皆に迷惑をかけるのは嫌だった。 (ああウルスラ曹長は来てくれないかもしれませんね)  逆にビューリング少尉は嫌な顔せずに受けてくれそうな気がする。中隊最年少と最年長 の二人を頭に浮かべてみる。  そんなことを考えていたせいか、ふと以前ビューリング少尉と一緒に飛んだときのこと を思い出した。あの時は哨戒のついででいいから相談がある、ということで二番機に入っ てもらった。 (う〜ん? こちらから頼んでも、一緒に飛んでくれるでしょうか?)  話相手がいるというのは楽しかったし、何より青白く照らされた少尉が光の尾を引いて 飛んでいる姿はとても綺麗で、また見たいと思っているのだ。 「さて、と」  今度お願いしてみよう、と決心し、かなりの高度に達して遮る物の無い視界を見渡す。 異常無し。一つ頷いて進路を南に取る。 (まずは南の国境ですね) 「こちら雪女。交代です。ひばり、帰投してください」 「はい。ひばり了解しました。帰投します」  オラーシャとの国境付近でハッキネン少佐から通信が入る。  もうすぐ夜明けになる空は、ぼやけた白い色を駆逐して見事な群青のグラデーションを 描いていた。  進路を西に変えて少しだけスピードを上げる。  いつでも単独での哨戒任務は心細い。中隊ができる前はよく一人で偵察に出ていたが、 そのときはまだネウロイの影は無かった。しかし、今は違う。今日も以前任務で爆破した 橋を修復しているネウロイや、遠方にぽつぽつとウラル方面へ向かう陸上タイプの物を発 見している。  ハッキネン少佐は攻めてきている訳でもない上、他の場所でも動きは無いから無視しろ と指示してきたが、わたしとしては、いつこちらに気付いて攻撃してくるかと気が気でな かった。 「はぁ〜あ……」 カウハバ基地が見えてきた安心感で間延びした声が漏れる。 「こちらひばり。着陸します」  一応周囲に異常は無いか確認して着陸態勢に入る。まだ暗めの地上で光る誘導灯と整備 の誰かが振っているはっきりとは見えないフラッグを目印にアプローチする。 「ご苦労様でした。報告を終えたら休むように」  ハンガーにはわたしが哨戒に出ている間ずっといたのか、ハッキネン少佐がいた。待っ ていてくれたのだろうかと思いつつ報告をしていると、 「待っていた訳ではありません。本日○八一六時に補給物資が届くことになっています」  顔に出ていたのか、そんなことを言われる。 (そういうのを待っていたと言うのではないでしょうか)  勿論口にする勇気は無い。  報告を済ませてしまうと、早く寝ろとばかりにハンガーから追い立てられた。 「うう〜。そんなに追い払うようにしなくてもいいじゃないですか〜」  恨みがましく呟きながら義勇中隊に割り当てられた部屋に向かう。なんだかんだと言っ て眠気が強いのは事実なので、手早く済ませられるように気遣ってくれたことには感謝し ておく。 (みなさん起きてますかねぇ)  起こしてしまっては迷惑かと思い、慎重にドアノブに手をかけようとする、と、ノブは ひとりでに回った。そして、避けようと思う間もなく開いた扉が、ガンと音を立ててわた しのおでこに激突した。 「ふぎゃぁっ!?」 「あ、すまないエルマ中尉」  尻尾を踏まれた猫のような悲鳴を聞いてか、すまなそうな顔をしたビューリング少尉が ドアの向こうから現れて、おでこを抑えてしゃがみ込むわたしが立ち上がるのに手を貸し てくれる。 「大丈夫か中尉」 「っぅ〜……大丈夫です。でも、強烈な奇襲でした」  しばらくさすって痛みが引いてくると、ふぁと小さく欠伸が出た。 「すまなかった。哨戒帰りに」 「いえ、こういうこともありますよ」  やや沈んでいる口調に慌ててフォローを入れると、ビューリング少尉はそうか、と言っ て少し笑ってくれた。そのことにほっとして、 「…そうだ。わたしが起きた後で構いませんけど、お願い、聞いてくれませんか?」  ついでに、哨戒中に思いついたことをお願いするための布石を打っておいた。 「お願い? …まあ、私にできることなら構わない」  そう、頷いてくれた。 「…こんなことなら改まって言わなくてもいい思うが」 「そうですか? でも予定に無いことですし…」  仄かに白い夜空を背景にして、水気を含んでしっとりとした輝きを放つ銀髪に少し見惚 れる。  確かに、改まったお願いが夜間哨戒に付き合ってくれ、では拍子抜けかもしれないが、 わたしは迷惑かもしれない、実は微妙な下心がばれるかもしれないと悩んだりしたのだ。  本来の二番機の位置ではなく、わたしの右隣で飛ぶビューリング少尉を盗み見ると、輪 郭のはっきりしない光に照らされて白い肌はより白く。水に濡れたような髪は光を反射し て綺麗な銀色に。不思議そうにこちらを見つめている灰色の瞳は、 「ひゃあぁ!?」 「エ、エルマ中尉?」 「な、なんでもありませーん!!」  驚きの余りかくん、と高度を落としたわたしは、ぜいぜいと肩で息をして、跳ね上がっ た心拍数と呼吸を落ち着かせてから再び高度を上げる。 「本当に大丈夫かエルマ中尉?」 「ええと、はい、大丈夫です。そのあの隣に誰かいるのは落ち着くなとかそのえーと」  しどろもどろの弁解にビューリング少尉はまだ不思議そうにしていたが、それ以上深く 追求してはこなかった。 (ごめんなさいごめんなさいごめんなさぁい!!)  一人の時とは別の意味で沈黙に耐えられないと思い、取りとめの無い話をビューリング 少尉に振ると、いつも通りに対応してくれた。  わたしの方は、先程の不思議そうな瞳が目に焼きついていて少尉の目を見ることができ なかった。 (…今が夜で助かりました) ねんのため 前回ガンスルーされたけどまた書くよ! もうだめだ妄想過ぎる的な意味で 今更感が溢れまくってるけど小説本編だとみんなわたしで分かりにくい気がするから適当に使い分けてます 本編が白夜な季節か知らないしカウハバは白夜起きるかも分からないので例によってでっち上げ でも吹雪くとか言ってるしきっと白夜な季節じゃないでしょうねぇ 疲れていると白夜が白液に見えて困る 前も哨戒の話書いたけど夜間哨戒に出てるのかは不明なのでこれもでっち上げですね この SS? は もうそう と のうないせってい で できています いつもいつもいつも読んでくれてありがとう