よしエSS4 エイラ視点 「ミヤフジ!?」 どさりという音を聞いて飛び起きると冷蔵庫の前でミヤフジが倒れていた。 慌てて駆け寄って抱き起こす。 「どどど、どうしたんだよミヤフジ…ってゲェーッ!?アホネンのウォッカじゃねーか!?」 床に黒い液体がとくとくと広がっていた。 甘いアルコールの香りが辺りに広がって少し頭がくらくらする。 ふいに体を締め付けられる感触。 見るといつの間にか意識を取り戻したミヤフジが私に抱きついてきていた。 「きもちいー…エイラひゃんだいすきー」 「うわっ!酒くさっ!?」 私も好きだけどくさっ!酒くさっ!! ミヤフジの小さな口からもわっっときついアルコール臭が吐き出される。 酒は昔からどうしてもダメだった。 上官に付き合わされて飲んだ事があるけど苦いような甘いような中途半端な味で、飲み終わると舌も喉もヒリヒリする。 おまけに平衡感覚は失うわ頭痛くなるわ意識は失うわ翌日吐き気と頭痛に襲われるわで最悪の飲み物だと思う。 年齢からして当然かもしれないけど、要するに下戸なんだ、私は。 「…と、とにかく水を…」 冷蔵庫で冷やしてある飲料水に手を伸ばそうとしたら、ミヤフジが掌を絡めてきて引き戻された。 「エイラひゃんちゅーしてちゅー、くちにー」 う、わあああああ!? いきなり何を言いだすんだよこの子は! 酔ってんのか!そういや酔ってんだった! 「だだだ、ダメだってばミヤフジ!そんなことしたら魔力が…退役するまで待つって約束したじゃないかー!」 あの夜のハルトマンの言葉を思い出す。 この基地には『男性との不必要な接触は厳禁』という規則があったし、たぶん、そういう事なんだと理解していた。 ちゃんと二人で話し合って無理矢理納得させていたけれど、酒で気持ちの歯止めがきかなくなったミヤフジは 「やだよぅ、わたしもう我慢できないもん…5年なんて長すぎて待てないよ…」 「そ、そりゃ私だってしたいけど…でも…」 ううう…そんな甘えるような声で言わないでくれよ…。 私の中の理性と本能がせめぎ合う。 ハルトマンの言葉はホントかウソか怪しいもんだけど、 もし本当だとしたら、取り返しのつかない事になってしまうのが怖くて実行できずにいるのが私だ。 「…じゃあ…して?」 「アワワワワワワワ」 あの夜のミヤフジと重なる。 いや、酔ってるせいか数段艶っぽく見えて、より私を混乱させた。 辺りに充満したアルコール臭も手伝ってか、判断が鈍りそうになる。 鉄の意志でどうにかミヤフジを説得しようと試みた。 「う…あ…や、やっぱりダメだミヤフジ!私達は世界の命運を…」 「隙ありっ!」 口が塞がれた。 あまりに一瞬のことで、理解に時間がかかる。 ミヤフジの顔がまさに目と鼻の先にあった。 瞼がぴくぴくと震えているのが見える。 「んんんっ!?」 ようやく脳が状況を把握した。 心臓がどきどきと早鐘を打つ。 こんなに近くでミヤフジを見たのは初めてだった。 「んちゅ…んんぅ……」 ミヤフジの唇が私のそれをちゅうちゅうと吸う。 ダメだ。頭でいけないと感じていても、体が言う事を聞かないくらいに気持ちいい。 結局されるがままになってしまう。 「…っは、ん…」 「んむっ…!」 夢中になりすぎているのか、鼻で呼吸をするのを忘れたらしく、一瞬息継ぎするミヤフジ。 呼吸をし終えると「離したくない」とでも言わんばかりに首に腕を回してきた。 お互いの体が密着してどきどき、どきどきという鼓動が感じられた。 「…ぷはっ」 ミヤフジが離れる。 …正直に白状すると名残惜しかった。 どれくらいこうしていたんだろう。 数秒にも思えるし何分もの間ずっと唇を重ねていたようにも思えた。 「………う…ぁ…」 「えへへーしあわせー」 やっと私を解放してくれたミヤフジが見せた笑顔が本当に幸せそうで。 かくいう私も背徳感と幸福感がないまぜになった心境で。 脳が許容量を越えてオーバーヒートを起こした。 またか…私、すごくかっこわるい。 すぐに視界が暗転した。 よくファーストキスはレモン味なんて表現があるけど違うね。 ただただ甘くて温かくて幸せなんだ。 「うあああああ!?」 跳ね起きた。 なんて夢を見てるんだ私は!いや、そもそも夢だったのか!? 慌てて意識を集中してウィッチの象徴のひとつである獣耳と尻尾を顕現させる。 するとあっけないほど簡単に、いつも通りの耳と尻尾がぴょこんと生えてきた。 触って動かしてみて、確認し、ひとまず安堵する。 「…んんぅ…」 ほっと息をついた瞬間、私の隣でもぞもぞとシーツが動いた。 ぎくりと肩を強張らせてよく観察してみると… 「い…ったたたた……あれ、エイラさん…?」 ミヤフジだった。 寝起きのぼーっとした姿も可愛いなぁとか思う暇も無く、さーっと顔から血の気が引いていく。 「ミヤ…フジ…」 「…えっ!?な、なな何でわたしエイラさんのベッドで寝てるの!?」 ようやく頭が覚醒したのか状況を理解して慌てふためくミヤフジ。 私はというとぎぎぎ、と音がしそうなほど堅く強張った首をゆっくりと、ベッドからなんとか見える位置にある冷蔵庫まで向けた。 予想通りというか、当然のようにウォッカの瓶が転がっていた。 「掃除…しとかなきゃな…。」 朝っぱらからため息をひとつついて、とりあえずすべき事を模索した。 夜間待機ではあったけど、今更寝直せる心境じゃなかった。 あの後、いつの間にか寝ちゃってたから起こさずにそのまま寝かせた、ということにして、なんとかミヤフジを落ち着かせて部屋に帰らせた。 やはりというかなんというか、ミヤフジはキスの事を覚えてないらしかった。 …問題はそこだ。 一応魔法力は発現できる。 さっきから歩きながら何度も耳と尻尾を出し入れして確認したから大丈夫だ。 未来予知の魔法はどうだろうか。 ふと気づいたけれど何も無いところで予知しても意味は無い。 誰か手ごろな相手がいれば確認できるんだけど…きょろきょろと廊下を見回して丁度いいのを発見した。 「おっはよーエイラー♪今日は珍しく早起きだねー!」 「おはよルッキーニ」 ルッキーニが朝から元気一杯に挨拶してきた。 「…なぁルッキーニ、ジャンケンしないか?」 予知魔法を試すならこれが一番だ。 相手の思考を読むわけじゃなくて、結果を視る魔法なんだから、きまぐれやランダム性は意味を成さない。 「ぅえー!?やだよぅ、エイラに勝てるわけないじゃん!」 露骨に嫌な顔をして断固拒否するルッキーニ。 まぁ当然か。 「まぁまぁ、ちょっと確認するだけだから買っても負けてもお菓子あげるからサ」 「ほんとっ!?」 急にぱあっと表情が明るくなる。 うーん、扱いやすい。 「いっくよー!じゃーんけーん…」 やる気まんまんのルッキーニが気合を入れて右手をぶんぶんと振り回している。 私も意識を集中させて魔法を発現させた。 …うん、グーだな。 「ほいっ!」 「ぱー」 結果はルッキーニがグー、私がパーで私の勝ち。 予知どおりだった。 「にゅうううう…やっぱつまんなーい!!」 ルッキーニがきーきーと騒ぐのを気にせず、私は自分の掌を見ていた。 「おりょ?エイラどったのー?」 「…ん?あぁごめん。ほれどーぞ」 礼として腰のポーチから煙草の箱大の包みを取り出して渡した。 そういえばこれが最後だった気がする。 また本国から送ってもらわないと…。 「わーい!ありがとエイラー!」 「こっちこそありがとな、じゃ」 手をひらひら振ってルッキーニと別れて考える。 予知魔法も問題なかった。 …いや、たまたまかもしれないからあと何人かで試してみよう。 「ヴェー!ダディコデー!?」 背後で何か聞こえた気がした。 美味いと思うんだけどなぁ…サルミアッキ。 何人かで試してみたけれど、まったく問題なく未来は視えた。 やっぱりキス程度じゃ魔法は失われないんじゃないだろうかという考えが浮かぶ。 「いやでももし本当なら…」 口に出てしまった。…いや、周りに誰もいないけどさ。 一人きりのハンガーでストライカーに足を通した。 「…んっ…」 きゅっと両足を軽く締め付けるようにして私のストライカーユニットが定着する。 ふぅと一息ついて続けて魔導エンジンに魔力を注ぎ込んだ。 みんなが午前の飛行訓練をしている、と聞いたのでミーナ隊長に許可を取ってきた。 「あら珍しいわね。エイラさんがこんな時間に訓練だなんて」 「…なんか早起きしちゃったからさ、暇なんだよ」 「ふふ、いいわよ。たまには朝の空を飛ぶのも悪くないだろうし。みんなとのフォーメーションの確認をするのも大事だわ」 ミーナ隊長は二つ返事で許可をおろしてくれた。 …まぁ悪くはないかもしれないけど私は確かめたいことがあるんだ。 少し後ろめたい気持ちでミーナ隊長に礼を言って隊長室を出てきた。 エンジンが注ぎ込まれた魔力に呼応して、どんどん回転数を上げていく。プロペラが回り、爆音がハンガーに響き渡った。 (…問題ないかな…?いやちょっと回転が重い気がする…) 気のせいかもしれないけれど、なんでもかんでも悪い方向に考えてしまう。 顔をぶんぶんと振ったけれど気持ちは晴れなかった。 「よっ…と」 ストライカーの固定台を外して、床を滑るようにしてホバー移動する。 どうやらちゃんと飛べるようだ。 こうやってひとつひとつ確認していけばきっと大丈夫だ、と自分に言い聞かせて大口を開けるハンガーの出口を目指して加速した。 滑走路まで出ると、薄水色の空と、深い群青色の海が視界に広がる。 その境界線にほんの小さく、緑色の陸地が見えた。 ガリア。ペリーヌの故郷で、今はネウロイによって陥落し、占領されている土地。 そうだ、今私達はあそこを取り戻すために戦っているんだ。 左に緩く大きく旋回して、基地から見てブリタニア寄りに位置する訓練場に進路を取った。 しばらく飛んでいると、程なくして空を飛び回るみんなが見えた。 訓練の指揮をとっている坂本少佐を見つけて近づく。 「少佐、私も訓練に参加したいんだけど…」 「ん?おおエイラか。珍しいな!…宮藤ィ!!腋を締めろ!旋回軌道がでかすぎる!!」 「は、はいっ!すみません!」 近距離通信をオンにしたインカムからミヤフジの返事が聞こえた。 ミヤフジもちゃんと飛べているようだ。 「だ、だから訓練を…」 「ん?お前も訓練を受けたいのか?はっはっはっは!感心感心!初心を忘れず訓練に勤しむとは…ルッキーニィ!!真面目にやらんかァ!!」 「はーい!」 ルッキーニのやる気があるんだか無いんだかわからない声も聞こえた。 「あー、各員速やかに訓練を中止して集合!エイラ少尉が参加してきたので内容を変更してシュバルム2隊による模擬戦を行う!」 インカムからはーいだの了解だのいろんな声が聞こえた。 真っ先にミヤフジが帰ってきて続けてみんなも集合に応じる。 「あの、今朝はごめんね」 小声でミヤフジが話しかけてきたから、慌てて通信を切って応じる。 「い、いいっていいって!…けどミヤフジどこも異常ないか?」 「…?わたしは別に…」 「そ、そうか…ならいいんだよ」 「?」 不思議そうな目で私を見るミヤフジ。 「うおっほん!私語は慎まんか!編隊構成を発表するぞ!」 「「は、はいっ!」」 二人でびくりと体を震わせて坂本少佐の方を向いた。 ちらっとハルトマンの方を見るとにやにやと笑いながらこっちを見ていた。…くそ…。 全員が集まると坂本少佐はそれぞれの顔を見て口元に手を当てて考え込むポーズ。 「…そうだな…今日は1番隊にバルクホルン、2番隊はシャーリーをリーダーにしてやってみよう」 「了解」 「えぇ〜?あたしィ〜?」 バルクホルン大尉は素直に従ったがシャーリーは何やら不満げだ。 「…お前ももう大尉だろう。そろそろ隊を指揮する訓練も受けておいた方が良い。」 「むぅ…了解」 いつも気さくな性格で私も普通に愛称で呼んでいたけど、そういえばシャーリーも大尉なんだった。 そんな事を思い出しながら少佐の編隊構成を聞く。 「バルクホルンはいつも通りハルトマンとロッテを組め。シャーリーもルッキーニとの方がいいだろう」 「よろしくね〜トゥルーデおねーちゃん♪」 「ふ、ふざけてないで真面目にやれ!」 と、バルクホルン大尉とハルトマン。 「ま、いつも慣れてるしこういう編成かな」 「シャーリーがんばろーね!」 と、シャーリーとルッキーニ。 2隊とも慣れたコンビが隊長を務めた。 「残るはエイラ、宮藤、リーネ、ペリーヌだが…バルクホルン隊にペリーヌとリーネのロッテ、シャーリー隊にエイラと宮藤で入れ」 「はい、了解しました」 「了解ですわ」 「う、うえっ!?私とミヤフジ?」 「な、ななななんで!?」 関係の事もあってこの編成には二人でびっくりした。まさかバレて…? 「お前たちは先の戦闘でサーニャも加えてチームを組んだじゃないか。被弾したサーニャを守りながらいいコンビプレーだったと聞くぞ」 「あ、ああ…」 そのせいか…とりあえずほっとする。 「お前たちも最近仲が良いようだしな。これを機に絆を深めて戦闘に備えるように!はっはっは!」 「は、はい…」 「うう…」 …っていうかもうバレてんじゃないのかこれ…いや、坂本少佐はそういう事に疎そうだし大丈夫かな…。 とりあえずハルトマンを睨んだら隣にいたバルクホルンが複雑そうな、今にも泣きそうな表情でじっと私を見つめていた。 …なんで?? 「よしっ!!各自位置に着け!フォーメーションを組んだら私の合図で訓練開始とする!」 『了解!』 全員の声が重なった。 「よ、よろしくね?エイラさん」 「う、うん」 「…えへへ」 あぁ私ダメだ。編成を言い渡された時は戸惑ったけど、ミヤフジの嬉しそうな顔を見ると私も笑顔になってしまう。 …こんな調子でネウロイなんか来たらヤバイかもしんない。 気合を入れなきゃ。 「ホント仲いいね〜?お二人さ〜ん」 「ゲェ…」 ハルトマンが心底楽しい、って顔でにやつきながら寄ってきた。 「ひ、冷やかすなよ…」 「冷やかされてると思ったんだ?あははっ!真っ赤になっちゃって二人ともかーわいいー!」 「ぐぎぎ…」 「あう…」 続いてバルクホルン大尉も寄ってくる。 「ユーティライネン少尉…クリ…いや宮藤を…守ってやってくれよっ!くっ!!」 「…はい?」 きらきらを宙を舞う涙。 …だからなんで?? ペイント弾だし模擬戦ですよ、これ。 なんだかよくわからないことをやってるうちに、インカムから坂本少佐の叫び声が聞こえてきた。 「よし!準備が整ったようなので訓練を再開する。はじめェー!!」 鶴の一声で各機空に舞い上がった。 風を切ってぐんぐんと上昇していく。 先行するバルクホルン機を追って相手の上を取ろうとする作戦だ。 だんだん前の二人と距離が開いてきてる気がする。思うようにスピードが出ない。 ちらっと後方を見ると、ミヤフジも遅れずに付いて来れているようだ。 少し安心。キスの影響で魔力が失われた、って事は無いように見えた。 視線に気づいたミヤフジがにこっと笑顔を向けてくる。 …昨夜の事を思い出してまた恥ずかしくなってきた。 左の親指を立てて返事をして、また正面を向く。 ミヤフジは大丈夫そうだけど、私は大丈夫だろうか。 「…ん?」 両足から伝わる魔導エンジンの鼓動に、異音が混じっているような気がした。 「…エンストだな」 ストライカーユニットの蓋を閉めて坂本少佐が言う。 「機関部は問題無いようだ。となると原因はお前にあると私は思う」 「う…」 高高度まで上昇した所でぷすんぷすんと妙な音を立ててエンジンが止まった。 落ちかけた私をすぐ後ろに控えていたミヤフジが支えてくれて、なんとか落下だけは免れたのがついさっき。 坂本少佐に連れられて、今は地上でみんなの訓練を見上げている状況だ。 何度か魔力を注ぎ込もうとしたが、ストライカーユニットはぴくりとも反応しない。 「…何か悩みか心配事でもあるのか?」 「…まー色々と…」 魔法も空を飛ぶ事も問題なかったはずだ。 けれど、胸のどこかでモヤモヤと考えてしまって、まだ私は不安で押し潰されそうだった。 それがこんな状況を呼び起こしたんだ。 「お年頃…って奴か?」 「…そんな感じっす」 私がこんな状況になってしまったんだ。 もしかしたらミヤフジも落ちてしまうのではないかと心配で、じっと空を見上げていた。 たかがキスくらいで。 「…はぁ、宮藤といいお前といい…まぁ多感なのは年齢上仕方ないのかもしれんが…」 「え…?ミ、ミヤフジがどうかしたのか?」 急にミヤフジの名前が出てきてぎくりとする。 今日は本当に心臓に悪いセリフが多い…。 「少し前にな、急にシールドが張れなくなった事があったんだ。…今はもう大丈夫みたいだがな」 ぐぇ…たぶんそれ私のせい…だよな?時期も一致するし。 ミヤフジはそんな事一言も言ってなかった。…罪悪感に苛まれる。 「この短期間に今度はエイラか。まったくたるんどるぞ…と言いたいが悩んでいる部下を叱り付けるのもあれだな…」 「いや、いいよ…実際たるんでるっぽいし…」 「む…いつもなら軽口の一つくらい飛んでくるんだが…重症みたいだな」 まさか坂本少佐に心配されるとは思わなかった。 師事したことは無いけど、鬼教官と呼ばれていたらしいから意外だった。 「…なんだその顔は」 「あ、いや…少佐ってそんな怖くないなって思って」 「…私はそんなに怖がられていたのか…そうか…」 あ、ちょっと悲しそう。 「あ!あー!いや!少佐とこうして話すことなんて滅多に無いからその…なんというか…」 「きゃあっ!!」 落ち込んでしゃがんでのの字を書いている少佐をフォローしようとまごまごしていると不意にインカムから悲鳴が聞こえてきた。 慌てて空を見た。 誰かのストライカーユニットから黒煙が出て、どんどん高度が下がっていくのが見えた。 …ミヤフジだった。 「何だ!?何が起きたっ!?」 坂本少佐が叫ぶ。 「ペイント弾がストライカーに当たったみたいなんだが急に火を噴いたんだ!ペイント弾なのに!?」 「ヨシカ!」 「芳佳ちゃん!!」 インカムからバルクホルン大尉の混乱した声が聞こえた。 次々にミヤフジの名前を呼ぶみんな。 「くそっ!誰か行ってくれ!私は今ストライカーを履いてないんだ!!」 焦燥した声で少佐が地面に寝かせたストライカーユニットに駆け寄っていった。 助けなきゃ。 ミヤフジを助けなきゃ!! 集中しろ、集中しろ! お前がやらなきゃ誰がやるってんだ、エイラ・イルマタル・ユーティライネン!! オイルタンクに魔力という燃料を流し込むイメージ。 飛べる、飛べる、私は飛べる!お願いだ!あいつは私の大事な人なんだ!かかってくれ!! 必死の願いが届いたのか、私のメッサーシュミットが目覚めの遠吠えをあげた。 爆音を轟かせて脈動し、魔力のプロペラが爆風を起こして土煙が舞い上がる。 今まで何寝てたんだよ相棒。でも、ありがとう。 心の中で素直に起きてくれたことに感謝して、一気にトップスピードで飛び出した。 私の礼に応えるようにして、「なんて事ねえって」とでも言いたげに、魔導エンジンが唸りをあげる。 障害物を避けるようにして、少し高度を上げた。 ありえない速度で眼下の木々が後ろに流れていく。 前方少し上、黒煙をあげて落ちていくミヤフジの姿を再認した。 遠い。 間に合うかどうか微妙な距離だ。 いや、間に合わせる。間に合わせてみせる。ミヤフジを死なせてなるもんか! 担いでいたペイント銃を放り投げてさらに加速する。 未来視の魔法を使おうかとも思ったが今の状況では何も意味は無い。 いや、たとえどんな未来が視えたとしても、あきらめたくはなかった。 好きな人一人守れなくて何が『世界を守る』だ! 運命を捻じ曲げてでも私はミヤフジを助けるんだ!! 「ミヤフジッ!」 叫んで腕を伸ばす。 あと少し。もうちょっとで手が届くんだ。 「ミヤフジッ!!」 ミヤフジが私に気づいて手を伸ばしてきた。 「エイラさんっ!!」 地上まであと数十メートル。 「芳佳ァーーーーーーーッ!!!」 千切れるかと思うほど腕を伸ばした。 ばるん、ばるん、とストライカーユニットの息が上がっていた。 かくいう私もぜぇはぁぜぇはぁ肩で息をして、今にも倒れそうだった。 「はぁ、はぁ、はぁ」 「…」 でも、私が今抱きしめているミヤフジの小さな肩も、同じくらいぷるぷると震えていた。 「はぁ、だ、大丈夫、か?ミヤフジ」 「う、うん、エ、エイラさんが、受け止めてくれるって、信じてた、から」 「う、ウソつけ、ぶるぶる震えてんじゃん」 「だ、だって、怖かったん、だもん…」 「…さっきと逆だよな。この状況」 言って確認した。 大丈夫、ちゃんとここにいる。ミヤフジの存在を確かめるように、ぎゅっと堅く抱きしめる。 「…怖、かったよぅ…」 「…馬鹿だなぁミヤフジ、こういう時は、思いっきり甘えていいんだぞ?」 言い終わると同時に私の両目からも、堪えていた涙がどっと溢れ出した。 生きていてくれてありがとう。今ここにいてくれてありがとう。私に抱きしめられていてくれてありがとう… そんないくつものありがとうが、頭の中をぐるぐる回って思わず泣けてきた。 「う、うあああぁぁぁ…」 「…っく、ふえええぇぇぇ…」 二人で泣きながら抱き合った。 結局、私のストライカーは異常は無かったけど、ミヤフジのストライカーは整備不良だったようだ。 「ネジの締めが甘くて密閉されていなかったようだ。そこにペイント弾の塗料が染み込んで引火爆発…と。…まったくどいつもこいつも弛んどる!」 と、坂本少佐。 「助かったからいいものの、私のク…宮藤に何かあったらどうしてくれるんだ!後で灸を据えてやらないとな!!」 と、指をボキボキ鳴らしながらバルクホルン大尉。 …いや待て、ミヤフジは私のだ。 帰りの航路でハルトマンが話しかけてきた。 「いや〜、感動的だったよエイラ〜。シャーリーでも追いつけなかったあの状況で華麗に助けちゃうんだもん」 「あ、当たり前だろー!私が助けなきゃ誰が…っても私も無我夢中だったから何が何やら…」 「や〜愛の成せる業だね〜」 「冷やかすなってば!!」 怒鳴ると急に静かになるハルトマン。な、なんだよ、張り合いないじゃないか。 「…あのさ〜、あたし、謝っとく事があるんだよね…」 「な、なんだよ急に?」 「口ちゅーダメっての、アレ嘘。ごめんっ!」 ちょっと驚いた。 まぁ嘘の件はなんとなく気づいてたからいいとして…いや良くないけど、まさかあのハルトマンがこうも素直に謝るなんて。 しばらくきょとんと両手を合わせて謝るハルトマンを見ていた。 「…っていっ!!」 「あだっ!?」 おでこにチョップ。 「これで許しとく」 「あたた…嫌に軽いね?」 過ぎたことをぐちぐち責めるのも性に合わないのでそれだけで勘弁しといてやった。 大事なのは未来なんだよ。 「…ホントあんたいい性格してるよね」 「…ふん」 おでこをさするハルトマンを尻目に、その向こうのバルクホルン大尉に抱えられたミヤフジを見る。 …っていうかバルクホルン大尉が凄い。 黒く煤をかぶったミヤフジの左右ストライカー、自前のとミヤフジのペイント銃、さらにミヤフジ本人まで抱えて飛んでいる。 両腕を抱えられたミヤフジが、抱き上げられた猫みたいで可笑しかった。 ついっとバルクホルン大尉まで近づく。 「大尉、重いだろ?ミヤフジ預かるよ」 「む、いや、腕力のある私が運ぶのは当然の…」 「いーから」 「ああっ!?」 無理矢理ミヤフジをひっぺがして抱える。 「エ、エイラさん?」 ミヤフジが困惑したように私を見つめてくる。 …いいじゃん、たまにはこう積極的でもさ。…まだ恥ずかしいけど。 「…よっ、と」 「え、えええ!?」 ミヤフジを抱えなおす。俗に言うお姫様だっこ。 「…こ、この方が楽だろ…?」 「う、うん…」 しばらくそのまま無言で飛んでいた。 ミヤフジも私も、前方を先行するみんなの後ろ姿を見て押し黙る。 「…ねぇ」 先に口を開いたのはミヤフジだった。 「助けてくれた瞬間…あの、名前呼んでくれた…よね?」 「あ!あれは!…その、無我夢中だったから…」 「できたら…また呼んで欲しいなー…とか」 ぐ…またミヤフジの我侭が出だした。 いかんいかん。このままではいつものペースに飲まれてしまう。 「ミ、ミヤフジはまだミヤフジでいーの!なんか違和感あるし…恥ずかしいし…」 「えへへ…うん。でもいつか呼んで貰いたいな」 「…むぅ」 インカムに耳を傾けると前の方ではのんきなペリーヌさんがお茶会の開催を宣言しているようだった。 「今日は行こうね?お茶会」 「死にそうだったってのに現金な奴だなぁ、ミヤフジは…でもまぁ、たまには…いいかナ」 「やたっ!」 小さくガッツポーズをとるミヤフジ。うーん、見れば見るほど可愛い。 だらしなくにやけていると、いい事を思いついた。 …いや、いい事ってゆーか、すげー恥ずかしいってゆーか。…みんなもいるし…。 きょろきょろとみんなの様子を窺っていると、 にたにたと笑いながらこっちを見ていたハルトマンが、ばちん、と星が飛び出そうなほど強くウインクした。 …うーん。今はただ感謝しよう。いい女だよエーリカ・ハルトマン。 「あーっ!?何あれ!?まさかネウロイ!!?」 ハルトマンがはるか上空を指差す。 「なんだとっ!?どこだ!?」 いち早く反応した坂本少佐が眼帯を外して魔眼を発現させた。 …ごめん少佐、と心の中で謝る。 「よ、芳佳…」 今日だけ…ホント今日だけだかんな? 小さく、ミヤフジだけに聞こえるように名前を呼ぶ。 「え?」 振り向いたミヤフジの唇に私のそれを重ねた。 ちゅっ、と一瞬だけ、触れるか触れないか曖昧なキス。 なのに、じわっ、と口の中が甘ったるく感じた。 「…は…あ?え?」 あぁ混乱してる混乱してる。 まぁ私も顔から火が出そう。冗談じゃなく鼻血とか噴きそう。 なんとか我慢してセリフを言う。 「5年とか…待ってられないからさ…」 「わ、わああああ!?」 私と同じか、それ以上に赤面して慌てるミヤフジ。 「あーごめーん!ただの鳥だったみたいー!」 「むぅ…見間違いならそれでいい…」 ナイス演技ハルトマン。…なんか後で恩を着せて来そうな気もするけどこの際いいや。 真っ赤になって口元を両手で押さえて、うるうると私を見上げるミヤフジ。 「きょ、今日だけだかんな!」 照れ隠しで大声を出す。 「…うん」 素直に返事してくれてなんとなくほっとした。 …昨夜のはノーカウントでいいや。 今のが、二人が覚えてる初めてのキスだから。 うん。やっぱりファーストキスが酸っぱいなんて迷信だよ。 ただただ甘くて、幸せなんだ。 俺マジきめぇ(転がりながら