変に続いちゃってるんで こちら読む前に http://www.nijibox2.com/futabafiles/001/src/sa29700.txt も見ていただけると幸いです。 あの日からエイラは たいていの日は夜間哨戒についてきてくれる。 エイラには悪いと思うんだけど、正直嬉しい。 ただ夜の間ずっと一緒ってわけにもいかなくて、 エイラには昼に戦闘になった場合にも備えて 途中で先に帰って寝てもらう事が多い。 「えっとー、それじゃ私そろそろ戻るぞ?  あー、前ネウロイ来たのも最近だし今日は大丈夫じゃないかなって思うけど、  もし何かあったら絶対に無茶しちゃダメだぞ? すぐ応援に来るからな?  あとー、うーんと、後はなー…」 いつも帰る前にすごく心配してくれる。 もしかして少しでも長くいようとして、長々と喋ってくれてるのかも知れない。 そうだったら嬉しいんだけど…それはそれで別の心配がある。 エイラに夜ついてきてもらうようになってからは、エイラはずっと眠そうだ。 廊下歩く時も微妙に蛇行してるし、 ズボンは前後逆に履くし、 モップに寄りかかったまま寝てた時は器用だなぁと思った。 …でもそんな事になってるのは間違いなく私のせいで。 不定期に短い睡眠しか取れないといつも眠くなるのは当然だもの。 でもしばらくの間、私はエイラの優しさに甘えてしまっていた。 その日は雨こそ降っていないものの、雲が多めの日だった。 エイラと一緒に雲の上に昇る。 「ぷぅ…服濡れちゃうな」 そう言ってエイラはぷるぷると体を震わせた。 少し水を吸った髪が月の光に照らされて、とても綺麗だと思った。 基本的に二人で飛んでてもあんまり会話はしない。 私はエイラがいるだけで安心できるし、 一応任務中だからっていう建前もある。 でも…エイラは退屈じゃないかな。 いつもその不安はある。 たびたびエイラの方を見るけど、エイラはそのたび微笑んでくれる。 でもその日はちょっと違った。 エイラのエンジン音が変な方向に進んでいくのに気付いて、 慌てて振り向くと…エイラは目をつぶったまま飛んでいた。 「…んおっと、びっくりしたー、意識飛んでた」 カクンと高度を落としながらエイラが目を開ける。 その時やっと私は「これ以上甘えてちゃいけない」と思った。 エイラと一緒にいられるのは嬉しい。 でも私のせいでエイラが無理するのはいやだ。 ごめんなさいエイラ、私、そんな事にも気付くの遅くて。 「あっはは、私って結構すごくないか? まさか寝てても飛べるとは思ってなかった」 眠気を払うように陽気に言うエイラに、私は逆に冷静に言った。 「エイラ、今日は帰って…後は一人で大丈夫だから」 「え、いや、私大丈夫だって! そ、そんな深刻に取らなくて大丈夫だから!  今上がったばっかだし、ホラ今日は雲も多くてイヤだろサーニャ? な?」 「ううん、私は平気…エイラは寝た方がいいよ」 きっとエイラは私のためにい続けようとしてくれる。 なかなか諦めてくれないだろうから、冷たく言おうと努めた。 「えー…でも、あの、でも」 エイラが捨てられた子犬みたいな目で見てくる。 これはずるい。 慌ててふいっと顔を背ける。 「もし何か起こったら、エイラがそんなだと…大変だから」 「…うー、わかった…あの、部屋の鍵開けとくから、待ってるからなー」 やっと聞き入れてくれた。 弱弱しくエンジンをプルプルと鳴らせて、エイラは少しずつ高度を下げて行った。 私がここで、エイラとみんなを守るんだ。 雲に消えていくエイラを見ながらそう思った。 前みたいな怖さは決意にかき消されてなくなっていた。 翌日の夕食後。 「えええ!? 今日は一人で飛ぶゥ!?」 エイラが大げさなほどの大声を出した。 …そこまで驚かなくてもいいのに。 いたずらを咎められた子供のような気持ちになって、少し居心地が悪かった。 「だってエイラ…昨日ちゃんと寝てって言ったのに、あんまり寝てなかった」 「寝たよ! ばっちりだよ!」 「目の下にクマできてる」 「…う」 私が基地に戻った時も起きてたし。 その時はエイラは「今目が覚めたとこ」って言ってたけど、 もしかすると寝ないで待っててくれたのかも知れない。 「あら、今日は一人で上がるの? 大丈夫? なんなら別の人にお願いしてみるけど」 もめている私とエイラにミーナ隊長が近づいてきた。 前回はこの人にも心配をかけた、と思うし、 少ない人数でシフトを回している中で 私のわがままでさらに苦労をかけてると思う。 「大丈夫です…行けます」 昨日の決意を思い出して、私はきっぱりと言った。 「…そう。それじゃあ、寒くなってきてるのに悪いけど…お願いしてもいいかしら?」 「えー…でもサーニャあ」 エイラはまだぐずっていた。 「ほら、リードする方が心配かけてちゃダメでしょ? もうちょっと大人にならないと、ね?」 隊長がいたずらっぽく笑って、エイラの鼻にちょんと指を置いた。 赤面してしどろもどろになるエイラがかわいかった。 隊長の助けも借りて、一人で空に上がった。 今日は雲も少ないし、怖くない。 回数だけ数えるとエイラと一緒に夜間哨戒したのはそこまで多くない。 でも、なんだか一人でいるのはとても久々に感じた。 それは、きっと、エイラが隣にいる事がとても幸せだからだと思う。 今までは私は妹のように甘えてきた。 でも昨日はそれがイヤだった。 ううん、昨日はただのきっかけで、もしかしたらずっと前から。 妹としてエイラの隣にいるのではなく、 もっと…それ以上のひととして一緒にいたい。 そのためには守られるだけじゃなく、私が守らないと。 昨日の決意は、つまり、そういうことだったのかも知れない。 一人でそんなことを考えながら緩やかに丸い水平線を眺めていると ちょっとしたいたずらを思いついた。 わ、ドキドキする。 どうしようかな。やめておこうかな。 でも私一人しかいないし、大丈夫だよね。 少し迷った後、魔法の力を飛行だけに集中する。 頭の横に生じたアンテナがふっと消えた。 これで私の声は電波に乗らず、空にそのまま消えていくだけ。 誰にも聞かれない。 大丈夫。 高鳴る胸に手を当てて、大きく息を吸い込んだ。 よし。 せーのっ。 「エイラーーーーーーーーーーーー!!  だいすきーーーーーーーーーーーーーッ!!」 …ふう。 すっきりした。 こんな大声出したの、お父様やお母様と別れる日以来かも知れない。 これは誰にも知られちゃいけない気持ちだけど、 私がエイラを守るっていう決意表明だ。 やったことはただのいたずらだけど、私は少し誇らしかった。 さて、そのためには任務を再開しないと。 私は魔力のバランスを取り直し、ネウロイの機動も聞き漏らさないアンテナを出現させた。 …あの。 すごく近くから、ストライカーユニットのエンジン音がする。 まさか。もしかして。 祈るような気持ちで、怖いからゆっくり振り返ると、そこにはやっぱり、 エイラがいた。 「…あの」 「ななななななに!?」 「…聞いてた?」 「いや!それはあの!聞こうとしたんじゃなくて!故意じゃなくて!」 …どうしよう。聞かれちゃった。 顔が熱くて頭が真っ白で、もう、どうしよう。 固まる私にエイラが言いつのる。 「最近寒くなってきたからさ、マフラー渡そうと思って! ホラこれ!  隊長から許可ももらってるし、でもマフラーの事部屋に戻ってから思い出して、  それであの、そっから隊長に話して、許可もらって、飛んだはいいんだけど、  サーニャも移動しながら哨戒してるはずで、探すのに手間取って、そしたら…その、声が」 最後の辺りはどんどん声が小さくなっていく。 どうしよう、エイラ困ってる…よね。勢いだけで喋ってるもんね。 謝らないと。 固まった口を無理矢理開いて、言葉を何とか口に出す。 「ご…ごめんなさい…」 自分の言葉を聞いて気付いた。 あぁ、やっぱりこれって許されないんだ。 そうだよね、エイラも女の人だし。 これからはエイラと今までみたいに一緒にいられないんだ。 「ごめんなさい…ごめんなさい、ごめんなさい…!」 口が勝手に同じ言葉を繰り返す。 後悔で胸が押しつぶされそうに痛んだ。 「あの! 謝らなくていいから!」 そう叫ぶように言って、エイラが私に近づいてきた。 「謝らないで欲しいっていうか、そう言われると困るっていうか、」 私は離れないとって思ったけど、体が動かない。 「ぶ、ぶっちゃけ、私もどうしていいかわかんない、嬉しすぎて」 …え? エイラの言葉を理解しようとしていたら、体を抱きすくめられた。 しばらく二人ずっとそのままで固まってた。 お互いの鼓動がすごく激しくて、でも自分の鼓動とリズムが合ってるから なんだかすごく安心した。 「…あの」 抱きついてきてるから近すぎて顔は見えないけど、エイラが喋ってくる。 「あれだけ謝るってのは、アレ、いけない事だと思っている、みたいな」 言葉とは反してとがめる響きは全くなかったから、私も正直に話す。 「…私、エイラをお姉ちゃんみたいな人だと思ってたけど…たぶん、違ってた」 「違うっていうのは…その、つまり、そういう?」 「…たぶん」 「おおおおおおお」 私を抱く腕に力がこもっていく。 「…正直言うと、私もな、ずっと前からそうだった」 「ずっと…?」 「わかんない。もしかしたら初めて会った時から」 「……」 「でもあのー、スオムスの元私の上官なんだけど、そういう事にすごくオープンな人がいてな、  ていうか私も手を出されそうになって、そういうのはダメだなーって思うようになったんだ」 「…む」 「いや違う、私は色々死守したよ! でもサーニャに会った時自分がそうなるとは思ってなくて、  自分がそうだったからサーニャも嫌がるだろうなって思って…嫌われたくなくって」 少しずつエイラの声が震え始めた。 「昨日、もな、私あのせいで嫌われたかなって思って、怖くて眠れなくて、今日もダメ、って言われて、  口実作って、あとで会いにいこう、って。それで、サーニャのきもち、き、聞こうって」 エイラの肩は見てわかるほど震えてた。 「エイラ…泣いてる?」 「…うん、うれし、なき…」 声を殺して体を震わせるエイラが愛しくて、エイラの髪をなでた。 エイラが落ち着くまでずっとなでてた。 「…ん、もう大丈夫。ありがとな」 ふっと体に回されたエイラの腕の力が抜けた。少し目が赤い。 「こないだとまるで逆になっちゃってたなー。恥ずかしい」 「泣いてるエイラ…かわいかったよ」 「なっ、そ、そんな事ないだろー」 「慌てるエイラもかわいい」 「ううううううう」 どうしよう。 自分の想いに気付いてから、エイラが更にかわいい。 「もう恥ずかしいついでに言っちゃうかなー。私だけちゃんと言ってないし」 「…?」 元々赤くなってたエイラの顔が更に赤くなっていく。 でも私の肩に手を置いて、まっすぐ目を見て。 「あの…な、サーニャ、す、すすすすきだ」 …うわぁ。 こんな面と向かって言われると、こっちもすごく恥ずかしい。 のでエイラの胸に顔を押し付けて、赤くなってるのを隠した。 「嬉しいけど、まだダメ」 「ま、まだって何が!?」 「私…さっき『大好き』って言ったもん」 「…言い直さないとダメ?」 エイラがすごく情けない声を上げた。 今日は許してあげようかな。 「…いつか言ってね」 「が、がんばる」 こういういちいち真面目なところが、エイラの一番かわいいところだと思う。 どうもエイラは落ち着かないのか、色々と話しかけてくる。 「あー、ネウロイは? 来てないかー?」 少し魔力を集中させて周囲の音を拾ってみる。 「うん…誰もいない。二人っきりだよ」 「あ、あー、そうだ、せせっかく持ってきたマフ、マフラーつけてもらわないとな、ホラ」 話を逸らされる。…じれったい。 「…巻いて」 目を閉じて顎を上げる。 まるで…その、キスをせがむような格好で。 エイラが生唾を飲む音が聞こえた。 「し、仕方ないなぁ! もう…!」 少し乱暴に首にくるくると布が巻きつけられる。 「はい! これでよし!」 「…終わり?」 「ほ、他に何しろってんだよ! もー!」 …じれったい。 私だって恥ずかしかったのに。 と、そこでエイラの通信機から機械音がけたたましく鳴った。 心臓が飛び出るかと思うぐらい驚いた。 「は、ははははいはいこちらサーニャ。じゃない! エイラ! こちらエイラ!」 エイラも私以上に慌てていた。 「あ、あぁうん、無事合流したよ。  いやだってホラ、サーニャも移動してるから、探すのに時間かかって。  …!? な、何言ってんだ! 浮かれてなんかいないって!  んあー! わかったから! もーどーるーかーらー!」 乱暴に通信を切るエイラ。 「んもー! なんなんだサーニャも隊長も私をからかって…」 私はからかってなんかないんだけどな。 本気なんだけどな。 でもエイラも今日は限界っぽいので、言うのはやめておいた。 「…戻る?」 「んー、隊長が渡すもの渡せたなら戻ってこいって。ほ、本当は…できれば一緒にその」 もじもじとエイラが言う。 その気持ちは私も一緒だけど、 「ううん、私は大丈夫だから…今日こそしっかり休んで」 「いやー正直ドキドキして寝れる気しないけどなー」 「ダメ。昨日の分も寝るの」 「…うー」 また子犬みたいな視線。 わかってやってるんだろうかエイラは。ずるい。 そっとエイラの手を握る。 「好きだから心配なの。…お願い、休んで?」 まるで私がお姉ちゃんみたいだと思った。 エイラは顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせてから、ようやく 「…わかった」 って小さく言った。 ふらふらと飛んでいくのは眠いからかな、それとも別の理由かな。 戻るエイラを見送りながら思った。 何だか今まで感じていた寂しさとは違う、 寂しさだけじゃなくてもっと別の…甘い感じも混じった気持ちでいっぱいだった。 まさかこんな事になるなんて思ってもいなかったから、 明日からはどうエイラに接したらいいのかな…。 そうも思ったけど、明日からもエイラと一緒だと思うわくわくの方が強かった。 エイラが私を受け入れてくれたことの方が嬉しかった。 気持ちが抑えきれなくなって、もう一回呟いてみる。 「エイラ、大好き」 今度は小さな声で。 それでもエイラにだけは届くって信じられた。 夜明けはまだまだ遠いけど、 もう私の心には怖さなんてひとかけらもない。 ありがとう、エイラ。 他には何も考えられないまま、私は夜空を飛びまわった。 どうしても頬がゆるむのを抑えられないまま。