〜キミハキミノママデ〜 「エイラっていっつもそんな格好だよな」 隣を歩く彼女は僕をチラッと見ると持っていたソフトクリームに口をつける。それから一言、 「別にいいだろ動きやすいんだから」 今日もエイラはクリーム色のVネックのセーターに黒いタイトジーンズ、足元はスニーカーという非常にラフな格好だ。 まあこれはこれで似合っているんだけど、もう少し女の子らしい格好も見てみたいんだよな。 「せっかく素材は良いのにな、もったいないよな」 「何だって?なんか言ったか?」 おっと、どうやら思っていた事が口から漏れだしていたらしいエイラに耳ざとく聞かれてしまった。 「何でもないって、ただの独り言」 と適当にごまかしたがその日彼女は別れるまで何か考え事をしているようだった。 エイラ・イルマタル・ユーティライネン。彼女とはこの街で知り合った。何でも戦前はウィッチとして名を馳せていたという。 彼女とは恋人と言えるような言えないような微妙な関係で、そんな状態がもうかれこれ3ヶ月以上続けている。 僕としてはもう一歩を踏み出したいのだけど彼女はあまり乗り気ではなかった。いわく、 「親しい人間が出来ると別れがつらくなるから」 らしい。 どうやら彼女は戦後に親友と別れてこの街に来たらしい。 それぞれに進む道があったからなのだがその時の親友の顔が今でも忘れられないそうだ。 それゆえに誰とも深い関係にならない生活を送っているそうだ。 前回のデートから一週間後。次の日曜日。僕はエイラに呼び出されて街灯の下に立っている。 なんでも夕飯を一緒に食べたいからレストランを予約しておけとの事だ。 約束の時間を15分ほど過ぎたあたりで後ろから声がかかる。 「ごめん、遅くなった」 エイラの呼びかけに振り返るとそこには見知らぬ美女が立っていた。 「おい、なに固まってるんだ?」 絶世の美女に見とれていると、その彼女が近づいてきてヒョイと僕の顔を覗き込んでくる。 サラサラとした髪が流れ落ち少し額にかかる。ファンデーションの香りと薄く引かれた口紅にドキッとする。 その顔を間近で見てようやく気が付いた。 「…もしかして、エイラ?」 「…怒るぞ」 僕のその無神経な発言に彼女はたちまち機嫌を悪くしたらしく眉根を寄せ半眼になる。 「いやごめんごめん。余りにも素敵な女性が居たもんだから誰だか分かんなかったんだ。それにしても…へー」 怒る彼女をなだめながら改めて眺める。色素の薄い肌に映える青いワンピースをまとい、華奢な足下にはヒールの高い白いサンダル。 長く綺麗な銀髪に黒い髪留め。薄く化粧した顔はどこかのお嬢様を思わせた。 「なんだよ、ジロジロ見るなよ」 両手で自分を抱くようにして身をよじるエイラ。どうやらジックリ見られて恥ずかしいようだ。 「いいじゃないか。それに良く似合ってるよ」 「そ、そうか?ふふん」 僕の一言で機嫌を直したエイラはその場でクルッとまわって見せた。それからトコトコと僕の方に歩いてきて、 「ほら、さっさと行くぞ」 と僕の腕に自分の腕を回しながら歩き出す。 「エ、エイラ?」 普段の彼女からはありえない行動に僕は驚きを隠せなかった。 「こんな事するのもこんな格好するのも今日だけだかんな」 そっぽを向いているがちらっと見える頬が赤くなっている。そんな彼女を見てフッと笑ってしまう。 「なに笑ってるんだよ」 あまり大きな声ではなかったはずだけど、やっぱり耳ざとく聞かれてしまい文句を言われる。 「いやごめんごめんエイラが可愛いなと思ってね」 素直に、単純に自分の気持ちを言葉にする。 「な!なに言ってんだよ。バカ…」 僕の言葉でエイラの顔がますます顔が赤くなっていく。若干うつむき加減で歩くエイラ。 さらに恥ずかしさの為か歩調も速くなっていく。 「おいエイラ、あんまり急ぐと危ないぞ。って」 「うるさい。さっさと行くぞ・・・うわ」 なれない履物に前を見ていないことが重なって石畳の突起に躓いて転んでしまった。 腕を組んでいた僕も巻き添えを食って倒れこむ。 「いてて、大丈夫かエイラ?」 ほこりを払い立ち上がり、エイラを起こそうと手を差し出す。 「うん。ありがとう・・・っつ」 立ち上がろうとしたが足を押さえてまた座り込んでしまう。 「どうしたんだ?ちょっと見せてみろ」 かがんでエイラの足をみる。幸い折れたりはしていなかったが倒れたときに捻ったらしく足首が少し腫れていた。 「これじゃ歩くのは無理そうだな。・・・しょうがない」 僕はエイラの膝下と腋に腕を通すとそのまま抱え上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。エイラが首に腕を回したのでそのまま歩きだす。 始めはキョトンとしていたエイラだが自分の置かれた状況を認識すると途端に腕の中で暴れ出す。 「自分で歩けるから!恥ずかしいだろ!降ろせ」 ジタバタと暴れるエイラを腕で押さえ込みながら、 「無理させちゃって、ごめんな」 「えっ?」 その一言でエイラはピタリと動きを止めた。 「ごめんな。僕の為に無理させちゃって。エイラはそのままのエイラでいいんだ」 心からの言葉。真剣な思い。そんなものを込めて言葉を紡ぐ。 その続けざまの言葉にまたそっぽ向くエイラ。今度は耳まで赤くなっている。 「別に無理なんかしてねーよ。この格好だって私がしたいからしてるんだ。お前に見てもらうためにな」 エイラが何かしらゴニョゴニョ言っていたが良く聞き取れなかった。でももう腕の中で暴れることは無くなった。 「なにか言った?」 「別に!なんでもない!ほら速くしないと予約時間に遅れるぞ。急げ急げ」 腕の中で元気に跳ねるエイラ。僕はそんなエイラの体温を抱えた腕と体で感じながら石畳の道を急ぐのだった。