〜折れた翼と魔女の手の平〜 「助けてくれ。今にも死にそうなんだ!」 僕の部屋のドアを勢いよく開けながらエイラがそう叫んだ。僕はというと朝食のトーストをくわえながらただ呆気にとられていた。 「えーと、見たところ元気そうだけど?」 エイラを頭の天辺から足の先まで見てみたが息を切らせている以外に特に異常はなさそうである。 服装は相変わらずボーイッシュというかあまり可愛げの無いものだった。エイラはそんなことを考える僕なんかお構い無しに部屋に入ってくる。 「バカ、私じゃなくてコイツだよ」 手に持っていたバッグの口を広げて見せる。エイラのバッグの中には一羽の灰色の小鳥がうずくまっていた。どうやらかなり弱っているらしい。 僕は直ぐにテーブルの上を片付けて鳥をバッグから出してやる。テーブルの上に乗せてあちこち触診を始める。 「大丈夫か?コイツ助かりそうか?」 エイラが心配そうに覗き込んでくる。 大雑把だが触診を終えエイラの方を向く。 「うん、大丈夫じゃないかな。翼の骨が折れてるだけだから添え木してちゃんと固定してやればまた飛べるようになると思うよ。」 首や胸骨に特に異常は感じなかったので恐らく翼の外傷だけだろうと判断する。ただ怪我のせいで動けなかったらしくそれなりに衰弱していた。 「そうか!良かった」 僕の言葉に胸をなで下ろすエイラ。どうやらこの小鳥を本気で心配していたらしい。 「鳥は割と生命力が強いからね。安定した環境ならそんなに長いことかからないんじゃないかな」 そう言いつつ僕は処置の準備を始めた。まず骨を正しい位置にし、枝を適当な大きさに切ったもので翼を挟むようにする。 次に包帯を半分の幅に裂いた物で翼と添え木を一緒に巻き固定した。 「まあとりあえずこれで大丈夫だろう」 枝と包帯の即席ギプスで翼を固定された灰色の小鳥は大人しくうずくまっていた。 「それでこの小鳥はどうしたんだ?」 一通りの処置が終わったのでタオルを敷いた空箱の中に小鳥を移しながらエイラに尋ねる。するとエイラはなぜか恥ずかしそうにいきさつを話し始めた。 エイラが言うには家を出たら玄関先にこの小鳥がうずくまっており、自分だけではどうしたらいか分からず真っ先に僕のところに連れてきたらしい。 「餌とかどうしようか?」 エイラは箱の中の小鳥の様子を伺いながら僕に話しかける。 「パン屑とかだけっていうわけにもいかないからね。穀物を殻ごと細かくしたやつとか少量の野菜とか。後は虫かな」 「え〜、虫〜」 ちょっと嫌そうな顔をするエイラ。年頃の女の子並みに嫌がる様子はちょっと可愛かった。 「まあその辺は釣り好きの友達に分けてもらうさ」 それからエイラは毎日僕の部屋に来ては小鳥の世話をしていった。エイラの熱心な世話で日に日に回復していく小鳥。 順調な回復に喜ぶエイラ。だが僕はある時その笑顔にどこか陰りがあるのを感じた。その陰りは鳥の回復とは逆行して濃くなっていく。 小鳥が家に来てから数週間がたった。僕達は骨折の完治した小鳥をつれて森の入り口にやって来ていた。 鳥籠の口を開け小鳥を手に包むエイラ。 「さあ、行きな!」 天高く手を掲げると小鳥はその手の平から飛び立っていった。空高く飛んでいく小鳥。その小鳥を二人はずっと目で追っていく。 力強く羽ばたく小鳥はやがて小さな点になり、森の中に消えていった。 「行っちゃったな」 「うん」 いつの間にかつないでいた手。その手にエイラの温もりが伝わってくる。 「一緒に居たのは短い時間だったけどやっぱり別れは辛いな」 そういうエイラの顔は寂しげで悲しげで泣き出しそうだった。恐らく小鳥との別れが親友との別れを再起させたのだろう。 寂しそうに肩を落とすエイラ。そんな彼女を後ろから抱き締める。 「な、何するんだ!急に抱きつくな!離れろ!」 突然の事に狼狽するエイラ。 「じゃあ急じゃなければいいのか?」 とちょっと意地悪してみる。 「そういう事じゃ無くて!いいから離れろ!」 別れの辛さを知っているはずなのに、それでも傷付いた小鳥を助けようとした優しいエイラ。 僕だけはそんな彼女を悲しませないようとエイラを抱き締める腕に力を込める。 「僕だけはずっと傍にいるから」 腕の中のエイラがビクッとなる。 「…そんな恥ずかしい台詞良く言えるな。でも…ありがとうな」 そう言いながら抱きしめる僕の手の平に自分の手の平を重ねるエイラ。 折しもその時、空から雪が降って来た。僕達は互いの温もりを感じながら、ただ舞い降りる雪を眺めていた。 これはちょっとした後日談。実はエイラはあの小鳥に名前をつけていたらしいのだ。その名前は『サーニャ』。 かつて共に戦った仲間で一番の親友だった人の名前。彼女は願掛けのつもりでその名前を小鳥につけたそうだ。