〜雪の道の出会いと別れ〜 「なあ、お前はどうして私と一緒にいるんだ?」 雪の降り積もる道、私のちょっと前を歩くアイツに今までの疑問を形にしてぶつける。 「何か言った?」 ちょっと先を歩くアイツは首をかしげながらこちらを振り向く。 私はため息をつきながらさっきと同じ言葉を繰り返した。 「だから、どうしてお前は私と一緒にいるんだ?って言ったんだよ」 ここ最近私と一緒に居るアイツ。何でアイツは私と一緒に居るのか私はその理由が知りたかった。 前を歩くアイツはちょっと考え込んでから、 「何でって、エイラと一緒に居るのに理由が必要なの?…そうだな強いて言うならエイラと居ると楽しいし落ち着くからかな」 そんな風に恥ずかしいことをサラッと口に出してくる。 「それじゃエイラは?」 無邪気な笑顔で私の方を向く。その笑顔に私は少し戸惑いながらこたえる。 「私?…私もお前と居ると楽しいし落ち着く。でも…」 「でも?」 アイツは歩みを止め体ごと私の方を向いた。 「親しくなるのは嫌っていうか…、困るっていうのかな。あんまり人と深い関係には成りたくない」 「何でさ?」 「何でって…親しくなる程、深い関係になる程、別れの時に辛くなる。私はそれが嫌なんだ」 そう、親しい人との別れは辛い。それが親密な関係であるばあるほどに。そして私は今は遠く離れた親友の事を思い出していた。 引っ込み思案で大人しいあの娘。あの頃共に戦っていた仲間に馴染めずいたあの娘はいつも私と一緒だった。 様々な出来事と人との出会いがあってあの娘も変われた。それはとても良いことだった。 でもあの娘にあんな事を言われるとはあの頃の私は思ってもいなかった。 「私は自分の道を行くから、エイラも自分の道を見つけて」 それはあの娘の家族を一緒に探し出してしばらくたったある日、唐突に言われた言葉だった。 ずっと二人一緒にいるんだと思っていた私にとってその言葉は永遠の別離を告げるようなものだった。 その言葉に強いショックを受けた私は、逃げるようにあの娘のもとを飛び出しこの街に流れついたのだ。 この街は私にとっての理想郷だった。なにが有るわけではないが、それ故に大きな変化もない。 そして何よりここには私を知る者が、また私が知る者がいない。あんな思いをするのはもう御免だ、あんな辛い思いをするのは。 それだったら一人で生きて行く方がずっと楽だ。だから私はここで誰と知り合うで無く一人で生きていこうと思っていた。 …そう思っていたのにいつの頃からかアイツが私の周りをうろつき始めた。 アイツとの出会いは一年位前。ちょうどこんな雪の降る夜のことだった。 その日はいつもより遅めに夕飯を食べたので帰る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。 帰り道を急ぐ私の後ろから不意に声がかかった。 「あの、良かったら家まで送りましょうか?」 後ろを振り向くと人畜無害そうな笑顔でアイツが立っていた。必要無いと断りをいれる私にアイツは、 「いいからいいから」 と強引に家までついて来た。そして私を家まで送り届けると何をするでも無くアイツはさっさと帰っていった。 私もアイツが勝手にしたことだからと礼も言わずに家に入った。アイツとの話はそこで終わりになるはずだったが、 神様は私に妙なイタズラをしていった。翌朝気付いたのだがどうやら私は財布をどこかに落としてしまったらしかった。 大した金額は入れてなかったがあの財布には大切な写真が入れてあった。あの娘と一緒に撮った大切な写真が。 私はすぐに財布を探しに行こうとドアを開けた。すると玄関先にはその財布を片手に持ったアイツが立っていたのだ。 「昨日の帰り道これを拾ってね。悪いと思ったけど中身を確かめさせてもらたよ。君のだとわかったんですぐ届けようとしたんだけど、 生憎もう寝た後みたいだったから」 そう言うとアイツは何食わぬ顔で財布を差し出して来た。 私にはアイツが財布を掏(す)ったんじゃ無いことが分かった。私は財布を掏られるほど抜けてはいないし、 第一アイツがスリなら掏った相手にわざわざ財布を返しに来ないだろう。「それじゃ」と帰ろうとしたアイツを私は呼び止めていた。 「あの…昨日は悪かったな、せっかく送ってくれたのに礼も言わずに…。財布のお礼もしたいから食事でも奢るよ」 そういう私にアイツは少しキョトンとしながらも、 「それじゃ、せっかくだからお言葉に甘えさせて貰おうかな」 と笑顔で応じてきた。 「それで何が食べたい?」 私の質問に、とある店の名前を出したアイツ。アイツのリクエストした店は何のことは無い一般的な普通の食堂だった。 私は少しバカにされた気がした。小娘の財布の中身じゃこの程度が関の山だろうと言われた気がしたのだ。 「バカにするなよ。これでも少しは持ってるんだぞ」 そう食ってかかる私にアイツは、 「そんな事は無いよ。僕はここで食事がしたいんだ」 と苦笑しながら入り口のドアを入っていった。 久しぶりに誰かと一緒の食事は思いのほか楽しく会話が弾んだ。出てきた料理も美味しくて会話に拍車をかけた。 誰かと話すのがこんなに楽しいとは思わなかった私は、帰る頃にはアイツとの次の約束をしていたのだった。 そうして知り合ったアイツとも色々な事があった。 慣れない服で食事に行き、その途中で足をくじいてお姫様抱っこされたり、怪我した小鳥を看病したり、アイツの家に料理をしに行って大失敗したり。 いつの間にかアイツと居る時間が当たり前になっていた。だから時々思うのだ。どうしてアイツは私と一緒にいるのだろうと。 そして話はさっきまでの会話に戻る。 「お前は別れはつらくないのか?」 私はアイツに問いかける。少し思案顔をしてからアイツはこう返してきた。 「確かに別れはつらいね。それが親しい人、大事な人であるほどに」 先程の私と同じ事を言うアイツ。 「人はいつかお別れするものだよ。僕の方から離れていくかもしれないし、エイラの方からかもしれない。それに…」 一端区切ったアイツの言葉を私が続ける。 「どっちかが先に死ぬかもしれない?」 私の言葉に頷くアイツ。 「うん。多分それが永遠のお別れになってしまう」 二人しかいないこの場に暗い空気が漂う。そんな空気も気にせずアイツは「でもね」と話しを続ける。 「別れが有るからこそ今一緒にいる時間を大切にするべきなんじゃないかな?」 「少なくても僕はそう思う。お別れの時に後悔したく無いからね。エイラが別れを嫌がるのは多分後悔してるからだと思う。 ねぇエイラ、その仲が良かった人にはなんて言われたんだい?」 そう言われて私はポツポツとサーニャとの出会いから別れの顛末までを話し始めた。 引っ込み思案で部隊の仲間に馴染めなかったこと。出身地が近いこともあって私に懐いてたこと。ある出会いがあって変われたこと。 戦いが終わってサーニャの両親を探した日々のこと。そしてあの別れの日のこと・・・。 私が話している間、ただ黙って聞いてるだけだったアイツは話が終わった途端大きなため息をついた。 「本当にバカだなエイラは。良いかいその子は、サーニャさんだったっけ?サーニャさんは君に自分のやりたい事を見つけてくれって言ったんだ。 多分だけどサーニャさんは自分に縛られ無いで欲しかったんじゃないかな」 もしアイツの言ったことが本当なら離れていったのはサーニャじゃなくて私の方? そんな事を考えた途端アイツの声が急に遠くなった気がした。頭の中がグラグラして、足元がふらついて立っていられなくなった。 私は雪の上に膝をついて顔を両手で覆った。涙が出てくるのが止められなかった。 やさしさと悲しさと悔しさと・・・、色々な感情が胸の中をグルグルまわる。私は感情に任せて子供のように泣いた。 アイツは座り込み泣きじゃくる私を黙って抱きしめてくれた。まるで目に見えない何かから私を守るように。 「落ち着いた?」 私の顔を覗き込んでくるアイツ。しばらく泣き続けた私はようやく涙を止めることが出来た。 「・・・ごめんな、急に泣き出しちゃって」 恥ずかしさのあまりアイツの顔をまともに見れない。多分、今の私は涙で酷い顔をしてるだろう。 「辛い時は泣いたって良いと思うよ。変に溜め込むよりはね」 笑いながら手を差し出してくるアイツ。私はその手に掴まる。私を引き起こすアイツの手は私を抱き締めていたせいか冷たくなっていて、 でもちょっぴり温かかった。 「雪が強くなる前に早く帰ろうか」 そう言うとアイツはまた一人で先を歩き始めた。私は前を歩くアイツに追いつくよう駆け出した。 走った勢いのままアイツの背中に抱きつく。これは今までの仕返しとお返し。いきなり抱きつかれて戸惑うアイツはちょっと面白かった。 多分、コイツの言うとおりいつか別れはやって来る。それは避けようの無いことなんだろう。でも私はその時が来るまでコイツと一緒にいようと思う。 コイツと居れば辛い別れの未来さえ乗り越ええられそうな気がする。そう想えるほどには今の私は幸せらしい。