バルクホルンとルッキーニをなんとやら(その3)  〜サーニャもいっしょだよ〜 ※※※※ 「そこで、訓練を兼ねた夜間哨戒のシフトを組もうと思っています。」 ミーナの凛とした声が響く。今はブリーフィングの最中だ。 ネウロイの出現が不定期になりつつある今、夜間の戦闘も今後増えると考えられる。 そこで、あまり夜間行動に優れていない隊員の訓練も視野に入れた哨戒任務が考案された。 夜間行動に長けたリトヴャク中尉を中心に、戦闘経験の豊富なものとそうでないものを組ませる、というものだ。 もしネウロイと遭遇したとしても、ある程度の人数が揃っていれば対応もし易いという意味もある。 さすがミーナだな。よく考えている。 「ではまず今夜からサーニャさんと……そうね、トゥルーデ。 頼めるかしら?」 む。私か。そうだな、まずはこの案の様子見を含めての人選というわけか。 「了解した。」 一応、私はこの部隊ではエースということになっている。 最初は手堅いメンバーで固めたいのだな。 「それともう一人は……」 「はーい!! アタシ! アタシ!」 大声で飛び出すように立候補する少女が一人。 「え?ルッキーニさん?」 ……………。どういうつもりだ? 「えーと……その、大…丈夫かしら? ねえトゥルーデ?」 ミーナが不安八割といった表情で見てくる。 むう……ルッキーニは年少とはいえ、戦闘経験はまあまあといったところだ。 それはリトヴャク中尉も同じであるし、通常任務では問題ないだろうと思う。 しかし……。 「寝てしまうだろう。お前は」 問題はそこである。ルッキーニは寝る。とにかく寝る。 昼寝をしっかりしたうえで夜もたっぷり眠るのだ。 そんな彼女が一晩中起きているなんて無理だろう。 ミーナも最初からこの任務につけるつもりはなかったんじゃないか? 「う〜、大丈夫だよ!お昼寝たくさんすれば!」 「普段からたくさんしているだろ……」 「平気だって! だってトゥルーデと一緒だもん!!」 「な…! なにを言ってんひゃ!」 ………。 「噛んだ ニヤニヤ」 「噛んだね ニヤニヤ」 デカいやつと小さいやつ(いろんな意味で)がなにかほざいてるが放っておこう。 確かに訓練ということなら、夜間戦闘の経験が少ないルッキーニを連れて行くこと。 それは大きな意味があるかもしれない。もしもの時でも、私が一緒にいれば……。 そう、私とルッキーニが一緒に………ってなんでそこを強調するんだ私。 他に夜間任務のエキスパートであるリトヴャク中尉も一緒ではないか。 ふーむ。 よく考えると悪い提案でもないかもしれないな。 「……わかった。 リトヴャク中尉。かまわないか?」 中心になるのはリトヴャク中尉だ。彼女の意見も聞いておこう。 「はい……別に………」  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・ 「ムニュニュ………zzz」 「まあ、そうだと思ったがな……」 そろそろ出発する時刻になりルッキーニを呼びに来たのだが、やはり寝ている。 初日からこれでは先が思いやられるぞまったく………。 「おい、起きるんだルッキーニ」 ペチペチと頬を叩く 「ウジュ……zzz」 起きない。 「おーい」ムニーンと頬を左右に軽くひっぱる。 「ウウーン……」 表情が険しくなってきた。 もう一息。 ムニュ。 その小さくてプリリとした唇をつまむ。 「ウ、ブブブ…」 「よーし、もうちょっと……で……」 急に、この間の記憶がフラッシュバックした。 あの晩…この小さくて可愛らしい唇が……私の…胸を…。 急に胸の奥が熱くなってくる。 「また……どうしたというんだ私は……。」 何度も確認するが、ルッキーニはまだ12歳の少女。 私が抱いている得体の知れない感情。 妹や宮藤に対して思っているものとは違う。 それは、彼女に向けていいものかどうか分からない。 しっかりしろ私。これは熱病のようなものだ。 そのうちきっと収まるはず。……そのはずなんだ。 「ブブブブブブブブブ…」 あ。 しまった唇をつまみっぱなしだった。なんだかすごい顔になってきている。 「ブジュジュ………トゥルーデ…?」 目覚め最悪といった表情でルッキーニが目を覚ました。 スマン……。我を忘れていた……。 「………大丈夫ですか……?」 「うほぉ!?」 背後から急に声をかけられ、飛び上がりそうになる。 「………ゴリラさん?」 そこには小首を傾げ、魔力のアンテナを光らせたリトヴャク中尉が立っていた。 って誰がゴリラだ。確かにそれっぽい声をだしてしまったが。 「い、今のはその……そう! ルッキーニがゴリラのマネをしてくれなきゃ起きないとか言うもんでな!」 「…………」 「まったくしょうがないな!ルッキーニは! な!」 「うーん……そだっけー……」 まだ寝ぼけ気味で左右に揺れているルッキーニ。 そういうことにしておいてくれ。 「…そうなんですか…」 リトヴャク中尉も納得してくれた……んだと思う。 どうもこの娘の感情は読み難い。 おとなしい娘だとは前々から思っていたが。 「とにかく、出発しよう!」 そう。 私達ストライクウィッチーズ。 細かいことより任務が優先なのだ。 さあ行こう。 すぐ行こう。 ……まだ、胸の奥でなにかがくすぶったままだが……。  ・  ・  ・  ・  ・ 夜の空はどこまでも暗く、飲み込まれそうな様相を醸し出していた。 隣を飛ぶリトヴャク中尉のアンテナが闇に映える。 こんな状況で敵と遭遇したら、確かに慣れないものは戦えないだろうな。 「………ウジュ………ウゥー………」 少し後ろを飛ぶルッキーニがなにやら呟いてる。なんだ?まだ寝惚けているのか? やや後退し、ルッキーニの手を取って声をかける。 「なんだ、まだ眠いのか? しっかりするん……だ?」 握った手が震えていた。 近づいてようやく気付いたが、ルッキーニの目はちゃんと開いている。 いや、普段よりも大きく見開いていた。 そしてその顔には、「恐怖」が滲みでている。 「こ…わい…怖いよ…トゥルーデ…」 ギュっと手を握り返してくるルッキーニ。 そうか……このどこまでも続く闇が怖いんだな……。 すぐに基地に戻ろう……と言いたいところなんだが、今回の任務はこの状況下に慣れる訓練も兼ねている。 怖いからといって引き返すわけにはいかないのだ。 「もう少し我慢してくれ。雲の上にでれば明るくなるから…」 「……ウ…ウエ……ウエエエエエエン!!」 泣き出してしまった。 どどどどっどうしよう。 「いや、ホラ、任務だしな! だから、その! 泣かないでくれ!」 「ウエエエ…ウジュ…ウウ…ウェエエエエェ!!!!」 困った。 本当に困った。 妹のクリスは年のわりに落ち着いた子だったから、泣く子をあやすといった経験が私にはあまりない。 どうしたらいいんだ………。 ルッキーニが泣いていると私も悲しくなってくる。 どうか、どうか泣かないでくれ……。 お前が泣いているのを見たくないんだ。 だから……。 「どうしたんですか……?」 いつの間にかリトヴャク中尉が近くにいた。 立ち往生(飛んでいるが)している我々の様子を見に来てくれたのか。 「いや、ルッキーニが怖いと言って泣き出してしまって…」 「ウエエエー……ヒック、ヒック…ウエエエエエー!」 「…………」 スッとリトヴャク中尉がルッキーニに近づき、小さな体を抱きしめた。 「ウエエエ……ウ…?」 「大丈夫………大丈夫よ……」 「ウェ………ウ……」 おお……! あっという間に泣き止んだ。 「私が先行するので……大尉がこうしててあげて下さい…」 「あ…ああ分かった」 そう言って彼女は前方へと戻っていった。 大したものだな。 ルッキーニと年もそんなに違わないのに。 「さあ、我々も行くぞルッキー…ニ…!?」 振り向くとその顔がまた歪み始め、大粒の涙を溜めていた。 「おおお少しは我慢してくれー!」 急いで彼女を抱きしめる。 「ウゥー……離さないでェ…」 私の胸に顔を埋め、ギュッと強く抱きしめてくる。 お互いの体温と鼓動が伝わる。 うう……なんだか変な気分になってきた…。 ダメだダメだ! 落ち着くんだ私! カールスラント軍人はUROTAENAI!! 任務の間はな……。  ・  ・  ・  ・  ・ ようやく雲の上にでた。 上空に広がる星空と大きな月。 「キャホーーー!!! スゴーイ!! ピカピカー! キラキラー!」 ルッキーニが、先ほど泣いていたのが嘘のようにはしゃぎ回っている。 「ゲンキンな奴だな…」 つい苦笑してしまう。 「そうですね…」 リトヴャク中尉もクスクスと笑っている。 そうか…この娘はこんなふうに笑うんだな……。 「お前がいてくれて本当に助かった」 「え……?」 大切な人が泣いているのに慰めることすらままならない自分の不器用さが、 今回ばかりはとても恨めしかった。 「私は戦い以外のことはどうも…な」 「いえ、そんなこと……」 「そんなことなーーいよっ♪」 戻ってきてそのまま私の胸に飛び込んでくるルッキーニ。 「コ、コラ危ないだろ」 「えっへへー☆ トゥルーデェー♪」 テンションがどれだけ上がっているのか、私に抱きつき、いつも以上にはしゃいでいる。 「……仲がいいんですね……」 クスクスとまた笑うリトビャク中尉。 「そっだよ〜♪ 私とトゥルーデはとってもラブラブなんだから〜!」 「…ラブラブ…?」 「ラ、ラブって……なにを言っているんだ!!」 顔がすごい勢いで紅潮してくるのがわかる。 気温が低いから余計にそう感じてしまう。 まったく……私が悩んでいることをさらりと……。 クスクス クスクス ニヤニヤするやつがいないのに今度はクスクスか……。 まあ、邪悪なものが混じってないだけマシだが。 「私はべつにラブラブとかそういうのでは……」 「え…!? トゥルーデはアタシのこと嫌いなの!?」 またルッキーニの顔が泣きそうになる。 そんな顔しないでくれ…。 「いや……嫌いじゃ……ないが…」 ああもう恥ずかしい。 「じゃあ… 好 き ?」 …………。 まったく…。 ルッキーニはどうしてこんなに素直で……可愛いんだ。 「 好きだ 」 もう、自分に言い訳する言葉も底を尽きた。 どんなことにも全部本気、どこまでも無邪気な彼女を見ていると、悩んでいる自分が恥ずかしくなってくる。 だから私も、自分の気持ちに正直になろう。 ゲルトルート・バルクホルンはフランチェスカ・ルッキーニのことが好きだ。 それがどんな意味が込められた「好き」なのかは私にもよくわからない。 でも、私は彼女の笑顔を見るのが好きで、一緒にいたくて、抱きしめてやりたくなるくらいに好きだ。 さあ、いつもみたく私に抱きついてこい。今日はいつもよりギュッてしてやる。 ………。 ん? 「 ……えへへぇ〜〜♪」 なにか変だ。 ルッキーニがらしくなくモジモジしている。 顔も真っ赤だ。 「どうしよう〜 トゥルーデに告白されちった〜♪」 待て。 お前が好きかって聞いたんだろ。 なんで今日はそんな反応なんだ。 「………カップル成立ですね」 パチパチと遠慮がちな拍手。 「ぐ……あのなリトヴャク中尉」 「サーニャ…です」 「ん?」 「サーニャって呼んでください……」 「ああ………分かったサーニャ、それでだな」 「私も、トゥルーデさんって呼んでいいですか?」 「え? ああそれはいいけどな、あのな、それでな」 「よかったねルッキーニちゃん…」 「うん♪」 無視か。 お前達は上官をなんだと思ってるんだ。泣くぞ。 「ね!ね! トゥルーデは私のことどれくらい好き!?」 「どれくらい?」 難しい質問だな。 単位で表せるものじゃないだろう。 かといって、私には文学的表現で愛を語るなんてのは無理だ。 ………しょうがない。すごく分かりやすい方法でいくか。 「サーニャ。」 「…はい」 「少しの間、私たちを見るな」 「え…?」 「頼む」 両手で自分の顔を覆うサーニャ。 「これでいいですか…?」 「ああ」 いまだモジモジウジュウジュしているルッキーニの両肩を掴む。 「うゅ?」 そして、いつかの日と同じように囁いた。 「特別だぞ……」   チュ 月と星の下、そっと唇を重ねた。 ハムハム   ハムハム つい感触が気持ちよくて、ハムハムとその唇の柔らかさを味わってしまう。 いつかのお返しだ。 「ん……このくらい好きだ。分かったか?」 すっと唇を離す。 ん……? 「…ルッキーニ?」 「………………」 完全に思考停止しているようだ。 ジッとしていることが滅多にないルッキーニが、石のようになって動かない。 貴重な瞬間だぞこれは。 ふと、サーニャのほうを見る。 ちゃんと手で顔を覆ったままだな……しかし、アンテナの色が緑から赤に変わっているぞ。 もしかして…… ジーッ 「………」 ジーッ 「………」 ジーッ  チラッ 指と指の間が少しだけ開いた。 「見てたな」 「スミマセン」 ま、見るなと言われたら見たくなるものだからな……。 しかし夜空の上という特殊な環境からか、私も随分と大胆だったな。 今になって恥ずかしくなってくる。 「そろそろ帰還しよう。もうすぐ夜明けだ」 このままここにいると、もっと大変なことをしてしまいそうだ。 「はい……」 硬直したままアウアウ言ってたルッキーニだったが、ついには「キューッ」と言って失神してしまったので、 私が基地までおぶっていくことにした。 「すまなかったな、初日からとんだ哨戒任務になってしまって…」 あまり訓練にはならなかったしな。 ………私とルッキーニにとっては大きな意味があったわけだが。 「いえ…私、嬉しいです」 「?」 「…二人とたくさんお話できて…」 「……そうか。」 「はい…」 「これからもっと、皆とも仲良くなれるさ」 私にだって出来たことだ。サーニャにもきっとできる。  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・ 「よっ。 おかえりー」 基地についてまず出迎えてくれたのがシャーリーだった。 「ああ、ただいま」 「ん?ルッキーニどうしたんだ」 私の背中にいるルッキーニを不思議そうに眺めるシャーリー。 「む、これはその……やはり途中で寝てしまってな」 「ああ、そうなるんじゃないかなーってアタシも思ってたよ」 よかった。うまく誤魔化せた。 「んー、でもじゃあなんで今は赤い顔して俯いてるのかなー?」 え゛? おそるおそる振り返る。 「…………」 真っ赤になったルッキーニが顔を伏せた状態で私に背負われている。 目はポーッと虚ろな感じだが、開いていた。 いつの間に起きていたんだ…。 「ウジュ…」 「あー、えーそのこれはアレでソレで……」 「トゥルーデェ………好きぃ…」 ギュッっとそのまましがみつく手に力が入るルッキーニ。 や、やめろ!…………向き直って抱きしめたくなってしまうじゃないか…。 「おおおおー!!これはついにアレでソレってことなんだな!」 お前が言うと途端に卑猥な感じになるぞシャーリー。 「でさ!でさ!実際のとこどんな濡れ場が展開されたんだサーニャ!!」 「…ナイショー…です」 「えー、いいじゃんおしえてくれよぅー」 「お前が喋るとサーニャの教育に悪いから黙るんだ」 「アンタ達と一緒のほうがいろいろと教育に悪いんじゃないの〜?」  ぐ。 残念だが反論できない。 だが、本当はサーニャのほうが私達よりもずっと大人かもしれないな。 クスクス またサーニャが笑う。 ふふ、私達はみんな違う顔をしているが、いい笑顔をするところは一緒なんだな…。  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・ 「なんだこれは……?」 ルッキーニを寝かしつけ、サーニャと大広間に来たのだが…… 「ハルトマン…?」 「エイラ……?」 ハルトマンとユーティライネン少尉が床に転がっていた。 大量のなにかの空き瓶と一緒に…… 「…うぅ…あなたのために歌うことが、こんなにもつらいことだったなんて…」 ミーナが言いそうな寝言を言いながら、ハルトマンがうなされている。 まぁ、放っておこう。 ハルトマンだし。 ※※※※ というわけで三回目でした。 今回も見捨てずに読んで下さった方、ありがとうございます。 次回は番外編で、エイラとハルトマンによる「夜間非行」の予定です。 鳴り響け!僕のエロス!