よ×エSS7 よしこ視点 「じゃあ明日の日没前に迎えに来るからな」 「4人とも頑張ってくれ……基地で無事を祈っているぞク……おまえ達」 異常に爽やかな笑顔で空に飛び立ち、もう見えなくなった坂本さんとバルクホルンさん。 「……」 白い砂浜に取り残されるわたし、エイラさん、リーネちゃん、ペリーヌさんの四人。 ここはブリタニアの南西に浮かぶ無人島。 ストライカーユニットは坂本さんとバルクホルンさんに持ち帰られてここには無く、泳いで帰るにはブリタニアは遠すぎた。 つまりわたしたちはこれから二日間の間、坂本さん達が『特別』に置いていった僅かな生活用具を使って生きなければならないらしい。 「と、とりあえずまずは何をしましょうか?」 「寝床と水場の確保……かな」 3人に聞くとため息まじりにエイラさんが呟いた。 何故こんな状況になっているのかというと、話は昨日まで遡る。 目が覚めた。 「……むぅ……」 せっかくいい夢見てたのに。起床時間に正直な自分の体が恨めしい。 坂本さんとの早朝訓練が嫌なわけではないけれど、しぶしぶと体を起こした。 今朝もエイラさんを夢に見た。一緒に空を飛ぶ夢。 訓練でも任務でも、もう何度も飛んでいるのに、それでも夢に見るほど楽しい時間。 というより、もっとエイラさんと一緒にいたいんだ、わたしは。 もっとお喋りしたい。もっとくっ付いていたい。もっとぎゅっとして欲しい。もっとキスして欲しい。 一緒に寝て。一緒に起きて。それでそれで、一番最初におはよう、って声かけて……。 「うえへへへ……わわっ!?」 いけないいけない、ちょっとトリップしてたみたいだ。 好きな人の事を考えてると時間がいくらあっても足りない。 時間が無限にあったらいいのになぁ。そしたら、エイラさんといつまでも一緒にいられるのに。 そんな夢みたいな事を考えながら時計を確認して、慌てて寝間着の紐をほどいた。 「うわわわっ!?」 坂本さんに足を引っ掛けられて転んだ。 「……剣筋は悪くないんだが……どうもお前はフェイントに弱いな」 「見ていられませんわね……」 尻餅をついてしまった私に手を差し伸べながら坂本さんが評価を口にした。 傍らで稽古を見ていたペリーヌさんにもため息をつかれる。 「もっと周りを見ろ。前を向く事も大事だが時には別の方向から物事を見ることも大切だぞ」 「……別の方向、ですか……」 手を止めて坂本さんの言葉を反芻した。 確かにわたしは前に突っ走るだけで後の事はよく考えてないような気がする。 最近一緒に坂本さんの早朝訓練を受けているペリーヌさんも坂本さんの言葉に乗っかった。 「少佐の言うとおりですわ」 いつもわたしにもみんなに対してもつんつんと棘だらけの言葉を投げかけてくるペリーヌさん。 今日もご機嫌斜めのようだった。 「一人で突っ走って自滅するような方には背中を預けたくないものですわね」 「そんな……わたし一生懸命頑張ってます!まだ未熟かもしれないけど精一杯頑張ってます!」 「その考えが甘いんですわ!バルクホルン大尉の言葉ですけど、敵は貴女の成長を待ってはくれないんですのよ!」 「そのバルクホルンさんにだって少しは認めてもらえました!……まだまだだ、とは言われますけど」 ペリーヌさんとはいつもこうだ。 もっと仲良くしたいのについ口論になってしまう。 「まぁまぁ落ち着け二人とも。ペリーヌ……宮藤はお前のように長年訓練を受けているわけじゃないんだから大目に見てやってくれないか?」 「しょ、少佐がそう仰るのでしたら……」 見かねた坂本さんが制止に入ってその場は収束した。 「……しかし、お前達はどうも水と油だな……あれか?喧嘩するほど仲が……」 「ちがいますわ!」 「え?そうですか?」 「あー……ははは、参ったな」 思わずペリーヌさんと声が重なった。 坂本さんも目を丸くして頭を掻いている。 「まぁ、なんだ。話が逸れてしまったようだが、一人で戦ってるわけじゃないんだから周りを頼ってもいい、って事だ」 「わたくしたちの力が当てにされてないだなんて、まったく心外もいいところですわ」 「はい……」 二人の言葉はありがたいし嬉しい。 けどやっぱりわたしは一人前になって、みんなの事を、世界を守りたいんだ。 そのために努力はしてる……はず……たぶん。 ああ、今のなし。 最近はエイラさんに夢中になっちゃって確かに他の事が見えなくなってる、かも。 すごく優しくて、照れ屋さんで、ちょっと悪戯好きで、たまに強引で。 瞳が綺麗で、髪が綺麗で、肌が綺麗で……その……キスしたくなる。 「宮藤さん?」 抱きしめられると、ふわふわした気分になっちゃって……キスされちゃうと、もう体じゅうの力が抜けちゃって……。 「……ちょっと宮藤さん?聞いてますの!?」 「ふぅえっ!?」 「少佐がお話をしてくださってるんですのよ!?ちゃんとお聞きなさいな!」 ペリーヌさんの大声ではっと我に返る。 ……またやってしまったようだった。 顔が熱くて、胸がどきどきと高鳴ってる。 「あ……ご、ごめんなさい!!」 慌てて謝ったけれど、もう手遅れのようだった。 坂本さんの顔から温和さが消えて、ぴんと張りつめたような殺気が放たれていた。 「さ、坂本さん……」 「……たるんどる……」 ほんと……たるんでる。 「野外演習、ですか?」 朝に竹刀で打たれた頭がまだずきずきと痛む。 昼食をとった後、わたし、エイラさん、リーネちゃん、ペリーヌさんの4人が談話室に呼び出された。 「今回は敵の攻撃を受けて無人島に不時着したことを想定してやってみようと思う。サバイバル、というやつだ」 心なしか坂本さんは楽しそうだ。 こういう企画をするのが好きなんだろうか。 「新人のリーネと宮藤は言わずもがな、ペリーヌはやったことがないと聞いたものだからな」 「そういえばガリア空軍ではやったことありませんわね……」 ペリーヌさんが顎に手を当てて思い出すように言った。 「期間は小規模で二日間と短いが、お前達4人は歳も近いし、ついでにチームワークの強化でも狙おうというハラなのだがな」 はっはっは、と豪快に笑う坂本さん。 「はい少佐」 エイラさんが挙手して質問。 「なんだエイラ」 「私は野外演習やったことあるんだけど……スオムスで雪中行軍演習」 「はっはっはっは!」 坂本さんが文字通り一笑した。 「それは雪中行軍だろう?ここはスオムスではない、ブリタニアだ。雪は降っても殆ど積もらんぞ」 「むぅ……理不尽だ」 坂本さんに言いくるめられて唸りながら押し黙るエイラさん。 ちらりとわたしの方を見た後、「ま、いいか」と呟いたのが聞こえた。……嬉しい。 「あ、あのぉ、坂本少佐……質問いいですか?」 今度はリーネちゃんがおずおずと手を上げた。 「なんだリーネ」 「えっと、この4人だけなんですか?他の方は参加されないんでしょうか」 「あたしらはもうやっちゃったしなぁ」 質問の答えが背後からも聞こえた。 「カールスラント戦線時代に少佐の指導でやったことあるよ」 「うむ。さすがに全員出してしまうと緊急時に手が足りなくなるからな。済んだ奴らは除外してある」 と、食後にソファでルッキーニちゃんとごろごろしていたハルトマンさんが言う。 それに坂本さんが補足として付け加えた。 「あたしはやったことないけどニャー」 「ルッキーニは殆ど野生児みたいなものだからな、必要ないだろう」 「むー、つまんなーい!」 手をばたつかせるルッキーニちゃんを見るハルトマンさんが迷惑そうに顔をしかめた。 暴れるルッキーニちゃんを諌めるようにシャーリーさんがぽんぽんと頭を軽く叩いて言う。 「あたしも本土でやったよ。いやーまさか志願したその翌日に密林に放り出されるとは思わなかったなー 「そ、壮絶ですね……」 「死ぬかと思った。アハハ」 「「へ、へぇ……」」 リーネちゃんと揃って顔を青くして受け答えた。 い、命の危険があるの……? 「はっはっは!そんな不安そうな顔をするな宮藤!リーネ!どうしてもダメだと思ったらインカムで助けを求めて来てもいいぞ!」 「あ……途中棄権もできるんですか……よかった」 「その代わり回復したら一ヶ月便所掃除だ!」 ……頑張ろう。 「心配しないでいいよ、エイラ、芳佳ちゃん」 「で、でも……」 笑顔で送り出してくれるサーニャちゃんだけど、エイラさんはまだ心配なようだった。 丸一日以上基地にいないのだから、当然エイラさんの部屋はもぬけの殻だ。 となるとほぼ毎日エイラさんの部屋で寝起きしているサーニャちゃんの寝床はどこになるのか。 その事を断りに来たんだけど、なんだかサーニャちゃんは嬉しそうだった。 「……子供扱いしないでよね?」 なかなか後に引かないエイラさんに、ついにサーニャちゃんが機嫌を損ねた。 ぷうっと頬を膨らませて怒るサーニャちゃん。……かわいくてなんだか迫力が無い。 「最近は哨戒帰りに坂本少佐とお話したり、ルッキーニちゃんの秘密基地にお邪魔したり、何故か起きてるハルトマンさんとお喋りしたりするんだから」 「う、うわあぁん!ミヤフジぃ!サーニャがグレたー!少佐はともかくなんであんな奴らとつるむんだー!?」 ところがエイラさんにとっては迫力満点だったらしく、涙目になってわたしの胸に抱きついてきた。 「あ、あははは……」 「くすくす」 エイラさんの扱いにかけてはサーニャちゃんの方が一枚上手かもしれない。 泣きつくエイラさんの頭をよしよしと撫でながら口を開いた。 「でもほんとに大丈夫?サーニャちゃん。無理しなくていいんだよ?」 「うん、平気だよ芳佳ちゃん……それに……」 サーニャちゃんがとてとてと走り寄って来て耳打ちしてきた。 「……せっかく芳佳ちゃんが一日中エイラを独り占めできるチャンスなんだもん。心配しないでいいよ?」 「さっ、サーニャちゃん!?」 「え?なになに何の話?」 わたしの声に、胸元でわんわん泣いてたエイラさんが復活して聞いてくる。 「な、なななな何でもないよエイラさん!」 「ないしょ」 口元に人差し指を当ててちろっと舌を出すサーニャちゃん。 それを見てなにやらこみ上げてきたらしい。 「う、うう……やっぱりサーニャがグレたー!!」 「夜間哨戒行って来まーす」 そんなエイラさんを意に介さない風に、さっさと走り去っていくサーニャちゃん。 サーニャちゃん……最近明るくなったなぁ。 それにしても、わたしの扱いまで上手いなんて……ハルトマンさんやルッキーニちゃんの影響かなぁ。 そんな事を思いながらさめざめと泣き続けるエイラさんの頭を撫でていた。 「あついですわ……」 昨日の事を考えているとペリーヌさんが愚痴を漏らした。 「あついですね……」 同意しておく。確かに暑い。 垂れた釣り糸はさっきからぴくりとも動かない。 降り注ぐ日差しは異常に強くて、照り返しで上から下から容赦なく熱気が体を焼いていく。 「チーム分け……めちゃくちゃな気がします……」 「少佐がお決めになったことですわ……きっと意味があるんですわ……」 島に上陸した時に、坂本さんはわたしとペリーヌさん、エイラさんとリーネちゃんでチームを分けた。 エイラさんとチームになりたかったけど、仕方ない、かな。 坂本さん曰くあまり仲の良くない者同士をチームにすることで結束力の強化を図るとかなんとか。 ……ペリーヌさんはわたしの事あまり良く思ってないんだろうか。 わたしは、仲良くしたいと思ってるんだけどな……。 「ペリーヌさんはわたしの事嫌いですか?」 「正直あまり好きではありませんわ」 「そんなぁ……ストレートにひどいです……」 ここまできっぱりと言われるとさすがに傷つく。 「さ、坂本少佐にあんなに気にかけていただくなんて、貴女ばかりずるいですわ……」 小声でぶつぶつと呟くペリーヌさん。 ふと、思い浮かんだ事を口にしていた。 「……ペリーヌさんって、その、やっぱり坂本さんの事、好きなんですか?」 「なぁっ!?なななななななんで、そう思いますの!?」 ずざざざざざ、とすごい勢いで後ずさるペリーヌさん。 「え、だって見てればわかりますよ……わたしと同じだし」 「……エイラさんの事ですの?」 神妙な顔つきになってそう言い当てられた。 「あはは、ペリーヌさんも知ってたんですねー」 「そりゃまぁ、見てればわかりますわ」 そう言って目をそらすわたしとペリーヌさん。 沈黙。会話が途切れてしまった。 聞こえてくるのは波の音と、海鳥のにゃあにゃあという微かな鳴き声。 「……お互い苦労しますわね。同性の方に思いを寄せてしまうなんて」 「でも、エイラさんはわたしの事、好きって言ってくれました……えへへ」 「いきなり惚気話ですの?……いちいち癇に障る方ですのね……貴女という人は」 ぐるるるるる、と威嚇するように喉を鳴らされた。……確かに失言だったかもしれない。 「ご、ごめんなさい」 「あ、謝る事はありませんわよ。ま、まぁ?貴女とエイラさんという実例を見ていると?わたくしも自信が持てますし?」 照れたようなお澄まし顔を作るペリーヌさん。 少し、気が楽になる。 「ありがとう、ペリーヌさんって実は優しいんだね」 「礼を言われるような事は言ってませんわよ。……というか“実は”ってどういう意味ですの!?」 また失言。せっかくちょっと仲良くなれたと思ったのに……わたしの馬鹿。 「わあぁ!?ご、ごめんなさい〜!」 「今更謝られてももう遅いですわ!わたくしの電撃で黒こげにしてさしあげましょうかッ!?」 「ひ、ひど!?そんなことされたら死んじゃ……あ」 ピーンときた。 「トネェル!!」 海面につけたペリーヌさんの手から青白い光が走る。 ペリーヌさんを中心にして波紋のように海面が波打ち、一拍置いてたくさんの魚がお腹を上にして浮かんできた。 「うわぁ、凄い凄い!最初からこうすればよかったね!」 「わ、わだぐしは魔力切れでふらふらですわ……確かにいい案だとは思いますけど……」 威力を下げて魚を死なせないように調節した、と言っていたけれど、その調節がまた神経を使うらしい。 ペリーヌさんはふらふらと心底だるそうに、ヤシの木陰に座り込んで髪を手櫛で梳いている。 そういえば静電気で髪が逆立ってしまうから使いたくない、と散々渋られたのを思い出した。 ふっ、と少し笑って電撃で気絶させた魚を捕まえて、岩場の窪みに海水を溜めた即席の生簀に放り込む。 気絶から覚めた魚たちがぐるぐると泳ぎ回っているのを見て少し安心した。 「これだけあれば食べ物の心配は無さそうだね」 「……わたくし、魚なんて捌けませんわよ?その、料理もちょっと」 「大丈夫だよ。料理ならまかせて」 わたしがそう言うと、ペリーヌさんはほっとしたように木の幹に寄りかかった。 「助かりますわね……でも納豆だけは勘弁ですわよ」 「材料があれば作るんだけどなぁ。残念です」 「こんな所でまで腐った豆を食べさせるつもりですの!?」 体にいいのになぁ。 魔力を消耗したペリーヌさんの代わりに水場を探す。 昨日のうちに坂本さんから最低限のサバイバル知識の講義と、この島がウィッチーズ基地所有の訓練場であることを聞かされていた。 なら、小さい島ながらも真水が湧く場所があると踏んで、森の中へ足を踏み入れた。 森は鬱蒼としていたけれど、枝葉の間からは日光が漏れ出してきていてちょっとした森林浴みたいで気持ちいい。 砂浜から島の中心部を見たときにちょっとした岩山が見えたのを思い出す。 もしかしたらそこから水が湧き出ているかもと思い、今はそこを目指していた。 背の高い茂みを掻き分けると急に視界が開ける。 「……わぁ」 思わず声が出た。 岩山から滝が流れ出ていて、小さな湖ができていた。 水は蒼く透き通っていて、腰ほどの深さがあるものの、水底が確認できるほど綺麗だ。 岸にしゃがみこんで手をつけるとひんやりとしていて気持ちいい。 掬って舌をつけてみた。……うん、しょっぱくない。やっぱり真水のようだ。 肩からかけていた2つの水筒いっぱいに水を汲む。 すると近くから枝を踏み折る音が聞こえた。 「ミヤフジッ!」 「ひあっ!?」 背後からいきなり抱きしめられた。でも、声を聞いて安心する。 聞き慣れた声、嗅ぎ慣れた匂い。 わたしの一番好きな人。 「ちょ、ちょっとビックリしたよ……」 「あ、ああごめん」 そんなに長い間会えなかったわけでもないのに、なんだかすごく久しぶりな気分。 腕を解いてくれたので、お互いに向き合った。 「やっと二人っきりになれたね……」 「う、うん」 エイラさんはなんだかもじもじと頬を染めて落ち着かない様子だった。 何かを言おうと口を開いてはやめて閉じる、を繰り返す。 なんとなく、両手をかざして「抱っこして」のポーズをとった。 途端にぱあっと表情が明るくなるエイラさん。 あう……かわいい。かわいすぎて頭が熱くなってくらくらしてくる。 真正面からまた、抱きしめられた。しあわせぇ……。 「ミヤフジかわいい……ちっちゃくって、柔らかくって、抱きしめてるとすごく落ち着くよ……」 「えへへ……ウソだぁ。胸、すごくどきどきしてるよ?エイラさん」 「ミ、ミヤフジだってどきどきしてるじゃないかー」 「うん、幸せの音だよ」 「……かわいすぎ」 一瞬エイラさんのどきどきが大きくなって、照れ隠しなのかぎゅうっと強めに抱きしめられた。 この時間が永遠に続けばいいのに。でもそうはいかない。 早く戻って疲れているペリーヌさんに冷たい飲み水を届けて、食事を作ってあげなくちゃ。 「ね、ねえエイラさん」 「なんだ?」 回していた腕を解いて、向き合った。 「今日……まだしてもらってないから……その」 キスしてほしい。 いざ声に出しておねだりしようとすると途端に恥ずかしくなってきた。 ついさっきとまるで逆の立場になる。 そわそわと目を泳がせていると、わたしがして欲しいことに気づいたのか、 エイラさんが少し意地悪な表情でわたしの顔を覗き込んできた。 「な、なにをして欲しいんだ?」 「その……わかってるくせに」 「いいいいいいや、わかんないから、さ。ちゃんと口に出して言ってよ」 どうしてもわたしの口から言わせたいらしい。……いじわる。 仕方なく、爪先立ちして目を閉じて、唇を突き出した。 「……キス、して」 か、顔から火が出そう……。 かあっと熱くなって、閉じた目をさらに強くぎゅっと瞑った。 「う、うん」 ふわりと唇同士が重なる。 「ん……」 今日初めてのキス。 ふわふわ心地になって蕩けてしまいそう。 口を離しておでこと鼻先同士をくっつける。 「顔、真っ赤だよ」 「ミヤフジだって赤くて、かわいい」 笑いあう。すごく、幸せ。 「あの、すぐ戻らないといけないから、もう一回だけ……ダメ?」 一度してしまうともっと欲しくなる。 さっきとは打って変わって積極的におねだりした。 「ダメなわけないじゃん。私だって何回でもしたい」 「ありがと……えへへ」 さっきの余韻が消えないうちに、また唇を重ねた。 「んぅ……ちゅ……」 「んふぁ……」 今度は舌同士を絡めあう、えっちなキス。 体が火照る。好きって気持ちが溢れてくる。 「エイラさ……す、きぃ……」 「私、だって……ん、好きだよ……」 好きと言われて、背筋がぞくぞくと震えた。 恥ずかしくて嬉しくて、幸せで切なくなる。 足元のせせらぎとは違う、くちゅくちゅという水音が静かな森に響いていた。 「ぷ……はぁ」 息をするのも忘れて夢中になっていた。 はぁはぁと肩で息をして、空っぽになりかけた肺に空気を送り込む。 「だ、大丈夫か?ミヤフジ」 上気した頬にエイラさんの手が触れた。 「っは、ん……っ!」 肌が異常なほど敏感になっている。 触られただけでぴりぴりとした快感が全身を貫いた。 「ん……ちょ、ちょっとだけ、興奮しすぎちゃった……かな?えへへ」 視界に映ったエイラさんが少しだけゆらゆらと揺れた。目が潤んでいるらしい。 「び、びっくりしたじゃんかー」 「ごめんね、心配させちゃって」 心配してくれたと思うと顔が自然に緩んでしまう。 笑顔を向けると安心したのか、エイラさんも表情が柔らかくなった。 「そろそろ……戻らないとペリーヌさんが心配してるかも」 「心配……するかなぁあのツンツンメガネが。むしろ私のほうが心配だよ。嫌なこと言われてないかなとか」 複雑そうな顔をするエイラさん。 「心配してくれてありがと。でも大丈夫だよ」 「ホントかぁ?」 「ほんとだってば。話してみると良い人だよ、ペリーヌさんって」 むぅ、とエイラさんがむくれた。 「そろそろ行くね。エイラさんもリーネちゃんと仲良くしてよね?」 「なんだかんだでミヤフジよりは付き合いが長いんだぞー?大丈夫だってば」 また二人で笑いあった。 あ……ダメ。まただ。 「ん?どうしたミヤフジ」 もじもじしだしたわたしに気づいたのか、エイラさんが何事かと聞いてくる。 ええと、いわゆる恋の病気ってやつです。 「あの……も、もう一回だけ……して?」 西日が海に傾きかけていた。 夕食が終わり、なにをするでもなくペリーヌさんと焚き火の火を見つめる。 「あぁ、もう……いい加減うざったくなってきましたわ……」 「な、なにが?」 急にペリーヌさんが怨嗟の声を上げる。 「貴女の仕草ですわ!ぽおっと虚空を見つめたりにやにやして!挙句の果てにいきなり悶え始めたり!」 「ええぇっ!?わ、わたしそんなことしてた!?」 「してましたわよ!思いっきり見せ付けるみたいに!!自慢!?自慢ですの!?」 がるるるるる!と今にも噛みつかれそうな勢いでまくしたてるペリーヌさん。 そ、そんなつもりじゃないのにぃ……。 「ああもう、腹が立ちますわね!水浴びに行きますわよ!」 「え、あ、待ってわたしも行きます!」 慌てて立ち上がって、ぱんぱんとお尻についた砂を払った。 「当然ですわ!水場の位置は貴女しか知らないんですから、案内して頂かないと困りますわ」 「そ、そうでしたね」 ぷりぷりと怒るペリーヌさんを連れて、また森の中に入った。 「きゃっ!?」 背後で小さく悲鳴が聞こえてどさりと倒れる音がした。 もう3回目だ。 「だ、大丈夫ですか、ペリーヌさん?」 「うぅ……やっぱり貴族のわたくしにはサバイバルなんて向いていませんわぁ!」 今にも泣き出しそうな声で喚くペリーヌさん。 「ほ、ほら、もうすぐ着きますから。汚れた服も洗いましょう?」 そう言って手を差し出すとそっぽを向いて渋々、という感じに手を取った。 「うう……い、一応礼は言っておきますわ。……その、ありがと」 なんか嬉しい。 ちょっとはペリーヌさんと仲良くなれたみたい……かな。 「この茂みを抜ければ水場ですよ。すごく綺麗なところなんですよぉ」 がさりと草木を掻き分けると西日が反射してきらきらと輝く湖面がまぶしい。 「確かに、綺麗ですわね……」 ペリーヌさんがほぅ、とため息を漏らした。 自然の芸術、というのだろうか。 岩山から勢いよく流れてくる滝からの水飛沫が、陽光と湖面からの反射光に照らされて、小さな虹ができていた。 昼間とは違う、奇跡みたいな光景。 しばらくペリーヌさんと二人で見惚れていた。 「あっ、芳佳ちゃんとペリーヌさんも水浴び?」 ぱしゃぱしゃと水を切る音と一緒に、先に来ていたと思われるリーネちゃんがわたしたちがいる岸まで歩いてきた。 ……ぽよぽよと胸を揺らしながら。 「リ、リーネちゃんも来てたんだ」 「……相変わらずの迫力ですわね……くぅ」 ペリーヌさんと一緒にリーネちゃんの殺人的な大きさのそれと、自分のものを見比べる。 その視線に気づいたリーネちゃんが前を隠して体をくねらせた。 「や、やだぁ。そんなに見ないでよぅ」 交差させた腕の隙間からも零れ落ちそうなほど、大きくて、柔らかい。 お餅のような、マシュマロのような、ふわふわもちもちの暴力。 「「はぁ……」」 ペリーヌさんと同時にため息を漏らしてしまう。 か、敵わない……。 「にっひっひっひ。リーネのはホントでっかいよなぁ」 「エイラさぁん!」 顔を上げるといつの間にかエイラさんがリーネちゃんの傍らに立っていた。 ……前を隠そうともせずに仁王立ち。 その白い肢体に釘付けになって、かあぁ、と顔が熱くなった。 エイラさんはいろいろとずるい。 「リーネが501に入ってきた時にルッキーニと一緒になって洗礼したけど……なんというか、凄かったよ。うん」 「エ〜イ〜ラ〜さ〜ん!」 リーネちゃんが恨めしそうな声を上げた。 わたしはリーネちゃんがちょっと羨ましいよ……わたしもエイラさんに揉んでもら…… 「わあぁ!?」 「急にどうしたんですの宮藤さん?」 「びっくりしたよ〜芳佳ちゃん」 「な、なんでもない!なんでもないよ!?」 手をぶんぶん振ってなんでもない風を装う。 こんな過剰反応してなんでもない、というのもヘンだけど、ほんとになんでもないよ!……うぅ。 「それならいいんですけれど……そういえば、エイラさんの胸も大きい、とまではいきませんけれど形が良くて綺麗ですわね……」 「うえぇ!?」 ちらりと丸出しのエイラさんの胸を見て、ペリーヌさんが呟く。 急に矛先を向けられたエイラさんがばしゃ、と水音を立てて後ずさった。 「……肌もきめ細やかですべすべしてそうですよねぇ」 さっきの反撃、とばかりにリーネちゃんも珍しく悪戯っぽい笑顔でまじまじと観察していた。 「ヒィ!?お前ら私をそんな目で見んなー!?」 エイラさんが青い顔で自分の両肩を抱いてガードするけれど、おかまいなしにリーネちゃんとペリーヌさんは続ける。 「あはは〜♪今までのお返しですよエイラさん〜」 「うふふふ……わたくしも以前からお風呂で貧相貧相と馬鹿にされましたからね……」 じりじりとリーネちゃんとペリーヌさんが手をわきわきさせながらエイラさんににじり寄る。 「だ、だめぇっ!」 気づいたらじわじわと距離を詰めていたリーネちゃんとペリーヌさんの前に立ちふさがっていた。 両手を広げてエイラさんをがっちりガード。 「エ、エイラさんのはわたしのだもん!いくらリーネちゃんとペリーヌさんでもそれだけはだめ!!」 言い終わってからはっと気づく。 わたしは。なんて。恥ずかしい事を。 「ミ、ミヤっ……!」 背後からの裏返ったエイラさんの声に気づいて、錆び付いたドアのようにぎぎぎ、と振り返った。 りんごみたいに真っ赤なエイラさんの顔。 それを見た瞬間わたしも「ぼんっ」という音が鳴りそうなくらいに急激に顔が熱くなる。 「あ、あ、あ、あ」 舌が回らない。頭が働かない。 ほんとうに、かおから、ひが、でそう。 「きゃああああ♪よ、芳佳ちゃん可愛すぎるよぅ!超プリティだよぅ!!いじらしすぎるよぅ!!!」 「そ、あの、えっと、そ、そこまでエイラさんの事を、好いてらしたんですわね……その、ご、ごめんなさい」 いつものリーネちゃんらしくなく、テンション高く叫びながら体をくねくねと悶えられて、 いつものペリーヌさんらしくなく、しゅん、としおらしく縮こまりながら謝られた。 「うあぁぁぁぁ……」 エイラさんは思考停止したように固まっている。 だ、だめ……恥ずかしい!死んじゃう! 「うわああぁぁぁぁん!は、恥ずかしくてもうどこにもお嫁に行けないよぅ!?エイラさん責任とってわたしをお嫁さんに貰って!!」 両手で真っ赤になった顔を覆ってぶんぶんと体を左右に振る。 恥ずかしすぎてもう誰の顔もまともに見られない。 「ミヤフジーーーー!!?」 「「きゃああああああああああ!?♪」」 阿鼻叫喚の地獄絵図、とはまさにこんな状況の事を言うんだろうなぁ……。 「で……その、いつの間にか、好きになってました……!」 両手で顔を覆ったまましどろもどろに話す。 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしすぎる。 水浴びが終わると、リーネちゃんとペリーヌさんに「馴れ初めを聞かせて」と言われて断りきれなかった。 というかすごい剣幕でちょっと怖かった。 「ああんもう芳佳ちゃんの純情乙女!聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃうよぉぉぉ!!」 「じゅ、純愛ですのね……はぁ……」 リーネちゃんは相変わらずテンション最高潮でばしゃばしゃと湖面を蹴っている。……こういう話が好きなのかな? ペリーヌさんはというと、すっかり借りてきた猫みたいにおとなしくなって、顔を赤らめながら興味深そうに話を聞いていた。 「も、もう勘弁してぇ……」 頭に血が上りすぎてくらくらする。 心細さに思わず隣に座っていたエイラさんの手をぎゅっと握った。 「ひゃああ!?」 エイラさんが素っ頓狂な声を上げた。 ごめん。でも許して。さすがに一人じゃ耐えられない。 「「きゃあああああああああ♪」」 リーネちゃんとペリーヌさんが両手を合わせて楽しそうに揃って黄色い悲鳴を上げた。 目を爛々と輝かせて見つめられる。 ……この二人、こんなに仲良かったっけ……? 「もうこれはあれだね!ペリーヌさん!?」 「ええそうですわねリーネさん!わたくしたちがお二人のお邪魔をしてはいけませんわね!」 「「へ?」」 思わずエイラさんと声がハモる。 ええと、どういうことだろう? わたしたちの?という表情に応えて、二人は鼻息荒めに言い放った。 「じょ、上官命令ですわ!チーム再編成ですわ!今夜は二人でゆっくりお過ごしになってくださいまし!」 「よよよよ芳佳ちゃん!エイラさん!が、頑張ってね!?」 「「……へ?」」 が、頑張るって? 何を? ……実に困った。 当初から望んでいた状況なのに、いざその状況に置かれると会話が続かない……というか間が保たない。 ぱちぱちと燃え上がる焚き火を横目に、さっきから正座して、無言で向かい合っている。 日はもうとっくに沈んで辺りはすっかり暗い。 光源は空に輝く月と星、それに焚き火の炎だけだった。 「……」 「……」 何か、何か話さなきゃ。 「あの……ご、ごはん食べた?」 「うぇ!?あ、えーと、なんか、でっかい鳥がいたから、丸焼き……あとリーネが撃ち落したヤシの実ジュース……」 「へ、へぇー!」 ……会話終了。どうしよう。 水場で会った時はあんなにくっついたり、抱き合ったり……キスしたりできたのに。 なんでこんなにどきどきしちゃうんだろう。 「痛つつ……」 「ど、どうしたの?」 突然エイラさんが呻いた。 暗くてよく確認できないけど、首筋をさすっているように見える。 「んー、いや、ちょっと日焼けしたみたいだ。なんかヒリヒリして痛い」 真夏の太陽の下、一日中動き回っていたわけで。 スオムスの制服の構造上、顔から首にかけては常に露出しているわけで。 おまけにエイラさんは北国の出身だ。 ブリタニアの日差しはさぞきついんだろうと思う。 「治癒、しようか?」 幸運な事にわたしの固有魔法は治癒だった。 痛みくらいは止められるかもと思い、両手をかざす。 「い、いいっていいってこれぐらい!明日の夕方までに何か大きな怪我しちゃった時に魔力カラッポじゃ大変だろ?」 「あ、うん……」 また後先考えずに突っ走る所だった。 ちゃんと後々の事を考えておかないと。 「……でも、痛いんでしょ?」 「ん、まぁ。でも寝られないほどじゃないし」 どうにか痛みを止めてあげたい。 「……あの、な、舐めてあげようか?」 「舐め……ってえええええ!?」 「い、痛いのを放っておくよりいいかもしれないし!ほ、ほら、唾つけておけば治るとかよく言うし!?」 自分でも何を言ってるのかよくわからない。 エイラさんの痛みを止めたい一心で、思いついたことを口走っただけかもしれない。 「そ、そこまで言うなら……お願い、してみるかなー、なんて……」 「う、うん……」 腰を上げて四つん這いでエイラさんに近づいた。 どこに陣取ろうかと思案した結果、エイラさんの膝上に落ち着く。 「あ、あの、やりにくいから……脚、伸ばして?」 「こう、かな?」 脚を伸ばしてもらって、エイラさんの腰辺りに跨った。 なんだか……えっちだ。 顔が熱くなってきた。 「うん……じゃ、じゃあ、その……舐めます」 「ホ、ホントにやるの?」 「……嫌?」 「嫌じゃない!嫌じゃない、よ」 二人でまた押し黙った。 ぱちぱち、と焚き木が爆ぜる音だけが聞こえる。 「な、舐めるね?」 「うん……」 エイラさんの肩に手を置いて、首筋に舌を近づけていく。 「……れろ」 「んひッ…」 エイラさんが呻き声とも喘ぎ声ともつかない声を出す。 「い、痛かった?」 「は、ひや、いたくはない、けど」 「……けど?」 「し、しげき、つよすぎ」 「あぅ……」 なんだかたまらなく恥ずかしくなる。 よくよく考えてみるとすごくいやらしい行為に思えてきた。 ……また突っ走ってしまったようだった。 「つ、続き、するね?」 「う、うん……」 もう一度エイラさんの首筋に舌を這わせた。 「ん……れろ、ちゅ、れろ……」 「……っふ……うン……っ」 エイラさんが声を押し殺していた。 しょっぱくて、あまい。ふしぎなあじ。 首筋から、耳の付け根、耳たぶ、頬まで舌を移動させたところで、目が合った。 「ん……ちゅ」 「はむ……ん……」 お互い我慢の限界だったみたいで、貪るようにキスした。 無人島、っていうロケーションが気分を開放的にさせているのかな。 いつもより長く唇同士で繋がっていた。 どちらからともなく、口を離す。 「……日焼け、まだ痛い?」 「なんか、吹っ飛んだ。……その、ありがと」 改めて礼を言われると、なんだかくすぐったい。 「う……そ、そろそろ寝るか!ミヤフジ!まだ終了まで時間あるし!」 照れ臭かったのか、話題を逸らそうとするエイラさん。 その仕草がなんだかかわいくて、ちょっと意地悪したくなる。 昼間の、お返し。 「おでこ、ちゅーして?」 「うえぇ!?」 「そのあと、抱きしめて寝て?」 「ミ、ミヤフジぃ?か、からかってるだろ?」 「えへへ……エイラさんにしかしないよ?こんなお願い」 むぅ、と唸ってキスしてくれた。 久しぶりの、おでこにキス。 わたしも、お返しにキス。 抱っこして、のポーズを取ると、少し間をおいて背中に腕を回してくれた。 「……今日だけ、だかんな」 うん。 今日だけは特別。 わたしが、あなたを、ひとりじめ。 「おやすみっ、エイラさん」 「……おやすみ、ミヤフジ」 きこえる やさしいこえ きこえる やさしいうた よるをてらす つきみたいで みちをしめす ほしみたいな きれいな きれいな あのこのこえ やさしい やさしい あのこのうた 潮騒の音で目が覚めた。 目の前に、エイラさんの顔があった。 なんとなく、サーニャちゃんの部屋で3人で寝た時のことを思い出す。 エイラさんのことが、気になりだした日のことを。 日除けの隙間から漏れた日差しが、エイラさんの長い髪に反射してきらきらと眩しい。 「ん……」 エイラさんの目がゆっくりと開いた。 どうやら起きてしまったようだ。 「起きた?」 「うん……よく寝た」 大きなあくびをひとつして、目を擦る。 そんな仕草がかわいくて、少し笑ったあと、言いたかった言葉をかけた。 「おはよう、エイラさん」