ごそごそ、と部屋をかき回していると、けっこう前に買ったリップクリームが出てきた 「あったあった・・・これまだ大丈夫かな」 すんすんと嗅いでみると、特に変わっているところは無いようだ おもむろにキャップを取り、唇に塗ってみる・・・やはり大丈夫なようだ カウハバと違って地上は快適そのものだが、上がると温度と湿度はぐっと下がってくる 時々乾きすぎて割れてしまうことがあり、この前買ってあったことを思い出してから探していた 哨戒を終えて降着する 「あーあ疲れた。サーニャ大丈夫か?」 「うん」 「今日は風呂でも入るか?」 「うん」 体を洗い、湯船に浸かると、哨戒で冷えていた体が温まるのがわかる 浴槽でも寝てしまいそうになっている彼女の頭を支えながらしばらく体を伸ばす 風呂から上がり、服を着てサーニャの髪を梳っていると、唇が割れかけていた 「サーニャ、唇どうしたんだ?」 「・・・最近割れてきて痛い」 「そうだ、リップクリーム塗るか?」 「いいの?」 「部屋にあるから寝るときになるけどな」 廊下でふ、と気付く サーニャが私のリップクリームを塗るって間接キスになるんじゃ・・・? いやなるな、なるなる もしかしてかなり軽率な言動をしでかしたのではないだろうか 別に嫌という訳でもないが、しかしこれは・・・ 動きを少しぎこちなくしながら部屋に戻る 「さ、さぁ寝よう!今日は疲れたからな」 「・・・リップクリーム」 「あ、そうだった」 最近私は平常心を保つのが上手くなってきた、と思う 「ありがとう」 サーニャは私のリップクリームを唇に塗っていく 高まる心拍数は私が今興奮している証拠なのだろうか? そうだとしたら私は変態というか、性的に倒錯してるのかな・・・と少し後ろめたい ごめんサーニャ、私は悪い子です・・・と心の中で謝る しかし塗ったあとに唇をんむんむ、としているサーニャはかわいいな・・・ 「どうしたの?」 「何でもない」 「ありがとエイラ。おやすみ」 「うん、おやすみ」 エイラからリップクリームを借りて使ったとき以来、私はほぼ毎日あのリップクリームを塗るようになった 特に割れそうになっている時でなくとも、何となく塗っている 本人が塗っているところはみたことが無いので、半ば私専用になっていた 「エイラ、唇が・・・」 ベッドに入る前、彼女の唇がいつもより乾いていることに気付いた 「ああ、今日は乾いてるのかな」 「リップクリーム塗ったら?」 ええと、どうしよう リップクリームね、はいはい だが少し待って欲しい、これはさっきサーニャが唇に塗り塗りしたものではないか? 塗るか?サーニャの前で?うーん 「塗らないの?エイラのリップクリームなのに」 考えてみれば、そんなにためらう理由も無い筈だ 唇に塗り、唇同士を合わせてまんべんなく広げる 「大丈夫?」 「だ、大丈夫だよサーニャ、おやすみ」 「うん、おやすみ」 私は少し眠れなかった 仮眠・・・という名の昼寝を長くしたせいもあるが、エイラと間接キスをした、と気付いたからだ 間接キスか・・・意外とどうってことなかったな・・・ 慌てて何か言い出すかもしれないって少し期待したのに・・・ そんなことを考えながら眠りに落ちた トイレに行きたくなって目を覚ますと、もちろんエイラは寝ていた 起こすと悪いので、そっと部屋を出て、トイレを済ませる 部屋のドアをまたそっと開けてベッドに戻ると、窓からの月明かりで彼女は明るく照らされている 青白い光に照らされる彼女は、その白く、故郷スオムスの雪を思わせる肌と髪の色のせいで人形のように見えた 生きているのか、それともよくできた人形なのか、少し不安になって体を近づけると、確かに体温や呼吸が伝わってくる それにしてもエイラは綺麗だ、美しい・・・ さきほど塗ったリップクリームのせいだろうか、エイラの唇はいつもよりつややかなように見える 人差し指でつ、と撫でてみると、寝ているエイラはわずかに唇を動かす 自分の唇も触り、また彼女の唇に触れて、を何となく繰り返す そんなことをしていると、よくわからない衝動が湧き上がるのを感じた エイラの唇を自分の唇で味わいたい エイラの上唇と下唇を私の唇で挟んで味わいたい どうしてこんな衝動が起きたのか戸惑う ・・・今日間接キスしたばっかりなのに、何故なのだろう 唇で触るくらいならいいだろう、と、私は唇をエイラの唇に近づける むに、と柔らかい感触が唇に伝わる 「・・・エイラとキスしちゃった」 もし彼女が起きていたら、相当面倒なことになるだろうし、予知で体よく避けられるかもしれない まぁ、寝ていても発動する固有魔法など私くらいだし、こうしていれば不意打ちもいとも簡単にできる スオムス空軍ダイヤのエース、破ったり。ちょろいものだ もう一度唇を押し当て、今度は唇をはむはむ、と噛んでみる 「んー・・・」 「!!」 いきなり寝返りをうたれて驚いた 彼女の顔は仰向けになり、少しだけ口が開いている 「起きてるの?エイラ」 小声で発した問いに対する返事は無かった それまで光っていた彼女の唇が突然光を失う ・・・どうしたことだろう?月は相変わらず私たちを照らしているのに そうか、私の顔がエイラに近づいてたからだ、と気付いたのは彼女の唇を再び奪った後だった 堪能した、と感じて顔を離すと、まだ彼女は目を閉じている 「・・・エイラ?起きてるの?」 不安になりもう一度聞いてみてもやはり返事は無かった エイラの唇・・・一日の戦果としては十分すぎるくらいだ 満足感と共にベッドに横たわり、彼女の寝息を聞いていると、私はすぐに眠りに落ちた