たっ。 たっ。 木の椅子に汗の落ちる音だけが響く。 意識しちゃうとは思ってたけど、 ここまで緊張するなんて。 首は動かせず、瞳だけで視線を移して 私と同じく全身をかちんかちんにさせているエイラを見た。 発端は私の思いつきだった。 朝食(私にとっては夕食に近いけど)を食べ終わって、一緒に部屋に戻った後 「サーニャはどうする? これから寝るか?」 ってエイラが聞いてきた。 ゆうべは少し冷えたし、 でもそれからたくさんドキドキした事もあって汗もかいた気がする。 「…その前にお風呂入ろうかな」 うん、それは本当にただの思いつき。 今回みたいに寝る前に入る事もあるし、寝た後起きてから入る事もある。 だからエイラも普段通りの答えを返してきた。 「ん、じゃ私も一緒に入るかなー」 腰掛けてたベッドから立ち上がり、着替えの入ってるクローゼットに近づいて、 「ひとっ風呂浴びたら頭もすっきり…す…」 そこでエイラの動きが止まった。 着替え。 の前にお風呂だと裸になる。 当然。 私はエイラの裸を見るし、エイラも私の裸を見る、ことになる。 「…あ、あの、私も準備してくるから、この部屋で待ってて」 緊張で声が震えなかっただろうか。 エイラの返事も聞かず、サッと部屋を出た。 ううん大丈夫。 今まで一緒に入ってきたし、お互い見たし見られてたじゃない。 いくらその、今までの関係から進展があったからって、 うん、今までみたいに普通でいれば大丈夫。なはず。 自分の部屋で着替えを用意しながら自分にそう言い聞かせる。 エイラは廊下に出て待っててくれた。 …壁に頭をごつごつやったりかがみ込んだりうろうろ歩き回ったり ものすごく挙動不審になりながら。 私に気がつくと「お、おー! 私も今来たとこダヨ!?」 …ダメだ。 エイラがここまで意識してると、私もそういう事…考えちゃう、よ。 廊下を一緒に歩き始めた時から、私たちは会話できてない。 脱衣所ではお互い背中合わせに服を脱いだ。 衣擦れの音がやたら大きく聞こえた。 その後は会話どころか、視線もまともに交わせない。 それはこうして一緒にサウナに座ってる今も同じことで。 なんだかすごく、腋の下で結んだバスタオルの結び目が気になる。 ほどけて、それをエイラが見ちゃったら。 …どうして想像だけでこんなに恥ずかしいんだろう。 昨日まで平気だったのに。 たまに思い出したようにぴしゃ、と音が響く。 エイラが手に持った白樺の葉で肩を叩く音だ。 私と同じようにエイラも体にきっちりバスタオルを巻いてるから、 肩か足、腕ぐらいしか叩ける場所が残ってない。 …でも、それにしても…エイラ、きれいだなぁ。 芳佳ちゃんは私を「肌白いよね」って言ってくれたけど、 エイラも私と同じぐらい…いや、私より白くてきれいだと思う。 そんな肌に汗が浮いて、髪が少し張り付いてて、なんだかすごく色っぽい。 胸も私と違って女性的なシルエットになってて羨ましい。バスタオルの下からでもわかる。 私の視線に気付いたのか、エイラがちらっとこっちを見た気がした。 慌てて目を逸らす。 な、何考えてたんだろう私ったら…! ううう、顔が熱い。 絶対サウナのせいだけじゃない。 「わ、私そろそろ出るね…」 恥ずかしくてたまらなくなって、先に立ち上がった。 ドアに手をかける私の背に、エイラの「あ…」という声が届いたけど、 とても会話できそうになかったのでそのまま出てしまった。 熱せられた体を泉に浸す。 冷たくてとても気持ちがいい。 エイラもそのうちこっちで汗を流しに来るだろうから、 とりあえず岩の陰に移動した。 隠れてるみたいで悪いなぁと思ったけど、 今はまだ顔見てお話できないだろうから。 と思った矢先に 「サーニャ? サーニャー?」という声が聞こえてきた。 私が出てからほとんど間も置かずエイラも来てくれたみたい。 水の冷たさで少し冷静になれたから、岩の陰からだけど「うん、いるよ」って返事できた。 エイラも私を見られるところまでは近づいてこなかった。 そしてさっきの呼びかけから喋らないままだ。 逃げるみたいに先に出たのは私だから、 何か喋って間を持たせないと…。 何か。何かないかな、言うこと。 「あ、あの、ね」 声が上ずってるのが自分でもわかって恥ずかしい。 「私…あの、こんなに意識しちゃうと思ってなくて…。  エイラの方、見れなくって。  なんだか…その、え、えっちな目で見ちゃいそうで…」 ちゃ、ちゃんと考えてから喋りだせばよかった…! とりあえずで口から出した言葉は、何と言うか、ストレートすぎた。 エイラからの返事はない。幻滅させちゃったかな、と不安になる。 「え…エイラ?」 「んふ、はー、へっと、きいへるよ?」 なんだかすごく鼻声の返事が帰って来た。 「おたがいはまらから、はの、気にひなくていいよ」 様子が変だから岩陰から声のする方を覗き込んでみる。 そこには必死で鼻を抑えるエイラがいた。 …鼻血出してる。 思わず吹き出してしまった。 「あ、あんだよー、さーにゃがひけないんらぞー」 「…私のせい?」 「らって、あの…えっひなんて言うから、ドキドキひひゃって…」 「エイラは…私がえっちだったら、嫌い?」 「わたひはさーにゃがどんなんでも好きらよ! 何言っへんだよ!」 いまいち迫力に欠けるけど、エイラが断言してくれた。 …えへへ。 「うん、私も…エイラがえっちでも好きだよ」 「わ、わたひはあの! そ! そんらんじゃねーよ!」 「うふふ、鼻血出しながらだと説得力ないよ…?」 「〜〜〜〜!」 頭からざぶんと水に浸かるエイラ。 かわいい。 「…あー頭冷えた。うん、よし血も止まった」 しばらくして顔を出したエイラが、ぷるぷると頭を震わせて水を切りながら 言い訳っぽく言った。 「大丈夫?」 「ん、たぶん。にしても、あーかっこわりぃ…」 エイラが天を仰ぐ。 顔に隠れてた鎖骨がさらけ出されたのを見てまたドキッとしてしまう。 「サーニャは体冷えてないか? あんまり長く浸かってると風邪引いちゃうぞ」 「あ、う、うん…」 確かに少し冷えてきた。 でも入り口の方にはエイラがいる。 …いや、でも。 私ばっかりがエイラを見るのも不公平、かな。 うん。 「じゃ、じゃあ…上がるね」 立ち上がるとざば、と水音がした。 それを聞いたエイラがびくり、と体を震わせる。 「じゃじゃじゃじゃあ私も上がる! 上がるかな! ちょい寒いし!」 私が岩から体を出す前に入り口の方を向いてしまった。 …もう。 私も覚悟…したんだけどな。 泉から浴場に戻る。 まだどこか緊張した雰囲気の中、黙ってそれぞれシャワーを浴びる。 エイラに髪を洗ってもらった事もあるんだけどな。 優しい手で頭をマッサージしてもらうの、すごく安心できて好きだったんだけど。 …まぁ今日は安心どころじゃないから。二人とも。 そう自分に言い聞かせて、寂しい気持ちを振り払った。 それが済んだ後、改めて体を温めなおそうと私たちが浴槽に近づいていくと。 「あーー! 負けるか、私がいっちばんのりーーー!!」 突然大声が響いて、その声を上げた人…ルッキーニちゃんが走ってきた。 …うん。何ていうか。 全開だなぁ。 眩しいほどに。 走ってきた勢いのままぴょんと跳ねて湯船に飛び込む。 派手な水しぶきが上がって、 「にっひひー! 勝った!」 ってルッキーニちゃんが嬉しそうに微笑んだ。 「お前なぁ…もうちょっと慎みというか、隠すなりなんなり」 エイラが呆れながらもたしなめるけど、 「えー? いまさら何言ってんのー?」 ルッキーニちゃんはばしゃばしゃと泳ぎながら満足げ。 そんな様子を見てると、 何だかさっきまで過剰にエイラの視線を意識してた自分がおかしくなってきた。 「ふふ、うふふふ」 「ったく、なんだかなー。ははは」 エイラとお互いの顔を見ながら笑いあう。 あ、今ちゃんとエイラ見れてる、私。 ありがとう、ルッキーニちゃん。 「こらー、風呂場じゃ危ないから走るなって…ん? なんか楽しそうだねお二人さん」 続いてシャーリーさんも入ってきた。 こっちも堂々たるものだ。 …そしてさっきとは別の意味で眩しい。 思わず自分の胸に視線を落とす。 三歳、いや二歳しか差ないんだよね…。溜め息が出そうになる。 「あっはっはっは、サーニャはまだまだこれからだよ!」 う、気付かれた。 シャーリーさんの思いやりが痛い。 「むしろー、エイラはそろそろ後がないんじゃないかー?」 ニヤニヤしながらシャーリーさんが続ける。 「い、いいんだよ私は! そんな重そうだと大変そうだし!」 そう言いながらざぶっと湯船につかるエイラ。 私もその横に続く。 「えー! これぐらいないとつまんないよー!」 かけ湯をしているシャーリーさんに、ルッキーニちゃんが飛びついた。 「ふっかふかー♪ もっちもちー♪」 「おいおい、私も風呂に浸からせてくれよー」 笑顔でなだめるシャーリーさん。 やはり母性にも影響が出るんだろうか。その…それは。 と、横のエイラが小さい声で聞いてきた。 「あの…サーニャも、あ、あれぐらいあった方が…いい?」 眉を八の字にして、本気で心配そうだ。 こうやって私にいつも真剣になってくれるのが嬉しい。 「わ、私は…エイラ、すっごく素敵だと思うよ…」 「…そ、そっか。そっかぁ。がぼごべがぼ」 エイラが口まで湯船に入ってしまった。 照れた顔を隠したいんだろうな。 かわいいな。 でも私こそどうなんだろう。 エイラみたいなきれいな人に心配されると、私の立場がない。 それに…エイラの好みってどれぐらいなんだろう…。 じっと自分の胸を見る。 「んー、今日のサーニャはヤケに気にしてるねー。触って欲しい相手でも出来たの?」 ゆったりと浴槽に身を沈めたシャーリーさんがいきなり核心を突く質問をしてきて、 私は二の句が継げなくなる。 「あ…あぅ…」 「おっとー図星? いやぁいいねぇ、華々しいねぇ!」 困りきって助けを求めようと横を見ると、 エイラは湯船に口どころか頭のてっぺんまで沈没させていた。 ど、動揺しすぎだよぅ…。 「うー? シャーリー、それってどういう意味? 触っちゃダメなの?」 「あーうん、サーニャのは今日からダメだ」 「えー…将来ゆーぼーなのにー」 「…あとな、たぶんエイラのもダメだ」 …! ニコニコと微笑むシャーリーさん。 隊長とハルトマンさんに続いて、この人にもばれちゃった…みたい。 「えー! なにそれつまんなーい!」 と駄々をこねるルッキーニちゃんと、 「あっはっはっはっは!」 と豪快に笑うシャーリーさんを前に、 私は(そんなにわかりやすいのかな、私たち…)と身を縮まらせるのが精一杯だった。 息がもたなくなって仕方なくお湯から顔を出したエイラと、 二人で叱られた生徒のように肩をすくませていると、 シャーリーさんは立ち上がった。 「まぁまぁ、何も邪魔する気はなかったんだよ。  あたしらは上がるから、後はごゆっくりぃ〜♪」 「えー!? もう上がっちゃうの〜?」 「そう言うなよ、これからひと汗かくつもりなんだから。  さ、今日こそ新記録だよ!」 「! はいはーい記録班しゅっつどーしまーす!」 嵐みたいにやってきた二人は、嵐みたいに去っていった。 しばらく沈黙。 呆気に取られてたのかも知れない。 「…あ、あー、シャーリー、またスピードテストか。気合入れに来たんかな」 「お風呂…好きだもんね」 「……」 「……」 うう、間がもたない。 意を決したようにエイラが体をこわばらせた。 「あ、あのー、その、な、私、サーニャのな、…さ、触ろう、とか、そういうのはなくて、  あ! 違う、違うんだ! 触りたくないっていうんじゃなくて!   あー、だから、その…触り、たい…  けど! サーニャがイヤなら、うん」 「…う、うん、大丈夫、エイラが私を大事にしてくれるって、わかってるから…」 うん、エイラはとっても私に優しい。 決して私が嫌がる事をしない。 でも、それは…つまり、 私が…例えば、触って欲しい、とか、そういう事を言わないと、してくれないって事で。 ちょっとずるい、と思う。 「あ…あのね、私、あの、これから…らしいから」 「うん」 「エイラの…エイラが、もっと大きいのが、いいなら」 「う、うん?」 「エイラが…大きくして」 「え? へ?」 「ま、マッサージすると…いい、って、聞くから」 「……!!」 わ、私、何言ってるんだろう。 「いや! 私もサーニャがどんなんでも好きだし! それぐらいもかわいいし!  あの、いやそのままでいいっていうか、いやもちろん大きくなってもいいし!  あ、あー…私、何言ってんだろ」 少し大胆すぎたのかも。 「……」 「……」 また二人で黙り込む。 もう冷静に考えられない。 のぼせたのかも知れない。 「あ、あの…きょ、今日は、その、上がろうか」 「…うん」 少し残念。 でもちょっと頭がふらふらするし、無理はよくないよね。うん。 二人分のざばぁっという水音に紛れて、 「二回も鼻血出すわけには…」 というエイラの呟きが聞こえて、少しおかしかった。 服を脱いだ時と同じように、背中合わせで体を拭く。 でも、今回はエイラが話しかけてきた。 「ええと、情けない…んだけど、ゆっくり…うん、そーゆーの、ゆっくりでいいかな?」 すごく申し訳なさそうな響き。 でも、さっき言った通り、それはエイラが私をすごく大事にしてくれてるからだってわかってる。 だから私は、 「うん…ありがとう」 って答えた。 エイラはやっぱり「ごめんな」って言ってくれた。 謝って欲しくなかったんだけど、それでもとってもエイラらしいなって思って安心しちゃった。 うん、私たちは今まで一緒で、やっとここまで来たんだから、 これからもゆっくりでいいと思った。 結局ほとんどこっちに視線を向けられなかったエイラがすごくかわいくて、 私こそそんなエイラを大事にしたいと思った。 でも、マッサージはとりあえず保留するとして、 …牛乳は飲んでおこうかな。 ・DVDで「やぁ!ぼく乳首!」とばかりに解禁されていたので  これはもう黒歴史確定やねと思いながら書いた  いやそれを言ったら一作目から黒歴史なんですけどね! ・でも改めて意識しあって戸惑うのとか大好きなのごめんね  気持ち悪くてごめんね