よしこ×エイラ8のあと エイラ視点 「エイラさん、ちょっといいかしら」 戦闘から帰還した仲間達を迎えて賑わうハンガーで、ふとミーナ隊長に呼び止められた。 瞬間、何かやらかしただろうか、ミヤフジとの関係がやっぱり問題だったのか、 それとも昨日の戦闘待機中のサボリの事か等々、思い当たりそうな出来事がぐるぐると頭の中を駆け巡った。 ……ダメだ。思い当たる事が多すぎる。我ながら情けない。 これはハルトマンやシャーリーのように自室禁固くらいは覚悟しておいた方がいいんじゃないだろうか。 まぁもし、自室禁固程度で済めば、の話だけど。 「宮藤さん、サーニャさん、ちょっとエイラさんを借りるわね?」 私の返事を待たずしてミーナ隊長がミヤフジとサーニャに断りを入れた。 これはどうやら完全に捕まったと見ていいらしい。 不思議そうな目をするミヤフジとサーニャに見送られながらミーナ隊長とハンガーから出た。 何だろうなー、隊長室に呼び出されないだけまだ軽いんだろうけどやっぱり何か言われるのかなー。 あの子を、ミヤフジの事を信じるって決めた途端に何か言われるんだったら本当についてない。 どっかの誰かの不運病が長い長い潜伏期間を経て発病してしまったんじゃないかとまで思う。 ……けど、何を言われようと反論する覚悟はできていた。 ミヤフジと一緒にいられない世界なんて、絶対に間違ってる。 「エイラさん」 「は、はひっ!?」 自分の中で決意を固めていると、急に名前を呼ばれて返事をする声が裏返った。 ……ほんの少しの覚悟や決意程度じゃ人の根っこは変わらないんだなぁ。 自己嫌悪でうなだれていると真正面からくすくすという笑いが聞こえてきた。 「ふふ……そんなに身構えなくてもいいのよ?別に叱るために呼び出したんじゃないから」 「……そうなの?」 「ええ」 少し拍子抜けした。 てっきり咎められるものと思って反論の言葉まで探したってのに。 ……まぁそれなら、本当に咎められた時のためにとっておこう。 「宮藤さんとの事なら何も言わないから安心していいのよ」 「うえぇっ!?」 心臓が口から飛び出るかと思った。 呼び出しの内容が怒られるわけじゃないというのが解った途端のこれは卑怯だ。 「あら、そんなに慌てなくてもいいのに。もう基地内じゃ結構知れ渡ってるわよ?」 「ぐおお……」 腹の底から怨嗟の声を捻り出す。 とするとあれですか。もう周囲にバレバレだってのに必死になって隠そうとしていた私は道化だったというわけですか。 両手で頭を掻き毟って身悶える。体を変な方向に捻って捻って、そのまま捻じ切って死にたいくらい恥ずかしい。 気が済むまで身悶えた後、控えめに聞く。 「……いいの?」 「勿論。人を好きになるって事は素敵な事なんだから」 そう言ってミーナ隊長は笑顔を浮かべた。 お世辞やおべっかとか抜きに綺麗だ、と思った。 ミヤフジの笑顔が触れたい、ずっと見ていたいと思うのと違って、 まるで貴重すぎて美術館の奥の奥に仕舞い込まれて、年に一度、クリスマスにしか見られない、 荘厳で美しくて触れがたい絵画、そんな印象を受ける笑顔だった。 「でもね」 そんな笑顔をすぐに引っ込めて、今度は真剣な表情を作る隊長。 少し身構えて続く言葉を待った。 「貴女も彼女も、最前線に立つウィッチなの。いつ何が起きてもおかしくない身の上なの」 諭すように、訴えるように。一言一言が私に投げかけられる。 「大切なものを失うのが恐ろしいなら、失わない努力をすべきなの」 いつのまにか私も真剣な表情を浮かべていた。 それを見届けたのか、ミーナ隊長が視線を外して空を仰いだ。 昨日からの強風に煽られるその長い髪を押さえつけてなお続ける。 「誰だって、自分にとって大切な『守りたいもの』があるから、勇気を振り絞って戦えるのよ」 そうでしょう?とミーナ隊長の口が動いた気がした。 私に、自分に、空の彼方の誰かに問いかけるように。 「……隊長、なんかあったの?」 話は終わった、と判断して口を開いた。 「そう見える?」 「なんか、雰囲気変わった……気がする」 前はもうちょっと緩かった気がする。あと今朝は切羽詰った感じがした。 「そうね……女として一皮剥けたって感じかしら」 そう言って隊長はさっきとはまた違った笑顔を浮かべた。 18歳という歳相応の、からかうような笑顔を。 ……それにしても隊長は言葉遣いが完全に大人だ。 アンタ本当に18歳か。 「それで、その、行ってきていい?」 「なんで私に聞くんだよ?」 質問を質問で返したら、彼女はぽかんと呆気にとられて、次にぷりぷり怒り出した。 「昨日エイラさんが嫌だ!って子供みたいに駄々捏ねてたからせっかく聞きに来たのに!」 「あ、あれは!……うぅ、いや、あれは確かに私が悪かった。ごめん」 一瞬むきになりかけたけど、あれは完全に私の嫉妬からくるわがままだ。だから素直に謝った。 穴があったら入りたいくらい恥ずかしいけど。 「え、うー……謝らなくても……し、心配してくれたのは嬉しかったし……」 怒ったかと思ったら今度は頬を染めてもじもじしだすミヤフジ。 表情がころころと変わって見ていて飽きない。……つーかずっと抱き締めていたいくらい可愛い。 でもそれをしないのは…… 「……で、あそこにいるリーネはなに?」 渋い顔を向けて聞いてみる。 私たちが話している場所から少し離れた曲がり角、柱の影に隠れたリーネがすまなさそうにこちらを見つめている。 向けられた私の視線に気づくと「ごめんなさいっ!」という感じに顔を引っ込めた。 「んと、リーネちゃんもついて来てくれるって。『元々私が変な事を言ったから〜』って」 「……成る程ね」 うんうん、納得。それじゃあお仕置きしようか。 「エ、エイラさん!?」 つかつかつか、と早足で柱に近づいて行って、忍び足で逃げようとしたリーネをとっ捕まえる。 「わああ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」 謝って済むなら軍法会議はいらないのだよリネット軍曹。 首根っこを掴むと悪戯を見つかって捕まるも、なお逃げようともがく子猫のようにじたばたと手足を振り回す。 「謝るんならこっちを向かなきゃなー?リィーネェー?」 「ひいぃっ!?」 思いっきりドスを効かせて名前を呼ぶと、しおらしくなって四肢をだらんとさせるリーネ。 肩を掴んでこちらを向かせ、いつだったかハルトマンに叩き込んだ必殺チョップをお見舞いした。 「とうっ!」 「ひきゃぁっ!?」 おお、なんか女の子っぽい悲鳴だ。 何だか悪い事をした気分になってしまう。 「あうあうあうあ……」 「これでチャラ」 そう言いながらぱん、ぱん、と手を叩く。 リーネは目尻に涙を浮かべながら打たれたおでこを押さえて「あうあうあ」と意味不明な呻き声を上げていた。 お嬢様学校通いだったと聞いたし、多分親父さんにも打たれた事が無い箱入り娘なんだろう。 けどむしろこの程度で済んでよかったと感謝して欲しいもんだ。 つーかリーネが余計な事言わなけりゃミヤフジも変に緊張しなかったし私もあんな取り乱さなかったんだ。 心を深く傷つけられました。謝罪と賠償を要求したい気分だよ。 もっとも、傷はとっくに癒えたんだけども。 「さて、なんでミヤフジを煽るような事言ったんだ?」 腰に両手を当てて憮然とした表情で質問する。 リーネは相変わらず頭を両手で覆って「ぶたないで」のポーズだ。 ……私ってそんなに怖いイメージだろうか。いやいや、今は情け無用だ。 「うぅ……私、女子校通いだったから……」 「知ってる。飛ばして次」 にべもなく言う。今の私は鬼だ。 「そのぉ……男の子が女の子にお手紙を渡す現場に初めて出くわして、舞い上がっちゃったんです……ごめんなさい」 「日頃から男が苦手とか言ってる割にそういう話題は好きなんだよなぁ……リーネって」 「はい……大好物です……」 乙女ちっくというかなんというか。 まぁいいや。ちゃんと正直に話してくれたから今回は許そう。 「そ、その……ミヤフジには私がいるんだから、これからは配慮して欲しいな」 ぼそぼそ声でお願いすると珍しい物を見るような目をするリーネ。 「……エイラさん、なんだかいつもより強気ですね」 「ま、まぁその?試練を克服してよりいっそう絆が深まったと言うか……愛がアップというか」 「……調子に乗るヘタレ……」 床の何も無い所を見ながらぼそっと何か呟くリーネ。 よく聞こえなかったけど、屈辱的な言葉だと直感する。 「何か言ったか」 「い、いーえ何も!」 ちくしょう。揉むぞコラ。 「わ、わたしには、エイラさんが……」 「わあぁ!?」 両手をわきわきさせてリーネを威嚇していたら、背後からミヤフジの声が聞こえてきて寿命が縮んだ。 どうやら話を聞かれていたらしい。台詞から察するに後半全部聞かれてたのか。くそう、誰か塹壕を掘ってくれ。 「……絆が、深まって……」 「ミ、ミヤフジ?」 ああもう、頬を染めてちらちらこっちを見ないでくれ。 なんでそんなに私を誘惑するのが上手いんだ。 「愛が……あっぷ?」 「うぅ……」 上目遣いに言葉尻を上げられたところで、私の理性があっさりと白旗を揚げた。 ……もうちょっと、我慢強くなれないかなぁ。 「リネット・ビショップ軍曹!」 「は、はい!?」 「……ちょっとだけ向こう向いててください……」 階級はいくつも上なのに、何故だか敬語になってしまった。 「…………」 素直に従ってくれたけど、かわいそうなものを見るような目はやめてくれ。泣きそう。 ……でもとりあえずは誰も見ていない状況はできた。 ミヤフジも柱の影から出てきてとてとて、と私に近寄って、そのまま胸に飛び込んできてくれた。 「えへへぇ」 あー。きっと今私達の周りだけピンク色。ハートマークとか飛んでる。 満足そうな声が嬉しくて可愛くて、ぎゅうっと抱き締める。 戦闘が終わってお風呂に入ったのか、ミヤフジの髪はさらさらで、ちょっと湿っていて、シャンプーの甘い香りが 「お取り込み中すまないんだけどさ」 「わああああああ!!?」 突然かけられた声に大音声をあげる。 今日はなんか叫んでばかりだ。心臓に悪い。 「にっしっしっし〜♪」 「シャ、シャーリーさん……にルッキーニちゃん?」 「ミーナ中佐がミーティングルームに集まれってさ。あ、エイラだけね」 「シャーリぃ〜、あたし達もヨシカたちみたいにしよ〜」 「おー?合体するか!」 やーめーてー。合体とかじゃないからー。君らみたいにフレンドリーなのじゃなくて割とガチだからー。 いたたまれなくなって目を背けると壁にしなだれかかってぷるぷると震えているリーネが目に入る。 ……見てたなお前。 「てぃってぃりーん!ガキーン!」 「あははははは!がったーい!」 「はぁ……いいもの見せて貰ったぁ……」 「あうぅ……」 「お前ら私達をそんな目で見んなー!!?」 あはは、なんだこれ。恥ずかしいけどすげー楽しい。 ……ところで誰か井戸を掘ってくれ。うんと深いやつ。 ぽろん、ぽろんと、澄んだピアノの音が徐々に人の集まりだしたミーティングルームに響く。 サーニャの弾くピアノの音だ。 「調子よさそうじゃん」 「うん……隊長に頼まれて弾くなんて初めてで緊張するけど……嬉しい」 そっか。良かったな。とサーニャの頭をくしゃくしゃと撫でると、びっくりしたのか目を細める。 撫で終わると癖の強い髪を気にしてか、少し不満げに私を見上げた後、 「うん」と嬉しそうに返してくれて、またピアノを弾きだした。 かわいい、かわいい、サーニャ。私の大切な、「守りたいもの」。 ミヤフジを好きになる前まで、私が一番愛情を注いだ女の子。 その「愛情」はミヤフジに対するものとは少しだけずれていて、たぶん、家族や姉妹に対するそれに近かったのかもしれない。 そしてそれは、サーニャも同じだったんだと思う。 けど私はそれがなんなのかわからなくて、それがわかるようになるまで、近くに置いて、遠ざけてた。 誰かに触れられないように。誰かに汚されないように。ずっと私の目の届く範囲で大事に大事に育ててきた。 きっと間違いなく、あの時私はサーニャを愛してたんだ。今も。そしてこれからもずっと。 あぁそうか。やっとわかったような気がする。 うまく言い表せないけど胸のつかえがとれたような気がした。 好きってのはラブとライクの2種類だっていうけれど、きっとラブにも2種類あるんだ。 すきだよ、サーニャ。 だいすきだよ。 面と向かって言うのはまだ恥ずかしいから、今は心の中でそう告げた。 整備員連中の人垣から歓声があがる。 何かと思って振り向くと、真っ赤なドレスに身を包んだミーナ隊長がミーティングルームに入場してくるところだった。 いつだったか、近くの村で開いた親睦会の時の清楚な白とは真逆の、情熱的な色のドレスだった。 「……きれい……」 傍らのサーニャが見惚れていた。私だってそうだ。 歓声に応えて手を振るミーナ隊長は、怖いくらいに美しい。 「あー……こ、こういう時は馬子にも衣装、と言うんだったか?」 撮影のためのカメラを準備していたバルクホルン大尉が口を開いた。 何もせずにソファーに寝そべっていたハルトマンがすぐにツッコミを入れる。 「……それ、褒め言葉になってないよ、トゥルーデ」 「い、いや、褒めたいんだ!褒めたいんだが……どうにも言葉が出てこないんだ」 あー、あるある。すごいわかる。 「そういう時は単に、綺麗だ、でいいと思うよ。たぶん」 「う、うむ。綺麗だ」 そのやりとりを見ていたミーナ隊長が微笑を浮かべながら礼を言った。 「ふふ……ありがとう、トゥルーデ」 「う、うむ」 「あがってんの〜?トゥルーデ〜」 「そ、そんなことはないぞ!?ただ、いつもと雰囲気が見違えて、驚いただけだ!」 なんだか緊張した様子の大尉にちょっかいを出すハルトマン。 むきになって怒るバルクホルン大尉。 その様子を笑いながら見守るミーナ隊長。 なんか、いいな。こういう関係。 「おーい、たいちょー!用意できたぞー」 部屋の隅で通信機器を弄っていたシャーリーが声を張り上げた。 どうやらそろそろ始まるらしい。 「緊張してる?」 ピアノの前に座るサーニャに問いかける。 「……少し。……でも頑張るから、見てて」 「うん」 愛娘のピアノの発表会を見守るような気分。 振り返ると、ミーナ隊長が集まった皆に一礼をしていた。 サーニャの指が、鍵盤に触れる。 静かな大地の底から 君の唇が僕を呼ぶ 渦巻く霧の中 夜更けに僕は戻る かつてのように いとしの リリー・マルレーン 渦巻く霧の中 夜更けに僕は戻る リリー リリー・マルレーン リリー リリー・マルレーン 「すてきだったな〜、ミーナ中佐」 「だからー、サーニャの伴奏もよかっただろー?」 夜、私の部屋。いつものように寝間着に着替えて二人でおしゃべり。 「どっちもすてきだったってばー。エイラさんは何もしてなかったくせにー」 「いーんだよ!サーニャの手柄は私の自慢なんだからさ」 「えー?なにそれー」 「文句言うやつはこうだ!」 「いひゃい、いひゃいよエイラひゃん」 小突いたり、手を繋いだり、頬をつねったり。触れ合って、笑いあう。 そんな、しあわせなひととき。 「……手柄といえば、今日初戦果だったらしいじゃん」 「え?……あー、うん」 「なんで黙ってたんだよー」 「うーん……言い出すタイミングがなかったっていうか……」 祝われるのに慣れてないのか、歯切れの悪いミヤフジ。 そういえば誕生日の時もそうだった。 「そーいうおめでたい事があった時にはちゃんと言えよなー?私だっておめでとうって言いたいんだから」 「……うん。ありがとう」 そう言ってミヤフジがもたれかかってきた。 肩にかかる小さな頭の重みが愛しくて、どぎまぎしてしまう。 目を閉じたあと、こつんと、私もミヤフジの頭に自分の頭を乗せた。 「おめでとな」 「ありがとう」 いつかの満月が綺麗な夜のようだったけど、少しだけ違っていた。 あの時よりもずっとずっと、私とミヤフジの距離が近かった。 「お祝い、何か買ってやるよ。何がいい?」 「えっと、あの……何か買ってもらうよりも……」 ちょっと慌てた様子で応えるミヤフジ。 「……もう少し、このままでいたい、な」 「……そっか」 繋いだ手にすこしだけ力を込めた。微かに握り返してきてくれる私の愛しい人。 こうしているだけで力が湧いてくるような気がした。 『誰だって、自分にとって大切な『守りたいもの』があるから、勇気を振り絞って戦えるのよ』 ミーナ隊長の言った言葉の意味がはっきりと理解できた気がする。 守り抜くよ。 きっと守ってみせるよ。 私はこの子のことが大好きなんだから。 ※言い訳※ ・補足のつもりがえらく長くなってしまいました。しかもなんか纏まりが悪い…。 ・タロットの「恋人」の正位置の意味には「試練の克服」もあるらしいです。克服できたかな。 ・ペリーヌも出したかったんだけどなぁ…。あともっさんも出す暇が無かった。ごめん。 ・この隊長はもっさんに銃向けたりしない吹っ切れたいい女として描けてたら幸いです。