よしこ×エイラSS 12月7日 芳佳視点 「さむっ」 基地の外に出てみて、改めて気温の低さを痛感する。 体の周りに魔力の膜が張ってあるのでいくらかましだけど、やっぱり寒い。 「もう冬だなぁ」 独りごちると吐く息が白かった。考えてみればもう師走、年の瀬だ。 扶桑ももう寒いのかな、お母さんやお婆ちゃん、みっちゃんたちは風邪とかひいてないかな。 季節の変わり目はそんな事ばかり考えてしまう。 坂本さんに連れられて船に乗って、ここまで来て。もうすぐ半年。 長かったような、短かったような。でも、その毎日が充実してた。 みんなと出会って、一緒に暮らして、一緒に戦って、一緒に笑って。……それから、好きな人ができて。 たぶん、充実していたのは彼女の存在が一番大きいと思う。 目を閉じると彼女のいろんな表情が瞼の裏に浮かんできた。 笑った顔、怒った顔。照れた顔、焦った顔。真剣な顔、おどけた顔。あと、寝顔……とか。 ああ、うん。エイラさんのことを思い浮かべたらなんだかぽかぽかしてきた。ちょっとした発見だ。 「……頑張ろっ」 寒さが少し和らいだ気がした。 「うー、あっつーい」 「はっはっはっはっ、どうだ、体の芯までぽかぽかだろう!」 本当にかっかと体の芯から暖かい。多分頭の上から湯気が出ていると思う。 日課の朝練が終わって基地まで坂本さんと一緒に歩く。 東の空がだんだんと赤く染まってきている。もうすぐ朝日が顔を出すのだろう。 ブリタニアで暮らして一番驚いたのは冬の夜の長さだ。 「最初は私も驚いたがな、慣れれば気温も扶桑と似ているし過ごしやすいぞ」とは坂本さんの談。 エイラさんやサーニャちゃんによるとこんなのは序の口で、一日中昼だったり夜だったりする地域もあるらしい。 驚いたけど、一度行ってみたいと思った。スオムスや、ネウロイを追い払ったあとのオラーシャに。 「……あれ」 裏門を抜けて中庭に入ると、なにやらたくさんの人が居てざわついていた。 中庭にあるいちばん大きい木の周りに整備員さんたちが集まって、何かしている。 「坂本さん、あれ何でしょう?」 「ん?ああ、もうそんな時期だったな」 「?」 指差して示すと小さく笑顔を浮かべて息を吐く坂本さん。 わたしが不思議そうな顔で作業の様子を眺めていると、続きを口にした。 「あれはクリスマスツリーの飾り付けだな。昨日までネウロイにかかりきりだったから今年は少し遅めだな」 「……あぁ、クリスマスか……」 そういえばそうだった。12月といえばクリスマスだ。 扶桑に居た頃はあまり意識していなかった行事なのですっかり忘れていた。 「あれ?坂本さん、ヨーロッパがあんな状態なのに浮かれてたるんでるー!とか言わないんですか?」 ふと浮かんだ疑問を口にする。 「お前は私をなんだと思ってるんだ……」 三白眼になった左目で軽く睨まれた。うぅ、だっていつもの坂本さんならそういう反応じゃないですか? 「扶桑で言う盆や正月のようなものだ。ブリタニアでは一年のうちで欠かすことの出来ない行事らしいからな」 「へぇ……」 「まぁ私自身祭りが好きだからな。あっはっはっはっ!」 ……そっちが本命なんじゃないですか? 思い返すと10月の終わりのハロウィンの時も同じような事を言っていた気がする。 あの時はみんなで仮装したりお菓子を作ったりで楽しかったなぁ…… お菓子がいっぱい〜ってルッキーニちゃんがはしゃいで…… 「ちっ…………がぁ〜〜〜〜〜〜うっ!!モールはもっとふわっとかけるの!そこ!電飾は偏らないように!!」 ……ルッキーニちゃん? 大声のした方を見ると整備員さんたちに混じってルッキーニちゃんが檄を飛ばしていた。 そのままでは背が低すぎてまわりの人波に埋もれてしまうからか、 どこからか持ち込んだ木箱の上で腕を組んでじっと飾り付けを指導している。 「ルッキーニちゃんが早起きだなんて珍しい……」 雪でも降るのかな?と思ったけどもう冬なのでそう珍しいことでもないか。 「まぁ誕生日だからな。真剣にもなるさ」 「誕生日?ルッキーニちゃんの誕生日って12月なんですか?」 知らなかった。そういえばわたしはみんなの誕生日も知らない。 「知らなかったのか?ルッキーニの誕生日は12月24日。クリスマスイブだ」 「なんで教えてくれなかったのー?」 朝ごはんを食べたあと、ミーティングルームの暖炉の前でルッキーニちゃんに誕生日の事を聞いてみる。 最近めっきり寒くなってきたから、暖炉があって暖かいミーティングルームに自然と人が集まるようになっていた。 今朝は執務に戻ったミーナ中佐と坂本さん、哨戒中のサーニャちゃん、まだ寝てると思われるエイラさん以外の全員が集まっていた。 「あり?ヨシカには教えてなかったっけ?」 「教えてもらってないよー」 「にゃはは、ごみんごみん」 「でも誕生日の翌日に発覚したどっかの誰かさんよりはマシじゃないか?」 ルッキーニちゃんが寝転んでいるソファーの肘掛に腰掛けたシャーリーさんが、食後のコーヒーを飲みながらにやにや笑いを浮かべつつ言う。 「あー……うん。そうでした……」 確かにそうだった。 ネウロイが来てたし、ちょっとややこしかったから言いそびれていたんだけど、やっぱり言ってよかったと思う。 みんなは少し驚いたけれど、温かくサーニャちゃんの誕生会にもう一人の主役として迎えてくれた。 「この際だから教えとくかー。あたしは2月13日生まれの17歳」 「あたしは12月24日のくっりすっます〜!」 「あたしは4月19日〜。ちなみにミーナが3月11日でトゥルーデが3月20日ね〜」 「台詞を取るんじゃない、ハルトマン」 「わたしは6月11日生まれだから芳佳ちゃんよりちょっとだけお姉さんなんだよ〜」 みんなが次々と自分の誕生日を口にする。 覚えきれなくなって、慌てて備え付けのメモ用紙にペンを走らせた。 「わわっ!め、メモするからっ……えっと、ペリーヌさんは?」 振り向いて紅茶を飲んでいたペリーヌさんにも聞いてみる。 「2月28日ですわ」 「28にち……っと」 「惜しいよねぇ〜」 メモを取っていると寝そべっていたハルトマンさんがむくりと起き上がって悪戯っぽい笑顔を浮かべた。 「なにがですか?」 「なにがですの?」 思わず返した台詞がペリーヌさんとはもってしまう。 ペリーヌさんとはこういう事がよくある気がする。 「ペリーヌの誕生日。あと一日ずれてたらネタになったのになぁ〜」 「ネタにならなくて悪かったですわね!どうせドッチラケですわよ!」 「や〜いネタにもならないドッチラケ〜」 「むっきいいいいいい!!!」 「あはは……」 苦笑いを浮かべながらとったメモを見直した。 サーニャちゃんの誕生日はわたしと同じ8月18日だ。 坂本さんの誕生日もみんなで祝ったので知っている。8月26日。 となるとあと残るは……。 「あの、エイラさんの誕生日っていつですか?」 近場でふざけあっていた(ケンカしてた?)ペリーヌさんとハルトマンさんに聞いてみると、不思議そうな顔で見つめ返される。 「……なに、宮藤聞いてないの?付き合ってるのに?」 「つ、つつつ付き合ってるとか今は関係ないんじゃないですかっ!?」 ハルトマンさんが急にそんな事を言うもんだからついどもってしまう。 エ、エイラさんは全然、そういう事言ってくれないし……聞きそびれてたというか……聞くタイミングが……。 「ううん芳佳ちゃん!関係アリだよ!大アリだよっ!!」 「そ、そういうもの、かなぁ?」 「うん!そういうものだよっ!!」 背後からリーネちゃんが瞳をきらきら輝かせながら鼻息荒く迫ってきた。 うぅ……リーネちゃんはほんとこういう話が好きだなぁ……。 「エイラさんの誕生日でしたらわたく、むぐぐっ!?」 ペリーヌさんが何か言いかけたところでハルトマンさんがすぐに手で口を塞いだ。 わたく?和卓?ちゃぶ台? 連想ゲームのようなことをしているとハルトマンさんがまたにやにやと悪戯っぽい笑みを浮かべる。 「そーゆーことは本人に聞いた方がいんじゃないの〜?か・の・じょ・さん」 「うううぅぅぅぅ……」 か、からかわれてる……完全に遊ばれてる……。 助けを求めるように振り向いたけど、 「諦めな。この流れじゃたぶん誰も教えてくれないっぽいぞ?」 とコーヒーを啜りつつシャーリーさん。 「にゃはははは!ヨシカかっわいー!」 と笑いながらルキーニちゃん。 「またハルトマンの意地悪か……まぁ本人に聞くのが一番よかろう」 とため息をつきながらバルクホルンさん。 逃げ場は無さそうだ。 「ふっふっふっふ……宮藤もエイラもいつまでたっても初々しいからからかい甲斐があるなぁ〜」 うぅ……いじわるだ……。 ぷくぅ、と頬を膨らませて恨めしくハルトマンさんを見上げる。 「……ただいま帰りましたぁ……」 「!」 眠そうな声がした方に振り向くと、ふらふらした足取りのサーニャちゃんが夜間哨戒から帰ってきていた。 出入り口に一番近かったシャーリーさんとルッキーニちゃんが、 「おかえり。ココアかなんか飲むか?」 「さーにゃんおかえりー」 と声をかけている。 しめたとばかりに駆け寄った。 「サ、サーニャちゃんおかえり!寒くなかった?お腹減ってない?」 「あ、逃げた」 「逃げましたわね……」 「はぁ芳佳ちゃんったら照れ屋さん……」 背後で何か言われてるけど気にしないでおく。 「……さむい……おなかへった……ねむい……」 「じゃあ朝ごはん持ってきてあげるから暖炉の前で暖まってて!」 そう言うと脇目も振らずにミーティングルームを飛び出した。 サーニャちゃんの朝食を盛り付けながらちょっと後悔する。 「サーニャちゃんに聞けばよかった……」 みんなお互いの誕生日を知ってるみたいだったし、サーニャちゃんがエイラさんの誕生日を知っててもおかしくない。 というより、エイラさんのことを一番知ってそうなのがサーニャちゃんなのに。 「戻ったらもうみんなに口止めされてるんだろうなぁ……」 やっぱり本人に聞くしかないのかな。 というかなんで誕生日を聞くだけでこんなに緊張するんだろう。 「うぅ……ハルトマンさんが変な事言うからだ」 かか、彼女だなんて……わたしが彼女なのかな。 でもエイラさんも女の子だし、わたしもだし、えっと、こういう時はどう言えば……。 なんだっけ、ネコがどうとか……ああでもエイラさんはキツネだしわたしはマメシバだし 「ハルトマンがどうしたって?」 「ひゃああ!?なんでもない!なんでもないです!!……ってあれ?」 慌てて振り向くと「何してるんだお前」というような顔をしたエイラさんが立っていた。 噂をすればなんとやら、とは言うけどタイミングが良すぎてひやりとする。 「お、おはよう、早起きだねエイラさん」 いつもなら昼過ぎまで寝てることもあるエイラさんだけど、今日はまだ朝と呼べる時間帯だった。 格好も珍しく制服に着替えているし、もう寝る気はないのかな? 「おはよ。なーんか外が騒がしくてさ。寝なおそうと思ったんだけど腹減って寝れなくて」 そう言いながらちょっと不機嫌そうな表情を浮かべるエイラさん。 ルッキーニちゃんが主導になって指示していたツリーの飾りつけ作業の事を思い出す。結構大掛かりな作業だった。 「じゃあエイラさんの分も用意するね。サーニャちゃんはミーティングルームで食べるみたいだけどどうする?」 「サーニャ帰ってきたのか。じゃあ一緒に食べる」 「じゃあちょっと待っててね」 手早く2枚目のトレイに皿を並べて料理を盛り付ける。 最後に小鉢に手製の納豆を盛ったところでエイラさんから不満の声があがった。 「うぇー、またナットウかよぅ」 「納豆は体にいいんだよ」 みんなわたしの料理に関しては「まさか扶桑料理がこんなに美味しいとは思わなかった」って褒めてくれるけど、 どうも納豆だけはだめらしい。口をそろえて「あのネバネバが駄目」と言ってなかなか食べてくれない。 健康にいいなら味も見た目も関係ないバルクホルンさんでさえ抵抗があるようだし、ペリーヌさんに至っては口もつけてくれない。 坂本さんとミーナ中佐、あと何故かサーニャちゃんは気に入ったらしくてよく食べてくれるけど。 「うー、ミヤフジってホント頑固だよなぁ。ナットウに関しては特に」 「そ、そうかなぁ。エイラさんも嫌い?」 「ミヤフジが作ったモンならなんでも美味しいってば。ただ、味は悪くないんだけどやっぱりネバネバがなー……」 「えへへ……ありがと。でも食べてね」 「うぅ……頑固だ」 盛り付け終わったトレイを渋い顔をするエイラさんに手渡して、わたしもサーニャちゃんのトレイを持った。 ……そういえばまだ誕生日を聞いてない。 聞いてないってわかったらまたいじられるんだろうなぁ……。 「あ、あの」 「んー?」 厨房を出ようとしたエイラさんをあわてて呼び止めた。 長い髪を翻らせながら振り返ったその顔が少し微笑んでいて、妙に眩しくて、なんだか照れる。 あうぅ……綺麗だなぁ、かっこいいなぁ、かわいいなぁ。 「なんだよー?言いたいことがあるならはっきり言えってば」 「あ、あのね、た、誕生日……教えて欲しぃ」 ぼそぼそと、後ろの方が小さくなってしまった。 うぅー、なんでこんなに緊張するんだろう。 「誕生日ぃ?……あー、そういえば教えてなかったっけ」 「う、うん」 「……2月、21日……。な、なんか今更すぎて照れるなー?」 「2月21日だね……、う、うん覚えた」 ああ、そうか。たぶん今更こんな基本的なことを聞くのが恥ずかしいんだ。 癖とか、好きな物とか、他のいろんなことを知ってるのに、相手の生まれた日っていう大事なことを今更聞くのが。 「なんで急にそんな事聞くんだよー?」 「ルッキーニちゃんの誕生日がもうすぐだって聞いて、そしたらみんなも教えてくれたんだけど……エイラさんだけわかんなかったから」 「あぁ、そういえばもうすぐクリスマスかー」 思い出したようにちょっと遠い目をするエイラさん。 「寒くなってきたもんね」 「そうかな?」 不思議そうに返される。 「あ、そうか。スオムスはもっと寒いんだっけ」 「そうだぞー?ミヤフジはもう寒い?」 「う、うん……少し」 今朝の『発見』のことを思い出して頭がぽーっとなる。 「エ、エイラさんのこと考えたり、エイラさんと一緒なら、寒くない、よ?」 わ、わたし何言ってるんだろう。 口を突いて出た言葉に今更ながら後悔して俯いて、顔が熱くなる。 「……ミヤフジ、トレイちゃんと押さえてろよ」 「え?」 顔を上げるとエイラさんの顔が迫ってきていた。反射的に目を閉じる。 キス、されちゃうのかな……。 ぐっと両手に持ったトレイを握り締めた。 「ん……」 温かいものがわたしの顔に触れる。 ちゅ、という音が、予想していた地点よりも上から聞こえてきた。 目を開いて呟く。 「お、おでこ?」 予想外だったからちょっとびっくりする。 うぅ……キス=口にって思い込んでるわたしのえっち……。 「……おでこの方がしやすいんだよ。並んだ時、ちょうど私の口の位置にミヤフジのおでこがあるから……」 ぷいと横を向いてしまうエイラさん。耳まで真っ赤だ。たぶん、わたしも。 「ミヤフジは……く、口の方がよかった?」 「え、あの……ど、どこでも嬉しい……」 本当に。まだ胸がどきどきと高鳴っている。 「さ、さっさと行くぞ!」 「あ!待ってよ!」 すたすたと厨房を出て行くエイラさんを慌てて追いかけた。 「やっと戻ってきたかお前達」 「あれ?バルクホルンさんだけですか?」 ミーティングルームに戻ってくると、バルクホルンさんが新聞をぱさりと閉じた。 部屋を見回してみると、二人掛けのソファーで仲良く寝息を立てている人影がふたつ。 「他の奴らは早々に帰ってしまってな。年長者としてこいつらを放っておくわけにもいかんだろう」 「大尉は優しいなー」 「な!?や、優しいとかじゃなくてだな!カールスラント軍人として、年長者としてだな!?」 「ハイハイ。サーニャとルッキーニ見ててくれてありがとー」 「む、むぅ……とりあえずお前達に任せたからな!私だってそれなりに忙しいんだ!」 そう言ってのっしのっしとミーティングルームを出て行くバルクホルンさん。 と、思ったら途中で振り返って 「ああそうだ、ルッキーニが起きたら伝えておいてくれ。整備員たちが午後からまた飾りつけ作業をするから来てくれ、とのことだ」 「あ、はい」 「りょうか〜い」 「うむ。じゃあ頼んだぞ」 そう言うとまたのっしのっしとミーティングルームを出て行った。 「素直じゃないなー、大尉は」 「あはは……」 素直じゃないのはエイラさんも同じ、という喉まで出かかった言葉を飲み込んで再びソファーを見下ろした。 ……さて、どうしたものか。小さく寝息を立てる二人を見ながら考える。 「すぅ、すぅ」 「すぴー……ウニャニャニャニャ」 とりあえずサーニャちゃんに朝ごはん食べられるかどうか聞いてみよう。 「サーニャちゃん、サーニャちゃん、起きれる?ご飯どうする?」 気持ち良さそうに寝ているのを起こすのが忍びなかったので、控えめに揺すりながらサーニャちゃんを起こす。 むにゅむにゅと口を動かして、やがて目を開くサーニャちゃん。 「んぅ……よしかちゃん?」 「起こしちゃってごめんね。朝ごはん持ってきたけど食べれる?」 「ん……たべる……おなかすいた……」 そう言うとのっそりと起き出して、きょろきょろと周りを見回す。 「……あ、エイラ」 「おかえり、サーニャ」 「……ただいま」 そんな二人のやりとりを見守る。 「おはよう」じゃなくて「おかえり」なところがこの二人らしい。 正直なところ、少し、妬ける。 けどそれ以上に微笑ましくもあった。 「……いただきます」 「いただきまーす」 サーニャちゃんが食べ始めるのを待ってエイラさんも手を合わせた。 「ふー、食べた食べた」 「お腹一杯になったら……また……眠……く……」 「歯磨きしないと虫歯になっちゃうよ!もうちょっとだから頑張って!」 うとうとと船を漕ぎ出したサーニャちゃんを慌てて止めた。 それを横目で見ていたエイラさんが得意げに言う。 「そんな時にはこれ。スオムス名物歯磨きガム」 制服のポケットから取り出した板状のそれをわたしとサーニャちゃんに手渡した。 ガム?お菓子じゃないの? 「スオムスのガムは噛むと虫歯予防になるんだぞー?私はあんまり歯磨きしないけどほれ、ほのとーり」 エイラさんがイーッと歯を剥き出しにして見せてくる。白くてきれいな歯並びだ。 確かに歯磨きしてるところをあまり見かけないけど、見たところ虫歯なんてぜんぜん無い。 いつキスしても歯はつるつる……で……。 「あうぅ……」 「ミヤフジどした?」 「……おいしい……(くちくち)」 わたしはキス依存症なんだろうか。さっきから自爆ばっかりだ。 恥ずかしくなって包み紙を急いで開いて、ガムを口に放り込んで噛む。 ……甘い。なのに虫歯予防になるという。不思議だ。 「ふあぁ……今度こそ……寝る……(くちくち)」 あくびをひとつした後、サーニャちゃんがすっと立ち上がった。 ふらふらと頼りなさげな足取りを心配してエイラさんが呼び止める。 「あ、サーニャ!一人でちゃんと帰れるかー?」 「だいじょうぶ……ひとりで帰れる……(くちくち)」 本当に眠そうで倒れやしないかとわたしもハラハラしてきた。 堪らず送って行こうかと立ち上がりかけたら、エイラさんに先を越されてしまった。 「ミヤフジは座ってろって。私が送ってくるから」 「だいじょうぶなのに……エイラの心配性……(くちくち)」 「その様子を見たら誰だって心配になるってば……。ホラミヤフジだって心配してんだから」 すたすたとサーニャちゃんのところまで歩いて、倒れないように両肩を掴むエイラさん。 「んじゃちょっと送ってくるから、ミヤフジはルッキーニ見ててよ」 「おやすみ、芳佳ちゃん(くちくち)」 「あ、うん。おやすみ〜」 返事をして手をひらひらと振った。 それを見届けるとサーニャちゃんを先頭にして、むかで競争みたいな、 電車ごっこみたいな体勢でミーティングルームを出て行く。 「すぐ戻ってくるかんなー!」 廊下の向こうからエイラさんの声が響いてきたのを確認して、まだ眠っているルッキーニちゃんに視線を向けた。 「すぴー……ウニャニャニャニャ」 結構隣で会話してたけど、起きる気配はぜんぜん無かった。 シャーリーさんのストライカーの爆音が響くハンガーでも昼寝できるんだから、これくらいなんてことないんだろう。 少し安心して大きく伸びをした。 天井を見上げると、大きなシャンデリアが朝日を受けてきらきらと輝いている。 (平和だなぁ……) 一昨日ネウロイを倒したから当分の間は出現はないだろうとの予測が出ていた。 みんなも思い思いに束の間の平和を謳歌している。つまり暇なのだ。 することがなくなって、エイラさんに貰ったガムをくちくちと噛む。 (おいしいなぁ……また貰おうかな……) 歯磨きをちゃんとしていても、虫歯になる人はなるらしい。 あと虫歯菌は人から人に感染ったりもすると聞いたことがある。 (エイラさんに感染っちゃったら申し訳ないし……) そこまで考えたところで、また頭がぽーっとなった。やっぱりキス依存症かもしれない。 こんな呑気な事を考えられるのも平和だからなのかな。 (平和だなぁ……) 「すぴー……ウニャニャニャニャ」 すぐ横からルッキーニちゃんの寝息が聞こえてくる。 夢でも見てるのかな。どんな夢を見てるのかな。 気持ち良さそうな寝顔を見ながら、この平和がいつまでも続けばいいのにな、と思った。 「ただいまー」 「あ、エイラさんおかえりー」 しばらくするとエイラさんがまたミーティングルームに現れた。 すたすたと歩いてわたしの隣にすとんと腰を下ろす。 「ちょっと目を離したら冬だってのに下着姿で寝ようとするし、ガムは飲み込もうとするし大変だったぁ」 愚痴っぽく話すけど、エイラさんは笑顔だ。 手がかかるのが嫌なんじゃなくて、手をかけられるから嬉しいんだと思う。 また微笑ましくなって自然と頬が緩んだ。 「……ルッキーニまだ寝てるんだな」 「ぜんぜん起きないんだよー?でもほんと気持ち良さそう」 「だなー……」 「……」 話すことがなくなって、会話が途切れた。 寝てるとはいえルッキーニちゃんが隣にいるからか、あまり突っ込んだ会話は恥ずかしくてできない。 ぱちぱちと、暖炉で薪が爆ぜる音が妙に大きく感じる。 「なーミヤフジ」 「うん?」 エイラさんが先に口を開いてくれた。正直ちょっと助かった。 「んー……なんか欲しいもんとかある?」 「えー?なんで急に」 「んー……なんとなく」 欲しいもの、欲しいもの……と少し考えてみたけど特に思いつかない。 自分で言うのもなんだけど、無欲だなぁ、わたし。 「思いつかないなぁ」 「じゃあ、したいこととか」 「したい……こと……」 言葉を反芻しながら視線を移動させた。 つい、エイラさんの薄い唇に目が止まって、慌てて目をそらす。 ついさっきルッキーニちゃんがいるから〜とか思ってたのに、これじゃただのキス魔じゃない! 「なんかあるかー?」 「あぅ……」 ……ルッキーニちゃんは眠りが深いから、大丈夫……かな? 「……す、したい」 「ん?聞こえなかった」 「キス、したい」 「……うえぇ!?」 ……やっぱり引かれたかなぁ……。 「あ、いや!い、今したい事じゃなくってさ!前々からしたい事とかなんか無いかなー?って!!」 エイラさんが慌ててる。そりゃそうだよなぁ……。 「だ、だめかな?」 「ダメとかそういうわけじゃなくて!?ほ、ホラ!ルッキーニだっているし!」 「ルッキーニちゃんならぜんぜん……起きないし……」 だって、したくなっちゃったんだもん。……やっぱりわたしはキス依存症だ。 「うぅ……頑固だ」 「う、うん……」 二人して俯く。目を合わせてられない。 「い、一回だけ、だかんな?」 「いいの……?わ、わたし、今日はお願いしてばっかりで、なんか悪い……」 いざとなると冷静になってしまう。 誕生日教えてとか、納豆はちゃんと食べてとか。お願いを聞いてもらってばっかりだ。 「……あのなー」 「はひぃ」 頬っぺたを抓られる。抓られるというか、触られた。 むにむにと、引っ張られたり、摘まれたり。なんだか心地良かった。 「好きな子の頼みごとなら、なんだって聞いてあげたいじゃん」 「へいらひゃん……」 頬っぺたを摘まれたままだったから、変な発音になってしまった。 「ぶっ、なんだそれー」 「らっへ、へいらひゃんは」 抗議の声もまた変な発音になった。 ちょっと腹が立ったけど、それすらも好きって気持ちに塗りつぶされていく。 「悪かったってば。お詫びにどーぞ好きにしていいよ」 「え……」 さぁどうぞ、と言わんばかりに目を閉じるエイラさん。 ど、どうしよう。わたしの方から、っていう経験がほとんどなくて戸惑ってしまう。 好きにしていい、って言われてもどうすればいいのかわからない。 わたしが何もできずにおろおろしていると、急にエイラさんの目が見開かれる。 悪戯っぽい笑顔を浮かべて、 「……ミヤフジのへたれー」 「なっ!?……んむぅ!」 驚いた時にはもう口が塞がれていた。 何が起こったのか頭が理解した瞬間、体じゅうの力が抜けそうになる。 だって、きもちいいんだもん。 ふわふわして、ぽおっとなって。ああ、ダメだ。腰、抜けちゃいそう。 そのままずるずると、ソファーに横たわらされた。 「んぅー……っは」 「……満足した?」 唇を離されて、息がかかるような位置からそう聞かれた。 「聞かないでよぅ、いじわる」 「ミヤフジってさ、頬とかには積極的なくせに、口同士だと急にオクテなのな」 「うぅ、なんか、恥ずかしくて」 「かーいぃなぁ、もぅ」 「んむぅ……」 一回だけ、って言ったのはエイラさんの方なのに。 スイッチ……入っちゃったのかな。このままだとわたしも、止まらなくなっちゃうかも。 すぐそこでルッキーニちゃんが寝てるのに。 そう思った瞬間のことだった。 「ふみゃああぁぁ〜……ウジュジュ……」 「「!!」」 すぐ隣のソファーからお目覚めの第一声が聞こえてきた。 弾かれたように離れて、それぞれソファーの端っこまで飛びすさるわたしとエイラさん。 ルッキーニちゃんがいたのに、しかも朝からこんなところで、なんで盛り上がっちゃったんだろう……。 「おおおおおおはようルッキーニちゃん!」 「ウニャ……ヨシカおはよ〜……」 「ばばばばばバルクホルン大尉が『昼過ぎに飾りつけ再開するって整備員たちが呼んでた』って言ってたぞ!」 「エイラ……?うん、わかったぁあああ……」 返事といっしょに大あくびをして伸びをするルッキーニちゃん。まるで本物のネコのよう。 とりあえず見られてない……よね? 「飾り付けがじぇんじぇん進まなくって〜」 寝起きのルッキーニちゃんにお茶を淹れてあげて、ツリーの飾り付けの進行状況を聞いてみた。 どうやら難航しているらしかった。 「あの木、大きいからなぁ」 コーヒーを啜りながらエイラさんが受け答える。 「うにゅ、手作業じゃなかなか進まないんだって。重機でも入れられれば早いんだけど、芝生が痛むからダメ、って」 「あー、綺麗に植わってるもんね」 わたしもお湯呑みを傾けながら感想を漏らした。 「整備員のおにーちゃんたちもあたしみたいに身軽だったら早いんだけどなー」 「ルッキーニ並はムリダナ」 「うん、真似できない」 「ぶー、つまーんなーい!!」 頬を膨らませて不満を隠しもせずに口にするルッキーニちゃん。 ふと、わたしにできることは何か無いかと考えた。 「んと、ねぇルッキーニちゃん」 「なーにー?ヨシカー」 「なんか案でもあんの?ミヤフジ」 「えと、わたし達がストライカー履いて飛んで飾りつけとかしたら早くないかな?」 率直に思ったことを言うと、二人が何故か固まった。 「……ヨシカってもしかして頭いい?」 「その発想はなかったわー……」 「え?え?もしかして名案?」 「っていうかそれしか無いってカンジ!ヨシカすごいすごーい!!」 まさかそこまで言われるとは思わなかったので恐縮してしまう。 「あたし達ってなんだかんだで軍人だから、ストライカーのことを戦うためのものとしか見てなかったかも〜」 「もともと軍人じゃないミヤフジらしい発想だなー」 「そ、そうかな……ただ、前にカウハバ基地のウィッチが迷子捜索したって聞いたから……似たようなことかなぁ、って」 それを聞いたエイラさんがあぁ、と声を漏らした。 「先輩の愛が沁みる……」 「よぉーっし!膳は急げ!ミーナ中佐に許可とってこよー!!」 「っとと……」 「わ、コラ!引っ張るなよールッキーニ!」 ルッキーニちゃんに引っ張られて、ミーナ中佐の所まで連行(?)された。 拍子抜けなくらいにあっさりと、ミーナ中佐は許可をおろしてくれた。 ルッキーニちゃん曰く、 「怒った時はものすンごく怖いけど、いつもはすンごく優しいから大好きィ!」だとか。 緩める所は緩めて、締める所はきちんと締める。やっぱりミーナ中佐は隊長だ。 「おーいルッキーニぃ、これどこに飾るー?」 「シャーリーそれ右右!あ、もうちょい左!そう!そこ!」 ストライカーを取りに行ったハンガーで、相変わらずチューニングをしていたシャーリーさんも飛び入り参加してくれている。 「ルッキーニちゃん、これは?」 「んーっとね、上のほう!左上!あ!エイラぁサボってないでちゃんとやってよー!」 「サボってねー!」 わあきゃあと、声が飛び交う。 整備員さんたちも手伝ってくれて、夜までには飾りつけは終わりそうだ。 「……サーニャが見たらびっくりするだろうなー?」 「そうだね!」 そう思うと作業にも力が入った。 真っ暗な空に上がって、ふと下を見ると、きらきら輝くクリスマスツリーが浮かんでいる。 一人で頑張ってくれているサーニャちゃんへの、ちょっとしたエールだ。 思い浮かべただけでなんだかわくわくしてくる。 それから、ルッキーニちゃんの特別な日のための大事な準備。 ふと、一生懸命飾りつけの指示をしているルッキーニちゃんを見た。 楽しそうに、嬉しそうに、ツリーというキャンバスに理想を描く、まだ小さな女の子。 わたしより年下なのに、ルッキーニちゃんもサーニャちゃんも、戦場に出てしまえば一人の戦士なんだ。 (ネウロイがずっと来なければいいのに) ネウロイが現れなければ、こうして歳相応に振舞えるのに。そう思う。 空を見上げると、そろそろ太陽が傾き始めていた。 冬のブリタニアは昼が短い。早くしないと日が暮れちゃう。 「ヨシカー!サボらないー!」 「わわっ!ごめん!」 不満げだけど、どこか楽しそうな笑顔を見ながら、この平和がいつまでも続けばいいのにな、と思った。 ※言い訳※ ・書きたい事を詰め込んでたらなげーきめー。もう少しコンパクトに纏めたい…。 ・12月はガッティーノちゃん強化月間だよ! ・同日、扶桑を大地震が襲ったらしい。無かった事にしたい。 ・wikiペドさん毎回マジお世話になってます。