よしこ×エイラSS 12月13日-side A- エイラ視点 さて、そろそろ決めておかないと本当に間に合わなくなる。 買うにしても、作るにしても、何かしら方針を決めて準備をしておかなければ。 誕生日の時も初戦果を上げた時も、何も形に残るものを贈れなかったからクリスマスくらいは頑張りたい。 ……と言っても何を贈っていいのやらさっぱり想像がつかない。 人にものを贈る……って経験が、たまたま見つけたぬいぐるみをサーニャに買ってあげたくらいしかなくて、どうにも、よくわからない。 考えあぐねてこの間、さりげなくストレートに聞いてみたけど、さっぱり収穫が無かったどころかうやむやになってしまった。 ミヤフジは何を贈れば喜んでくれるんだろう。ミヤフジに何をしてあげれば笑顔になってくれるんだろう。 最近は暇さえあればずっとそんなことを考えている。もちろん今この時だってそうだ。 ……なのに何でだろうなー……?どこで間違っちゃったんだろう。 どうしてこんな状況になってるのかちょっとわからない。 「んっ……えい、らひゃ……ひゅきぃ……す、きぃ……んちゅ」 すっかり出来上がってしまったミヤフジが必死に私の唇に吸い付いてくる。 何かヒントでも掴めないものかと珍しくミヤフジの部屋を訪れてみれば、いつの間にやらこんな状態だ。 舌を絡めて、口の周りを唾液でべとべとにして、私を探すように、無心に啄ばむ。 大丈夫だよ、逃げたりしないからさ。ミヤフジが満足するまで、ずっとこうしててあげるからさ。 頭を撫でながら、空いた手で抱き締めてあげると安心したように頭に生えた一対の犬耳がふにゃりと垂れた。 急な寒さに耐えかねて、最近は魔力を出しっぱなしにすることが多いという。膨大な魔力量を誇るミヤフジだからできる芸当だ。 ミヤフジの頭の向こう側から、ぱたぱたという尻尾を振る音も聞こえてくる。 気づいてるのかな。尻尾振ってるよ、ちぎれそうなくらい。 (……わかりやすくかわいいなぁ。) 胸の奥がきゅんきゅんと高鳴って、思わずミヤフジの唇を吸い返した。 「んー……」 「んひゅ……っは、んっ、んぅ〜〜っ……」 負けじと舌を割り入れられた。負けず嫌いなのかミヤフジ。 ……ぐらぐらと、理性という名のトランプタワーが崩れそうになる。 ミヤフジが押し付けてくる唇が柔らかすぎて。ミヤフジの唾液の甘さに脳が蕩けてしまいそうで。 正気を保つために、棚に飾られたミヤフジ所有の扶桑人形を見た。 穴拭智子。スオムスじゃ有名な英雄だけど、その武勇伝と同じくらい、変な噂も聞いた。 流されやすくて何人ものウィッチと関係を持ったとか、素っ裸で空を飛んだとか、人づてに聞いた。 (……私は流されない……私は流されない……私は流されない……) 心の中で呪文のように唱える。その、こういう事をする為に部屋を訪れたわけじゃないんだから。 ……こんな状況になってる時点で既に流されてるのかもしれないけど。 「エイラさん、あったかい……すき……だいすき……」 いつの間にか唇を離していたミヤフジが頬擦りしてくる。 ぷにぷに、ぷにぷに。頬っぺた、柔らかいなぁ。 「ミ、ミヤフジの方があったかいって。柔らかくってすごく抱き心地がいい」 小柄で小顔でスレンダーなくせに、なんでこんなに柔らかいんだろう。 なのに「体硬いよー」って全然前屈ができなかったり。なにそれ、なにそのかわいさ。 「ううん、エイラさんの方があったかいよ……それに、エイラさんだからあったかいんだよ」 きゅっと、服の背中側を握られる。 体と体がさらに密着した。 「大好きな人に抱き締められるとね、心と体がぽかぽかしてくるんだよ」 「……ばーか」 あぁもう恥ずかしい。 そんな事言われたら抱き締めてキスするしかなくなるじゃんか。 「えへへぇ……エイラさんの「ばか」って、優しいから大好き」 くそぅ、ホント幸せそうな顔しちゃってまぁ。 ミヤフジをもっと幸せにする手がかりを探して部屋に来たのに、この笑顔を見てたらもういろいろとどうでもよくなってしまう。 ……まぁ、いいや。 どうせ今日は非番だ。まだ時間はあるんだし、ゆっくり考えよう。 今は流されて、この温もりと柔らかさを味わっていよう。 そう思ってまたミヤフジと抱き合った。 ホントだ。すごくあったかいや。 「はああぁぁぁ〜〜〜……」 頭を抱える。もうこれ以上ないくらいに抱える。 結局、朝っぱらから昼まで……その、致してしまった……いや、正確には違うけど、同じようなもんだ。 欲しいものの手がかりなんてさっぱり掴めなかったってのに。 「……流されてしまった……」 いや、まだましな方だったのかもしれない。 正午を告げる鐘の音が無かったらあのままずっと寝る時間まであの状態だったかも。 こんな調子で間に合うんだろうか。 クリスマスまで、あと2週間もないってのに。 「……でも、柔らかかったなぁ……」 空気が乾燥してるのにぷるぷるのまんまの唇とか、もちもちした頬っぺたとか……。 ……って、今は先に考えるべき事があるはずだろ私! 「はあぁぁ〜……」 ミヤフジが魅力的過ぎるのがいけないんだ。かわいすぎてダメな人になってしまう。 寒いからって、毛布に包まって寄り添ってきて「あっためて?」とか上目遣いで言うなよ。我慢できなくなるから。 「〜〜〜〜〜ッッ……!!!」 ……思い出したら体中がむずむずしてきた。耐え切れずにテーブルをばしばしと叩く。 うああ……私今すげーダメな人だ……。 「うわー、ダメな人がいる」 「……なんか文句あっか」 ハルトマンが両手にコーヒーカップを持って食堂に入ってきた。 もうこいつには知られて恥ずかしいような事なんて無いから気が楽だ。存分にダメ出ししてくれ。 「べっつにぃ〜。エイラがダメな人だって事は前々から知ってたしぃ〜」 「ソウデスカ」 「もーほんとダメ。ぜんっぜんダメ」 「そんなダメか私。泣くぞ」 テーブルに突っ伏してぐでーっと伸びる。 こんなダメだからミヤフジの望みもわからないんだ。ああホントダメな私。 「はいコーヒー」 「……さんきゅー」 テーブルにコーヒーカップをひとつ置いて、どっか、と私の隣の席に腰掛けるハルトマン。 何も考えてないようでいて、いつも何か考えている。 ずぼらかと思えば、妙な所まで気が利いたりする。 ……さっぱり読めない奴だ。 「んで?決まったの?」 「何が」 淹れてもらったコーヒーを口に含む。苦味でみるみる頭が冴えてくる。 「宮藤への愛の篭もったぷれぜんと」 「ぶーッ!!」 コーヒー吹いた。マジで。 「なななななんで知って……ッ!?」 「アンタも成長しないねぇ……まぁ、いいけど」 カップを傾けながらかわいそうなものを見るような目で見られた。 ……ホント何者なんだよお前は。 「……ぜ、全然決まらない」 コーヒーまみれになったテーブルを布巾で拭きながら白状する。 恥ずかしいやら情けないやら。 「だと思った」 「なら聞くなよっ!」 叫びながら思わず拭き終わった布巾をテーブルに投げつけてしまう。 べちゃりとコーヒーの飛沫が飛び散った。 「ちょっとー、飛び散るじゃーん!ばっちいなー」 からかってんのか! ハルトマンにとっちゃ些細な事でも私にとっては大問題なんだよ! す、すすす好きな人と初めて過ごすクリスマスなんだぞ! 何を贈るか迷うなんて当然じゃないか! 「どーせエイラのことだから、宮藤にとって最高のプレゼントを贈って喜ばせてあげたいとか思ってるんでしょ」 「当たり前じゃないかー」 「お子様だねぇ。いい?今最高のプレゼントを贈ったとして来年はどうすんの?誕生日は?」 いつになく真剣な表情で見つめられて少し怯む。 ハルトマンはモードの切り替えがはっきりしすぎていて、まるで別人だ。 「そ、そりゃ、その時点で最高のプレゼントを……」 「あーもうじれったいなぁ。宮藤にとっての最高ってのはあんたと一緒に過ごす事なわけよ。わかるか?ヘタレ」 「ンなっ……!?」 「宮藤があんたにモノをねだった事があった?何か欲しがった事があった?ホレ、言ってみ」 言われて思い返してみる。 モノをねだられたこと……。 (「隣、座っていいかな?」「お風呂、入ろ!」「その……あたま、撫でて欲しい」「食べて!」  「もうちょっとこのままで……」「ぎゅって、して?」「ちゅー……して?」) 「ぐわあああああああ!!??」 「おお、ダメな人だ」 ハルトマンの台詞もおかまいなしに、テーブルを爪でぎぎぎ、と引っ掻く。 私の中のおねだりミヤフジメモリーが次々にフラッシュバックしてきて平常心を保ってられない。 傷は浅いぞ、衛生兵、衛生兵を呼べ……ってあぁ、衛生兵はミヤフジだった。 ダメだ、今呼ばれたらきっと私はケダモノになってしまう。ぐうぅ……アイしてアイたいアイタイシタイ……。 「落ち着いたかー?」 「な、なんとか……」 ひたすらマイペースなハルトマンが避難させていた私のカップを元の位置に戻しながら言う。 気が利きすぎてなんか怖いぞ。 「……ホント、何を贈ればいいんだろ……」 情けない声が出てしまう。 ハルトマンに完璧に論破されて、自分で考えれば自爆する。情けなさ過ぎる。 「知らないよ。そんなもん自分で考えたら?」 「か、考えても思いつかないから言ってるんじゃないかー」 「なんでもいーんだよ。気負わなくても、あんたからの贈り物だったらなんでも嬉しいんじゃないかな、あのコは」 「そうかな……」 「贈り物ってのはモノじゃないんだよ。大事なのはキモチ。ま、あたしの持論だけどね」 そう言ってくいーっとコーヒーを飲み干すハルトマンをぼけっと見た。 ……前々から思ってたけど、なんか、 「……なんか、老けてんなー、お前」 「……オトナって言ってよ……そんなんだからヘタレって言われるんだよ、あんたは」 「っだ、誰がヘタレだよ!」 「そーやってすぐ取り乱す所とか〜?いやいや、これはヘタレってよりもガキっぽいって感じかな〜?」 ……反論できない。 そういえば口喧嘩や討論でこいつに勝ったためしが無かった。 「……同い年のハズなんだけどなー…」 「数えで同じでも誕生日は1年近く離れてるじゃん。それに肉体的に15でもあたしから見ればあんたの精神年齢なんて10かそこらよ」 「ルッキーニより子供だってのかよ私は……」 「だいたい同年齢って感じ?下ってことはないから安心しなって」 わははと笑ってばしばしと肩を叩かれる。 ……フォローになってねー。 ため息ひとつついて冷めかけたコーヒーを一口啜った。 私からだったらなんでも、ねぇ……。そうだとしたら、嬉しい。 けど、出来る限りミヤフジが望むものを贈りたい。 「……ヒント」 「ん〜?」 「なんか、ヒントとか無いかな。例えば、ハルトマンが誰かに贈ったものとか」 恥を忍んで聞いてみる。 自称オトナのお姉さん気取りなんだ。なにか参考になる意見だけでも聞いておきたい。 「……誰かに贈ったもの、ねぇ……」 「参考にするだけだから、頼むよ」 「……栞……」 「え?よく聞こえない」 いつもの能天気な声からは想像もつかないくらいのぼそぼそ声で何か呟かれた。 何か、遠くを見るような目で。 「んーん、なんでもない」 「??」 「そーだねー……天のお告げを聞くにはお布施という見返りが必要です」 次の瞬間には元のにやにや笑いのがめついハルトマンに戻っていた。 なんだったんだ。 「……金なら無いぞ」 あるけど。 余ってるけど、コイツにやるような金はビタ1ペニーだって無い。 「お金ならあたしだって持ってるからいーよ。さっきも言ったっしょ、贈り物はモノじゃなくてキモチだって」 「む……け、ケーキ2個」 「もう一声」 「シナモンロールもつける」 「乗った!」 ぱしっと膝を叩いて快音を響かせるハルトマン。 (完全に物欲(モノ)じゃねーか!) そう思ったけど、今はこっちが下手だ。出掛かった言葉を飲み込んで、ハルトマンが口を開くのを待った。 「んー……そうだねぇ。あ、今年のミーナの誕生日に万年筆あげたっけ。そんな高くもない、安物だけど」 「安物?安くていいのか?」 「あんまり高いもんだと貰う側が遠慮しちゃうじゃん。壊れたり、失くしたりしてもまたあげられるし」 「……成る程」 「あとトゥルーデにはリボン。たまにつけてくれてるけど、気に入ってんのかな?」 性格からは想像もつかないようなかわいい髪形だよねートゥルーデって。とかなんとかげらげら笑うハルトマン。 ……もし聞かれてたら頭の形変わるぞ……それ。 「なんか……普通のもんばっかりだなー……」 「ふつーでいいんだってば。大層なもん貰って棚で埃かぶるよりも、いつも使ってくれるもんの方がいいって」 「成る程なー……」 頷くしかない。予想以上に参考になった。 こいつはいつもはズボラだけど頭の回転は異常に速い。いや、それより驚いたのは、 「お前って結構律儀なんだなー」 ちゃんと誕生日に物を贈る奴だったのか。 普段の生活を見ているとまったくそうは見えない。 「まーね。ミーナとトゥルーデとは特に付き合い長いし。それにさ、誕生日ってのはやっぱり特別なんだよ」 「特別?」 「これも持論なんだけどさ。生まれた日にはきっとなんか意味があると思うんだよね」 「……意味ねぇ」 「宮藤とサーニャもさ、誕生日同じじゃん。一年って365日もあるのにピッタリ同じ。きっとなんか縁があるんだよ」 「……あ」 「ただの偶然かもしんないけどさ、繋がりがあるって思ったほうが人生楽しいじゃん?」 そう言って気の抜けたような笑顔を浮かべるハルトマン。 こいつがいつも人生楽しい!生きてるって最高!って感じに能天気に暮らしてる秘訣を知った気がした。 私だって辛い事よりも楽しい事の方を優先する種類の人間だけど、こいつはそれ以上に人生を謳歌してるのか。 今なら自称オトナの女、ってのも多少は理解できる気がする。 「でも誕生日以外は貰う専門だけどね〜。クリスマスとか」 「……そんな事だろうと思った」 ホント、人生楽しんでるなぁ、こいつ。 「ま、頑張りなよ。エイラ」 ぽん、と肩を叩いて、空になったコーヒーカップを人差し指でくるくると回しながら、ハルトマンは食堂を出て行く。 「ケーキはフルーツ系よりクリーム系の方がいいなー」 「……りょうかーい」 手をひらひらさせて、気の抜けた返事で見送った。 「わたしですか?わたしはみんなのマフラーを編んでるんです」 そう言って編みかけのマフラーを差し出すリーネ。 最近よくここ(ミーティングルーム)で編み物をしているところを見かけたけど、成る程これだったのか。 「器用だなー、リーネは」 「えぇー?不器用な方ですよぉ。こっちなんか、網目がガタガタで」 あぁ、確かに。ちょっと不恰好かもしれない。 「んー……でも私からしたらやっぱ器用だよ」 雪国出身だってのに編み物もできない。というか、興味が無い。 「あはは……なんか照れちゃいますねぇ」 少し頬を朱に染めるリーネ。 なんだろうね。仕草も趣味も喋り方も、実に女の子女の子してるなぁ。 私とはえらい違いだ。 「こっちは?」 マフラーとはまた違った形の毛糸の塊を指す。 「あ、それは帽子です。ルッキーニちゃんは誕生日だから、いっしょに渡そうと思って」 「成る程なー」 「ただ……ま、間に合うといいんですけどねぇ……あはは」 「……が、頑張れ!」 「間に合わなかったら……ごめんなさいっ!」 私も早く決めないとなぁ。 「クリスマスか……。すまないが私はパーティーは欠席させてもらうつもりなんだ」 「えー?なんでさ」 予想だにもしなかった事を口にするバルクホルン大尉。 驚きと、抗議が半々くらいの声を漏らす。 「クリスマスは妹に会いに行こうと思っていてな。まぁ、面会時間の続く限りだが」 「あぁ、そういう事かぁ」 そういえば、妹さんがまだ入院中なんだっけ。 何年も目を覚まさなかったんだからまぁ、当然っちゃ当然か。 「だが隊の皆のことを蔑ろにするつもりは無いぞ?お菓子を沢山作っておくから皆で食べてくれ」 「……大尉ってお菓子とか作れたんだ。なんか意外」 いつもは質より量!味より栄養!な料理ばかりで、正直辟易していた。 「ば、馬鹿にするな!私だって、やる時はやるんだ!それに、クリスにも食べさせる物なんだから妥協など許されるものか!」 「……あー、そのせいか」 妹さん絡みだったとは。それなら納得もいく。 ふと気になって、思ったことを口にしてみた。 「大尉はさ、妹さん以外にプレゼント贈ろうとか思わないの?」 「……なんだ、エイラは何か欲しいのか?」 「私じゃないよ!」 思わず叫ぶ。なんで私がプレゼントをねだる流れになるんだ。 「ふむ……誰か、なぁ?」 「うんうん」 「特に思いつかん」 「……なんだよそりゃ」 ずるりと頬杖から顎が外れた。 「んー……まぁ、日頃世話になっているミーナとハルトマンには何か贈ってみるか」 「ハルトマン?大尉の方が世話してるじゃん、なんで?」 「いつもロンドンまで車を運転してくれているからな。道中の話相手にもなるし、連れて行くとクリスも喜ぶ」 あぁ、なるほど。確かにそりゃ世話になってる。 「何よりせっかくのクリスマスだというのに運転手を買って出てくれたんだ。物でも贈らんとさすがに悪い」 「ふぅん。何贈るの?」 「まだ決めてないが、そのうち決まるだろう」 ぬぅ、結局教えてもらえないのかよー。 「クリスと過ごすクリスマス……ふふ……」 「…………」 ……寒い。 ニパが凍死しそうになった雪中行軍演習を思い出した。 「わたくしは皆さんに紅茶を振舞おうかと思ってますわ」 「……いつもと同じじゃん」 まさか直球とは。 すんなり教えてくれた事にも驚いたけど、ここまで芸が無いのも逆に驚く。 これは無いと思ってたのに裏の裏をかかれた気分だ。 「お、同じじゃありませんわよ!ちゃんと、皆さんの健康を考えて配合した、特製のハーブティーをご用意してますわ」 「どうせまーたなんか変な味の紅茶出す気なんだろ?」 ウゲーッという顔を作ってからかってやる。 マリーゴールドのハーブティーだっけ?あれは本気で不味かった……。 「あ、あれは……!」 一瞬むきになりかけたけど、コホンと上品に咳払いして静かに続けるペリーヌ。 「た、確かにわたくしの勉強不足で妙な味になってしまいましたけど、あれからわたくしも薬茶について勉強しましたのよ?」 フフン、と得意げに薄い胸を張る。 ……なんで私が悲しくなってるんだろ。 「味も効能も完璧なものが出来たんですから!ほ、本当ですわよ!?」 「ん、まぁそれはわかったけど」 「けど……なんですの?」 「サカモト少佐には何を贈るのさ」 そう言った途端にぼっと顔を真っ赤に染めるペリーヌ。 「な、なななななんで貴女にそれを教えなければなりませんの!?」 「いーじゃん教えてくれたってさー。減るもんじゃなしー」 「減りますわよ!よくわかりませんけどとにかく何か減りますわよ!!」 何かってなんだよ。言ってることがめちゃくちゃだぞ。 「ケチ!このツンツンメガネ!たまにはデレてみろ!」 「なんで貴女にデレなきゃいけないんですの!?この……ヘタレ!!」 ……どういうわけかこいつとはいつも口喧嘩になってしまう。 結局、何を贈るのかはわからなかったけど、同じような境遇の身として影ながら応援させてもらうよ。 「クリスマス?あぁ、いろいろ計画してるよ」 「へー、シャーリーはなんかすんの?」 いつものようにだだっ広いハンガーでストライカーを弄るシャーリー。 顔とか手とか、オイルまみれで、肌寒い季節だというのに額には玉の汗が浮かんでいた。 「この前飾ったツリーの前でさ、バーベキューしようかと思ってるんだ。やっぱ肉だよ肉!」 「おお、なんか面白そう」 「だろ?坂本少佐も「ハラが減っては戦はできぬ!」とかよく言ってるしさ。あ、8番とって」 「成る程なー」 工具を手渡しながら、うんうんと頷く。 「ま、あたし自身ハラが減ったら何も出来ないからなんだけどな!あははは!」 ナットをぐいぐいよ締め付けながら、からからと元気に笑う。 いや、でもいい案だと思うよ。なんか、シャーリーらしい。 「そういやさ、ルッキーニにはなんか贈らないの?いつも仲良しだし、誕生日だし」 「んー?それは秘密〜。知りたかったらあたしがルッキーニに渡した後に、本人に聞いてみたらいいよ」 「ぶー。ケチー」 話の流れで教えてもらえるかと思ったのに。 リーネはすぐ教えてくれたのに、ペリーヌもシャーリーも意外とガードが固い。 参考にならないなぁ……。 「メンテ終わり〜っと。さっ……って、風呂でも入るかな。エイラも一緒に入るかー?」 ぱたりとストライカーのフタを閉め、軽く伸びをしたあと肩に手を置いてきた……って! 「うわっ!?オイルまみれの手で触るなって!汚れる!」 「あっはははは!すまんすまん!」 悪びれもせずに笑い飛ばす所もなんか、シャーリーらしかった。 「……ったく、シャーリーの奴……」 ぶつぶつと独り文句を垂れながら髪についたオイル汚れを落とす。 一緒に風呂に入ったはずのシャーリーはというともうとっくの昔に上がっていた。 ……私よりも汚れてたくせになんでそんなに洗い終えるのが早いんだ。こんなところも隊内最速か。 だいたいまだ日も傾いていないうちから風呂なんて想定外だ。 哨戒前のサーニャの髪を洗ってあげるつもりだったのに。これじゃあ二度手間だ。 「……なかなか落ちない……」 ごしごしと擦ってみるものの、黒いべたつき汚れはなかなかに頑固で髪から離れてくれない。 「うぅ……痛んだらどうしてくれるんだ……ってうわ!抜けた!」 引っ張りすぎて束から外れた長い毛を恨めしく見つめる。 抜けたのか、切れたのか。どっちにしてもショックだ。髪は女の命なのに……。 「……こんな事ならシャーリーに責任とらせて洗わせるべきだったかもなぁ……」 はあぁ、と今日何度目かわからない深いため息が出た。 何かヒントにならないかとみんなの案を聞いて回ったけど、まだ答えは出せていない。 「まぁいいや。ゆっくり考えよう」 ずっと髪を洗っていたから少し体が冷えてきた。 だいぶ汚れも落ちたし一度湯船に浸かる事にしよう。 そう思って手馴れた手つきで髪を絞ってタオルを巻いて、シャワールームから振り向こうとすると、 ぴちゃり、という水音が聞こえた。 「うー、さむーい」 聞き慣れた声。 反射的に仕切り板にかけてあったタオルを掴んで前を隠してしまった。 (……な、なんで隠してるんだ、私) 風呂くらい何度も一緒に入ったじゃないか。女同士だから恥ずかしくない、って自分で言ったじゃないか。 でも、なんか……恥ずかしい。 そういえば最近は一緒に風呂に入ってない気がする。 最後に一緒に入ったのはいつだっけ。秋口くらいだったかな。 (うわ……なんかどきどきしてきた) もうもうと漂う湯気の向こうから彼女が近づいてくる。 止まれ、止まれってば私の心臓……って止まったら大惨事か。 「あ、あれ?エイラさん?」 「よ、よぅ。こんな時間に風呂なんて珍しいなー」 ミヤフジが私の存在に気づいた。なんとか平静を装って声をかける。 「エイラさんこそ……わたしはさっき洗濯し終わったんだけど、体が冷えたから……」 「そ、そっか。風邪ひくなよー?」 そう声をかけてぎくしゃくとした動きで湯船に向かった。 あ、右手と右足同時に出てる……。 湯船に浸かる。熱い。 そう感じるのはお湯の温度が高いだけじゃないと思った。 「…………」 「…………」 すぐ隣にミヤフジが座ってる。肩と肩が触れ合いそうなくらい近くに。 おかしい。なんでだ。話くらいしろよ私。 ほぼ毎日二人きりで喋ってるじゃないか。なんで今更恥ずかしがってるんだよ。 ちらりとミヤフジの方を見る。 私の不健康そうな白い肌とは違う、健康的に焼けた肌。 小さくて凹凸の少ない、子供っぽい体つき。 ……少し、胸が育ったかな。3ヶ月くらい前のミヤフジと重ね合わせる。 (……私、今ミヤフジをそういう目で見てる……) だめだ、って思ってるのに、目が離せない。 「……あ、あの……」 「うぇっ!?」 ぼおっと眺めていたら途端、ミヤフジが口を開いた。 やましい視線を向けていたせいか、応える声が裏返る。 「……その、あんまりじろじろ見られると……恥ずかしい」 「ごっ、ごごごごごごめん!」 ごきっと音が鳴りそうなくらい勢いよく首を反対側に向けた。 き、気づかれてた……。そりゃあそうか、結構じろじろ見てたもんなぁ。 どきどきと胸が鳴っている。まるで機関銃だ。 一緒に湯船に浸かってることと、見てたことを指摘されたことが半々くらいのどきどき。 のぼせてしまいそうだ。 「……ッ!」 ざばり、と体にまとわりついたお湯を落としながら勢いよく立ち上がる。 ふらっと少しだけ立ちくらみがした。……ホントにちょっとだけのぼせてしまったようだ。 「も、もう出ちゃうの?」 背後から心なしか残念そうなミヤフジの声が響く。 「か、髪!ちょっと汚れたからもう一回洗うんだ!」 「あの……それなら」 わしゃわしゃ、わしゃわしゃ。 「かゆい所とかないですかー?」 「……特に無い」 「お客さん髪綺麗ですよねー?」 「……ありがと」 風呂椅子に腰掛けた私の髪を、膝立ちのミヤフジがやたらと楽しそうに話しかけながら洗ってくれている。 扶桑では髪を洗うとき、こう話しかけるのが通例らしい。……なんか急に敬語になられて、反応に困る。 前にも一度髪を洗いっこした事があったっけ。あの時もこんな風に肌とか髪とか褒められた。 私はミヤフジの栗色の髪とか、温かみがある肌の色も、好きだけどなぁ。 「はい、綺麗になったよ。泡流すねー?」 手桶を傾けてシャンプーを洗い流される。 汚れた部分を手繰り寄せて確認してみると、確かに元通りだ。 「さ、さんきゅーミヤフジ。助かったよ」 「このくらいお安いご用だって!」 満面の笑顔。まぶしい。 「私、そろそろ出るよ!やらなきゃいけない事とかあるし!」 「あ、そ、そう……」 照れ隠しに言ったつもりだったけど、それを聞いて急にしゅんとしてしまうミヤフジ。 ち、違うんだ!一緒に入るのが嫌なわけじゃなくて、ミヤフジを喜ばせたいから、やらなきゃいけないんだ。 ……流されたらまた朝みたいになってしまいそうだから、というのもあるけど。 「うー……えっと、ホ、ホント、やらなきゃいけない事なんだ、ごめん」 「あ、ううん。気にしてないから!」 また無理矢理に笑顔を作ってくれるミヤフジ。どう見ても空元気だ。 そんなミヤフジを見るのが少し、つらい。 「……ミヤフジ、目、閉じて」 「え……う、うん」 なんだかいつも以上に緊張する。二人ともタオル一枚の半裸、という格好だからだろうか。 風呂のせいか上気した頬に手を当てると、ぴくりと震えるのが伝わった。 「ん……」 軽く唇が触れると、小さく声を出すミヤフジ。めまいじゃなく、くらくらしてきた。 少しして離すと、とろんとした目を開いて見つめ返される。 ……そんな惚けた目で見つめられたらこっちが我慢できなくなるじゃないか。 「今は、これで我慢して」 「……ふぁい……」 「……舌、回ってないぞ。じゃ、私出るからゆっくり浸かってなよ」 「……ふぁい……」 ぽんぽん、と頭を軽く叩いて、踵を返した。 「じゃ、また夕食でなー」 「……ッはあぁぁぁ……!」 風呂のでっかい扉を閉めて、溜まっていたものを吐き出した。 衝動に耐えてよく頑張った、よく我慢した、感動したぞ私。 「……まだ、どきどき言ってる……」 胸に手を当ててみると、働き者の心臓がいつも以上にハッスルしていた。 もうちょっとゆっくりしようや。私の心臓と腹の虫はどうにも沸点が低いらしい。 すぅはぁと深呼吸して少し気持ちを落ち着かせたあと、着替えのために衣類入れまで歩いた。 途中、ちらりとミヤフジの脱いだと思われる服が目に入る。 きちんと畳まれた紺色のインナーと制服。それに長い紺のソックス……いやいや、変な意味で見てるわけじゃなくて。 (ミヤフジっていつもあの格好だよなー……) ブラウスのボタンを嵌めながら考える。そういえばミヤフジの私服、ってのを見た覚えがない。 制服以外の格好っていうとパジャマと寝間着くらいだろうか。 一張羅?って聞いたら頬を膨らませて「同じのがたくさんあるだけだよ!」と怒られたのを思い出す。 実際、ミヤフジの部屋には服どころかものがほとんど無い。 準備の期間がほとんどなかったらしく、まさにその身ひとつで来た、という感じだ。 (服、ね……) そういう選択肢もあったっけ。贈り物の定番だというのになんで思いつかなかったんだろう。 ……次の非番にブリタニアまで見に行ってみようかな。 (私からなら何でも、か……) ハルトマンの言葉を完全に鵜呑みにするわけじゃないけど、仮にそうだとしたらやっぱり嬉しい。 以前親父さんの遺したストライカーの話をしたとき、 『どうせならもっとかわいいものの方がよかった』 みたいな事を言ってたし、かわいい服とか、好きなのかもしれない。 ……ミヤフジの好みの服とか、どんなかな?どういう服がミヤフジに似合うかな? あぁ、なんか方向性が定まってきた気がする。 服を着替え終わると、なんとなく気分が軽くなっている気がした。 なんだ、私って結構単純だったんだな。 「なぁ、サーニャはクリスマスパーティーで何かするつもり?」 「クリスマス?」 夜間哨戒に向かうサーニャを見送ろうと思って、一緒にハンガーまで歩く。 「歌と……ピアノを弾こうかと思ってるの」 「へぇー、すごいじゃん」 「うん、哨戒の時、ひとりで練習してるんだよ?……秘密特訓」 「どんなの?聞かせてよ」 「……ないしょ。クリスマスまでおあずけ」 口元に人差し指を立てるサーニャ。むぅ、みんなケチだ。 「そういうエイラは何かするの?」 逆に聞かれる。そういえばミヤフジへのプレゼントのことで頭がいっぱいで、出し物的なことを計画するのを忘れていた。 私にできることといったら、なんだろう。占いかな? 「ひ、秘密だ!」 真似してごまかしてみた。……悩みの種が増えてしまった……。 くすくすと隣を歩くサーニャに笑われる。もしかしてウソだってバレてるんだろうか。 「……サーニャはクリスマスに何か欲しいものとかあるか?」 「欲しい、もの?」 言葉を区切って、首を傾げる。 「うーん……」 なにやら腕を組んで眉間に皺を寄せて深く考え込む。 ……こういう表情もできるようになったんだなぁ。 「あ……この前ロンドンで見かけた、ネコペンギンのキーホルダーがいいなぁ」 「キーホルダー?そんなもんでいいのか?」 どうせなら今持ってるのより大きいやつでもいいのに。 「だって、ぬいぐるみだと哨戒のとき、持っていけないから……」 「あぁ、そういう意味かぁ」 確かにあんなものを抱えて戦闘していたらサカモト少佐に何事かと怒られる。いや、誰だって何事かと思うか。 それに、ハルトマンの話の『安物ならまたすぐに買ってあげられる』ってくだりを思い出す。 今更になってすごく説得力がでてきた。 「わかった。今度買って来るから楽しみにしてろよな?」 「うん」 サーニャはすぐに欲しいものを言ってくれて助かった。 ミヤフジみたいに何が欲しいかわからなかったらまた悩む所だった。 「それよりエイラ」 「う、うん?」 急に機嫌の悪そうな顔になったサーニャが私を見上げている。 な、何か気に触るようなこと言っちゃったのかな、私。 「私や芳佳ちゃんへのプレゼントもいいけど、主役のルッキーニちゃんのこと忘れてない?」 「な、えっ!?なんで知っ……え、うわ!どうしよう!?」 ミヤフジへ物を贈る事を見抜かれていた事と、ルッキーニやのプレゼントを忘れていた事、 二つ同時に指摘されて頭がこんがらがる。 「……忘れてたの?だめだよ。芳佳ちゃんはエイラの大切な人だからいいけど、わたしなんかよりもルッキーニちゃんを優先して」 「うぅ……でも」 「でもじゃないの。ルッキーニちゃんは誕生日なんだよ?ルッキーニちゃんにプレゼントをあげないなら私、受け取らないからね」 今日のサーニャは妙に饒舌だ。それに珍しく感情を露わにして怒ってる。 別にルッキーニのことをどうでもいいと思ってるわけじゃないけど、 プレゼントを贈る優先度がサーニャの方が高かっただけなんだ。 サーニャはミヤフジと同じくらい、私の大切な人なんだから。 「はい……ちゃんと考えます」 「うん、よろしい。じゃ、クリスマス楽しみにしてるね?」 私の返答に満足したらしく、一変して笑顔で言うと、踵を返して駆け出すサーニャ。 「あっ、見送るってば!」 「ここまででいいよー!いってきまーす!」 たたた、と駆けて、角を曲がって見えなくなるサーニャを呆然と見送った。 「……ホント、元気になったなぁ」 ちょっと元気すぎるくらいに。 ぽりぽりと頭を掻いて私も反対側を向いた。 (出し物と、ルッキーニへのプレゼント、か……) ミヤフジへのプレゼントの方が解決しそうになったってのに、悩みがまた増えた。 ……まぁ、いいや。 まだまだ時間はあるんだし、ゆっくり考えよう。 サーニャみたいに欲しいものをはっきり言ってくれるのもいいけど、相手の欲しそうなものを考えるのもなんか、いい。 プレゼントの包みを開けたとき、どんな顔をするかな。喜んでくれるかな。 誰かに贈るプレゼントを考えるのって、こんなに楽しい事だったんだな。 あぁ、やっぱり私は単純な思考なのかもしれない。 「さーて、何を贈ろうかねぇ」 頭の後ろで手を組んで、にやにや笑いながらひとりごちる。 そろそろミヤフジが私の部屋に来る時間だ。 一緒にパーティーの出し物の相談でもしてみようかな。 心なしかうきうきした気分で、自分の部屋を目指した。 ※言い訳※ ・また長くなってしまいました。毎回すみません。 ・ハルトマン分がなんだか多めです。ちょお動かしやすい。 ・「おくちで我慢してね?」と言って思わず風呂場でユーティライネン!した。後悔はしていない。 ・前作とは完全に連作となってます。あとちょこちょこと、過去作品とのリンクも。 ・過去作品は保管庫さんで保管してもらってます。よければどうぞ。読み直すと死にたくなるけど。 ・予定ではあと2本、クリスマスまでに書き上げられたらいいなぁ。予定は未定ですが、あと短編を少々。