よしこ×エイラSS 12月13日-side B- 芳佳視点 「やほっ」 「……あれ?」 ノックの音に返事してドアを開けるとエイラさんが立っていた。 今朝は珍しく朝食にも時間通り来ていたし、わたしの部屋に来る事自体もすごく珍しい。 嬉しいんだけど、どうしてもあれ?というような表情になってしまう。 珍しい事続きでなんだか気味が悪い。 「……?」 「わぁ!?な、なんだよミヤフジ!」 エイラさんのおでこに手を当ててみる。熱は……無いみたいだ。少しほっとする。 あぁ、でも風邪をひいたのなら看病ができていいかなぁ……と、思ったけどやっぱりダメだ。健康が一番! 「え、えっと、何かご用?」 「んー……なんとなく。今日は非番だから遊びに来た」 「……ほんと?」 「ホントだってば。ウソついてどうするんだよー」 ……朝から会いにきてくれたんだ。ど、どうしよう。すごく、嬉しい。 もしかして夢なんじゃないかと思って頬をつねった。……痛い。夢じゃない。 「おっ、なんだ?私にもつねらせろー!」 「へ、へいらひゃん〜」 「お茶飲む?あ、エイラさんならコーヒーの方がいいかな?」 「どっちでもいいよ。ミヤフジの好きな方で」 「じゃあ今日はコーヒーに挑戦してみようかなぁ」 「苦いぞー。大丈夫かー?」 「お砂糖とミルクを入れればわたしだって飲めるもん。それにエイラさんと同じもの、飲みたいし」 「……ばーか」 ぱたぱたと、おもてなしの用意をする。 嬉しいなぁ、今日は朝からエイラさんに会えた。わたしも非番だし、長く一緒にいられるんだ。 そう考えるとうきうきして、どきどきして、体がぽかぽかとあったまってくるみたい。 「ミヤフジー、なんか尻尾すごいぞー?」 「ふひゃっ!?」 いつのまにかすぐ背後まで近づいてきていたエイラさんに尻尾を掴まれた。 びっくりして変な声が出てしまう……って、あ、あれ?なんか…… 「ちょっ、エ、エイラさん、やめてぇ……なんか、ちから、ぬけちゃう……」 「へ?あ、ご、ごめん……」 すぐに離してもらえたけど、なんだろう、毛が逆立つような変な感覚だった。 「し、しっぽ、振ってた?」 「うん。ぶんぶんぶん、って」 衣替えして紺色になった制服の裾を引っ張って、尻尾を隠す。 うぅ……うきうきしてたの丸解りだったかな……?かぁ、と顔が熱くなった。 「ていうか、なんで出しっぱなしにしてるのさ?魔力消耗して疲れない?」 「あの……さ、寒くて……」 最近寒くなってきて、いま着ている扶桑海軍の制服じゃ寒すぎると思うことが多々ある。 ある時、寒い日の出撃はなんとなく嫌だなぁ、と思ったんだけど、いざ上空に上がってみると何故か寒くない。 なんでだろうと考えると、魔力のおかげで何か、体のまわりに膜みたいなものが張られるせいだなという事に気づいた。 「……それ以来、出撃予定がない日とか、非番の日はこうしてて……」 「うぇー……?なんかずっこい気がするなー」 淹れたコーヒーをブラックのまま飲みながらエイラさんが不満げな声を上げる。 わたしはというとお砂糖とミルクをたっぷり入れた甘いコーヒーだ。 エイラさんは「コーヒーの意味あんまり無くない?」と言うけど、わたしはこうでもしないと苦くて飲めないんだもん。 「生活の知恵というか……裏ワザみたいな……ダメ?」 「ダメじゃないけどさー……ミヤフジってホント寒さに弱いよなー?」 「服が薄手だからかなぁ。坂本さんはたるんでるー!って言うけど、坂本さんは規格外だよ……」 「あはは、確かにサカモト少佐は生脚丸出しなのに元気だよなー」 実際今もわたしは毛布に包まっている。太ももまである靴下も履いてるけど、寒いものは寒い。 この前坂本さんが扶桑に物資の補給を打診してたけど、リクエストした半纏とこたつ、早く届かないかなぁ。 「…………」 「……?なぁに?」 エイラさんがきょろきょろと部屋を見回してる。何か探し物かな? 「んー……なんでもない」 「変なエイラさん。わたしの部屋なんて何もなくて面白くないでしょ?」 こたつが届いたら床に絨毯を敷こうかと思ってるけど、今はまだ殺風景極まりない。 あるものといえば、備え付けの家具と、写真立てと、赤城の皆さんに頂いた扶桑人形がひとつ。 「そんなことないって」 「えー、そう?」 「ミヤフジが、いるし」 「…………」 へ、平然と恥ずかしい台詞を……。 体じゅうがむずむずして、胸がいっぱいになる。 「ど、どうしたんだよ急に黙って!」 「……な、なんでもないよぉ?……えへへぇ……」 「……?なんか嬉しそうだなー」 鈍感だなぁ。エイラさんの言葉で、こんなに嬉しい気持ちになれたのに。 でも、そんな所も含めて、全部好き。 「ひゃっ!?な、なんだよー!急にくっつくからびっくりしたじゃんかー」 「だって、くっつくとあったかいもん」 飲み終わったカップを置いて、ぴたっと寄り添ってみた。 やっぱりすごくあったかい。どきどきして、ぽかぽかして、毛布なんていらないくらい。 「うー……まぁ、いいけどさ」 「えへへぇ」 自然と頬が緩んでしまう。うわぁ、今わたし、きっとすごくだらしない顔してる。 このままずっとお昼までこうしてようかなぁ。 「ねぇエイラさん」 「んー?」 「ぎゅっ、てされたらもっとあったかいかな?」 「……お前、わざと言ってるだろ?」 「えへへぇ」 バレてた。笑ってごまかす。 「ねぇ」 「な、なんだよ」 「もっと、あっためて?」 抱き締めてほしい。 だって、こんなに近くにいるんだもん。 ぎゅっ、て抱き締めて、キスしてほしい。 「う……あーもう!今日だけだかんな!」 がばっ、と背中に腕を回される。途端、顔にふにゃっとした柔らかいものが当たった。 いいなぁ、わたしもこれくらい欲しいなぁ。 「……ちっちゃいなー、ミヤフジは」 「えぇっ!?」 心を読まれたのかと思ってびっくりする。 うぅ……そ、そんなにちっちゃいかなぁ……。 確かに隊の中じゃ下から数えた方が早いし、サーニャちゃんにだって負けてるけど……。 「す、好きでちっちゃいわけじゃないんだから……あの、それともエイラさんはおっきい方が……好き?」 シャーリーさんとか、リーネちゃんの胸……いやいや、顔が浮かぶ。 ……さすがにあれは無理だよぅ……。 「んー?このくらいがちょうどいいよ。腕に収まりがいいし」 ……腕?て、手の平じゃなくて? 「……それにミヤフジの髪のいい匂い嗅げるし」 「嗅げ……っ!?や、やめてやめて!恥ずかしい!」 離れようと思ってじたばたしたけど、がっちり抱き締められていて逃げられない。 その間もくんくん、とエイラさんは私の頭の上で鼻を鳴らしている。 うぅ……朝練のあとお風呂に入ったから臭くはないと思うけど……死ぬほど恥ずかしい……。 「いいじゃーん、前に服の匂い嗅がれて私だって恥ずかしかったんだからさ」 「うぅー……と、というか、今までの話って身長のことだったんだね……」 「ん?それ以外にあるか?」 「……どうせわたしはチビですよーだ」 チビで貧乳ですよーだ。……うぅ。 「怒るなってば、お詫びにちゅーしてあげよう」 「ええぇっ!?」 「どこがいい?」 し、してほしいと思ったけど、急すぎて慌ててしまう。 うぅぅ〜……お、オモチャにされてる気がする……。 にやにやと、悪戯っぽい笑顔で見つめてくるエイラさんを恨めしく見上げる。 「決まるまで私はミヤフジの髪の匂いを堪能します。はぁくんかくんか」 「やー!な、なんかヘンタイさんっぽいよぅエイラさん!」 「早く決めないとずっとこのままだぞー?んー……」 「ひゃう……」 匂いを嗅がれただけじゃなく、キスまでされた。 どこがいい?って聞いてきたのはエイラさんの方じゃない、もう。 「うぅ……く、くちに……」 「口でいいの?」 「は、はやく……」 さっきからずっと髪の匂いを嗅がれて、変な汗をかいてきた気がするから、急かした。 ……結果的にキスを「早く、早く」ってねだってるみたいでまるでわたしの方がヘンタイさんみたいだ。 「……うぁーもう!かーいいなぁ!!」 ひええぇぇー……。な、なんかツボに入っちゃったみたい……。 「は、ん……ぅ」 「んー……」 ちゅっ、ちゅっ、と音が響くくらいに激しい。 だめぇ……ちから、ぬけちゃう……。 「……ミヤフジ、なんか、甘い……」 唇を離してそんな事を言われた。 「……エイラさんは……ちょっとにがいよ?」 さっき飲んだコーヒーの味だ。 エイラさんはブラックコーヒー。わたしはほとんどミルク入りの砂糖水。 なんだかちょっと不思議だ。味の好みとかこんなに違うのに、一緒にいる。 「……もっとキスしたら、カフェオレになるかな?」 なんとなく思いついた事を口に出してみた。 よく考えたらすごく恥ずかしい事を言ったような気がする。 「……ばーか」 えへへぇ……ばかって言われちゃった。 エイラさんの「ばか」って、優しいから大好き。 りんごーん、りんごーん。 「ん……あ?」 目が覚めた。いつの間にか眠ってしまったらしい。 お昼ごはんを告げる鐘が基地に響いている。 「あれ……わたし、寝て……?」 「ふが、みやふじぃ……」 ベッドを見回すとエイラさんも気持ち良さそうに眠っていた。……わたしの枕を抱き締めて。 「…………」 がーーん……ま、枕に負けた……。 うぅ……エイラさんは寝相が悪いとは思ってたけど、これはちょっと悔しすぎる。 「お、起きて起きて!エイラさん!お昼だよ!!」 ばしばしと文字通り叩き起こす。 ちょっと荒いかとも思ったけど、わたしと枕を間違えた罰だ。 「っだ!?うぇ?な、なんだなんだ?」 「……おはよう。お昼ごはんの時間だよ」 「え、あれ?もうそんな時間?……ってか、私寝てた?」 ぐっすりと。そりゃもう抱き締める相手を間違うくらいに熟睡してましたよ。ふんだ。 ぷくぅ、と頬を膨らませてそっぽを向く。 「あれ、ミ、ミヤフジ、なんか怒ってる?」 「怒ってない。……それより寝癖ついてるよエイラさん」 「ミヤフジだって」 「えぇっ」 慌てて備え付けの鏡に姿を写す。 うわぁ……左右の癖っ毛がいつも以上にひどいことになっていた。 た、たった3時間くらいしか寝てないのに……。 「うわ!私もひでぇ!!ミヤフジ櫛貸して櫛!」 続いて鏡を覗き込んだエイラさんも叫び声を上げた。 「わ、わたしのなんだからわたしが先だよ!」 「私の方が髪長いから時間かかるんだよー!」 「あ!2本あった!」 「でかしたミヤフジ!早くしないとハルトマンとシャーリーに食い尽くされる!」 わあきゃあと、鏡の前を奪い合う。 なんか、しあわせ。 結局、食堂に着いたのは私たちが一番遅かった。 ハルトマンさんとシャーリーさんににやにや笑われながらからかわれて、 ペリーヌさんとバルクホルンさんに風紀がとかなんとかぶつぶつ文句を言われて、 リーネちゃんとルッキーニちゃんに興味津々の顔でいろいろ聞かれた。 誤解です。寝てただけです。嘘は言ってません、本当です。 そう言うと何故か冷やかしの声がさらに大きくなった。……なんで? 「はー、おいしかった。ご馳走様でした」 手を合わせてお箸を置く。もう食堂にはまばらにしか人は居ない。 ルッキーニちゃんが食べ終わるのを待ってるシャーリーさんと、あくびをしながらぼーっとしてるハルトマンさんくらいだ。 「…………」 隣を見ると、とっくに平らげたエイラさんがテーブルに突っ伏していた。 「エ、エイラさーん?」 これ以上無いくらい沈んでる。 あ、あれぇ?どうしたんだろう。 「あ、あのぅ、これから暇だったらお洗濯付き合ってくれると嬉しいんだけど……」 「……ごめん。ちょっと考える事あるから……」 「あー……そ、それなら仕方ないかなぁ」 突っ伏したまま断られた。……ちょっと残念。 今日はずっと一緒にいられると思ったのになぁ。 「……ミヤフジ……」 「は、はひっ?」 急に名前を呼ばれて変な返事になった。 エイラさんは相変わらず机に突っ伏している。 「……あんまり一緒に寝てたとか言わないで……」 「あ……う、うん……わかった」 うーん。怒られちゃった。 いや、エイラさんを怒らせちゃったのかな……。ちょっと反省。 「ミヤフジ、ちょっとこっち来なさい」 むくりと起き上がったエイラさんにちょいちょい、と手招きされる。 でこぴんか、チョップか、つねられるのか。どれにせよ、いい予感はしなかったのでおずおずと近づいた。 エイラさんの手が伸びてきて、思わず目を瞑る。うぅ、何されるんだろ? 「……よしよし」 ふわっと頭に手を置かれて撫でられる。 ……予想外だったので固まってしまった。 「……へ?」 「……ホント、あんまり言わないでね。特にハルトマンの前では」 「え……あ、はい……」 意味も無く敬語。想定外すぎて混乱してる。 「ふっふっふ〜……もう遅いってば♪」 「ハ、ハルトマンさん!?」 「うげぇ……」 いつの間にかすぐ近くまで来ていたハルトマンさんが邪悪な笑顔を浮かべている。 エイラさんは今にもお昼ごはんを吐き出しそう、といった表情だ。 「とゆーわけであたしはエイラから根掘り葉掘り惚気話を聞かせてもらうから宮藤は帰った帰った!」 「え、えぇ〜……」 エイラさんの隣に陣取って、背中をばしばし叩くハルトマンさん。 ちょっと心配になってエイラさんの方を見つめた。 「……そんな顔すんなって。こいつにだって限度くらいはあるだろ」 「さぁ〜?どうかな〜?」 「あ、あははは……」 やっぱり心配だ。ストレス性胃炎とかにならないといいけど……。 「洗濯するんだろ?早くしないと日が暮れちゃうぞ?」 「あ、うん。……じゃ、またね」 「『またね』だって!きゃ〜!ちょっとシャーリー聞いたー!?」 ハルトマンさんが黄色い声を上げる。 「お前はホントちょっと黙っててくれ……」 「ハ、ハルトマンさぁん……」 朝は肌寒かったけど、日が高くなるにつれてだんだん気温が上がってきた。 これなら洗濯物も早く乾きそうで安心する。ブリタニアにも小春日和があるのかな? 「……それにしてもリーネちゃんもペリーヌさんも、やる事がある〜って手伝ってくれなくてちょっと酷くない?」 「ホントにやる事があるんじゃないの〜?」 背伸びをしてシーツを物干し竿に引っ掛けたルッキーニちゃんに話しかけた。 お昼を食べ終えて暇そうにしていたところを捕まえて、ちょっと強引に洗濯物干しを手伝ってもらっている。 「やる事?」 「そりゃもうクリスマスの出し物の準備でしょ!」 「……出し物?……え!みんな何かするの!?」 「あり?ヨシカは何もしないの?うぅ〜……はくじょーものー!」 ぶんぶんと腕を振り回すルッキーニちゃん。 パーティーの主役はクリスマスが誕生日のルッキーニちゃんなのだ。 「え、えぇ〜っと、パーティーのお料理を作ろうとは思ってるけど……」 「あ、なーんだ!ヨシカの作るお料理だーい好きィ!あ、でもナットウはキライ〜」 満面の笑顔で抱きつかれた。あはは……た、単純……なのかな? 「えー……体にいいのになぁ」 「あれがいい!あのー……えっと、スープパスタみたいなの!」 「スープ……パスタ?えっと、おそば?」 パスタ……ってことは麺類だろうか。 おそばだとちょっと気が早い気がする。 「オソバ?違う……んーっと……あの、白くて麺が太いやつ!」 「あ、おうどんかな?」 「そうそれ!そんな感じの!あれおいしーよね!」 そんなに気に入ってくれてたんだ。なんだか感動してしまう。 「うん、わかった作るね!他にもお寿司とか頑張ってみようかなぁ。ブリタニアはお魚が新鮮だし」 扶桑に似た島国だから、もしかしたら作れるかもしれない。 「オスシ?なにそれー?」 「新鮮な生魚を酢飯の上に乗せた扶桑料理だよ」 「……えー?生で?」 「あ、やっぱダメ?」 「むー。ちょっと不安かも」 異人さんはやっぱり生は抵抗があるのかなぁ。 特にお魚や貝は痛むと怖いし。 「じゃあお好み焼きにしようかな。クリスマス、って感じじゃないけど」 「オコノミヤキ!あのピッツァみたいなやつ!?」 「うん。ルッキーニちゃんはお好み焼き、好き?」 「うんうん!あれもおいしかったぁ」 「じゃ、ちょっと頑張っちゃうかも!」 力こぶを作る真似をする。こんなに楽しみにしてくれてるんだから、はりきらない理由が無い。 「わ〜い!ヨシカ太っ腹〜!」 「ひゃっ!?」 抱きつかれてふにふにと、また胸を揉まれた。 ひあああああ……や、やめてぇ……。 「けどムネは残念賞〜……あ、でもちょっと育った?」 「ル、ルッキーニちゃ〜ん!!」 ぽかぽかとした陽気に油断してうとうとしていたらすっかり体が冷えてしまった。 一緒にいたルッキーニちゃんも誘ったけど、「暖炉の前の方がいい」って断られた。なんだか本当に仔猫みたい。 「さ、さむいさむいさむい!」 湿気がたまらないように風通しよく造ってあるせいか、ひやりとした脱衣所で大急ぎで服を脱ぐ。 はやく湯船に浸かって暖を取りたい。大きな扉を開けると大量の湯気がもわぁ、と脱衣所に流れ込んだ。 「うー、さむーい」 たたた、と転ばないように気をつけながら早足で湯船に向かう。 ……と、その前に体を洗わなきゃと思い、シャワーへと踵を返した。 ん?あれ、誰かいる……? 「あ、あれ?エイラさん?」 白い透き通るような肌、すらっとした手足、巻かれたタオルから覗く、濡れて艶やかな長い髪。 じっと見ているとどきどきしてくる。 「よ、よぅ。こんな時間に風呂なんて珍しいなー」 「エイラさんこそ……わたしはさっき洗濯し終わったんだけど、体が冷えたから……」 うとうとしてたから、とは言わない。 「そ、そっか。風邪ひくなよー?」 そう言うとなぜか行進のような動きで湯船に向かうエイラさん。 「う、うん」 どきどきしながらエイラさんを見送った。 ……なんでこんなに緊張してるのかと理由を探したら、ひとつだけ思い当る。 (……一緒に入るの、久しぶりだ……) 「えっと、隣、座ってもいい?」 「……ど、どーぞ」 少し熱めの湯船に足を入れながら聞く。返事は許可。安心して隣に座った。 ようやく肩まで浸かれて、気持ちよさに思わずため息が漏れた。 「ふぅー……」 「…………」 会話は無い。何か話したいんだけど、何を話したらいいのかわからなかった。 きっかけさえあれば、そこから発展していってずっとお喋りできるのになぁ……。 ちらっと、エイラさんの方を横目で見た。 ……?エイラさんの方もわたしの方を見ていたようだったけど、視線同士がぶつからない。 どこを見ているのかな、と視線を追ってみると……。 「……!……あ、あの……」 「うぇっ!?」 「……その、あんまりじろじろ見られると……恥ずかしい」 「ごっ、ごごごごごごめん!」 ぶんっ!と風を切る音がしたかと思うくらいにエイラさんが顔を逸らした。 ……か、身体を見られてた……のかな。 わたしも、エイラさんの綺麗な肢体に見惚れる事があるけど……わたしなんかの貧相な身体見て、楽しいのかな……。 嬉しい……というより恥ずかしい気持ちの方が大きい。 下腹とか、太ももとか、ぷよぷよだし。脚は大根みたいだし……。 「……ッ!」 ざば、と急に立ち上がったエイラさんにびくりとする。 さっさと湯船から這い出てすたすたと早足で歩いていこうとする背中に、声をかけた。 「も、もう出ちゃうの?」 お話とか、したかったのに。 「か、髪!ちょっと汚れたからもう一回洗うんだ!」 ぱさっと頭に巻かれたタオルを取り去ると、さらりと長い、金とも銀ともつかない髪が踊った。 その真ん中あたりに黒っぽい煤けたような汚れが見てとれた。 「あの……それなら、わたしが洗おうか?」 「へっ!?」 「前に洗ってあげたこと、あるし……それに頭の後ろの方だから、見えないでしょ?」 食い下がる。やっぱり、もっと一緒にいたいから。 「……うー……じゃ、じゃあ、お願い……する……」 「うんっ!」 よかった。断られたらどうしようかと思った。 「はい、綺麗になったよ。泡流すねー?」 2回ほど洗浄を繰り返すと、すっかり汚れは落ちて元の綺麗な髪に戻った。 手繰り寄せた髪を鏡に写してほっとしたような表情を浮かべるエイラさん。 「さ、さんきゅーミヤフジ。助かったよ」 「このくらいお安いご用だって!」 ルッキーニちゃんにしたように、また力こぶを作って見せる。 わたしも、役に立てて嬉しかった。 「私、そろそろ出るよ!やらなきゃいけない事とかあるし!」 「あ、そ、そう……」 お昼あとのリーネちゃんやペリーヌさんみたいに、何か準備をするのだろうか。 もうちょっと一緒にいたかったけど、それならしょうがないな。 「うー……えっと、ホ、ホント、やらなきゃいけない事なんだ、ごめん」 慌てたように謝ってくれるエイラさん。 ……わたし、そんなに寂しそうな顔してたんだろうか。 「あ、ううん。気にしてないから!」 手をぶんぶんと振って『大丈夫』とアピールする。 夕食でもまたきっと会えるし、わがままはいけない。 「……ミヤフジ、目、閉じて」 「え……う、うん」 いきなり、真剣な表情でそう言われて、気圧された。言われた通りに目を閉じる。 何も見えなくなって、どきんどきんと心臓が跳ね上がる。頬に手を当てられて、肩がぴくりと震えた。 「ん……」 唇に柔らかいものが押し当てられて、思わず声が漏れた。 お風呂場でこんなことされたら……のぼせちゃいそうだよ……。 「今は、これで我慢して」 「……ふぁい……」 我慢、とかそんなの関係なく、ふにゃふにゃになってしまった。 は、反則だぁ……。 「……舌、回ってないぞ。じゃ、私出るからゆっくり浸かってなよ」 「……ふぁい……」 ぽふぽふ、と頭を軽く叩かれて、すこし意識が戻ってくる。 手を離してすたすたと出口に向かうエイラさんをぼーっと見送った。 「うえへへぇ……」 あぁ、だらしない声だ。 「あ、リーネちゃん編み物できるんだー」 頭を拭きながら訪れたミーティングルームでリーネちゃんが何かを編んでいた。 「えへへー、あんまり上手じゃないんだけどね?」 「そんなことないよ!わたし、お裁縫はできるんだけど編み物はどうしてもダメでー」 話しかけながら隣にすとんと腰を下ろす。 「宮藤さんもお茶、飲みます?」 一人掛けのソファーでカップを傾けていたペリーヌさんが聞いてくる。 どうやら二人でお茶会をしていたようだ。 「あ、うん!いただきまーす」 返事を聞いて空いていたカップにこぽこぽとお茶を注ぐペリーヌさん。 嗅いだことの無い香りの紅茶だった。 「リーネちゃん、何編んでるの?」 「マフラーだよ〜。みんなへのわたしからのクリスマスプレゼント」 「わたくしからはこのお茶ですわ。試作品なんですけど、味も香りも自信作ですのよ?」 ちょっと恥ずかしそうに笑うリーネちゃんと、自信ありげに胸を張るペリーヌさん。 え?でも、 「クリスマスプレゼントってお父さんから貰うものじゃないの?」 思っていた事を口にすると、きょとん、とした顔で見つめてくる二人。 え?あ、あれ?わたし、何か変な事言ったかな? 「意外なんですけど、サンタ、ではありませんのね?てっきり信じているものかと」 「そ、そこまで子供じゃありませんよぅ!」 「まぁまぁ芳佳ちゃん……」 「むぅ……まぁいいです……えと、お父さんがなかなか帰ってこなかったんですけど……」 ふんふん、と頷きながら話を聞く二人。 「毎年プレゼントを送ってきてくれてはいたんですけど、ある年、プレゼントの包みを郵便屋さんからわたしが受け取っちゃって……」 「……間の悪い人ですわね……貴女って」 「あ、あはははは……」 何とも言いがたい表情をするペリーヌさんと、苦笑いを浮かべるリーネちゃん。 子供の夢が壊れちゃった瞬間だけど、お父さんにはまったく罪は無い。 なんだろうなぁ……わたし達親子ってつくづく間が悪いというか、縁が無いんだと思う。 「扶桑ではプレゼント交換とかしたりしないの?」 魔法みたいに毛糸をマフラーに変えながら、リーネちゃんが聞いてくる。 「え、えー……?お、お父さんがサンタさんの振りをして夜中に枕元に〜っていうのは聞いたことあるけど……」 わたしの家ではそういう記憶はなかったけど、学校の友達からはそう聞いた覚えがある。 「広間のツリーの根元の間違いじゃありません?」 「わたしのところではベッドに吊った靴下の中にって……」 「???」 情報が錯綜している。ヨーロッパではこんな感じなのかな? 「文化の違いでしょうかね?宮藤さんはお父様以外からは貰ったことはありませんの?」 「えっと……たぶん」 「え、でも芳佳ちゃんはエイラさんから貰うんじゃないの?」 「ふぇっ!?」 な、なんでそこでエイラさんが出てくるの!? 「……えと、もしかしてわたし、地雷踏んじゃったんでしょうか……?」 「……それも特大の地雷のようですわね……」 「どどどどどういう意味!?」 じ、地雷?何を言ってるのかさっぱりわからない。 「ヨーロッパでは友達同士でプレゼントとか、クリスマスカードを交換する風習があるんだよ、芳佳ちゃん」 「友人同士だけではなくて、恋人同士なんかもしますわね」 「こ……ッ!?ええぇぇ〜っ!?」 「だから……芳佳ちゃんもエイラさんと何か交換するのかな……って……あの、ごめんなさいっ!」 リーネちゃんが頭を下げてくる。 「えー、あの、えっと、あ、謝らなくてもいいよリーネちゃん!」 リーネちゃんは何も悪くない。悪いのは無知だったわたし。……それにしても、 「ど、どうしよう……」 エイラさんがなにかプレゼントをくれるのは……その、すごく嬉しい。 けど、わたしは何もお返しを用意してない。 「どうしよう、どうしよう……」 おろおろと、助けを求めるようにリーネちゃんとペリーヌさんの顔を交互に見つめた。 「……お茶でも飲んで、落ち着いたらどうですの?ミントも入ってますからスッキリしますわ」 「うぅ……はい……」 ペリーヌさんがお茶のおかわりを勧めてくれた。 一口啜ると、スッとしたミントの香りが口から鼻へ抜けていった。 「……芳佳ちゃん、心配しなくても、たぶん、エイラさんはお返しなんて期待してないと思うよ?」 「へぇっ!?」 「あ!えっと、そういう意味じゃなくて……」 少し押し黙って、言葉を選ぼうとするリーネちゃん。 「たぶんね、エイラさんは見返りなんていらないんだよ。ただ、芳佳ちゃんを喜ばせてあげたいだけなんだと思うな……」 「貴女は黙ってエイラさんの気持ちを受け取ればいいんですわ」 リーネちゃんの言葉を補足するように、ペリーヌさんも付け加えた。 「で、でも……」 「あぁもうわからない人ですわね!貴女はお父様にプレゼントを貰ったら何かお返しを贈るんですの!?」 わたしの煮え切らない態度に業を煮やしたペリーヌさんが声を荒げた。 「そういう時は素直に『ありがとう』と言えば済むじゃありませんか!」 「え……あ、うん……」 剣幕に押されて押し黙る。 そ、そういうものなのかな……。 「あのね、芳佳ちゃん。今日エイラさんがわたしの所に来たんだけど、なんて言ったと思う?」 「……?」 「『クリスマスに何かするのかー?誰かにプレゼント贈るのかー?』って。ふふっ」 「そういえば、わたくしのところにも来ましたわね」 「たぶん芳佳ちゃんへのプレゼントの参考意見を聞いて回ってるんだと思うよ」 「……あうぅ……」 よくよく思い返してみると、この前、欲しいものを聞かれた気がする。 今朝もわたしの部屋に来て、きょろきょろ見回していたのを思い出した。 「……わたし、欲しいものとか……特に無いって言っちゃった……」 だって、エイラさんがそばにいてくれるだけで……それだけで十分だから。 「芳佳ちゃんは待ってるだけでいいんだよ。わたしだって、お返しが欲しくてマフラーを編んでるんじゃないんだよ?」 「リーネちゃん……」 「芳佳ちゃんに、みんなに受け取って欲しいから贈るの。贈り物って、そういうものでしょ?」 「……うん……ありがとう」 自然と、「ありがとう」という言葉を口にしていた。 「あ、でもわたし達が言ったこと、エイラさんには内緒だからね!?またチョップされちゃう!」 「貴女は口が軽くて嘘がつけない人ですから心配ですわ……」 「い、言わないよぉ〜!というか、言えないよぉ!」 寝間着に着替えて、誕生日の時に撮った写真を眺めていた。 「エイラさんが……わたしにプレゼント……」 なんだか夢みたいだ。 朝から良い事続きで、もしかしたら本当に夢なんじゃないかと疑ってしまう。 ためしに自分の頬っぺたをつねってみた。 「……いはい……」 新しい写真立てのガラスに、変な顔のわたしが映っている。 「夢じゃ……ないのかなぁ」 ごろんと寝返りを打って、天井を見上げた。 「……夢じゃ、ないんだぁ……」 顔が緩む。どうしよう、にやにやが止まらない。 思わず写真立てを抱き締めて、ごろごろとベッドを転がった。 ふと窓の方を見ると、お父さんの写真がわたしの方を見つめていた。 恥ずかしい姿を見られたような気分になって、慌てて姿勢を正した。 「……ねぇ聞いて、お父さん」 届いているかどうかわからないけど、話しかけた。 「わたしの好きな人がね、贈り物をしてくれるかもしれないの」 まだ貰えると決まったわけじゃないから、あくまで「かもしれない」だけど。 「なんだか、お父さんみたいだね」 というよりも、 「なんだか……サンタさんみたい」 言った途端、また顔が緩んでだらしない顔になる。 エイラさんがサンタさん。なんだかとっても素敵だ。 「えへへぇ……」 どうしよう、どうしよう。 わたしばっかりこんなに幸せでいいのかな。 こんなに楽しみなクリスマスは生まれて初めてかもしれない。 待ちきれなくなってあと何日かな、とカレンダーを何度も見直した。 あと10日。 何度数えなおしてもあと10日もある。 「あぁ、待ち遠しいなぁ」 時間が早く過ぎてくれないかな、と時計を見て、慌てて飛び起きた。 そろそろエイラさんの部屋に行く時間だ。 一緒にパーティーのお料理の相談でもしてみようかな。 心なしかうきうきした気分で、エイラさんの部屋を目指した。 ※言い訳※ ・大方の予想通り12/13の芳佳視点です。芸が無くてごめん。 ・俺、24日深夜に続きを上げて寝て、起きたらムック買いに行くんだ…。 ・ブッチしたら書き上げるまで買いに行くのおあずけにするんだ…。ぐふふ、スリル満点じゃのぅ…。