たった一人遠いブリタニアに行かされると聞いた時はすごく怖かった。 お父様やお母様と引き離されて、 誰も私を知らない、誰も私を守ってくれない所で、 死の危険のある任務に就くなんて、もう泣きそうなぐらい怖かった。 でも、そんな不安で押しつぶされそうな私と いつも一緒にいてくれたのが、エイラだった。 「やー、遠路はるばるお疲れ様ー。  こっから私も一緒させてもらうから、よろしくナ」 オラーシャから飛び立った飛行機がブリタニアに向かう途中。 給油のためにスオムスで下りた時が、私とエイラの出会いになる。 ウィッチのために用意されたっていう客室は私一人には広すぎて、 でも口下手な上にすごく緊張していた私は、 突然の相席?相部屋?に対してホッとしていいのかそれとも更にこわばればいいのかわからず、 ただ固まってしまった。 「な、なんか真っ青だな、大丈夫か? 飛行機に酔う人?  いやウィッチでそれはないよな、とにかくアレだ、えーっと、楽にして? な?  軍人同士だけどさ、変な気遣いとかいらないから」 「あ、えと、私、これで普通…だから、大丈夫です」 なんだか気を使ってくれてるのが悪くて、とっさに声が出た。 「うん、それならいいんだけどさ。にしてもそれでふつーかー…。  すごいなぁ、オラーシャの人ってみんなそんな綺麗なんかなー」 「え、き、綺麗…って…」 突然の褒め言葉にまた何を喋ったらいいのかわからなくなる。 やっぱり私、人と話すのうまくない…。 「いやだってさー、スオムスの人達も肌白いけどさ、ここまでじゃないよ。  それともアレか、ここにいるのはオラーシャでも特別にかわいい例かー」 え、ええー、そんな事言われても…。 「あ、あの、そんな…こと…あ、貴女も、その」 「ン? 私?」 「き、きれい…で…」 …私、何言ってるんだろう。 すごく恥ずかしくなる。 と思った矢先、相手の顔もすごい勢いで赤くなった。 「……。」 「……。」 二人で赤面して固まる。 ほ、褒められ慣れてないのかなこの人。綺麗なのは…本当なのに。 「あ、あっはははは! 二人して照れちゃったら世話ないな! あはは!」 気まずい空気を破るためか、それとも本当に可笑しくなったのか 突然相手が笑い出した。 私も恥ずかしさは残っていたけれど、口は自然と笑っていた。 「スオムス空軍少尉、エイラ・イルマタル・ユーティライネン。長い付き合いになりそーだし、これからよろしく」 「あ、オラーシャ陸軍中尉のサーニャ・V・リトヴャクです…こちらこそ」 「げ、上官殿!? し、失礼しました!」 急に気をつけの姿勢になるエイラを見て、私は今度こそ吹き出してしまった。 「いや、スオムスじゃ割と上下関係はフランクだったんだけど、オラーシャはどうなのかわかんないし」 笑ってしまった私に、まだ少し緊張した面持ちでエイラさんは尋ねてきた。 「あの…少尉はおいくつなんですか?」 聞くと私より2つ年上だった。 やっぱり、と思う。 まだちんちくりんの私より、どこか大人の雰囲気がある。 「私も上官の立場なんて慣れてませんから…さっきまでみたいに、普通に話して下さい」 ただ一人知らない場所に放り出された私にとって、 頼られるよりも頼れる存在の方がありがたかった。 …情けない話だけれども。 「んー…わかった、じゃあ普段どおりで行かせてもらうなー。ただーし」 ずい、とエイラさんが顔を寄せてくる。 「そっちこそ敬語はなし。上官に敬われてたら何様だ?みたいな感じだし」 「え…ですけど」 じー。 うう…ここで変にわがまま言って怒らせたら、気まずくなっちゃうよね…。 「わ、わかり…わかった、そうするね、ユーティライネン…さん」 じー。 「…?」 「エイラ。ほい言ってみよー」 「…え、エイラ」 「ん、よし!」 にぱっとエイラさ…じゃない、エイラが笑った。 エイラはその時意識してたかどうかはわからないけど、 きっとその会話こそが、私がエイラの事を頼る存在でも頼られる存在でもない、 何か特別な人として捉えた時なんじゃないかと思う。 同時に頼り頼られていく、ずっと横を歩いていく人。 …こんな事、今じゃ恥ずかしくて人には言えないけど。 「イッルでもいーよー」 続けてエイラがそう言った。 「イッ…ル?」 「そうそう、それがスオムスでの私の愛称。ただどーも他の国の人にはそう呼ばれないんだよなー」 「うん…エイラの方が呼びやすいかも」 「ちいさな『ッ』がいけないのかなー。うーん」 いやまー別にいいんだけど、と少しぶつぶつ言っている。 そうやって会話が少し途切れた瞬間、さっきまでの不安を少し忘れられている自分に気付いた。 それは紛れもなく目の前にいてくれるエイラのおかげだ。 喋るのは上手じゃない私なのに、咄嗟に言葉が口を突いて出た。 「あ、ありがとう、あの、エイラ」 「んえ?」 「さっきまで、私…すごく怖かったんです。でも、えっと、エイラ…が、話してくれて」 まだ少し敬語が混じるし、呼び捨てにする時もちょっとためらう。 でも今度は咎めずに、エイラが返事をくれた。 「そりゃーお互い様だよ、私だって見知らぬブリタニアに一人なんて怖かったんだぜー。  良かったよ、サーニャがいてくれて、うん。…あ、呼び方サーニャでいい?」 そうやって微笑んでくれたエイラに、私は更に安心して、 笑顔で「うん!」と頷き返したのだった。 芳佳ちゃん・リーネさんとの模擬戦闘訓練が終わって、今日のお茶会の時間。 お誘いを受けて、私とエイラは連れ立ってテラスに来た。 坂本少佐はさっきの訓練の事を話しているのか、ミーナ隊長のテーブルに。 ペリーヌさんもそこにいる。 別のテーブルでは…ルッキーニちゃんとバルクホルンさんがスコーンをすごい勢いで食べている。 勝負でもしてるんだろうか。 …にしてもバルクホルンさん…すごいな。遊びにも真剣な様子。失礼だと思うけど、ちょっと面白い。 実際ハルトマンさんは本人の横で笑い転げていた。 シャーリーさんはいつ二人が喉をつまらせないかと、お茶とは別に用意された水を持ってハラハラしていた。 そして、私たちのテーブル。 私とエイラ、芳佳ちゃんとリーネさん。 まず私は、坂本少佐にがっつりと怒られてしまった二人に謝りたかった。 元はと言えば、私がエイラにいいところを見せたかった…なんていう、よこしまな気持ちもあったから。 なのに、二人は私よりも早くお礼を言ってくれた。 「さっきはありがとうサーニャちゃん、勉強になりました!」 「うん、訓練をつけてくれてありがとう、それにしても凄かったよー!」 びっくりした。 まさか感謝されるなんて思ってなかったから。 返事に困ってエイラを見るけど、満足げにうんうん頷いてて、なおさら困ってしまった。 「あ、あの、そんな、ごめんなさい、私のせいで怒られて…」 「ううん、坂本さんから怒られるなんていつもの事だもの。なのに今日はその後褒められて、逆にびっくり」 「今日は頑張れたよね、芳佳ちゃん。追加メニューもなかったし」 ねー、と微笑みあう二人。 それなら…良かったのかな。 「何より慌てちゃいけないってよ〜くわかったしね。一瞬もしかしたらいける!って思っちゃったのがダメだったよ」 「いくら二人でも、サーニャにそうそう勝てるわけないだろー?」 ニヤニヤとエイラが返す。 「し、失礼だよエイラ…」 「ううん、胸を貸してくれてありがとうねサーニャちゃん。芳佳ちゃんと二人で、全力でぶつかれました」 うう、困ったなぁ。 「そんな…リーネさんの弾も怖かったし、芳佳ちゃんの機動もすごかったし…芳佳ちゃん?」 ふと視線を芳佳ちゃんに向けると、なんだかぼーっとした様子だった。 「どうしたの? ねぇ、芳佳ちゃん?」 「あ、え!? ううん、別にどうもしないよ! 『胸を借りる』っていい言葉とか思ってないよ!?」 …たまに芳佳ちゃんは不思議な事を言うなぁ。 私たちの頭上には?マークが浮かんでいたに違いない。 とりあえず謝れたし、二人が気にしてない事もわかったし、 安心して椅子に座った。エイラも隣に続く。 私たちにてきぱきとお茶を出してくれた後に芳佳ちゃんとリーネさんも席につく。 リーネさんとはあんまり会話した事ないから少し緊張していると、 そのリーネさんから話を振られた。 「エイラさんとサーニャちゃんってとっても仲がいいけど、初めて会った頃はどうだったの?」 …と。 「…なんかこー、改めて人に話すのって、照れるなー」 落ち着かなくて手をもぞもぞと組みかえる。 とは言っても私は少し捕捉を加えたぐらいで、 主にサーニャが詳しく話したんだけども。 にしても…うん。 あれだけ詳しく話してくれたってのは、それだけよく覚えてくれてるって事で。 それだけサーニャの中を私が占めてるって言ってくれたみたいで、 じんわりと胸に嬉しさが満ちてくる。 そのサーニャもやはり自分の昔の話をするのは照れくさいのか、 視線を下に落としてもじもじしていた。 「うわー…なんだか…いいなぁ」 「ね! なんかこう…羨ましいね、リーネちゃん!」 聞き手の宮藤とリーネはきゃいきゃいと喜んでいる。 …こういう反応がなおさら気恥ずかしくなるってわかってやってるんだろうか。 まぁこれだけのリアクションがあるなら話した甲斐もあった、かな。 「それにしても、初対面の相手に『綺麗だ』なんて…ナンパみたい」 …前言撤回。 「な、なんだよ宮藤ー! アレ言うのすごい恥ずかしかったんだぞ! 私はホントはそんなキャラじゃねー!」 いやホントに私だって勇気振り絞ったんだぞアレ。 それをナンパ呼ばわりですか宮藤このやろう。 「じゃ、なんで言っちゃったんです?」 横からリーネが聞いてきた。 心なしか目が輝き始めてないかこの子。 でも、確かに…いきなりあんな事言う度胸が普段の私にあるわけもない。 一人異国に派遣される不安でテンパッてて…そこにすがる藁を垂らしてくれた人がいたんだ。 「あー、スオムスの先輩に言われてなー。『知らない人相手でも、素直で正直でいればきっと仲良くなれます』って」 私が旅立つ時にすごく心配してくれたエルマ先輩。 サーニャと仲良くなれたのも先輩があってこそだと思うと、感謝してもしきれない。 「素直で正直になった結果がナンパに…」 「うううううっせー!」 もう何この子! 空気読んでよ! 「…きっとね、私が本当に不安そうに見えたんだと思う。だから少しでも話しかけようってしてくれて…嬉しかった」 「さ、サーニャ…」 優しく微笑むサーニャを見て、胸が熱くなる。 そう思っててくれたのかぁ…。 私だって不安で、サーニャがいてくれて助かったのに。 「あー、うー、何かからかうような事言ってごめんね、サーニャちゃん」 「ううん、少し恥ずかしかったのはホントだから…。えへへ」 その上宮藤にまで優しいサーニャに更に感動していると、 横のリーネから 「…素敵ぃ…!」 という声交じりに大きな溜め息が漏れた。 「初めて会った時からそんな信頼し合ってるなんて素敵! 素敵! も〜〜!!」 両手を頬に当てて、いやんいやんと体を振るリーネ。 正直ちょっとびっくりした。 こ、こんなにはじける…というか、明るいというか、 とにかくこんなリーネ初めて見た。 サーニャも少しぽかんとしてる。 「うんうん、私も羨ましくなっちゃった! 思わずからかっちゃうぐらい」 「ね!? 芳佳ちゃん、いいよね? 素敵だよね!」 宮藤だけがリーネと一緒に盛り上がっている。 …そっか。 リーネにも私にとってのサーニャみたいな人が来てくれたんだ。 二人できゃいきゃいと笑いあう二人を見てそう思った。 良かった。 リーネ、ここに来た当初は焦りとプレッシャーで遠めに見てても辛そうだったのに、 今はこうやって笑ってくれてるんだな。 私は特に何もしてあげられなかったけど…嬉しいな。なんか。 私も、サーニャも笑顔になってる事に気付く。 二人でえへへと笑いあいながら頷いた。 うん、でも、まぁ…その。 宮藤とリーネが、私とサーニャみたいな意味の「好き」を言い合う仲なのかどうかは正直わかんないけど。 …どうなんだろうな。 むずむずと気になってきたけど、さすがに直接聞く事はためらわれた。 と、私が話すのを戸惑っていると、リーネが続けて一言もらした。 「はあ〜、私なんてみんなと初対面の時さんざんだったのにな〜」 …うん? 私とリーネの…初対面? まずい。 これはまずいぞ。 「…ご、ごめんなさい、半分寝てて、ろくに挨拶もしないで…芳佳ちゃんの時も…」 「あ! ううん違うの、そういう意味じゃなくて、サーニャちゃんは仕方ないよ、ね?」 「うん、その分夜に私たちを守ってくれてるんだもんね。ちゃんと寝てくれないと困っちゃうよ」 話題、話題変えないと。 「そ、そうだよ、みんなが安心して眠れるのはサーニャがいてくれるからだよ」 「うん、逆に私、みんなを頼りにするばっかりで。  芳佳ちゃんと初めて会った時も、愚痴っちゃったりして…あの時を一番後悔してるの」 「そんなのいいのにー。こうやって仲良くなれたんだもん!」 いや、そんな笑い合ってる場合じゃなくて! 話題戻すなよ! 「…エイラとはどうだったの?」 サーニャまで聞いてきた! 「あ、あー! このお茶うまいなーマジで!」 「それがね、ひどいんですよー!」 私の叫びとリーネの訴えがハモった。 「エイラ…うるさい」 サーニャがジト目でにらんでくる。 だ、だって聞かせたくないから…その…助けて宮藤! 「あの! そんな事よりおかわりをね!」 「後にして下さい! 私も聞きたいです!」 3対1。 …もはや手は尽きた…。 「エイラさんの時はですねー…。あ、あの、二人がそう真剣に聞いてると話しにくいんだけど…ね、  いきなりルッキーニちゃんみたいに…あの、おっ、む、胸をね…」 ……………。 痛い。 沈黙が痛い。 「ふぅ〜〜〜〜〜ん……」 うわっ。 サーニャのこんな冷たい声初めて聞いた。 「私が寝てる間に…そんな事してたんだ…ふぅ〜〜〜〜ん……」 冷や汗がどんどん湧き出てくる。 「ち、違うんだサーニャ! ロマーニャ式のマッサージというか、な、ほら、リーネ緊張しててガチガチだったから…その…」 …ダメだ。 サーニャの冷たい視線は微動だにしない。 「そんな初対面でなんてうらやま…いや! 気持ちはわか…いや! 許せません!」 いや今はそっとしておいて宮藤。お願い。 何て言えば許してもらえるか脳をフル回転させていると、 見かねたのかリーネがちょいちょいとサーニャを手招きした。 「ちょっと向こうで…ね?」 そうやってサーニャを立たせ、テーブルから少し離れたところに歩き出した。 二人で話すつもりらしい。 リーネに任せてしまうべきなんだろうか。私の役目だとも思う。 逡巡して口をパクパクさせている私をちらりと見たサーニャの目は、 少しだけ潤んでいる気がした。 それが一番堪えて、 立ち上がる事も、横の宮藤が呼ぶ声に反応する事も出来なくなってしまった。 自分でもびっくりするぐらいモヤモヤしながら、テーブルから数歩離れた。 リーネさんがひそひそと話しかけてくる。 「えーっとね、自分から言い出しておいてなんだけど…エイラさんの事怒らないであげて?  きっとそういうつもりじゃなかったと思うの」 …と言われても。 思わずそこからもエイラを見てしまう。 きょろきょろそわそわしててすっごい挙動不審。 …ふんだ。 お風呂ではそのままでもいいって言ってくれたのに。 エイラも結局大きい方がいいって事かな。 ばか。 ふい、と視線をエイラから切って、リーネさんに向き直る。 「うんとね…私、説明上手じゃないから長くなっちゃうかも知れないんだけど…。  人と初めて会った時なんて、性格とかわからないから、  とりあえず話す時は見た目の事になっちゃうと思うのね」 うん、まぁ、それは確かにそうなのかも。 私もエイラにそういう事を言われたから。 「普通はそこまで慌てて話さなくてもいいんだけど…私、ほら、一人でここに送られてきて、しかも実戦経験もなくて…  やっぱりすごく不安で、エイラさんの言う通り、緊張でひどい様子だったと思うの。  だからエイラさんも、何か話しかけなきゃーって」 「…にしたって、やっぱり…胸はないと思う…」 「あはは、それは…やっぱり、これ、目立つんじゃないかなぁ。恥ずかしくてイヤなんだけど…」 もじもじと胸を隠すように手を当てて、顔を赤らめるリーネさん。 私には羨ましく見えるんだけど、それでも嫌味さは全然感じられず、逆に女の子っぽいなぁと思った。 「それでね、そういう事を普通にしちゃった、っていうのは、女友達っていう風に見てくれてるんじゃないかな。  サーニャちゃんは、エイラさんにとって友達より特別だから、出来ないんだと思うよ」 「…!?」 さらりとそんな事を言われて、不意をつかれた私は盛大に顔が熱くなるのを感じた。 「な、そ、特別って…!」 思わずもう一回エイラに視線を向ける。 さっきと変わらず冷や汗を流し続けていた。 私は別の汗が出そう。 「だって私、エイラさんからかわいいとか、綺麗とか…初対面の時から一回も言われてないんじゃないかな?  私の予想だと、サーニャちゃんにしか言ってないよ、うふふ」 リーネさんの瞳がまたキラキラしてきた。 でも…ダメだ。 そんな事言われると、嬉しくて、何にも言えなくなっちゃう。 というか。 リーネさんには…もうさっぱりすっかりバレてる? 「だからね、エイラさんは浮気性とか…大きいのがいいとか、そういうのじゃないから安心していいと思うよ〜」 …バレてる。 ど、どうして? いつわかったの? 私たちそんなにわかりやすいのかなぁ? あわあわと慌ててしまう私。 「うふふ、女学校にいたから少しは…ね? それでなくても、さっきのサーニャちゃんの不機嫌さは…うん」 わ、私のせいかー! リーネさんのにこにこ笑顔ももう見れなくなって、 もう顔真っ赤にしてうつむくしか出来ない…。 「うわぁ…エイラさんの気持ちもわかるかも。かぁわいい…」 だ、だから、もっと恥ずかしくなる事言わないでー…。 「いけない、こんな事言ってたらエイラさんに怒られちゃう、そろそろ戻ろ。  エイラさんの事、許してあげられる?」 許すも許さないも、 あんな事言われて怒れるはずがない。 でも。 「ちょ、ちょっと待って…今は恥ずかしい…」 「ダメだよ、エイラさんはさっきからずっと不安なまま待ってるんだから! ほらほら!」 くいくいと手を引っ張られる。 確かにあんまり待たせるのは悪いと思うんだけど、 なんでそんなにニコニコして楽しそうなのリーネさん…。 強引に元のテーブルに戻らされた。 「おかえりー! どうしよ、エイラさんが…」 芳佳ちゃんが若干慌てた様子になってる。 うん、まぁ、それもそのはず。 エイラは待機時間に耐え切れなくなったのか、 テーブルに突っ伏して「ううう」とかうなってた。 「ほらサーニャちゃん!」 とん、と背中を押される。 振り返ると満面の笑みのリーネさん。 ぎゃ、逆に行き辛いよう…。 緊張しながらも元の椅子に座って、エイラの方を向いてみる。 エイラもむくりと起き上がってきた。 「あ、あの、ごめんなサーニャ…」 …少し涙目になってる。 私のせいなんだけど、そこまで思いつめなくても、と罪悪感を覚える。 …リーネさんの話聞いた後だからかな。 「…もういいの、そういう意味じゃなかった…んでしょ?」 「さーにゃあ…」 うわ。 エイラは元が凛々しいだけに、こういう甘えてくる顔は、ずるい。 リーネさんの「サーニャちゃんは特別だから」という言葉が頭に響く。 エイラがこんな顔するのも、私だけ…なのかな。 うううう。ドキドキする。 「…すっかり仲直りだねー。リーネちゃんすごいな、何話してたの?」 横の芳佳ちゃんが声を上げたので我に返った。 ひ、人のいる前なのに、完全にエイラしか見えなくなってた…。 「えへへー、ひみつ!」 どうやらリーネさんも他の人には言わないでくれるみたい。ホッとした。 「…私も気になるんだけど」 おずおずとエイラが手を挙げたので慌てて止める。 「ダメ! エイラは聞いちゃ…ダメ」 私が特別だからってすぐ機嫌を直したのばれたら…恥ずかしい。 「あ、そ、そうかー…」 素直に引き下がるエイラ。さっきの事で弱気になってるんだろうか。 「んー、気になるけど、まぁいっか!  リーネちゃんとサーニャちゃんもすっかり仲良くなったみたいだし、今日のお茶会は大成功だねー!」 …あ。 わざわざ誘ってくれたのは、それが目的だったんだ。 「うん、今日はたくさんサーニャちゃんと話せて嬉しかったよ。これからもよろしくね!」 「あ…こ、こちらこそ」 慌てて返事する。 …芳佳ちゃんはすごいなぁ。 周りの人を動かすエネルギーをいつもまとってるみたい。 もしかしたら、私も。 今まではエイラや他の人たちに守られてる意識が強かったけど、 芳佳ちゃんたちが来てからやっと誰かを守るんだって思えたのかも知れない。 だとしたら。 私がエイラに向かって一歩踏み出せたのも、この軍曹さんたちのおかげ、なのかも。 そうしてお茶会はお開きになった。 ミーナ隊長とペリーヌさんは微笑みあってたけど、何か怖かった。 坂本少佐も心なしか疲れてるように見えた。…どうしたんだろう。 スコーン食べ対決は、バルクホルンさんに軍配が上がったみたい。 誇らしげだけどお腹が少し苦しそうだった。夕ご飯大丈夫かな。 ルッキーニちゃんは満足げにシャーリーさんの膝で寝息を立てて、微笑ましかった。 …落書きしようとするハルトマンさんと、防衛側のシャーリーさんも含めて。 私は夜に備えて少し寝ておこうと、エイラの部屋まで戻ってきた。 テーブルを立った時に、リーネさんからこっそり耳打ちされた。 「今後の進展もまた聞かせてね!」って。 …こういう話題が好きなんだろうか。好きなんだろうな。 最初からヤケに楽しそうだったんだもん…。 恥ずかしいけど、嬉しい、かな。 リーネさんとまた仲良くなれそうで。 「どーだ? すぐ寝れそう?」 とりあえずベッドに横になった私に、エイラが聞いてきた。 「んー…ちょっと、無理かも」 なんか色々興奮して、すぐには落ち着けそうになかった。 「エイラ…ごめんね、私…自分でもあんなに怒っちゃうなんて…」 「い、いやいや! 私が全部悪いんだから! 謝られたら、うん、逆に困るよ」 「でも…リーネさんと初めて会った時は、私とエイラはまだ…その、こういう関係じゃなかったし、  あそこまで怒っちゃうのも…」 話を聞かされた時は動転してたけど、少し落ち着いて考えたら我ながら少し理不尽だったと思う。 ちょっと自己嫌悪。 「いーや、そんな事ないの。全部私がいけないから、サーニャは安心していいの」 …エイラが変に強情だ。 少し首をかしげる。 「だって、その、なんだ。  サーニャを怒らせておいて、怒ってもらったのが嬉しかったりするんだ、私。  他の奴にそういう事されたくないんだなーって。…我ながらひどいよ」 ベッドに腰掛けてたエイラが視線をそらす。 …ばか。 真面目なんだから。 「…うん、他の人にして欲しくないよ。私もわがままだから、お互い様だよ」 手を伸ばして、エイラの手を握りしめる。 「…ん、もう他の奴に変な事しないよ。約束する」 顔を背けたまま、エイラが手を握り返してくれた。 「…リーネさんね」 「うん?」 「エイラにとって、私は特別だから…許してあげてって言ってくれたの」 誰からの視線もない静かな部屋だからか、 さっきはどうしても言うのが恥ずかしかった事が素直に口から出てきた。 「あ、あー…リーネにもすっかりバレてるって事か」 「…いいんだよね?」 「え? 周りにバレても?」 「ううん…私、エイラにとって特別だって、思っても…いいんだよね?」 なんにもされないのは、特別に大事にされてるって事なんだよね。 私は信じて待っててもいいんだよね。 きっと照れながらも「うん」って言ってくれる。 そう期待しながら聞いてしまう私は悪い子だ。 …だけど、その返事はなかなか返ってこなかった。 不安な気持ちが胸にじわりと広がる。 「あ、あのな、サーニャ」 エイラがばっとこちらを振り向いた。 何か…真剣な表情だ。 どうしたんだろう。 何を言おうとしてるんだろう。 必死で不安を胸の奥に押しやっていると、 急にエイラの顔がこっちに近づいてきた。 え? ええ? 私の心臓がどくん、と脈打ったその時。 唇に、柔らかい感触が押し当てられた。 「え…いら…?」 「わ、私の、ファーストキス。サーニャに」 それはほんの一瞬だったけど、 私の唇には確かに何かが触れた感覚が残っていた。 「あの、サーニャ、特別だから。ホントに、私の特別だから、はじめてを、その」 エイラは緊張しすぎてうまく喋れないみたい。 私も口から言葉が出てこない。 ただ、もう、胸がいっぱいになって…破裂しそう。 思わずエイラに抱きついて、すがりついた。 「わ、私、サーニャといるだけでドキドキしてて、今まで何もできなくて。  不安に…させちゃったよな。ごめんな」 「ううん…私も初めての、エイラとで、うれしい…」 「あ、そっか、サーニャもだったか、きゅ、急でごめんな」 「ううん、謝らないで…お願い、謝らないで…」 「う、うん、うん」 二人でぶるぶる震えながら、抱き合ったまま言葉をかわした。 たぶんどっちも、想いが言葉を上回ってて、すごくもどかしかった。 「…ドキドキして、寝れなくなっちゃった」 照れ隠しにそんな事を言っても、 「え、ごめ、じゃなくて…こ、困ったな、どうしよう」 エイラは真面目に答えてくれる。 だから私も、ついいじわるを言ってみたくなる。 もっと、もっとと思ってしまう。 「…もう一回してくれたら、がんばって寝る」 「え! だ、だってそれ、なおさら眠れなくならないか?」 「だめ…?」 「いや、あの、そりゃ…えっと、してもいいの?」 さっきは急に来たのに、今度は聞いてくる。 答えるのすごく恥ずかしい質問だって気付いてるのかなぁ。 気付いてないんだろうなぁ。 「…ばか」 「そ、それじゃあ……ん」 今度はゆっくりとエイラの顔が近づいてくる。 唇にふわりとした感触。 さっきは気付く余裕もなかったけど、 こんなに柔らかかったんだ…。 それに、あったかい。 「…んは」 さっきより少しだけ長めのキスだった。 二人同時に吐息が漏れる。 さっきのはただ心から嬉しかっただけだけど、 今度はじわじわと実感が湧いてくる。 私、初めてキスしちゃったんだ。 エイラの特別な人にされちゃった。 あうううううう。 ごろんごろんとベッドの上を転がる。 「ど、どうしたんだサーニャ!?」 …そんなの自分でもわかんないよぅ。 ただ、こうやって少しでも外に幸せを逃がさないと、 私の体がパンクしちゃう。 「あー、うん、気持ちはわかるけど。私もなんか、もう、叫んじゃいたいよ」 自分の体を抱きしめ、エイラも身を震わせていた。 「…やっぱり逆効果だったんじゃないか?」 「…うん」 素直に頷く。 幸せすぎて、眠れない。 「寝て、起きたら夢だった…とか、怖い」 「だ、大丈夫だよ! そんなの、ま、またするから!」 ストレートなエイラの励ましに、また心が暖かくなる。 「うん…起きたらまたしてね。夜、飛ぶ前も」 「う、うん」 「その後、帰って来た時も。…朝ごはんの前にも」 「…そんなに?」 「私、結構、わがままなんだよ…?」 さすがにおねだりしすぎたかな、と思う。 でもエイラは。 「うん、そこもほら、…か、かわいいからさ、むしろもっと言って欲しいというか」 …ずるいなぁ。 「じゃあ…眠るまで、そばにいてくれる?」 「うん、いいよ」 そうあっさりと言ったエイラは、また手をつないでくれた。 エイラの体温が伝わってきて、すごく安心する。 目を閉じて、つないだ手だけに意識を向けた。 …うん、これなら、眠れそう。 …ホントはね。 眠るまでなんかじゃなくて、ずっとずっとそばにいて欲しいって言いたかった。 そう心の中で呟いた瞬間、 「ずっと一緒だから」 小さな小さなエイラの呟きが聞こえた気がした。 いつだってそう。 エイラは初めて会った時から、 私の不安を全て取り払ってくれる。 私からは何も言ってなくても、全部先回りして。 …大好き。 大好きだよ、エイラ。 初めて会ったあの日から。 この先もずっと。 「…あ、二人の夜間哨戒かな?」 「みたいだね、今日訓練で飛んだのにちゃんと行ってくれるんだ」 「ホントに偉いよねぇ…私も頑張らないと! うん!」 「わ、私も芳佳ちゃんに置いてかれないようにがんばる…」 「そんな、私なんかよりリーネちゃんの方が」 「ううん、そんなぁ」 「いやいやいやいやー」 「…うふふ」 「…あははは! うん、二人で頑張ろ!」 「うん、これからもよろしくね、芳佳ちゃん」 「…にしても、今日もエイラさんついてったのかな? ホントに仲いいよねぇ」 「うん、そりゃあもう…うんうん」 「…? リーネちゃん、二人が仲いい理由知ってるの? 今日話して何かわかったとか」 「さぁ、どうでしょう? うふふ」 「むー…よくわかんないなぁ」 「私たちも…あの二人ぐらいに仲良く…」 「ん? 何か言ったリーネちゃん?」 「う、ううん! なんでもない!」 ・もう長さに関しては言い訳しようもないよ! ・でもよしかのキャラは大変怒られそう ち、違うんよ当初はこんなつもりは