よしこ×エイラ5のあと 「眼鏡と手紙」 ウルスラ視点 閃光が煌いて、一瞬視界が白く染まる。まるで処女雪の平原のようだ、と思った。 どごおおおおおおん 「……けほっ」 魔力シールドがなければ危なかった。 つい先程まで石壁だった場所にぽっかりと開いた大穴を見ながらしばし呆然とする。 ……何がいけなかったのだろうか。 炸薬の量を間違えた?いや、計量は完璧だったはずだ。 外面の強度が足りなかったのだろうか。……そもそも理論自体に問題があったのか。 なんにせよまた一からやりなおしだ。 衝撃で崩れた資料の山から大量に付箋を貼り付けた分厚い本を掘り出して任意のページを開く。 「……?」 蟻の行列の様に羅列された文字がぼやけていて解読不可能だった。 はっとして顔を触ると、いつもそこにあるものが無い事に今更ながら気づく。 魔力シールドでも殺しきれなかったさっきの衝撃でどこかに飛んで行ってしまったのだろう。 やれやれ、と嘆息ひとつついて本を閉じ、吹き飛んだであろう方角の床を見回した。 「探し物はこれ?」 不意に目当てのものが差し出される。 フレームが少し歪んでしまって、レンズにも小さくヒビが入っているそれ。 また新しいのを買わないといけないなと思い、再び息が漏れた。 「……いつ戻ってきたの」 差し出された眼鏡を受け取ってフレームの角度を修正しながら淡白に聞く。 「ついさっきですよ。やっぱりこっちは肌寒いですね」 宿舎に帰るついでに寄ったんだろう。私服姿の足元にはボストンバッグが見える。 「ただいま」 「……おかえり」 エルマ大尉が帰国した。 「テキサスの空はこーんな広くて青かったんですよー」 「そう」 「それでこれがそのときキャサリンさんと撮った写真で……」 生返事で旅の土産話に耳を貸す。さっきから一時間は喋りっぱなしだ。 ブリタニアで久しぶりに飲んだエリザベスのコーヒーが美味かっただの。 ロマーニャでジュゼッピーナと歩いていたら何度も男に口説かれただの。 リベリオンでキャサリンと食べた肉料理が脂っこくて残してしまっただの。 扶桑皇国は遠すぎて智子に会えなかったのが残念やらほっとしたやらだの。 興奮した様子で見たもの聞いたものを身振り手振りを交えつつ説明しては、結局最後に写真を見せてくる。 ……最初から写真付きで説明していれば時間は半分で済んだのでは?と思うが言っても無駄なので黙っていた。 私に全部話し終えた後、きっとハルカの所にも行くのだろう。 そして同じように時間をかけてじっくりと旅の感想を述べるのだろう。 5年も付き合えば嫌でもわかる。この人はそういう人だ。 「ウルスラさん聞いてますかー」 「聞いてる」 「あ、ならいいんです。それでですね、ブリタニアに行った時に後輩が居る501の基地にも寄ったんですよ」 「そう」 以前、各国選りすぐりのエースが集まるかのガリア攻略最前線に後輩の転属が決まったと聞いた。 ユーティライネン准尉と言ったか。直接の面識は無かったが噂くらいは聞いていた。 被撃墜数0。被弾数0。スオムス史上最強の奇跡のスーパーエース。 「それがどうしたの」 「エイラは元気……過ぎて……まぁいいです。そこでお姉さんにも会ってきたんですよ」 「……姉?」 「エーリカさんです」 「……そう」 今の今まで忘れていた。そういえば私の姉もスーパーエースなのだった。それも、世界でもトップクラスの。 ダイナモ作戦の際、ブリタニアに渡ったと聞いていたがそのまま居ついたのか。 まぁ行く宛など無いだろうからそうなるのが妥当な線だろうが。 「生きてた?」 「ピンピンしてましたよっ!」 「……そう」 確かに生きてなければ「会った」、とは言えないか。 成る程面白い。こんな私でも冗談が言えたのか。 「それで?」 「いろいろお話しましたよー。カールスラントでの事とか」 「そう」 聞かれて困るような事では無いが勝手に話したのか。 まああの姉の事だ。聞かれなくてもぺらぺらと喋るのだろう。 「でも最近のウルスラさんの事は知らなかったみたいでしたよ。連絡とりあってないんですか?」 「面倒」 「えー?双子の姉妹なんですから」 「たまたまそうだっただけ」 そう、たまたまだ。 たまたま血が繋がっていて、たまたま同じ日に生まれただけのことだ。 双子の姉妹だからどうということはない。 「うーん……。あ!でもお手紙を預かってきましたよー……えっと、確か……あ、あれ?あれあれ……あ、これです!」 よれよれくしゃくしゃになった飾り気の無い封筒を、何かの本の間から差し出すエルマ大尉。 恐らく渡された時からこの状態だったのだろう。ずぼらな所は昔と変わってないらしい。 差し出すエルマはにっこりと笑っているが、対照的に私はいつもの無表情だ。 少しの間その封筒を見つめた後、根負けしたかのように口を開いた。 「……置いといて」 「え、でも」 「後で読む」 なんとなく、読む気が起きなかった。 進めておきたい研究もあったし、さっきの実験結果も纏めておきたかった。 「うぅ……ちゃ、ちゃんと読んであげてくださいね!」 「気が向いたら」 「お返事も書いてあげてくださいね!」 「手が空いたら」 結局その日は封筒に触れることすらしなかった。 翌日は朝から空は澄み渡り、絶好の開式日和だった。 エルマ・レイヴォネン大尉以下数名のウィッチはその日、息絶える事なくスオムスの空を守り抜き、退役した。 退役の際、ハッキネン基地司令からスオムス義勇独立中隊での戦功、第507統合戦闘航空団での戦功、 有能な部下の教育と指導、その他諸々の栄誉を讃えて少佐への名誉昇進を言い渡されていた。 「なんで義勇独立中隊時代の戦功で昇進なんですか?」と訪ねたエルマ少佐にハッキネン司令は、 「貴女がいつまでも頼りなかったからです。現役の間に1階級上がっただけでもありがたいと思いなさい」 とぴしゃりと言い放つと、参列していた兵士たちからどっと笑いが沸き起こった。 笑い声に気圧されて、赤面して小さくなるエルマ少佐にかけたハッキネン司令の、 「お疲れ様でした。貴女は我がスオムスの誇りです」という言葉にエルマ少佐が 「ありがとうございます。お世話になりました」と涙声で応えると、周囲の笑い声が歓声に変わった。 その言葉を聞いて満足したのか、あの雪女と称されるハッキネン司令が微かにだが、笑った気がした。 除隊式のあと、ハルカはいつまでもぼろぼろと涙を流してエルマから離れようとしなかった。 それに対して私がエルマにかけた言葉といえば、「おめでとう」と「お疲れ様」くらいのひどく簡素なものだった。 そんな私の態度に不満を抱いたのか、ハルカは配慮が足りないだの冷血だのと私を罵倒してきたがしょうがない。 言葉を飾り立てるのはどうにも苦手なのだ。要点さえ伝わればそれでいい。 そういう私の性格を理解してくれていたのか、エルマはただにこにこと、笑っているだけだった。 翌日は研究開発に戻った。 2回失敗した。 昼食時に散々断ったのだが、ハルカに引き摺られてスラッセンまで遠出した。 しかもジープの運転は私だった。 抗議すると、 「わたしはド近眼だから車の運転なんて危ないじゃない」 「私だって視力は低い」 「それでもそっちの方が視力はいいでしょ」 「眼鏡をかければハルカの方が視力がいい」 「嫌よ、あんなぶっさいくなの」 などという論争が始まりかけたので、時間の無駄だと感じてすぐに私の方が折れた。 目的の店に着いて料理を注文した後、いつものように本を開いた。それを見てハルカが口を尖らせる。 「ちょっと、二人きりなんだから本なんて仕舞って話でもしたら?」 「読みながらでも会話はできる」 「そうじゃなくて、人と話をするときはちゃんと目を見て話しなさいって言われなかった?」 「……忘れた」 「都合の悪い事ばっかり物覚えが悪いんだから……まぁ、もう慣れたけど」 だったら今更言わなくてもいいだろう、と思ったが何も言わないでおく。つまりはそういう人間なのだ。ハルカは。 エルマのように、この迫水ハルカという人間の事も周りの人間よりも多少は把握しているつもりだ。 ここ最近ハルカの口調は穴拭智子に似てきていると思う。髪も伸ばしているし、後輩の面倒見もいい。 きっかけは、一昨年の智子の帰国だろうか。その時もやはり私は淡白で、やはりハルカは泣いていた。 それからハルカは5日間泣き続けた。 「別に死に別れた訳ではないだろう」と声をかけたが、 「ウルスラやエルマさんにはわたしの気持ちなんてわからないでしょ」と言ってなお泣き続けた。 5日後、泣き飽きたのか突然私の研究室を訪れて、「ごめん」と、謝られた。 面食らった私が言葉を選んでいると、返事も待たずに「わたし、智子先輩を目指す」と宣言して飛び出していった。 何度目の宣言だか忘れたが、すぐにいつものハルカに戻るだろうと思ってその時は気にせず本に視線を戻した。 ところがその時ばかりは本気だったらしい。 訓練にも真面目に参加し、戦闘ではめきめきと頭角を現し、いつの間にか507のエースにまで成長した。 特技は弓とのことで、目が悪い割にその狙いは正確で、的確にネウロイのコアを射抜いていく姿はかのロビン・フッドを思い起こさせた。 扶桑の偉人ならば那須与一あたりだろうか。つまり、それほどまでにハルカの実力は高かったのだ。 「弓はね、腕で引くんじゃなくて、心で引くの。心がこもってさえいれば、どんな矢だってきっと相手に届くのよ」 そう語るハルカの目は、目と鼻の先のオラーシャではなく、その向こう、遠く扶桑の方に向けられていたような気がした。 精神論なんて私の畑ではなかったが、その時ばかりは気迫に負けて頷かざるを得なかった。 「……なに?」 「いや、何も」 本も読まずにハルカの顔を見ながら少し前のことを思い出していたらしい。 訝しげな顔をして何事かと咎められる。 「変なの」 その通りだと思った。 少しして、注文した料理が運ばれてきた。 読んでいた本に栞を挟んで閉じた。さすがの私でも食事時くらいは読むのをやめる。 本が汚れるし、両手が塞がっていては読むにも食べるにも非効率だからだ。 「……とうとうわたしたちだけになっちゃったねぇ」 私が本を閉じたのを見て、すかさずハルカが話しかけてきた。 「なにが」 「元義勇独立中隊のメンバーよ」 「そうね」 「……反応薄いなぁ」 じゃあ何と言えばいいのか。どういう返答をすればハルカは満足だったのか。 考えても気の利いた言葉なんて出てこなかったけれど、ハルカの言わんとするところは大体理解できている。 「……エルマはスオムス出身なんだからいつでも会えるでしょう」 「そうだけどさぁ……あんたは寂しくないの?」 「別に」 以前ハルカにも言ったが、死に別れたわけではないのだ。 一生会えないわけではないのだから、そこまで悲観する事もないだろうに。 「……冷血」 「そうね」 そう言われるのはとうに慣れた。 適当に小さく受け答えて料理を口に運ぶ。 「……あれ、眼鏡ヒビ入ってるよ」 またハルカが話しかけてきた。 話の種を見つけると食事中だろうがおかまいなしだ。 「知ってる」 「なぁに、また実験でやっちゃったの?」 「そうよ」 別段隠す事も無い。今かけている眼鏡は一体何代目だったのか、それすらも覚えていない。 ヒビ自体は特に気にならない位置だから日常生活には問題ないが、放置しておくと完全に割れてしまうかもしれない。 暇を見つけて新しいものを買いに行かないといけないな、と頭の中のスケジュール帳に書き加えた。 「よふぁっはらひーほほほうはいひよーふぁ?」 「飲み込んでから喋って。解読不可能よ」 口一杯に料理を詰め込んだハルカが人外の言葉を喋った。 飛び出した食べかすがテーブルに飛び散って、私は少し渋い顔をする。 「……んく、ごめんごめん」 「行儀が悪い」 口では謝罪の意を示しているが、笑いながらでは説得力の欠片もない。 ……食事中くらいは喋るのを自重して欲しい。 別に喋り続けないと死んでしまう訳でもないだろうに。 「食事の時間は楽しくお喋りした方が料理も美味しいはずよ」 「味付けは変わらないんだから気のせい」 「気のせいじゃないわよ!きっとそうなの!」 ……またハルカのよくわからない自己主張が始まった。 こうなってしまうと長いので手早く用件だけ聞くことにする。 「……わかったから何を言ってたの?もう一度お願い」 「ん?あぁ、わたしがよく利用してる眼鏡屋さん紹介してあげようか、って思って。ちょっと遠いけど」 「眼鏡屋?」 眼鏡なんてどこで作っても同じではないか。 などと思ったことを口にするとハルカの顔が途端に不機嫌になった。 怒ったり笑ったり泣いたりとまったく忙しい。 「違うわよ。結構色んなデザインがあって可愛いのも多くて選ぶの楽しいんだから」 かっこ悪いとか言っていた割に可愛いだの楽しいだの。言っている事が矛盾だらけだ。 「眼鏡は嫌いなんじゃなかったの」 「眼鏡をかけた顔は嫌いよ。だって変えようが無いもの」 「じゃあなんで」 「眼鏡をかけるわたしは変えようが無いけど、眼鏡自体はいろいろ変えられるからよ」 「……なるほど」 そっちか。珍しくハルカの考えに合点がいく。 眼鏡をかける自分の容姿は嫌いだが、眼鏡自体はそうでもないのか。 ……私はどうだろう、とふと思った。 眼鏡をかける事には既に抵抗は無い。 無いどころか眼鏡が無いと本がろくに読めないのでもはや必需品だ。 つまり私にとって眼鏡は空気のようなもので、好きとか嫌いとかいう感情は特に沸かないのだ。 それなら眼鏡をかけた自分の姿は好きかどうかを考え始めた所で、やめた。 私と同じ顔をした、私と違ってなんでもそつなくこなせる天才の事を思い出したからだ。 「いい」 「なにが?」 「紹介のこと。遠いなら近場で済ます」 「あらそう?残念だわ」 それきり私は自分からは積極的に話す事はしなかった。 ハルカの他愛ない世間話に「そうね」だの「よかったわね」だのと適当に相槌を打つだけだった。 料理の味は覚えていない。 「……けほっ」 その翌日もまた兵器開発に戻ったのだが、どういうわけか良い所なしだった。 またも大爆発を引き起こしてしまい、木板で仮補修した壁に再び大穴を開ける羽目になった。 大穴から覗く所々色づき始めた木々を眺めながら、景色の輪郭が曖昧に見えることに気づく。 (ああ、また眼鏡を吹き飛ばしてしまったのか) やれやれ、と嘆息をつきながら、どこへ飛んで行ったかわからない眼鏡の捜索を開始した。 ぼやける視界を目を細めて補正しつつ、散らばった資料やら本やらをひっくり返して眼鏡を探す。 ふと、また誰かが見つけて拾ってくれないものかと期待したが、すぐにその考えを振り払った。 もうエルマはこの基地にはいないのだ。 人を頼る事はできない。自分で探すしかない。 不意に、足元からぱきりという嫌な音が響いた。 きっと誤って試験管でも踏み潰したのだろう、と自分に都合の良い予測を立てて、ゆっくりと下を向いた。 靴の横からはみ出た不格好に歪んだ見慣れた銀のフレームが見える。 どうやら眼鏡の右のレンズを踏み砕いてしまったようだ。思わず息が漏れる。 「……はぁ」 もうこうなってしまってはどうしようもない。明日にでも新しいものを作りに行かなくては。 足を上げて眼鏡を拾おうと屈みこんで手を伸ばした。 ……伸ばした手の先に、崩れた資料に混じってくしゃくしゃの封筒があることに気づく。 眼鏡のレンズが片方全損してしまっているのだから、これ以上は研究などできるはずもない。 論理的ではない行動を嫌う私にしては珍しく、「なんとなく」割れた眼鏡と皺だらけの封筒を拾い上げた。 「拝啓、ウルスラ・ハルトマン様へ えっと、最初に書いておくけど、手元の便箋が残り少ないのでもう後がありません。 ついでにもう売店も閉まってるから便箋の補給もできないので、出来にかかわらずこのまま出そうと思います。 読みにくい字、文だとは思いますが、我慢して読んでくれるとありがたいです。 えっと、手紙なんて普段書かないから何を書けば良いのかさっぱり思いつきません。 こういう時は近況報告から書くのでしょうか。 一応、私は元気にやっています。なんとか、生きてます。僚機も、まだ堕とされてはいません。 ウルスラの方はどうなのでしょうか。大丈夫ですか?元気ですか? もう最後に会ったのがウルスラがスオムスに派遣されることになった時だから、6年前になるんだっけ? 一応、エルマさんから近況は聞いてるけど、どうですか。元気でやっていますか。 スオムスは寒いところだと同僚から聞いてます。風邪などひいてませんか。 いろいろ新兵器を開発していると聞くので、多分元気なのでしょうけど。 そうそう、新兵器といえばフリーガー・ハマー。 こちらの部隊にも愛用している同僚がいるんだけど、あれの基礎はウルスラが確立させたと聞きました。 それがまた縁ってものは面白いもので、その愛用してる子がなんだかウルスラに似ている気がします。 サーニャ、っていうオラーシャの子なんだけど、その子も無口……というかあまり喋らない子で、 夜型で、人付き合いが苦手な様子で、なかなかこちらの部隊のみんなと打ち解けられませんでした。 私も夜型だったりするのでよく話をしますが、なんだかウルスラと話をしているような気分に、時々なります。 でも最近、扶桑から来た補充兵の子と仲良くなって、そこからだんだんと明るくなってきているようです。 いい傾向だと思います。少し、寂しい気もするけど。 ウルスラも昔から人付き合いが苦手で、そちらでもちゃんと周りの人間と打ち解けているかどうか心配です。 どうですか。友人はできましたか。ちゃんと信頼して、安心して、背中を預けられる戦友はいますか。 敵の攻撃が緩いとはいえ、スオムスも最前線です。怪我などしていませんか。撃墜されたりしていませんか。 それだけがいつも気がかりです。 私の方は大丈夫です。部隊のみんなもとても良くしてくれて、なんとかやっています。 私の噂などはそちらに届いていますでしょうか。この前、本国から柏葉剣付騎士鉄十字勲章を頂きました。 私の撃墜数が伸び続けている間は、まだ元気にやっていると思ってください。 私の撃墜数が止まったら、撃墜されて負傷したと思ってください。その時は心配してくれると、嬉しいです。 私は撃墜数を伸ばし続けます。私は生きて、元気でやっていることを知らせるために。 私は手紙を書くのが苦手だから、こんな形でしか伝えられませんが。 私は必ず生き残ります。 意地でも生き残ります。 きっと元気な姿で必ずウルスラに会いに行きます。 だからウルスラも生き残ってください。 お願いだから意地でも生き残ってください。 どうか元気な姿で私に会ってください。 えっと、もうそろそろ書くスペースが無くなってきました。 どうも慣れない事をしたので、文が支離滅裂だとは思いますが、読んでくれたら嬉しいです。 そしてできれば、返事を書いてくれると嬉しいです。 いつか、平和になったカールスラントで再会できることを望んでいます。 愛する私の妹へ。 エーリカ・ハルトマンより 追伸:最近撮った写真を同封します。覚えてますか?左がミーナで右がトゥルーデです。」 つまり言い換えるとこういうことになる。 「元気ですか?  私は元気です。  また会いましょう」 たった3行で済むような用件を、長々と便箋3枚も使って書いたのか。 馬鹿じゃないのか。それも、何度も失敗して便箋を使い切ったのか。 馬鹿じゃないのか。しかも字が汚すぎる。改行も滅茶苦茶で読みにくいことこの上ない。 あまりの馬鹿さ加減に頭痛がしてきた。視界がぼやける。 ああ、そういえば眼鏡のレンズが割れていたっけ。そうだ、そのせいで字が読みにくいんだ。 だから目から何か流れているのも、頬が熱いのも、きっと気のせいだ。 私と同じ顔が写った写真が滲んで碌に見えやしないのも気のせいだ。気のせいなんだってば。 膝の力が抜けた。思わずその場にへたり込む。 屋内だというのに雨でも降っているのか、便箋に水滴が落ちてインクが滲んだ。 慌てて袖で拭ったけれど、滲みはどんどん広がっていく。 焦って更に強く拭ったら、勢い余って破れてしまった。 ああ、もう。いつもこうだ。 教本に載っていないことをしようとすると、すぐにこうなってしまう。 こういう時にどうすればいいのかわからない。 この雨の止め方も知らない。ただただ止むのを待つしかできない。 私はあの偏屈でずぼらな天才と違って手本が無ければ何もできないのだから。 下唇を噛んだ。自分と言う存在を確かめるように強く噛み締める。 なんでもそつなく出来て、明るくて、悩みなんて何も無さそうな姉を私はずっと見上げていた。 憎くて、羨ましくて、眩しくて、大嫌いで、大好きだった。 私は非論理的な考えや矛盾を何より嫌うのに、私自身が一番矛盾している。だから私は自分の事が大嫌いだった。 なのにこの私と同じ顔をした天才は、私を愛していると言う。いつも心配していると言う。 やめてくれ。昔は何も言わずにいてくれたのに、6年もあとになってそんな事を言われたら、雨が降ってしまう。 「……ウルスラさん?」 いきなり背後から声をかけられて、肩を震わせた。 聞き慣れた声に振り向くと、見慣れた人物が心配そうにこちらを覗きこんでいた。 そんな不意打ちに慌てて雨に濡れた顔を拭おうとしたけれど、レンズが片方割れた眼鏡に邪魔をされる。 いつもこうなのだ。 「……なんでいるの」 「え?あ、あの、ちょっと野暮用で……ウルスラさん、泣いてるんですか?」 「違う。ただの雨」 そう、ただの雨だ。こんな無感動で無表情な私が泣くはずがない。 姉への嫉妬と羨望でとうの昔に枯れ果てた私が涙を流すはずがないのだ。 「雨、ですか」 「そう、雨」 「じゃあ止むまで待ちましょうか」 そう言ってエルマはつかつかと近づいてきて、何を思ったのか私の頭を抱き寄せた。 よしよし、などと言いながら頭を撫でられる。 「何のつもり」 「雨が止むおまじないです。後輩に真似されるくらいよく効くんですよ」 「……そう」 いつもの私なら非科学的だなどと言うのだけれど、なぜだかそんな気力は沸かなかった。 結局、雨が止むまでエルマはそうしていてくれた。 「え?今日は非番だから暇だけど」 「そう、じゃあ少し付き合って欲しいんだけど」 「……ウルスラがわたしを誘うなんて珍しいわね」 「そうかしら」 わざわざハルカの部屋まで出向いて昼食に誘った。 せっかくエルマがいるのだから、3人で食事をするのも悪くないと思ったからだ。 私の眼鏡は割れてしまっているから、運転はハルカかエルマに頼む事になりそうだけれど。 ハルカと一緒に廊下を歩きながら話す。 「眼鏡はどうしたの?」 「割れた」 「ええ?じゃあ早く作らないと三日後は出撃じゃない」 「そのことなんだけど」 言葉を切って顔をハルカの方へ向けた。 「眼鏡屋、やっぱり紹介してよ」 「……は?」 「昨日言ってたでしょう」 「え、いや、そう、だけど」 「今日行きましょう。食事のついでに行きましょう」 「へ?あれ?ウ、ウルスラぁ〜〜!?」 驚いて立ち止まるハルカの手を掴んで引っ張った。 早く行かないとランチタイムが終わってしまう。エルマも待っているだろうし止まってる暇などないのだ。 「……ウルスラ、なんか楽しそうじゃない?何かいい事でもあったの?」 「別に」 そう応える私の声は、いつもよりも弾んでいるように感じた。 「変なの」 「そうね」 まったくその通りだと思った。 昼食のついでに眼鏡を作りに行こう。 眼鏡を作るついでに便箋も買って来よう。 帰ってきたらハルカとエルマと私で写真も撮ろう。 私にしては珍しく、とても楽しみだと思った。 憶測でしかないけれど、きっと今日の昼食はとても美味しいのだろう。 通用口を出て空を見上げた。 秋の訪れを感じさせる快晴が広がっていた。 ※言い訳※ ・芳イラSSのはずなのに欠片も出てません。まぁカウハバだからなんですけど。 ・DVDの発売はとても嬉しいし発売を心待ちにしていますけど、SSの矛盾点がわかると凹みます。最終的にはまぁいいやと思うのですが。 ・放置してた伏線(?)回収の短編その1です。エルマ旅行記は考えてると楽しいです。