よしこ×エイラSS 「倫敦喫茶『北斗星』」 エイラ視点 服。服……ねぇ。 ショーウインドウの中に飾られた煌びやかな洋服を眺める。 きらきらしてて、手触りが良さそうで。色も見た目もとても綺麗だ……と思うんだけど。 「……なんか違うなー……」 お洒落をするミヤフジとか、化粧をするミヤフジとか……想像してみるんだけど悲しいかな、いまいちしっくり来ないのだ。 取り敢えずミヤフジへのクリスマスプレゼントを服に絞ったものの、どんな服を贈れば喜ばれるのかさっぱり見当がつかない。 私自身、服にこだわりを持ってる方でもないし、機能的で着れればいい程度の認識しかない。 ひとつこだわりがあるとしたら、空色のものが好み、というだけ。 どうしよう。やっぱり別のものにするか……? 「悩んでるねぇ」 にやにや顔の黒い悪魔が楽しげに話しかけてきた。 さっきから邪魔も手助けも一切しないでただひたすらにやにやしながら見てるだけだ。 正直言うと非常に鬱陶しい。 「っさいなー。何もしないなら帰れよー」 「えー?せっかくおねーさんが困ったときのアドバイスしたげようと思ったのにぃ」 せくしーポーズ(自称)をとるハルトマン。 胸は無いし、ぶっちゃけひとっつもせくしーには見えない。 「ちっこいおねーさんだな。……んで?アドバイスとやらは?」 「天のお告げを聞くにはお布施という見返りが……」 「じゃあいいや」 「ぶーぶー」 ぶーたれるハルトマンをしっしっと手を振って追い払うも、どこまでもついてくる。 面白そうだからついてきてるんだろうけど、犬かお前は。 これがミヤフジだったら嬉しいんだけどなぁ。人が変われば印象も全然違って見えてくるから不思議だ。 「なんでついてくるんだよー」 「んー?だってこの前のお布施の上納がまだだし〜?」 ……細かいなぁ……いや、細かくはないか。話を持ちかけたのは私の方だ。 そろそろ小腹も空いてきたことだし、基地じゃアフタヌーンティーの頃合いだろう。 「……んじゃ適当に喫茶店でも入るかー?」 「まいどー」 気の抜けた能天気な声を引き連れて、手近にあったカフェのドアを開けた。 からんからん、とドアに据え付けられたベルが鳴り、来客の訪問を報せる。 「いらっしゃい」 カウンターの向こう側から煙草の匂いとともによく通る少し高めの声が聞こえてきた。どうやら店主は女性らしい。 客が来たってのに新聞を広げたまま微動だにしないでいる。 こんなロンドンの端の端に店を構えているものだから、あまりの客の少なさに接客の仕方を忘れてしまったのだろうか。 失礼な店主だとは思ったが、不必要に慣れなれしくされるよりかは幾分ましだと思った。 「すんませーん、ここってケーキとか出せます?」 「……チーズケーキくらいなら冷やしてあるが」 そう応える店主は相変わらず新聞を読み続けている。 ブリタニア語で書かれた新聞紙の向こうから狼煙のように煙があがっていた。 「だってさ。チーズケーキでいいか?シナモンロールは帰りに買うから」 「おっけーおっけー。ゴチになりまーす」 まったく調子のいい奴だ。おごりとなったらすぐこれなんだから。 ……まぁ、色々世話になってるし今日くらいは許してやろう。 今日だけだかんな、と呟いて、カウンター席に並んで座った。 「飲み物は」 「コーヒーとチーズケーキ2つづつ。あと何か軽食ある?」 「サンドイッチならすぐ出せる」 「じゃあそれひとつ」 「ヤーボール」 注文に対して聞きなれない言葉を喋って、店主は新聞を畳んでコーヒーミルを手に取った。 煙草を咥えたまま焦げ茶色の豆を放り込み、ごりごりとハンドルを回す。 すぐさま煙草の匂いの充満していた店内に挽かれたコーヒー豆の香りが混じっていく。 ハンドルを回すたびに適当に括られた長くて鈍い色の銀髪がゆらゆらと揺れる。 ……どこかで見たことがある髪の色だと思った。 「あれ?おねーさんカールスラント語わかるの?」 商店街の端まで歩き回って疲れていたのか、座るなりカウンターに突っ伏していたハルトマンが飛び起きた。 不思議そうに店主の後ろ姿を見つめている。 「元ウィッチでな。昔オストマルクの空を飛んでいた。……守れなかったがな」 「「へー」」 挽き終わった粉をドリッパーに放り込みながら、店主が煙草を咥えたままの店主が器用に話す。 まぁなんて奇遇。たまたま入った喫茶店が元ウィッチの店だったとは。 ハルトマンに言わせたら「たまたまじゃなくて何かの縁」だろうけど、これは素直に驚きだ。 ……ウィッチのみんながみんな引退後も従軍するとは限らないんだし、こういう生き方も案外いいのかもしれない。 サーニャはピアノを勉強したいと言っていたし、隊長は歌手。ハルトマンなんて驚きの医者だ。 ミヤフジも診療所を継ぎたいと言っているし、もしかしたらこいつらは話が合うのかもしれない。 ……私は……何だろうな。私は何がしたいんだろう。まだよくわからない。 「ほれ、お待ちどう」 目の前に湯気を立ち上らせるコーヒーカップとチーズケーキが置かれる。 「あ、違う違う、連れにケーキ二つで私はコーヒーとサンドイッチだよ」 約束はケーキ二つとシナモンロールだ。私は別にコーヒーだけでも構わない。少しややこしい注文だったかと反省する。 顔を上げてそこで初めて店主の顔を見た。 少し吊りあがっているが、眠そうに半開きになった目。火のついた煙草を咥えたままの口。 ……やっぱり以前どこかで見たことがあるような気がする。 「む、そうなのか。すまなか……」 ケーキの皿を移動させようとした店主が急に言葉を失った。 じっとハルトマンの方を見つめて動かない。 その横顔を見てようやく思いだした。ああ、そういえばあの時の……。 「なぁ店長さん、あんたもしかしてカウハバ基地に……」 そう言いかけた私に気づかず、店主は驚いたように咥えていた煙草を取り落とした。 「……ウルスラ?」 「本当にそっくりだな。見分けがつかない」 そう言って、店主……エリザベス・F・ビューリングは煙草の箱に手を伸ばした。 白地に赤い丸のマークがついたそれを手馴れた手つきで一振りすると、煙草が一本ぴょこんと顔を出す。 口に咥えてこれまた手馴れた手つきでかちゃかちゃとジッポーを操作して火を点けた。 ひと吸いして白い煙が彼女の口から放たれる。 「……煙い」 出されたBLTサンドを齧りながら、文字通り煙たい顔をする。 今まで咥え煙草をしている姿を見ていたのに、何でか改めて吸っている姿を見せ付けられると途端に煙たくなる。 「ああ……すまん、煙草は嫌いだったかウィッチさん」 軽く謝罪して火を点けたばかりの煙草を灰皿に擦り付ける店主。 ……少し悪いことをしたような気分になる。 火が完全に消えたことを確認して、店主はまたまじまじとハルトマンを見つめた。 「しかし……眼鏡が無いとどっちがどっちだかわからんな」 「昔よく言われたよ。最近は会ってないけど」 微笑を浮かべて受け応えるハルトマン。ははは、と少し笑ったあと、目に見えて沈んだ表情。 見たことの無い顔だ。その双子の妹とやらと何かあるのだろうか。 「エルマ先輩が来た時渡してた手紙も妹宛てだったのかー?」 「そうだよ」 特に隠しもせずに即答された。 なんだ、つまんないの。そこからいつもの反撃ができるかと思ったのになぁ。 「エルマ?エルマってエルマ・レイヴォネンのことか?」 驚いたような顔の店主が今度は私に質問を投げかけてくる。 あぁそうだ。私も彼女に聞きたいことがあったんだ。 「そうそう。カウハバ基地のエルマ先輩」 「……妙な巡り合わせだな。一日のうちで二人もの知り合いの知り合いに会うとは」 「やー。私もびっくりしてる。覚えてない?昔、喫煙所で匿ってもらったの」 そう言うと店主は顎に手を当てて少し考えるような仕草。 数瞬ののち、思い出したように「あぁ」とか言いながら手をぽんと叩いた。 「お前もしかしてあの時の生意気な子供の片割れか?」 「生意気は余計だよ。あの時はどーもお世話になりました」 「……生意気な所は変わってないようだな」 感情の篭もってない礼を言って小さく頭を下げると、店主は困ったように苦笑した。 苦笑したあと、自分用に淹れたコーヒーを美味そうに一口啜る。 今私が着ているのが私服じゃなくてスオムス空軍制服だったなら、店主はすぐに気づいただろうか。 「ふへ?……んく、あんたたちも知り合いだったの?」 店主お手製だというベイクドチーズケーキを飲み込んで、ハルトマンが話に割り込んでくる。 首を動かして店主と向かい合った。次に天井を見上げて記憶を辿る。ひぃ、ふぅ、みぃ……。 「まぁ、何度か会ったな」 「コーヒー淹れてもらったんだっけ」 「そう言えば片割れは元気か?」 「ニパはまだスオムスじゃないかなー。今日も元気に墜落してると思うよ」 などと昔話に華が咲く。私ってこんなに喋る方だったっけ? 「はぁ……なんかほんとに縁を感じるねぇ」 いやはやまったくその通りだと思う。 相関図を作成したらこの辺がやたらとごちゃごちゃしてそうな気がする。 「エイラと……エーリカと言ったか。二人は今日は買い物か何かか?」 「……ちょっと知り合いに贈り物するからそれを選びに……」 ぼそぼそと、頼りない声で質問に応えた。贈る相手が相手なだけに少し、言い方が慎重になる。 一般人と話すと思い知らされる。女の私が女の子の事を好きだなんて、やっぱりおかしいんだろうなぁ。 ちら、とハルトマンの方を見やると、やっぱりというかなんというか、にやにや笑いでこちらを観察していた。 「なんだ恋人か?隅に置けないな」 「っこ!?いや!ミ、ミヤフジのコトはスキだけど、なんで解っ……!」 「ほう、相手はみやふじと言うのか。扶桑人か?」 ぐああ……誘導尋問されてるような気がする。いや、私の口が異様に軽いのか。 ……私はともかく、ミヤフジの名誉のためにもこれ以上は喋るわけにはいかない。 口をつぐんでコーヒーカップを手にとって一口飲んだ。慌てない、慌てない。スオムス軍人は冷静に。 「で?そのみやふじさんとやらは男か?女か?」 「っぶーーーーーーッ!!??」 コーヒー吹いた。マジで。 「汚いぞ、エイラ」 「……っひ、ひっひっひっひ……」 店主は眉根を寄せて渋い表情。ハルトマンはというと笑いすぎて呼吸困難に陥っている。なんだその笑い声。 予想だにしない返答が返ってきたんだ。コーヒーくらい吹くさ。ああ吹くとも。吹かざるを得ない。 「っな!えっ!?」 「だから男か女かと聞いている」 「普通そんな事聞かないだろー!?」 どこの世界に恋のお相手が男か女か聞いてくる奴がいるって言うんだ。 一見クールに見えるこの店主ももしかしたら……という気がしてくる。 「じゃあ男か。なら気をつけろよ?魔力を失わないようにな」 「女の子だよっ!!」 半ばやけくそ気味に叫んだ。 「ああそうだよ!私は女のくせに女の子のことが好きになってしまった異常性癖者だよ!はははははは!!」 はははは、と壊れた機関銃のように笑った。 別に何が面白い訳でもないのに笑いが止まらない。人間追い詰められると笑うしかないってのは本当だったんだな。 あぁもうどうにでもなれ。私はミヤフジのことが好きなんだ。好きで悪いかこんちくしょう。 「落ち着け。私は別にレズが悪いと言ってるわけじゃない」 「ははははは……は?」 「おねーさんって同性愛肯定派?もしかしてそっちの人?」 またも予想だにしなかった言葉に驚いた。 ハルトマンも意外だ、というような顔で興味を惹かれたように話しかけている。 「知るか。周りがそんなのばかりだったからこれも一つの愛の形だと思っただけだ。私は断じてレズじゃない」 機嫌を損ねたのか、煙草を一本咥えて腕を組む店主。 苛ついたように二の腕を人差し指でとんとんと叩き続けている。煙草が切れたのだろうか。 「吸っていいか」 「え、あ、どうぞ」 すまんな、と一言だけ断りを入れてから、店主はまたかちゃかちゃとジッポーを手繰って煙草に火を点けた。 煙草の味なんて私には解らないけれど、きっとこの人にとっては美味いんだろう。 ふぅっ、と白い煙が彼女の形の良い唇から吐き出されて、空気に混じって見えなくなっていく。 その様をぼんやりと眺めながら、「白いのになんで紫煙って言うんだろう」なんて関係の無いことを考えていた。 「私はカウハバに居たんだ。そういうのは見慣れてるから安心しろ」 「あー。エルマさんもそんな事言ってたなぁ」 「はぁ」 あぁ、となんか納得してしまう自分は本当にスオミーなんだろうか。 ミカ・アホネンに、穴拭智子。カウハバはスオムスの魔窟だ。 女の園と言えば聞こえはいいのかもしれないけど実際はエルマ先輩曰く、地獄である。 「しかし……スオムス人と扶桑人のカップルか……何と言うか……」 「……はっきり言ってくれよ……」 「いや、何でもない……それより贈り物は買えたのか?見たところ手ぶらのようだが」 火の点いた煙草を指に挟んで振って、私の方を示す。 このエリザベス・F・ビューリングという人はその容姿から受ける印象と内面に相違は無いらしい。 物事をよく見ていて、冷静で、的確だ。初めて会った時もそんな感じだった。 「ぐ……まだ……」 「その様子じゃあな」 やっぱりな、という顔で溜め息を吐かれた。 「指輪のデザインでも迷ってるのか?」 「ゆびっ!?そそそそそそそんなまだっ、は、早すぎるってば!!」 「ぶっ……くく……ひーっ、ひーっ」 素っ頓狂な事を言われて体が奥の方からかっかと熱くなるのがわかった。 恐らく今の私の顔は茹で上がったロブスターのように赤いんだろう。 隣の席ではまたも笑いを堪えて悶えるハルトマン。うざってぇー。 「は、初めてのプレゼントでゆ、ゆ、指輪とか!どんなだよ!?」 そんなのまるで、プロポーズみたいじゃないか。 いや、ミヤフジのことは大好きだし、ず、ずっと一緒にいたいと……思う……けど……。 ………………うぅ……と、とにかくまだ早すぎるんだ! まずはこう、手軽なものから段階を踏んで……。 「まるで百面相だな」 「たぶん新婚生活まで一瞬でシュミレートしたよ、こいつ」 妙に感心したような顔の店主と、にしし、と嫌な笑いを浮かべるハルトマンに見つめられていた。 うぐぐ……どんな顔してたんだろう。 「……まぁ、いきなり指輪なんて贈られても相手も困るだろうしな。じゃあ何を贈るつもりなんだ?」 「……服……とか。いつもの制服姿も嫌いじゃないんだけど、他の服を着たミヤフジも見てみたいというか……」 ハルトマンが入ってくると何かとややこしい上に、 私の精神衛生上大変よろしくないので少し離れた位置で店主に相談する事にした。 ちらりと遠くを確認すると、ハルトマンはご機嫌な様子で三個目のチーズケーキを頬張っている。 ケーキもう一個で手を打ってもらって少し離れてもらった。……よく飽きないな。 「服か。いい手かもしれないな。で?お相手はどんな子なんだ?それによって似合う服も変わるだろう」 「……小さくて、運動とかあんまり得意じゃなくて、ちょっとばかで、む、胸もあんまり大きくなくて……」 「……お前それのどこに惚れたんだ?」 うぅ……知るか!好きになっちゃったもんはしょうがないだろー! それにミヤフジだってダメなところばかりじゃないんだ。 料理が上手くて、正直で嘘がつけなくて、一途でまっすぐで。……それに、 「……笑顔が、すごく素敵なんだ」 「惚気か」 「ううううううるせー!聞いてきたのはそっちだろー!?」 「いやすまんすまん。あの生意気な餓鬼がここまで変わると正直面白い」 私ってそんなに変わったかなぁ……。 ……多分、変わったのはミヤフジのおかげだ。 私だけじゃなく、ミヤフジが来てから501のみんなが変わった気がする。性格とかじゃなくて、雰囲気が変わった。 何度も思ったけど、やっぱりミヤフジはすごい子なんだ。 「他に特徴は?できれば弱い所がいい」 「弱い所?なんでさ?」 長所を挙げろとはよく聞くが、短所を教えろなんて聞いたことが無い。 なんだか欠点を挙げていってばかにしてるみたいで少し心が痛んで、忍びない。 「足りない所は補い合えばいい、弱い所は支え合えばいい、とは誰の台詞だったか」 「は?」 「いや、こちらの話だ」 苦笑して、何かを思い出すような、少し遠い目をする店主。 何を想っているのか。誰を想っているのか。 「弱い所、ねぇ……」 言われて考え込む。弱い所……弱点……。 ……キスするとすぐふにゃふにゃになっちゃうところとか……いやいやいや、ばかか私は。言えるかそんなもん。 何か他に無いかと記憶を手繰り寄せていると、毛布にくるまったミヤフジの可愛らしい姿が浮かんできた。 「あ、そういや寒いのが苦手だなぁ。ミヤフジは」 「なんだそれを早く言え。それならもう決まったようなものじゃないか」 かちりかちりとジッポーを弄っていた店主が「それだ」とでも言うようにジッポーのフタをかちんと小気味よく鳴らした。 「へ?……あ、そうか。セーターとかあったかい服を贈ればいいのか」 「もう一ひねりするか。制服姿も好きならその上から羽織れる上着なんかがいいんじゃないのか?」 「あー……なるほどなー」 うんうんと頷いた。いいかもしれない。というか、それしかないかも。 「まぁ、それが正解だとは言わないが、参考にでもしてくれ」 「いや、参考になったよ。ハルトマンにも意見聞いたけど、いろいろ総合してこれになったって感じ」 いつも使ってもらえるもの、弱い所を補えるもの。……まぁ冬の間だけだけど。 「そうか。まぁ頑張れ」 そう言って店主は興味が無くなった、とでも言うようにマグカップを手にとって傾けた。 「ねぇ、エイラさん今日どこに行ってたの?」 ベッドの端に腰掛けて、足をぶらぶら振りながらミヤフジが聞いてきた。 夕食前のエアポケットみたいな時間を持て余して、同じく暇そうにしていたミヤフジとお喋りしている。 「んー?ちょっと買い物」 明後日の方向を見つつ、頬をぽりぽりと掻きながら歯切れ悪く答えた。 一応、プレゼントを贈る事はまだ秘密だ。いきなり渡してびっくりさせたいし。 まぁ、もしかしたらもうバレてるのかもしれないけど、一応秘密だ。その方が、楽しいし。 「わたしも一緒に行きたかったなぁ。エイラさんと買い物」 「そ、そうか?じゃ、また今度非番が重なったら、二人で行くかー?」 そういえば二人だけで買い物なんて行った事が無い。付き合い始めてもう4ヶ月くらい経つってのに。 行くならできればクリスマス以降がいい。贈ったコートを着てもらって、二人で手とか繋いだりしてさ。 これってデートの約束をしてるんだろうか。……うわ、なんか照れてきた。 「うん、約束だよ」 赤くなってる(と思う)私を気にもかけずに、ミヤフジが小指を差し出してくる。 なんだこれ、と不思議そうに質問する。 「扶桑で約束する時にするの。小指同士を絡めて、約束破ったら針千本飲ます〜指切った、って」 「……扶桑って物騒なとこなんだなー」 少し引いた。 針千本飲ませて更に指を斬るとは、殺す気なのか。 「あはは、ものの例えだよ」 「……まぁ、そんな事されるんなら約束は守らなきゃなー」 差し出された右の小指に、私も右の小指を絡めた。 私よりも一回り程小さい指の、柔らかな触り心地に少しどきどきする。 小指同士を絡ませたまま、二度三度上下に振って、解いた。 「えへへぇ……楽しみ」 はにかむような笑顔。 あぁ、うん。これだ。この笑顔をずっと見ていたいんだ、私は。 だから、悩んで迷って、どうにか決めた。……喜んでくれるかな。笑顔に、なってくれるかな。 腰を浮かせて、距離を詰める。腕を回して、抱き寄せた。 「ぎゅー……」 「んぅ?どうしたの、急に」 「いいじゃん、別に」 「変なエイラさん。……えへへぇ」 そうは言うけど嬉しそうじゃん。あー、柔らかくて、あったかい。 ミヤフジのさらさらの髪に頬を擦り付ける。 微かに香ってくるミヤフジのいい匂いが、鼻腔をくすぐった。 「……くさい」 「うぇっ!?」 ミヤフジの急な一言に驚いて飛び退いて、変な声が出た。 確かに今日はロンドンじゅう……とは言わないけど結構歩き回ったから汗とかかいちゃったのかな。 思わず自分の服の匂いをすんすん、と嗅いだ。 「そ、そんなにくさいか?……自分ではよくわかんないけど」 「なんだろ……汗くさいとかじゃなくて、煙草……かな?」 「あ、そうか」 あの喫茶店に入ったからか。常時、というわけではなかったけど、店主は何本も煙草を吸っていた。 店内もちょっと臭っていたから、煙草の臭いがついちゃったのかな。 「エイラさん、もしかして煙草吸ったの?」 「吸ってないよ!」 むぅ、と眉根を寄せて頬を膨らませて、私を見上げてくる。 さすがにそれは話が飛躍しすぎじゃないか?それに、私だって煙草の匂いなんて好きじゃない。 「ほんとー?」 「ホントだってば」 ジト目で更に見つめられる。 普通なら人相が悪いなんて言われるんだろうけど、ミヤフジがやるとなんかかわいい。 「……じゃ、じゃあ、確認」 「へ?」 そう言って、目を閉じるミヤフジ。心なしか頬が紅潮している。 んんっ、とか言いながら唇を突き出された。 ……おねだりするならもうちょっとマシな理由はなかったのかね? いや、うん……少し、いやかなりどきどきするけどさ。 たぶん私も赤い顔をしてぎゅっと目を瞑るミヤフジを見ているんだろう。 おずおずと、突き出された唇に私のそれを重ねた。 控えめに触れたあと、体を支える左手に重心を預けると、ベッドが小さくきし、と鳴った。 少し力の抜けたミヤフジの唇を割り入って、恐る恐る舌を侵入させた。 「……ん……はっ」 驚いたように声を上げるミヤフジに構わず唾液を交換する。 確認、そう、これは確認なんだ。ミヤフジがそう言ったんだから。 少しばかりそうして、どちらともなく離れたあと、おでこ同士をこつりと合わせた。 「ど、どう?」 「……うん、いつも、通り……」 味がか。私との、キスの味。うぅ……なんか無性に照れ臭い。 こんなに思いっきり味なんてものを意識して口付けたのは初めてだ。 ミヤフジがヘンなこと言うから……。目が泳いでしまって、合わせられない。 「そ、そろそろお夕食の時間だよ!はやく行かないといいの取られちゃうかも!」 「そうだなー!じゃあもう行くかー!」 照れ隠しのように大声を上げたミヤフジに今は乗っかることにした。 こんな妙な空気にはちょっと耐えられない。リセット。うん、リセットだ。 「はやく行こっ!」 ぐいっと手を引かれる。あの時とはまるで逆だ。 ふと、奥の奥にプレゼントを仕舞い込んだクローゼットに目が行った。 あと少しでクリスマス。ギリギリ、なんとか間に合った。ハルトマンとビューさんに感謝だ。 偶然入った喫茶店のおかげかな、なんてやっぱり少し縁を感じた。 「ほらっ、エイラさーん」 急かすミヤフジに軽く手を振って応えて、クローゼットから視線を外した。 また今度、一緒に行ってみようかな。あの煙草くさい喫茶店に。コーヒー、美味かったし。 ちょっと気が早いような気がするけど、デートコースを組み立てながら自室のドアを閉める。 廊下の少し先でミヤフジがくすりと笑った。 ……私、今どんなだらしない顔してるんだろう。 少し考えたけど、まぁいいや、と駆け出した。 ※言い訳※ ・店名の由来はもちろんスオムスいらん子中隊7人。 ・ザベスの元ネタの人は酒も煙草もやらない人だったらしい。じゃあもういろいろ逆にしちゃおう、ってことでブリタニアで開店させてみた。 ・記録集4巻によるとエイラさんはカウハバ出身じゃないそうで。でも転戦してた、ってことでカウハバにもよく顔を出してたって脳内妄想。 ・年越し直前だけどクリスマス前ネタだという。ネタ自体はもうちょっとだけあるんだけど。