よしこ×エイラSS1.4 「ヘリウム」 芳佳視点 やっぱりわたしは恋をしてるんだなぁ。 一向に動かない箸を見ながらそう思う。 わたしの中のその気持ちは、日増しにどんどん膨れ上がっていく。 「よしかちゃん、食欲ないの?病気?」 さっきから減りもしないお昼ごはんを見て、リーネちゃんが心配そうに顔を覗き込んできた。 だいじょうぶだよ、なんて笑ってみせるけど、その顔の曇りは晴れていないようで、リーネちゃんの顔にも陰りが見える。 食欲が無いわけじゃないの。病気というわけでもないの。だから心配しなくてもいいんだよ。 ……いや、やっぱり病気なのかな。恋っていう不治の病。 「ほんとに大丈夫だってば。ちょっと考え事してるだけだから」 「悩みでもあるの?相談に乗るよ?」 優しいリーネちゃんが提案してくれる。……けどダメなんだ。相談なんてできやしない。 この気持ちは知られちゃダメなの。きっと、普通じゃない感情だから。 「だいじょうぶだいじょうぶ!わたしはいつも通り元気だよ!」 空元気を振り絞って気丈に振舞った。けれど、傍目にもすぐわかるくらいわたしの演技は下手なんだろう。 右手に握った箸はいまだ動かず、じっと料理を見つめて固まってしまうわたし。どこからどう見ても変、としか言いようがない。 最終的に「無理はしないでね」とだけ言って席を立つリーネちゃん。食堂を出て行く際も心配そうに何度もわたしの席を振り返っていた。 うぅ……心配、かけちゃったなぁ。 はあぁ、と自己嫌悪の溜め息を吐いたあと、無意識に振り向いて食堂の入口を見ながらひとりごちた。 「……来ないのかな」 本当に食欲が無いわけじゃない。正直に白状すると、わたしはずっと待っている。彼女が、エイラさんがここに来るのを。 会って何を話せばいいのかはわからないし、エイラさんは起きる時間が不規則だから、必ずしも昼食の時間内に食堂に現れるとは限らない。 けれどやっぱりわたしはちょっとだけ、期待してしまうんだ。エイラさんと、少しだけでも一緒の時間が過ごせたらなぁ、って。 はぁ、とまた溜め息をひとつ吐く。高望みしすぎかなぁなんて思ったあと、重い箸を動かして、おかずを一口頬張った。 「……おいしくない」 食べ始めてから時間が経ってすっかり冷めてしまったそれを、もぐもぐと無理矢理に咀嚼する。 あったかいうちはみんな美味しいって褒めてくれた私が作ったお昼ご飯も、いつのまにか味気がなくなっていた。 ……もう潮時かな。時計を見ればもうすぐ13時。そろそろ食べ終えないとお洗濯の時間が無くなってしまう。 浮かない顔のまま、湯気の出ていないお味噌汁に手を伸ばした。 「……わっ!!」 「ひゃああっ!?」 食堂に誰も居なくなって油断していた所を、背後から急に声を掛けられて心臓が止まるかと思った。 右手に握った箸を取り落としそうになって、慌てて両手でしっかりと掴む。 突然の不意打ちにどきどきと鳴る心臓を抑えつつ、いったい誰のいたずらだろうかと振り向くと 「にっひっひ。なんだ?一人で寂しく昼飯か?」 そこに、いた。 途端、抑えたはずの心臓がさっきとは違うどきどきで高鳴っていく。 顔がかぁ、と熱くなって、口の中が急激に乾いていって、何かを喋ろうとしてもなかなか舌が回らない。 この時間ならこんにちは、と挨拶すればいいのか、それとも貴女は起きたばかりだろうからおはよう、なのか。 第一声の言葉を選んでいるうちに、頭の中がぐちゃぐちゃになって、何も考えられなくなる。 真っ白になった頭の中で、唯一考えられたのは、彼女のきれいな名前だけ。 「は、あ、エ、エイラ、さん」 「おはよ、ミヤフジ。そんなに驚いてもらえるとこっちもおどかし甲斐があるよ」 緊張でしどろもどろになるわたしに構わず、にしし、なんて歯を見せて笑いながら髪の毛をもみくちゃにされた。 そのいたずらっぽい笑顔が眩しくて、わしわしと髪の毛を掻き混ぜる手が気持ちよくて。わたしは思わず目を細める。 不意に、頭を撫でてくれる手が離れたかと思うと、今度は頬っぺたをむにむにとつねられた。 「ミヤフジー?おはようはどうしたおはようはー?」 「ふあ?ほ、ほひゃよう、えいらひゃん」 つい笑顔に見惚れてしまって、挨拶を返すタイミングを失ってしまっていた。 慌てて返してみるものの、頬っぺたをつねられたままなので変な発音になってしまう。 それでもちゃんと挨拶を返されてエイラさんは満足したのか、つねる手を離してぽんぽん、と頭を軽く叩いてくれた。 「よしよし、おはよう」 「……あぅ」 ……この人は無意識にこんなことをやってのけているのだろうか。 わたしのように落ち込んで元気の無い人を見つければ、エイラさんは今わたしにしたことを躊躇いもなくするんだろう。 肌に触れて、髪を撫でて、ちょっと痛いくらいのスキンシップをして、その人に元気を分けてあげるんだ。 その反応が怒りでも、たぶんエイラさんは構わないんだろう。しょんぼりしてるより、怒っている方がエネルギーに満ちているから。 エイラさんは優しい。もう、どうしようもないくらいに優しくて、その優しさを受けるのが少し、つらい。 だって、勘違いをしてしまいそうだから。そんなに優しくされると、もっと好きになってしまいそうだから。 好きになっちゃいけないのに、好きになってしまったから。……だから、つらい。 「……あのっ」 なのに。 「ん?」 「ご、ごはん、一緒に食べていい?」 少しだけでも一緒にいたいんだ。 「お、おいしい?」 控えめに、隣の席でもぐもぐと料理を頬張るエイラさんに聞く。 もりもり食べてくれてるから口に合わないということは無いだろうけど、なんとなく、聞きたかった。 たぶん、エイラさんの口から、「美味しい」って言葉を聞きたかったんだと思う。 「ふつー」 「ええっ!?おいしくなかった!?」 それって、まずくは無いけどおいしくもないってことなのかな……。 だとしたら相当にショックだ。もし、我慢して食べてくれてるのだとしたら、すごく申し訳ない気持ちになる。 聞くんじゃなかった。どうしよう、涙が出そう。 「そうは言ってないだろー?」 「ふぇ?」 なんでもない、というような口調の声に、悲しさとか申し訳なさが込み上げてきて涙目になりかけた顔を上げた。 ちょっと不満げというか、眉間に皺を寄せてジト目で見つめられる。 「ミヤフジはこれ、失敗したと思ってんの?」 「え……」 失敗なんてしてない……つもりだ。いつも通り、手癖みたいな感覚で無意識に作った。 お塩もお砂糖もお醤油も、目分量だけど適量は腕にしっかり染み付いている。 「これで失敗作だってんなら結構イヤミだぞー?」 「そ、そんな……嫌味なんて」 「変に力んで失敗するより、いつも通り作っていつも通りの味を出せればそれでいいと思うよ、私は」 そう言ってお味噌汁をずずず、と啜るエイラさん。 ……これって褒められたのかな? エイラさんはいつも不思議な言い回しをするから、煙に巻かれたような気分になる。 「それに、扶桑料理の美味さの上限なんて私にはわかんないけど、私はミヤフジの料理は美味くて好きだな」 「す……っ!ええっ!?」 ふわふわした表現をされたと思ったら、急に具体的に褒められて慌ててしまった。 それどころか……好き、とか言われちゃったよ……。 たとえわたし自身に向けられた言葉じゃなくても、エイラさんの口からそんな事を言われるとそれだけでどきどきが止まらなくなる。 そんな些細な一言で冷静さを失うあたり、再確認させられた。 わたし、やっぱりこの人の事が好きなんだ。 「ナニ驚いてんだよー?美味いか不味いか聞いてきたのはそっちじゃんかー」 「う、うん……ごめんね」 「なんで謝るんだ?褒められたんだから素直に喜ぶか照れるかしろってば」 喜んでます。照れてます。貴女に褒められて、嬉しくてなんだか申し訳ないくらいに幸せです。 ?を浮かべて不思議そうに見つめてくるエイラさんの顔を見続けることができなくなって、また顔を伏せた。 鏡を見なくてもわかる。今のわたしはきっと茹でダコみたいなんだろうな。 「はうぅ……」 「……なんか行き過ぎなくらい顔赤いぞ?食欲無いみたいだし熱でもあるんじゃない?」 「そそ、そんなことないって!」 「そうかー?医者の……ホラ、なんとかって言うし油断してるんじゃないの?」 「だい……っ!」 別の意味で油断していたわたしの声を遮るようにして、おでこに手が添えられた。 前髪を掻き分けて触れてくるその白くて綺麗な手の肌触りのよさに、思わず言葉を飲み込んでしまう。 たぶん、エイラさんにしてみればなんてことない行動なんだろうけど、わたしにとっては一大事だった。 触れられるだけで、お話しするだけで……ううん、そばにいるだけでこんなにもどきどきして、顔がどんどん熱くなっていく。 こんなにも、触れ合えるくらい近くにいるのに。貴女のことが好きですって伝えたいのに。拒絶されることが怖くて何も言い出せない。 ……いや、もし伝えたとしても、きっと貴女は別の好きとして受け取ってしまうんだろう。 そう思った途端、切なさで胸が張り裂けそうになって、おでこに触れている手の温もりが少しだけちりちりと痛んだ。 「……やっぱちょっと熱あるっぽいなぁ」 「へ、平気だよ!このくらいへっちゃら!」 ついさっきのリーネちゃんの時と同じように空元気を見せた。 そうでもして自分を誤魔化さないと、ぽきりと折れて崩れてしまいそうだから。 そんなわたしの内心を見抜いているのか、エイラさんは疑うような視線を向けてきた。 「……ホントかぁ?ミヤフジって加減とか知らなさそうだし、無理してるように見えるなー」 「う……」 「ホラ、図星だろ?」 いつものどこか眠そうな、優しい目からは想像もつかない鋭い目線で射抜かれて、ガッツポーズのまま固まるわたし。 鋭い……ようなそうでもないような。けど、的は得ている。事実わたしは言い返せないでいた。 空元気なのはその通りだし、力の抜きどころを知らない性格なのも重々自覚している。 でも、どうしようもないんだもん。……いえないよ、こんなこと。 わたしは、すれすれのところで何とか踏みとどまっている。 「……ちがうよ」 「嘘だぁ」 そう、嘘。 ぜんぶ図星。 言いたいことがわたしの中でどんどん溜まって風船みたいに膨らんで、今にも破裂しそう。 その出口がどこも開いていない風船が割れてしまったらどうなってしまうんだろう。 ……だいたい予想がつく。きっとこの人に、エイラさんに抱きついて子供みたいにわんわん泣いて、困らせてしまうんだ。 そして優しい貴女はそんなわたしを突っぱねない。そんな気がする。 そう思うと、また風船が膨らんだ。もう薄皮一枚しか残っていなくて、爆発寸前だ。 「あー、もう!無理すんなってば!」 「ふぁっ!?」 いつの間にか俯いていたわたしを見かねてか、軽くおでこにチョップをされた。痛いのに、嬉しい。すごく変な感じ。 エイラさんが自分の髪の毛をわしゃわしゃとかきむしったかと思うと、間髪入れずに腕を掴まれてぐいっと椅子から立ち上がらされた。 そのままずんずんと食堂の出口まで引っ張られていく。 「エ、エイラさんっ?」 「気晴らし行くぞ!リーネ誘ってロンドン案内してもらおう!」 「へ!?お、お昼はっ!?」 振り返って見てみると、わたしのお盆の上は言わずもがな、エイラさんのお皿の料理も半分ほどしか減ってない。 「知るかっ!ハラ減ったら買い食いでもすりゃいい!あー、ルッキーニもどうせ暇だろうから誘うか!」 「お皿とかっ、片付けないとっ!」 「きっと誰かやってくれるだろ!……とにかく!」 足を止めてエイラさんがこちらを振り返った。 怒ったような表情で、まっすぐわたしを見つめてきた。 「いつも元気なはずのミヤフジが落ち込んでると、なんかチョーシ狂うんだよ!気晴らしとか、ガス抜きとか……とにかく気分転換!」 「……はぁ」 「わかったらさっさと行くぞ!パーッと遊んで、明日になったらいつも通りだ!」 言い放った後、呆けるわたしに構わずにまたぐいぐいと腕を引っ張られた。 ……エイラさんはわたしをいつもの状態に戻そうとしてくれているんだ。 柱時計のねじを回すように、わたしが傷を癒すように。この人はわたしの心を治そうとしてくれている。 ……やっぱりエイラさんは優しい。そしてわたしはそんなエイラさんの事が好き。 もう、耐えられない。そう、これはガス抜きだから。 「……ねぇ、エイラさん」 「なんだー?」 引っ張られながら言う。エイラさんも引っ張りながら聞いてくれた。 少しだけ深呼吸。心を落ち着けて。……うん、よし。 「好き」 言った途端、心の中がすっと軽くなった。 あぁ、たった一言を口にするだけで、こんなにも心は晴れやかだ。 「っは!?あ!?え?な、なに!?」 わたしの素っ頓狂な一言に、前を歩いていたエイラさんが立ち止まって、慌てだした。 ……ごめんね。困らせちゃって。だから少しだけ、フォローするね。 「だってほら、エイラさんって優しいし!この前の夜の戦闘とか、すごく格好よかったもん。頼れる先輩って感じ!」 「……な、なんだ?急にベタ褒めでなんか気味悪いぞ?」 うん。わかってる。だから、ちょっとだけ言葉を借りるね。 ……今日だけだから。 「褒めてるんだから素直に喜ぶか照れるかしてよー?」 緩んだ手を解いて腕を組んで、怒りのポーズを顕した。 ……迫力があるかどうかについては自信ないけど。 「……へ?あ、あぁ、なんだびっくりした。もっと褒めてもいいんだぞー」 誤解じゃない誤解を解くと、急にいつものエイラさんの態度に戻った。ちょっと偉そうで、すこしかわいい。 気づいてないんだろうな。さっきの言葉は全部、嘘偽り無い私の本心なんだよ。 貴女はいつだって優しくて、格好よくて、頼れるわたしの大好きな人なんだよ。 わたしと貴女じゃ「好き」の意味がすれ違っているけれど、今はまだこれで十分幸せ。 好きな人に「好き」って言う。たったそれだけでわたしの中の風船はちょうどいい大きさでふわふわと浮かぶのだ。 「エイラさんかっこいい!エイラさん大好き!」 「そーだろそーだろ」 昂ぶった気持ちに身を任せて、どさくさに紛れて、好きの前に「大」をつけた。冗談と受け取ったのか、貴女は得意満面で笑っている。 自分に嘘は吐いてない。受け取り方が違うだけ。言い訳のように自嘲して、並んで歩き出した。 お友達から始めましょう。そんな恋文の決まり文句が頭をよぎる。 お友達でいいから、そばに居させてください。一方通行でもいいから、好きと言わせてください。 「……ばかだなぁ、わたし」 聞こえないように呟いて、また前を向いた。 ふわふわ漂うわたしのこころ。 好きって気持ちを一杯つめて、いつか届けと手を離す。 ばかなわたしの片思い。 ※言い訳※ ・1と1.5の間のお話。ちょっと短めです。いつもの如くまとめきれてないね! ・書きたい事は山ほどあるのに、ちっとも気の利いた文が浮かばない。メモと書きかけのtxtファイルばかりが増えていく。ぬぅ、気晴らししなきゃ。 ・基地探訪の映像記録3と国際情報8は非常にご褒美でした。芳→イラ視点で見てみるとちょっとローリン。俺だけですかそうですか。 ・あ、そういえばあけましておめでとうございます。ご迷惑でなければ今年もどうか俺の妄想にお付き合いくださいませ。