「…んん」 ふと目が覚めた。 夜間哨戒を途中で切り上げてから寝たから、 他のみんなよりはきっと遅い時間だ。 むくりと起き上がる。 ベッドには、哨戒任務をしっかり果たしたサーニャが静かな寝息を立てていた。 また部屋間違え…とは違うよな。 たぶん、私の隣に来てくれたんだよな。 …頬がゆるんでいくのを抑えられない。 いや自意識過剰なだけかも知れないんだけどさぁ。 それにしても綺麗だなぁ。ほんとに。 思わず手を伸ばして髪に触る。 さらさらというか、ふわふわ。 大事に触れないといけない、と思う。 …でも、もうちょっとだけ。 というわけで、続けてほっぺたをつついてみる。 ふにふに。マジふにふに。 こんなにやーらかいものがこの他にあろうか。いやない。 ずっとこうしてても飽きないなぁ…と思っていると 「…ふ…んう」 とサーニャの唇から声が漏れた。 やべ。ちょっと調子に乗りすぎた。 …と思うと同時に寝息の漏れた唇から目が離せなくなる。 キス…しちゃったん、だよな。 あの口に。 ほっぺとかじゃなくて。 まだ信じられなかったりする。 我ながら情けないけど。 あの時を思い出しながら、ゆっくりと指を近づける。 …まさか自分にあんな行動力があるとは思わなかったし、 そもそもサーニャとそんな事が出来る関係になれるなんて、 夢見てはいたけれど、叶うなんて思ってなかったし。 思わず再確認したくなっても…仕方ないんじゃないかな。仕方ないよ。うん。 「すー…」 その時指にサーニャの寝息が当たった。 暖かさではっと我に返る。 い、いかん! サーニャが寝てる隙に好き放題だなんていかんよ! 私のバカ! 頭をぶんぶん振りながら立ち上がる。 このままサーニャの寝顔を見つめてると色々我慢できなくなりそうだ。 なんかやたら晴れてるし、少し散歩でもして頭を冷やそう。 …その前にサーニャの服たたんでから。 私の邪念とは裏腹に、 外は雲ひとつない晴天が広がっていた。 うん、爽やかな気分になれる。 …でもまだサーニャの寝顔見るのは危ないな。 特に目的もなくぷらぷらと歩いていると、 隅の方で背を丸めている人物が目に入った。 「…ペリーヌ? 何やってんだあいつ?」 腹痛でうずくまってる…ていうような不穏な雰囲気はない。 とにかく遠目じゃよくわからないな。 そっちに足を向ける事にした。 「…あぁ、ハーブの手入れしてたのか。おはよーさん」 ペリーヌがかがんでいる場所は、 彼女が持ち込んだハーブ類の畑だった。 「お早くありませんわよ、しっかり朝食を摂らないと美容によくありませんわよ?」 とっくに私の気配に気付いていたのか、振り返りもせずペリーヌが答える。 「あーうん、でも一人で食べるのもなー」 「サーニャさんは…お休みなのでしょうね。仕方ありませんわね、私が付き合って差し上げてもよろしくてよ?」 立ち上がりながら、ペリーヌが意外な事を言い出した。 「お、なんだなんだ、こんな晴れてるのに雨でも降りそうだな」 「失礼ですわね! 私じゃご不満でして!?」 相変わらずからかい甲斐あるなーこいつ。 「いや、妙に付き合いいいなと思って」 「ちょうど畑の手入れに人手が欲しいと思っておりましたの。食べ終わったらよろしくお願いしますわ」 「…ちゃっかりしてんなぁ」 キッチンには皿に取り分けられている朝食が残っていた。 トースターにパンをセットして、皿をテーブルに運ぶ。 準備これだけ。 宮藤とリーネが来てから随分楽になってるよなぁ。 「片付かないってぼやいてましたわよ」 先にテーブルについているペリーヌにチクリと言われる。 「あー、うん、ちょい申し訳ないなー」 確かにもうちょい早く起きれたら助かるんだろうなー。 そもそも軍にいるのに寝坊が許されるってのもすごいよな。 「全く…ネウロイの行動周期も安定していないのですから、あんまり皆様に甘えていては困りますわよ」 「んー」 目玉焼きをパクつきながら生返事。 いちいち正論なので、納得はしてる。 「ところで…気が利きませんわね」 「は?」 「付き合って差し上げているのですから、お茶の一杯も用意するのが嗜みというものではなくて?」 「…へいへい、気がつきませんで。私の淹れ方てきとーだぞ?」 もうちょい可愛げのある言い方出来ないもんかね。 やれやれと腰を上げる。 「…お待ちになって。せっかくだから私が淹れて差し上げます。準備してきますわ」 席を立ち、すたすたと歩いていくペリーヌ。 「いや準備も何も厨房に一揃いある…行っちゃった。なんだアイツ」 呆ける私をバカにするように、キッチンのトースターがチン!と音を立てた。 …お湯ぐらいは沸かしといてやるか。 水を張った鍋を火にかけて、パンにバターを塗っていると、ペリーヌが戻ってきた。 かわいらしい小さな瓶を2,3個持っている。 「なんだそれ、怪しげな薬とかじゃないだろーな」 「…貴女、私を何だと思ってますの? ガリアから伝わる由緒正しき薬草ですわよ!」 「なんだ、結局薬なのか。つーかこないだのハーブ?」 「ええ、不評でしたので色々試してみてますの。感想をお聞かせ下さいまし」 それぞれの瓶の中身は乾燥させた花びらだの葉っぱだの。 それをカチャカチャと匙で掬い取ってティーポットに移している。 「ふーん、私の舌がどれだけ基準になるかはわかんないけど…こだわるなー」 「…ええ。譲れませんわよ」 ペリーヌが静かに答えた。 パンとティーカップを持ってテーブルに戻る。 前回は…ぶっちゃけ、その。 味がほとんどなかった。 苦水って感じ。 それがどれほどのものになってるか不安ではあるけど、 淹れてくれるってのを断るほど野暮じゃないつもりだ。 「さ、忌憚のない感想をお願いしますわ」 ペリーヌが私のカップにお茶を注ぐ。 …お。 香りが前回より際立ってる気がする。 期待を高めつつ口に含んでみると、すごく爽やかで驚いた。 「おーなんだこれ。前と段違いじゃないか」 「そ、そうかしら? おいしくいただけまして?」 表情を和らげるペリーヌ。 「いやうん、これ普通に飲めるよ。うまいうまい」 「マリーゴールドは単体では風味が弱いらしいので…レモンバーベナとタイムをブレンドしてみましたの」 詳しいハーブの種類とかはよくわかんないけど。 「目にいいとかっていうハーブも入ってるんだよな?  今度サーニャにも淹れてやってくれよ、喜ぶと思うよ」 お茶の香りで目が覚めたので、食欲も出てきた。 朝食を口に運びながら言う。 「…貴女がサーニャさんに薦めるという事は、お世辞じゃないと受け取っても良さそうですわね」 「? なんだそれ?」 「貴女は、口に合わなかったものをサーニャさんに食べさせようとお思いになりまして?」 うん。それはまずないな。 サーニャが口にする前に私が全部食べてやる。 「ですからサーニャさんが引き合いに出てくるなら、おいしいと仰るのも本音だろうという事ですわよ」 「な、なんだよー、元から私はお世辞なんて言わないぞー」 「念を押したかっただけですわよ、フフ」 ペリーヌのくせに余裕たっぷりで悔しい。 いつも私がからかってやってんのに。 「んで、何だって淹れ直しなんて始めたんだ?」 「決まってますわ、名誉のためですわよ。  代々伝わるハーブが私のためにまずいと思われたままなんて我慢なりませんわ!」 鼻息も荒く答えるペリーヌ。 「薬ならまずくて当然って気もするけどなー。そっちの方が効きそうだし」 「私はお婆様、お母様のお茶をまずいと思った事はありませんもの、  私もその味を残していかなければなりませんわ!」 これだけペリーヌがムキになるんだ、 …さぞいい家庭だったんだろうな。 それを失ってしまった心の内は…私には想像する事も出来ないんだろう。 何と声をかけたらいいのか一瞬迷ってしまう。 「お婆様が持たせてくれたマリーゴールドの種、花言葉はご存知でして?」 「うんにゃ」 私の迷いを見てとったのか、ペリーヌの顔にもかげりが差したように見えた。 「『生きる』…ですのよ。  私が飛ぶ前はいつも心配して下さいましたわ」 「…ホントに優しい人だったんだな」 「ええ、それはもう」 私の言葉に、今度はにっこり微笑むペリーヌ。 こいつ、ホントはすごく強いんじゃないか。 こんなに頼もしく見えるのは初めてだよ。 …やれやれ。 こうなったんじゃハーブ畑の手入れにも気合入っちゃうな。 そう思って朝食をかっこむ。 「行儀が悪くてよ…あ、貴女! せっかく淹れて差し上げたのだからもうちょっと味わってお飲みなさい!」 ええいうるさい。 多少急いで飲んでも風味は楽しめるほどしっかりした味になってるよ。 「ん、ごちそーさん。心配しなくてもホントおいしかったよ。  サーニャだけじゃなくて坂本少佐にも出せるって」 「な! わたく、私は、坂本少佐の気を引こうとか、そういうつもりじゃ…!」 「あの人ストレートだかんなー。  『うまい茶だ、これから毎日でも淹れてくれないかペリーヌ』ぐらいは言っちゃうかもなー」 「そんな…私で良ければこれからずっと…な、何を言わせますの!」 「あっはっは、マジで少佐に言っちゃえよー」 「言えたら苦労しませんわよ!」 あー、これでこそペリーヌだなー。 変に安心する。 「さ、じゃあ少佐に飲んでもらうためにも畑行くかー。  私なんにもわかんないから指示出しよろしくぅ」 「…もう! 思う存分重労働させて差し上げますわ!」 ごめんなサーニャ、今日は起きた時に傍にいてあげられないかも。 でも、その分うまーいハーブティをご馳走するからな。 色んな人の想いのこもったお茶を。 「…んん」 ふと目が覚めた。 例によって哨戒明けに寝たから、起きるのも中途半端な時刻。 起き上がって、ゆっくりと周りを見渡す。 しかしエイラはそこにはいなかった。 「…ちぇ」 そりゃあ確かに私が目を覚ます時刻はまちまちだし。 エイラにもエイラの都合があるし。 仕方ない。うん仕方ない。 目が覚めた時に傍にいてくれなかったってだけで怒ってちゃ、 エイラに嫌われちゃう。 そう自分に言い聞かせながら服を着替え、 エイラを探しに行こうかと部屋のドアを開けると、 そこに偶然ハルトマンさんがいた。 「あ、おっはよサーニャ。今日もエイラの部屋で寝てたんだ」 明るく話しかけてくれる。 まだ寝起きだからとっさに声が出なくて、こくりと頷いた。 「いやいやお熱い事でー。一線を越える場合は事前に言うんだよー」 …言えるわけがない。そんなの。 エイラがどこにいるか聞こうと思ったのに、 そんな事言われると恥ずかしくて言えない…。 顔を赤らめていると、先読みしたみたいに 「んー、当のエイラは今どこにいるかわかんないなー」 との事。 この基地はすごく広いから、探すのも大変だ。困った。 魔法使っちゃおうかな、と考えていると、 「せっかくだし、たまにはお話しない? 色々聞きたいこともあるしさー、うひひ」 微笑んで…というより、ニヤニヤとしてハルトマンさんが誘ってくれた。 なんだかんだで、ハルトマンさんは私がこの部隊に来てから すごくよくしてくれる、と思う。 口下手な私に何かと話しかけてくれたりする。 階級が同じだったり、昼は眠そうだったり、 色々共通してる所もあるからかな。 そんな事を思いながら、てくてくと歩くハルトマンさんに着いて行く。 着いたのは食堂。 「お、誰もいなーい。ラッキー♪」 ハルトマンさんが両手を広げる。 「これで他の人を気にせず根掘り葉掘り聞けるってもんだ、んっふっふっふ」 …さっきから一体何を聞こうとしてるんだろう…。 少し不安になったので、とりあえず 「あの…お茶淹れてきますね…」 一旦退避する事にする。 「あーごめんねー、別に食堂じゃなくても良かったんだけどさ、  私の部屋はアレだからー」 相変わらず掃除はしない主義みたいだ。 「んで? エイラとはどこまで行ったのー?」 ティーカップをテーブルに置くか置かないかの時点で ハルトマンさんがいきなり核心を突いてきた。 …まぁさっきから散々前置きされたから、カップを取り落としたりするほど動揺はしなかったけど。 「ど、どこまでって…その…」 「エイラもいい加減奥手だけどさー、さすがにちゅーぐらいはした? どうよ?」 ストレートな追求なだけに、この人には隠せない、と思ってしまう。 少しだけ覚悟をして、小さく声を絞り出す。 「……う、うん…こないだ、その…」 「ええー!? マジで!? どっちから、どっちからしたの!?」 「え、エイラが…」 「っほお〜…あのエイラがねぇ…ふぅーむ」 ヤケに嬉しそうなハルトマンさん。 私は…恥ずかしくもあったけど、 あの日の事は嬉しすぎて一人で抱えきれないと思っていたから、 こうやって人に話せるのは…何だかホッとする。 …秘密にしておけなくてごめんね、エイラ。 「いい加減ねぇ、サーニャにだけは手ぇ出さないもんだから見てるこっちがハラハラしてたんだよ」 ハルトマンさんの呟きが少しだけひっかかった。 「私に…だけ?」 「うん、リーネのおっぱい触った時もあったけどさ、私もやられてるんだよー。何だろねあの手の早さは」 「………」 またか。 またしてもか。 「んお? も、もしかしてまずった? おーいサーニャー?」 「うん…大丈夫…」 無理に笑おうとしたけど、余計迫力が出たのかも知れない。 ハルトマンさんが更に慌てた。 「ちょ、ミーナじゃないんだから、怖いって! 落ち着けー、どうどう」 …と言われても。 「いや何てゆーかそういうんじゃなくてね、私が自己紹介したら  『ホントに私より年上?』って、こう、むんずと。  年齢確認のためだよ、ほんっと失礼しちゃうよね」 ぷくぅと頬を膨らませるハルトマンさん。 「うん…リーネさんも緊張ほぐすため、って言ってた…」 「そうそう、意識してない相手ほど気軽にやっちゃうんだよあの子。なおさら失礼だよ。  ま、そんなわけでー、誰かさんは意識されまくってる、と」 「う、うん…」 ハルトマンさんが下から覗き込んでくる。 うう…俯いてもかわせない…。 「にしても、サーニャが怒っちゃうって事はボディタッチはまだかな。  んー、まぁちゅーしただけでも大したもんか」 …うん。私も驚いた。ドキドキした。 「んっふふー、良かったね、サーニャ」 「…うん…」 何だかすごく嬉しそうに言ってくれるハルトマンさん。 私たちの関係を祝福してくれてるみたいで、私も嬉しい。 「もーねー、あんまりじれったいもんだから、最近はどうやってけしかけようかって考えてたとこだったんだ」 「…けしかけるって?」 「そりゃーエイラがどうしたらサーニャを押し倒す状況になるかとか」 さらっとすごい事を言うから、顔が火を吹きそうになる。 「いやサーニャが押し倒すってのもアリかな。むしろそっちが早いっぽい」 「わ、私…そんな…!」 一瞬エイラを組み敷く私を想像して、慌てて頭を振る。 わ、私だって、そういうのはまだ…その、怖い。 「ありゃ? さすがにまだ早かったかな?」 こくこく。 「うーん、こりゃまだまだけしかけ案を考えとかないとなー」 悪戯っぽく笑うハルトマンさんにどう答えたものか考えていると。 「あー! ここにいたのかサーニャー」 当のエイラが食堂に入ってきた。 小走りにこっちに駆け寄ってくる途中、 ハルトマンさんの姿を認めてエイラが少し警戒する顔になる。 「…なんか変な事サーニャに吹き込んでないだろーな?」 「さー? どーでしょー?」 「……。大丈夫かサーニャ? セクハラとかされてないか?」 …どうなんだろう。 さっきの会話はセクハラとかになるんだろうか。 半分は私ののろけになっちゃってた気もする…。 そう考え込んでいると、ハルトマンさんが答えた。 「セクハラしたのはそっちでしょー? 人の胸をいきなりー」 「…あっはっは なにいってるんですかはるとまんちゅーい」 途端に全身を強張らせながらカタコトになるエイラ。 …全然ごまかせてないよ…。 「もう怒ってないから…安心して、エイラ」 「『もう』って事は、さっきまで怒ってましたかサーニャ…?」 「…ちょっとね」 「すごかったよー大迫力だったよー」 「だ、誰のせいだよー! お前がバラさなきゃよかっ」 「エイラのせいだよ…」 「自業自得だよねー」 「…ホントすみませんでした…」 「ま、多少は進展あったみたいだし今日のところは許してあげよー。  ありがとねサーニャ、お茶おいしかったよー」 うなだれるエイラとは対照的に、 飄々とした様子でハルトマンさんが席を立つ。 「んじゃ後は若いお二人でごゆっくりぃ〜♪」 …どうしてそうやって意識しちゃう事言うかなぁ。 後に残された私とエイラ。 …間が持たない。 「ど、どこ行ってたの…?」 とりあえず思いついた事を聞いてみる。 「あ、あぁ、いい天気だから基地の周りをぷらぷら」 「そうなんだ…」 「ごめんな、部屋に戻ったらもうサーニャ起きてた後で」 「あ、ううん、気にしないで…」 ここで「うん、寂しかった」って言えない弱気な自分が情けない。 「それでな、ペリーヌがまたサーニャにハーブティごちそうしたいってさ」 …ペリーヌさんと会ってたんだ。 「ん、うん…ペリーヌさんには悪いんだけど、前のお茶は…」 「あぁ大丈夫大丈夫、すごくおいしくなってたよ」 …ペリーヌさんと二人でお茶飲んでたんだ。 「まぁ飲ませたお代にって畑仕事手伝わされたんだけどなー。中腰だったから腰いてー」 …ペリーヌさんと二人で。 「ど、どうしたサーニャ? なんか不機嫌?」 い、いけない。 「ううん…大丈夫」 にっこり。 「ひぃっ!? あ、あのごめんなさい! よくわかんないけどごめんなさい!」 怯えられた。 …うーん、さっきのハルトマンさんといい、 私、普通に笑ってるつもりなんだけど。 それにしても、私自身がこんなに独占欲強いって思ってなかった。 ただ二人でお話してただけだよ。 そう自分に言い聞かせても、何か胸がざわめいてしまう。 私とハルトマンさんだって、さっきまで二人だったのに。 「ごめんね…エイラ」 「あ、いや、へ?」 「怒ったわけじゃないの…ただペリーヌさんが羨ましくなっちゃっただけで…」 「あ、あー…。っはは、大丈夫だよサーニャ、ペリーヌは確かに嫌いじゃないけど」 「うん…大丈夫だって信じてる、んだけど」 情けなさで俯いた私の頭に、優しく手が乗せられた。 「よーしよし、大丈夫、大丈夫だかんな?」 …エイラの手、あったかい。 「うん…」 これだけで落ち着いちゃう私って、単純だなぁ。 「お茶…おいしくなってたの?」 「うん、なんとかとなんとかっつー他のハーブ足したって。普通にお茶になってた」 その説明じゃ全然わかんないよエイラ。 「例の目にいいってハーブも入ってるみたいだし」 …あぁ、そっか。 元々夜間哨戒員の目に効果があるって淹れてくれたんだよね。 そんな優しいペリーヌさんに嫉妬したりして、すごく申し訳ない気持ちになる。 「うん…私で良ければごちそうになる…」 「そっか、あいつも喜ぶよ」 私に喜ばれる資格なんてないのに。 せめて何かお礼のものを準備しよう。 「で、あのー、そのだな、サーニャの方は、何話してたんだ?」 こっちの事を聞く時は途端に緊張した様子のエイラ。 「…エイラって…初対面の人の胸たくさん触ってるんだね…」 少しいたずら心が湧いて、ついそんな事を言ってしまう。 私ももっとエイラを信じないといけないけど、 エイラだって…もうちょっと、その、なんというか。 「いやその、ごめん! ホントごめん! 来たばっかの頃はハジけすぎてた!」 私がモヤモヤとした思いでいたら、エイラはきっぱりと謝ってくれた。 こんなにストレートに言われると、やっぱり怒れない。 「スオムスって、そういう挨拶とか…あるの?」 さすがにそんなのないとは思うけど。 「い、いや、ないけど…。あぁいや待てよ、そうか、あいつの影響か…!」 私の予想と反して、エイラは何かに思い当たったみたい。 「…あいつ?」 「いや、スオムスに一人とんでもない上司がいてさ。前に少し話したっけな。  中隊長なんだけど、部下の隊員と全員、その、できちゃっててさ」 「…隊長さんも、隊員の人も、ウィッチ…なんだよね?」 頷くエイラ。 それは…確かに、とんでもない。 「お互いを『お姉様』『子猫ちゃん』って呼んでてさー。こう、私が見ててもお構いなしに色々…触りあったり、うん。  そんなだったから、私も知らないうちに抵抗なくなってたのかも…いや言い訳っぽいけどさ」 いや、仕方ない…のかなぁ。 正直想像も出来ないから判断は難しいけど、 とりあえず私は言い訳とは思わなかった。 「エイラも…触られたり…?」 「あー、い、いや? 大丈夫だよ、うん、あはっはー」 エイラが嘘をつく時はわかりやすい。 「…触られたんだ…」 「あ、いや、アレだよ、胸を1タッチとかお尻ひと撫でとかそんなもんだよ!?」 むぅぅぅぅ。 ずるい。 私がエイラに会う前にそんな事。 私、まだなのに。 「…私も」 すっと腕を伸ばす。 「…は?」 むにゅ。 わぁ…やらわかーい。 「ちょ、サーニャ!! だだだだだめだよ、サーニャ!?」 むにゅむにゅ。 いいなぁ。 私のなんかより、ずっと、何ていうか、しっかりしてる。 「サーニャあ、だめだってば…サーニャ…ッ!」 他の人なんかに渡さない。 私のなんだから。エイラは。 「さ、サーニャッ!」 がしっと腕をつかまれる。 その力で我に返った。 「…あ」 「はぁ、ふぅ…どうしたんだよー、サーニャ…」 「ご、ごめんなさい…私、今…」 勢いでとんでもない事をしてしまった。 「あーびっくりしたぁ。心臓飛び出るかと思った」 顔を真っ赤にしながらも、ぎこちなく微笑みかけてくれるエイラ。 あんな事をした後まで優しいエイラに、胸が痛む。 「わ、私、あのね、他の人にエイラ取られるのが嫌で、それしか考えられなくなって…  さっきのペリーヌさんの時もそう…  ごめんなさい、私、嫌な子だ…ごめんなさい…!」 いつまでもこんな事じゃ、エイラに嫌われちゃう。 直すから、こんな性格の悪いところ直すから…! すがるような気持ちでエイラを見ていると、 私の腕をつかんでいた手を優しく私の頭に置いてくれた。 「んーと、何て言ったらいいのかわかんないけど、そのー。  あ、謝んなくていいよ。だってホラ、そこまで言われて、嬉しくなんない奴なんていないよ」 ゆっくりと頭をなでてくれるエイラ。 「…ほんと? 私なんかに言われても?」 「何言ってんだよー、サーニャが言ってくれるから嬉しいんじゃないかー。  私、今すっごいニヤニヤしてるだろ?」 ううん、ニヤニヤじゃないよ。優しく微笑んでくれてるよ。 「それにさ、…私だってサーニャが別の奴に取られるなんて嫌だよ。絶対に嫌だ」 「…うん」 ホントだ。 そう言われると嬉しくなる。 エイラが言ってくれるからなおさら。 …いけない、私こそニヤニヤしてるんじゃないかな。 「つまり私の言葉が足りなかったんだなー。さっきも『大丈夫』としか言わなかったし」 「…?」 「要するにだな、そのー、私はー、サーニャがー、一番、その、好きだからー、安心してください…  っみたいなことをね! 言いたかったわけですよ!」 視線を逸らして、頭をかきながら。 「こーゆーの、何回言っても照れくさいなぁ、もう」 「…ごめんね」 「あぁ、いや! 言うのがイヤってわけじゃないんだ、うん」 「…優しいね、エイラ」 「いや、だからそれもさ、相手がサーニャだから…だよ」 うわぁ。 いいのかな、こんなにエイラを独り占めして。 そう思ったから、私もせめてものお返し。 「私も、他の人と仲良くなるのは嬉しいけど…でも、エイラが一番好きだから…」 うん、確かに照れくさい。 でも、 「う、うん、うぇへへへへへ」 こんなに喜んでくれるなら、言ってよかった。 「そ、それでね、あの…改めてごめんね、私、エイラにあんな事…」 いまだにさっきの自分が信じられない。 でも私の手に感触はまだ残ってる。 …やわらかかったなぁ。 「あ、あはは! さすがにびっくりしたなー!」 触ってるこっちが気持ちよかったぐらい。 「まぁ、昔の失敗をサーニャが上書きしてくれたと思うと逆に…サーニャ?」 「あ、え、え!?」 「どしたー? そんな落ち込まなくていいんだぞー?」 「あ、あの…落ち込んでたわけじゃなくて…その。  …感触、思い出してて」 エイラががたっ、と席を立ってたじろぐ。 「やぁ、やめろよー! 恥ずかしいだろー!」 「で、でも…素敵、だったから…」 「…ううううううう」 エイラは頭から湯気を出しそうなほど赤くなって、 言葉が出ないのかうなり声を上げている。 どうしよう。 エイラ困ってるなぁ。 とりあえずエイラの手を握って。 …うん。どうしよう。 「あ、あの、じゃあ、お詫びに、エイラも、その、…触る?」 「………!」 あ。 ゆっくりとエイラがテーブルに突っ伏した。 「え、エイラ!?」 …気絶、しちゃった。 「…よいしょ」 抱えてきたエイラをベッドに寝かせて、耳と尻尾を引っ込める。 エイラは気持ち良さそうに寝息を立てていた。 「…はぁ」 ため息が漏れる。 今日の私、ちょっと…どうかしてる。 エイラを独占したいって思いで、散々エイラを困らせて、 結果失神までに追い込んで。 情緒不安定もいいところだ。 こんな事じゃ、戦闘でも何をしでかすか。 落ち着かないと。 うん。まず深呼吸。 …ふぅ。 さて。 気持ちを切り替えてエイラを見る。 やっぱりきれいだなぁ。 …切り替わってない! 切り替わってないよ私! そう思いながらも、手を伸ばしてしまう。 きれいなストレートヘア。 さらさらだ。 手でひと束持ち上げると、手から一本ずつ落ちていく。 その様子が夕陽を反射して、キラキラと光っていた。 はぁ…ホントにきれい…。 その髪が一本、エイラの頬に落ちた。 反射的にそこに手を伸ばす。 ふに。 やわらかい。すっごく。 …さっきの、エイラの胸の感触を思い出す。 しっかりした作りの軍服の上からでも、しっかり柔らかかった。 それが、今度は頬とは言え、ダイレクトに触れて、 何だかドキドキが止まらなくなってきちゃった。 ハルトマンさんの 『サーニャが押し倒すってのもアリかな』という言葉が脳裏に甦る。 だ、ダメだよ、そんなの。 エイラだってイヤかも知れないし。 ダメ…だよ…。 「んう」 「!!」 もう目の前に迫ったエイラの口から声が漏れた。 慌てて体を起こしてベッド脇に座る。 心臓がばっくばっくいってる。 わ、私、もうホント、何してるんだろう。 ダメだ。 こんなんじゃダメだ。 すっかり自己嫌悪していると、 「さーにゃあ…」 エイラが寝言で私の名前を呼んだ。 …ごめんね。 こんな私なのに。 好きって言ってくれてありがとう。 そう思って、エイラの手を握る。 …早くエイラみたいに大人になりたいな。 そうなったら、きっとちゃんと自分を抑えられるだろうし。 エイラほどきれいには…なれないかも知れないけど。 それまで待っててくれるかな、エイラ。 他の人のとこに行ったりしちゃ…やだよ。 そう思いながら、強くエイラの手を握り締める。 気付けばすっかり陽も落ちて暗くなってるけど、 エイラが起きるまでそうしていようと思った。 エイラはずっと私を待っててくれるんだから、 せめてこの瞬間だけでも。 でも、こうやって傍で待ってるのもなかなか幸せだな。 エイラの顔をずっと見つめてるとそんな気分になる。 エイラも私のこと、そう思ってくれてると…いいな。 ・エーリカの「サーニャについて」を聞いた時→「やった! エーリカ最高! サーニャ最高!」  エーリカの「エイラについて」を聞いた時→「この宮藤! アホネン! 派遣少尉!」 ・最近のimgのストウィスレじゃ派遣少尉マジジゴロだから  なんか釣られてサーニャもすごい嫉妬深くなってしもうた  でもいいの 俺はこういうのが好きなの 気持ち悪いから ・あとペリーヌも好きなの  みんな幸せになって欲しいよホント  ハーブティに関する事はほとんどネット頼りなので実際に飲んでみたいね