よしこ×エイラSS 「11-14/02/45」 エイラ視点 「……にしし」 ああ、頬が緩むのを抑えられない。慌てて両頬をぱしぱしと叩いて普段どおりの顔に戻す。 目の前には簡素だけど綺麗に包装された箱がふたつ。この前の非番の日にロンドンで買ってきたものだ。 サーニャに贈るものと……ミヤフジに贈るもの。 やっぱり二人とも私の特に大切な人だから、日頃の感謝とか、「守る」という意思表示とか、そういうのを込めて贈る。 ……片方には他に違う気持ちが込められているけれど……そこまで考えてふと窓に映った緩みきった頬に気づいて、また叩いて戻した。 贈る物は花束だとかカードだとかいろいろ幅があるらしいけど最近の流行りではチョコレートがいいらしい。 たかがお菓子なのに買う時はクリスマスの時以上にむちゃくちゃ緊張したけど、帰り道でなんか舞い上がっちゃってずっとニヤニヤしていたのをなんとなく覚えている。 ……すれ違う人とかに笑われなかっただろうか。たぶん、すっげーだらしない顔をしていたんだろうな、その時の私は。 たかがお菓子、されどお菓子。チョコレートってものはこの日に限ってだけ、特別なものなんだろう。 「まーさかこの私がバレンタインに物を贈るだなんてちょっと前まで考えられなかったなー」 思わず独り言。私以外誰も居ない部屋なのに、つい口を開いてしまった。 おそらく、にやついたり声に出したりしてどうにか外に出力しないと、許容量の低い私の脳味噌はすぐにオーバーヒートしてしまうのだ。 あの喫茶店の店主曰く、昔とえらく変わったとの事だけど今では納得できる。それくらい今の私は「こんなに乙女だっけ?」と思えるくらい変わった。 そういえば去年は誰にも贈らなかったっけか。そもそもバレンタインデーの存在自体を知らなかったんだし、まぁ無理は無いか。 そう考えると本当にこの一年で変わったと思う。……正確には半年、だけど。 「……もー!なんだよもー!」 ベッドをごろごろ転がった。客観的に見るとひどい有様だけどたぶん大丈夫。この部屋には私一人なんだから。 「ふおおおお……!って、ふぎゃっ!?」 転がりすぎて勢い余って、ベッドから転がり落ちた。……目も当てられない痴態だ。 ぶつけた後頭部をさすりながら、慌てて周りを確認する。さっきと変わらずベッドの上に鎮座するそれらを見て、思わずほぅ、と安堵の溜め息をついた。 良かった、落として下敷きにして潰してしまったかと思って焦ったけれど、どうやら杞憂だったようだ。 ダメにしてしまう前に仕舞っておこう。……好きな玩具を弄り過ぎて勢い余って壊してしまう子供か、私は。 「子供だなー……いつまで経っても」 こんなんじゃルッキーニの事を笑ってられやしないなぁ。クローゼットの奥にふたつの箱を慎重に押し込みながら独りごちた。 さて、そろそろ当番の哨戒の時間だ。願わくば、2月14日だけはネウロイが来ませんように。……いや、できることなら前日も来てくれるな。 ネウロイって奴は誕生日とかイベント当日とか、そういう日に限って嫌がらせのように嬉々としてやってくるから油断ならない。 私達にできることと言えば早期発見に早期撃墜くらいなもので、いつも後手後手だ。まぁ、私達にできることなら精一杯やるつもりだけれどさ。 準備を整えて、クローゼットの扉を閉めた。ちらりと窓の外を見て雨が降っていないことにほっとする。 「今日もお勤め頑張りましょうかねぇ」 誰ともなしに口を開いた。 「えー、こちらエイラ。たいちょー、そろそろ帰ってもいい?」 「……相変わらずコールサインを使うつもりは無いのね、エイラさん」 粗方の哨戒を終えて口を開くと、スピーカーから溜め息交じりのミーナ隊長の声が聞こえてきた。 眉間を押さえる姿が目に浮かぶようだ。……あんまり苦労をかけるのもアレだし、ここは素直に従っておこうか。 実際戦闘中はコールサインなんて言う余裕なんて無いし、意義のある行為には思えないけれど、 以前の「歌うネウロイ」の件もあるし哨戒中くらいは用心してコールサインで呼び合うべきなのかもしれない。 「ん、あー、こちらダイヤのエース。ドーバー海峡上空一万五千、異状なし。雲も少なくて視界も良好。あと小腹が減ったので帰投許可ください、どうぞ」 「……もうちょっと真面目に……まぁいいでしょう。スペードのエース了解しました。帰投を許可します」 うむむ、少し投げやり過ぎたかな。またも溜め息混じりに返されて、呆れたようにぶつりと通信を切られた。 了解、と誰も聞いていない返答をして、基地へと進路を向ける。暇を持て余してくるりくるりとバレルロール。 視線を下げると尾を引いた飛行機雲がバネのような輪を作っていて面白い。 ぼーっとしながらサーニャと一緒ならラジオが聞けるんだけどなぁと考えつつ、頭の後ろで手を組んで背面飛びをする。 (これだけいい天気ならさぞ遠くの電波も受信できるんだろうな) そんな事を考えながら真上の少し欠けた月を見上げていた。 おそらく2月14日の月は満月だろう。 長い滑走路に誘導灯がちかちかと伸びていた。まるで真下に空があるようだ。今夜は雲も適度に切れていて空が明るいから白い標示もよく見える。 身体を縦にして尾輪を路面に近づけた。がくんと軽い衝撃が伝わって、続けてきゅるるる、とタイヤが焼ける音。 流石は私、文句なし、十点満点の着地だ。長い滑走路を体操選手のようにポーズをつけながらハンガーを目指してホバー移動する。 「あっ、おかえりなさいエイラさん!」 「おかえり、エイラ」 開け放たれたでっかいシャッターをくぐると、お喋りでもしながら待っていてくれたらしい二人に声をかけられた。 何もこんな寒い所で待たなくても……と思う反面、やっぱり出迎えてくれたことが嬉しくて、自然と笑顔になる。 「ただいま二人とも。寒くなかったか?」 問いかけると二人揃って首に巻かれたマフラーを示して返してきた。成る程、リーネお手製のマフラーか。確かにそれなら暖かい。 更に二人とも魔法を発現させているようで、獣耳と尻尾が生えている。寒くはなさそうだった。加えてサーニャはユニットを履いて……ん? 「あれ、サーニャもう出るの?ちょっと早くないか?」 「うん、暖機代わりにちょっと」 MG42を武器庫に仕舞い込みながら聞くと、心なしか楽しげなサーニャが応えた。何かと思ってちょっと考えて、ああそうかと合点がいく。 曰く、友達ができたとのことで、少し前に嬉しそうに話していたのを思い出した。 きっかけはまったくの偶然だったそうで、ラジオのチューニングを合わせていた時にたまたま周波数が合ったらしく、 そのまま話し込んでいるうちにいつの間にか仲良くなってしまったんだとか。話を聞いてみると相手も同じナイトウィッチだったという。 話を聞いた時はまたネウロイの罠かと思ったものだけど、よくよく聞いてみればカールスラントのエースウィッチだということで、 ミーナ隊長やバルクホルン大尉に名前を挙げてみれば「ああ、あの子か」という返答が返ってきた。どうやら有名人らしい。 ……最近のサーニャの社交性の高さは目を見張るものがある。 ブリタニアに来た当初から側にいた私にしてみれば、社交的になっていくのは嬉しさ半分寂しさ半分の微妙な心境。なんだかなぁ……。 ぼぼぼぼぼ、とサーニャの脚に装着されたMig60の魔道エンジンに灯が点る。風を巻き上げてベルトを揺らしながら、サーニャの小柄な身体が宙に浮いた。 「じゃあ、いってきます」 首に巻いていたマフラーを発進ユニットに腰掛けていたミヤフジに手渡しながら、サーニャが口を開いた。 プロペラの爆音に邪魔されたものの、インカムからいつもよりほんの少し調子の上がった声が聞こえてくる。 「気をつけてなー」 「いってらっしゃい、サーニャちゃん」 小さく手を振りながらサーニャが夜の闇に紛れていく。きらきらとした尾を引きながら。 そのきらきらした魔法の粒子がいつもよりも多いような気がする。気がするだけかもしれないけど。 「……なんか寂しげ」 声に振り向くと、いつの間にか私の発進ユニットに登ってきたミヤフジが、しゃがんで私を見下ろしていた。 曲げた膝を抱えて、交差させた腕に顔を乗せて。乗せた頬の形がふにゃ、と変わっていてちょっと可笑しかった。 「そーかな」 「うん、そう見える」 ヘンなとこ鋭いよなぁ、ミヤフジって。それとも私の方が顔に出やすいんだろうか。……たぶん、どっちもかな。 私の事をずっと見ててくれるから、そういう微妙な変化にもすぐ気づいてくれるのかもしれない。そう思うと、なんかこう、むずむずして嬉しい。 「そーかもなー……」 ミヤフジの気遣いへの嬉しさと、サーニャが離れていくような錯覚に陥った寂しさがない混ぜの心境で、のろのろと発進ユニットの電盤を操作してメルスを固定させた。 ういいいいん、という作動音がだだっ広い二人っきりのハンガーに木霊したあと、がしゃんと大袈裟な音を立てて固定化が完了する。 メルスを脱ごうと手摺りを掴んだ瞬間、不意に背後からにゅっと腕が伸びてきて、そのまま寄りかかるように抱きつかれた。 「……むぎゅぅ」 声に出された擬音がなんだか可笑しくて思わずぷっ、と小さく吹き出す。 肩にかかるきみの重みが幸せで心地いい。 「重いー」 「そ、そんなに太ってないもん」 茶化して言うと、重心をかける位置を変えたのかほんの少しだけ軽くなった。 なんだよもう、冗談の通じないやつだなぁ。 実際のところ魔力を放出してるわけだから重いだなんて思うはずが無いんだからさ、もっと寄りかかってくれてもいいのに。 その気になれば子犬の首根っこを掴むようにひょいと抱き上げることだってできるんだから。 「あの、ちょっとは……寂しくなくなった?」 「うん?」 耳の後ろの方から、ぼそぼそとしたか細い声が響いてくる。 「えと……わたしじゃサーニャちゃんの代わりにはなれないけど……す、少しでもエイラさんの寂しさを埋められたら、って」 台詞の後ろの方なんて、もう蚊が鳴くような声でほとんど聞き取れなかった。 それでも聞き逃すまいとして、頭に生えた狐の耳をいつも以上にピンと立てる。 「だから……その、えっと……」 ミヤフジの心遣いはとても嬉しい。 けど、ミヤフジがどれだけ私を慰めてくれたとしても、ミヤフジの言う通り、この寂しさは埋まりはしないんだろう。 何故ってミヤフジはミヤフジだから。サーニャはサーニャだから。 どちらかがどちらかの代わりなんかにはなりはしない、二人とも私の大切な人だから。 だからサーニャに対して感じた寂しさは、ミヤフジがくれる嬉しさでは決して埋まらない。 ……二人には失礼な事なのかもしれないけれど、意気地なしの私にはどちらかを手放すなんてことは出来はしないんだ。 だけど、ミヤフジにこうされて嬉しいと感じることは、たぶんどれだけされてもずっと変わらず嬉しいんだと思う。 寂しさはある一定以上溜まってしまうと耐えられなくなるかもしれないけれど、嬉しさにはおそらく上限なんてないんだろう。いくらでも欲しくなる。 ミヤフジとサーニャ、二人ともずっと側にいて欲しいと思うことと同じで、私はただの我が儘な子供なのだ。 肌同士が触れている部分が熱を帯びてきた。視界の外にいるから確認は出来ないけれど、たぶん赤面してるのかな。 私自身も顔は熱いけど、おそらくミヤフジからは私の顔は見えてないんだろう。だからおあいこだ。 静かに息を吸って吐く。火照った頬をひんやりとした夜の空気で冷ましてから、口を開いた。 「ミヤフジ、ユニット脱げない」 「へ?あ、ご、ごめん」 慌てたように私の身体の前面で絡めていた腕を解いて、ミヤフジが立ち上がろうとした。 「ふぇっ!?」 そこをすかさず腕を引っ掴んで、引き寄せる。バランスを崩したミヤフジがよろめいて、発進ユニットから落ちそうになるのを、抱き留めた。 私には未来予知があるから、抱き留める位置やタイミングなんかはわかっているから、慌てるようなことはない。危なげなく腕に納めてから謝った。 「ごめんな、ミヤフジ」 「びび、びっくりした……ってわあぁっ!?」 ほうと一息ついた後、文字通り地に足がついていないことに気づいて足をばたつかせる。 高さ自体はそれほどでも無いのだけれど、驚いたせいか急に摘み上げられた子犬のように暴れるミヤフジ。 ……少し、怖い思いをさせてしまっただろうか。今、宙ぶらりんの小さな身体を支えているものは私とミヤフジの両腕だけだ。 ひとしきりぶんぶんと脚を振った後、ようやく落ち着いたのか途端に静かになった。 「……エイラさん〜?」 膨れっ面で名前を呼ばれた。その表情と声がかわいくて、思わず腕に力がこもる。 もっと色んな表情が見たい。もっと色んな声が聞きたい。 「にひひ。寂しさ、埋めてくれるんだろ?」 そう言って少しきつめに抱き締めると、お互いの体温が感じられるくらいに身体が密着した。 それに応えてくれるように、しがみつくミヤフジの腕もきゅっと締まる。 「う……ぐ、具体的にどうすれば」 「しばらくこのままでいたい」 言ってしっかりと抱き留める。 取り落としてしまわないように。滑り落ちてしまわないように。しっかりと掻き抱く。 「腕、疲れたら言うんだぞ?ここって寒いし」 「つ、疲れてないし寒くないから平気っ」 うーむ、困った。この調子じゃいつまで経っても部屋に戻れない。 ……まぁいいや。飽きるまでずっとこうしてよう。 「……むぎゅー」 「ぷっ」 さっきのミヤフジの真似をして、口に出して抱き締めたら不意にミヤフジが吹き出した。 「エイラさん、声、出てるよ?」 「なんだよもー。ミヤフジだって声出てたぞー?」 眉根を寄せてしかめっ面で返す。 「えっ?うそっ、わたし声に出してた?」 「出してた」 「えー……うぅ、恥ずかしい」 「いーよ、別に。結構可愛かったよ」 悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言うと、ミヤフジは応えず私の胸に顔を埋めて、代わりにまた少し腕に力が入っただけだった。 それに返すようにそっと髪を撫でた。ああもう、かわいいなぁ。 しばらくそのままの体勢で撫で続けていると、不意にもぞもぞと埋めた顔を覗かせてきた。ちらちらと遠慮気味にこちらを見る。 「……エイラさんも」 ぼそぼそとした声が私の胸の辺りから聞こえてくる。 「エイラさんも、その、可愛かった、よ」 今更かよ。時間差攻撃かよ。偏差射撃かよ。 そんな顔を真っ赤にして上目遣いにこっちを見られたら我慢とか出来なくなるじゃんか。 まぁ、そんな事を考えてる暇もなく、結局我慢できなくて口を塞いでしまったんだけどね。 「……っくしゅ!」 「あーもう、あんな外みたいなトコでずっといるからだよ、風邪とかひかないでくれよ?」 食堂までの道すがら、盛大にくしゃみを放つミヤフジ。 サーニャが飛び上がった後、シャッターも閉めずにいたのが災いして身体が冷えてしまったようだ。 ……まぁ、私にも半分責任があるんだけどさ。だから、さっき私の我が儘を聞いてもらった分、今は私が言いなりだ。 「だ、だいじょぶ……えへへぇ」 「……歩きにくい……」 歩く私の左腕にはミヤフジの両腕が絡みついてきていて、ぴったりとくっついて離れない。その、所謂腕を組んで歩く、というヤツ。 手を繋いだ事は何度かある。初めて一緒に夜空を飛んだ日とか。でも腕を組むってのは……考えてみれば初めてだった。 ていうかこんな恥ずかしい事、二人っきりならまだしも人前なんかでできるわけがない。だから二人で出掛ける時なんかも手を繋ぐだけで精一杯だ。 就寝時間間近とは言えまだ誰かが廊下を歩いていてもおかしくない時間だ。誰かに見られやしないかときょろきょろと周りをせわしなく見回しながら歩いた。 ミヤフジの胸元に密着した二の腕から温度と、鼓動と、柔らかさが伝わってくる。 ……ルッキーニやハルトマンと同じで無いと思ってたけど実際にはあるのか?いや、触った事無いから正確にはわからないけどさ。 一度意識しだすと止まらなくなる。邪な気持ちを振り払うように空いていた右手で髪の毛を掻き分けておでこに手を当てた。 ……少し熱いような気もするけどミヤフジは体温が高めだから、こんなものかもしれない。 「大丈夫そうだけど、今日はもう寝た方がいいんじゃないか?夜食は何か適当に作って済ませるよ」 「でもエイラさんってお料理できないでしょ?」 う……痛いところを突いてくる。まぁ確かにそうだけど自分一人で食べるものなんだからそれ程気張らなくてもいいはずだ。 「ば、ばかにすんなよなー?サンドイッチくらいなら作れるってば。あと、オニギリとか」 「でも三角にならないじゃない」 「……むぅ」 歯を見せて悪戯っぽく満面の笑顔。今のミヤフジは妙にご機嫌だ。 ちょっと腹が立ったけど、ミヤフジの笑う顔を見てるとまぁいいかと思えてくる。ああもう、単純だなぁ、私。 「心配しなくてもエイラさんのお夜食を作ったら今日は早めに寝るよ」 「なんだよ、いやに素直じゃないか」 「さっき充分エイラさん分を補給したから大丈夫だもん。今もこうして充電中ー……」 そう言って肩に頭を預けてきた。寄りかかられてまた更に歩きにくくなる。 けどその歩きにくさが不思議と心地良かった。 「なんだよそれー」 素っ頓狂な表現に思わず苦笑してしまう。何それ、ビタミンみたいなもん? 「まぁ、とにかくあったかくして寝ろよ。間違ってもコタツなんかで寝ちゃダメだぞー?」 「そんなエイラさんじゃあるまいし」 「……ミヤフジのくせに生意気だぞー」 「いひゃいいひゃい」 さっきまでの気恥ずかしさはどこへやら、いつの間にか談笑してしまっていた。 た、たまになら……こうやって腕を組んでやってもいい、かな。そんな風に思った。 頬を引っ張る手を離して、ぽんぽんと頭を軽く叩く。 「……いつも……その、ありがとな。お礼、するから」 14日に、色々と気持ちを込めて贈るから。 「え、何かしてくれるの?えへへぇ、嬉しいな」 ……ん?ちょっと待てよ? 「……確かに扶桑では馴染みの薄い行事ではあるな。というより、記憶に無い」 「やっぱりかー」 翌日聞いた少佐の言葉に思わず頭を抱え込んだ。 北の僻地とはいえヨーロッパ出身の自分が知らなかったことなんだから、扶桑人のミヤフジがバレンタインデーを知っているとは到底思えない。 思い返せばクリスマスについてもよく解っていなかったらしいし、どうやらクリスマスに続き今回も交換はできなさそうだ。 まぁ、あんまり期待はしてなかったけどいざ無いとわかると結構凹む。ミヤフジから何か、貰いたかったなぁ……。 「少佐は知ってるんだ」 「私もブリタニアが長いからな」 そう言ってはっはっはとひと笑い。 「郷に入れば郷に従えというやつだ。こういった異文化交流があるのが多国籍軍の面白いところだな」 そういえば今月の初めに節分とかいう扶桑の行事をやったっけ。 ピンと立った狐耳が鬼の角みたいだとか言われて散々豆をぶつけられた。……納得いかない。扶桑の鬼には角が生えてるのか? ちらりとサカモト少佐の方を見る。戦闘中の犬耳が発現している状態を思い浮かべた。 ……あぁ、なんとなくわかる。鬼気迫る表情ってやつだ。 「何を見とるんだ」 「ぅえっ!?い、いや別に何も」 「おかしな奴だな。ほれ、戦闘待機中なんだから配置についておけ」 へーい、とやる気の無い返事をしたら鞘でぶん殴られた。鬼だ。 気味が悪いくらいにぴったりと、2月12日にネウロイの襲来があり、首尾よくこれを撃墜した。 偶然か、流石に今回は空気を読んだのか、はたまた間を開けずに再来するという罠なのか。 何はともあれ、意図は掴めないけどその翌日の13日は非番だ。とりあえずラッキーだったと思うことにしておこう。 「よっこら、せっと」 肌寒いハンガーでいつものごとくストライカーユニットの調整をしているシャーリーの隣に、中身がたっぷりと入った一斗缶を置いた。 ごわん、という特徴的な音が薄暗いハンガーに木霊する。 「なんだこれ?肝油か?」 「似たようなモンかな」 興味を惹かれたらしく、手を止めてまじまじとそれの表面を見つめるシャーリー。 部屋からここまで抱えてきて伸びきった腕の筋肉を振ってほぐしながら、すぐ側にしゃがみこんだ。 今夜のお祝いの時に渡そうかとも思ったけどこんなでかくて重いモンを食事の席で渡されても困るだろうから、ハンガーに居る今のうちに渡しておく事にした。 リボンも包装もされていないシンプルな外観のそれ。そのパッケージを見るやいなや、みるみるうちにシャーリーの表情が明るくなっていく。 「おー、おー、おー!おー!どうしたんだよこれ!高かっただろ!?」 「私にゃ給料の使い道なんて無いしそうでもなかったよ。あと、好みとかわからなかったから一番高いの選んできた」 「わかってるじゃんエイラ!いやーほんと嬉しいよ!」 バレーボールみたいなアレをぶるんぶるん揺らしながら喜びを身体全体で表現するシャーリー。 はぁ、いい眺め。絶景かな絶景かな。 「工具セットにしようかと思ったけど、なんか誰かと被りそうだしこっちにしてみたよ」 贈ったのはエンジンオイル。バイクやらストライカーやら、趣味がそういう方向のシャーリーにはぴったりだと思った。 何せ消耗品だ。加えてシャーリーは速度のために独自に色々な組み合わせを試しているのだから、自腹であるオイル代もバカにならないだろう。 「いやー助かるよ!マジで!ありがとな、エイラ!」 「にっしっし。いいっていいって。誕生日くらいはこういう事しとかないとね」 大袈裟な礼に軽く手を振って応える。 ああ、うん。やっぱり贈り物は相手が喜んでくれるのが良い。 見返りが欲しい訳じゃなく、贈る相手の喜びが私の喜びになってきているんだろう。 ただ飛んで戦う事しかできない私の、他人に出来る精一杯のこと。 それは贈り物に限った事じゃないけれど、私はたぶん、誰かを笑顔にしたいんだと思う。 「はーい」 ノックの音に反応して、ドアの向こうから間延びした返事が聞こえてきた。 思わず手に持った包みを後ろ手に隠してしまった。 ……やっぱり緊張する。最近は慣れてきたとはいえ、この贈り物は誕生日やクリスマスのプレゼントと違って「愛の告白」と同義だからだ。 ドアが開くまでの数秒の間に数度深呼吸をして気持ちを落ち着ける。ノブが回る音。ドアが開く。部屋の主が顔を覗かせた。 「や、やほっ。は、入ってもいいか?」 「え、いいけど……。どうぞ遠慮なく」 「う、うん」 とてとて、と歩く彼女の後について、部屋の中に入った。後ろ手にチョコの包みを隠しながら。 緊張して手の平にじんわりと汗をかいてきた。手の平の熱でチョコが溶けてしまわないかと心配になる。 「お茶淹れようか?それともコーヒーがいい?」 「あ、うん。どっちでも」 「じゃあお茶にするね」 曖昧に返す。お茶が入るまでの短い時間、心を落ち着ける猶予期間ができたようだった。 お湯を沸かそうと給湯室まで出向くために入口ドアを開いた彼女が口を開く。 「じゃあちょっといってくるね」 「うん、いってらっしゃい」 手を振りながら、ぱたんとドアが閉まったのを合図に胸に溜まった空気を思いっきり吐き出した。 前もって行動を計画していなかったのは失敗だった。どうやって切り出して良いものか皆目見当が付かない。 選んで買った時はチョコを渡すくらい何てこと無いと思っていたけれど、いざ渡す段になると思いのほか、予想外に頭も身体も動かない。 参ったな、全然成長して無いじゃないか。 手に持った包みを見た。じっと握っていたせいか包装紙に少ししわが寄っている。 汗でふやけているような事は無かったけど、ちょっとかっこ悪いかな。そう思って指で皺を丁寧に伸ばした。 不意に響いたがちゃりと言う音に、慌てて包みを見えないように隠した。 「ただいま」 「お、おかえり」 慎重にトレイを手に持って歩いて、テーブルの上に置いた。 ポットを軽く揺らした後、二つ並んだティーカップにこぽこぽと紅茶を注ぐ。白い湯気と一緒に甘い香りが漂ってくる。 「あ、あのさ、サーニャ」 声を振り絞った。紅茶を注ぐ手を止めて、ふわりと柔らかな銀髪を揺らしてサーニャがこちらを振り向く。 花なんてそれほど種類を知らないけれど、例えるならばサーニャは間違いなく白百合なのだろう。その様子を見て頭の隅でそんな事を思う。 「なぁに?」 鏡のように綺麗な二つの眼に、私が映っている……ような気がした。 じっと見つめられて声が出ない。蛇に睨まれた蛙というのはきっとこういう状態を指すのだろう。 「え……っと。い、いい天気だなー?」 ……結局こうなのか私。自分で自分のヘタレ具合に嫌気が指した。 「そうだね。芳佳ちゃんとリーネちゃんが洗濯物がよく乾く、って言ってた。あとエーリカさんとルッキーニちゃんがお昼寝日和だって……ふふ」 そんな脈絡の無い私の話題振りにも丁寧に返してくれるサーニャ。優しいなぁ、サーニャは。 ……いや、こんな世間話をするためにここへ来た訳じゃない。 渡さないと、伝えないと。私の気持ちを。 「さ、サーニャ!」 「!は、はい」 急に大声を出してしまって、びくりと肩を震わせたサーニャがぱちくりと瞬きをした。驚かせてしまったらしい。 「きゅ、急に大きな声出すからびっくりした……」 「ご、ごめん……」 一度謝ってから、息を大きく吸って吐く。……ちっとも心は落ち着かない。 「さ、サーニャ……えっと、これ」 無駄に力が入ってぷるぷる震える右手に持ったそれを、やっとのことで差し出した。 声を出す喉がどんどん渇いていく。淹れかけのお茶で喉を潤したい気分だった。 「う、うううううう受け取ってくれ!」 ぎゅっと目を瞑ってありえないくらいにどもりながら、まるで表彰状を受け取るような格好で叫んだ。 下を向いたまましばらく沈黙が流れる。時間にすればたった数秒のはずなのに、永遠に続くかと思った。 「えっと……これは?」 「ば、バレンタインの……ちょ、チョコ……」 素直に答えるとまた沈黙。うぅ……く、空気が……痛い……。 「……浮気?」 「ち、違っ!?こ、これはサーニャのぶんで……ミヤフジには別に用意してあって……」 「……じゃあ二股?」 「そ、そういう事じゃなくて……ってなんでそんな言葉をっ!?」 ハルトマンのヤツの入れ知恵だろうか。 仲が良いのは結構な事だけれど、頼むからあんまり変な言葉を教えないでくれ……。 「二股とか、そういう事じゃないんだ!」 「じゃあ、どういう事?」 「サーニャは……サーニャは私の、大切な人なんだ……」 声のトーンが下がった。ミヤフジと恋人、という関係を持っている以上、そう思われるのも無理は無いだろう。 ミヤフジへの愛情は、恋人としてのものだ。501のみんなへの愛情は、家族への愛情だけど、友情と似ている。 じゃあサーニャへの気持ちは何だ? 「この気持ちは、ミヤフジへの好きや、みんなへの好きとは何か……どこかが違うんだ」 ミヤフジのように恋人にしたい存在として?……違う。 隊のみんなのように家族のような存在として?……似ているけど違う。 まだよく理解できていないけど、多分、私はサーニャの事を娘のような感覚で見ているのかもしれない。 一目見たときから、「守らなくちゃ」と思った。無償の愛を注ぎたいと思った。健やかに育って欲しいと思った。ずっと側にいたいと思った。 「でもこれだけは言えるんだ、私はサーニャを守りたいと思ってる。いつか必ず、サーニャの両親を見つけ出したいと思ってる」 でもその感情が何なのかよくわからなかった。接し方がわからなかった。 だから付かず離れず、側にいた。……判断を保留にしたまま。好意を伝えないまま。 「ええと、だからつまり……何が言いたいかというと……」 でも、世界が平和になったら一緒に探す以上、伝えないといけない気がする。うやむやのままじゃだめだと思った。 言わなきゃと思った。伝えなきゃと思った。一番近くにいた筈なのに、一番遠かった君に、ただ一言伝えていなかった言葉を。 「私は、サーニャの事が、好きだっ!サーニャの両親を捜し当てるまで、私が守るから、だから、側にいさせてくれっ!」 言った。目をぎゅっと固く閉じて、手に持った包みを差し出した。 やはりまた沈黙。目を開けるのが怖い。 サーニャが息を吸い込む音が聞こえた。 「嫌だよ」 「……さーにゃっ……!」 短く放たれた拒絶の言葉に思わず目を見開く。涙が溢れそうになる。 顔を上げると同時に、チョコの箱を差し出す手が暖かいものに包まれた。……サーニャの手だった。 「お父様とお母様を見つけるまでだなんて、絶対に嫌。だってわたし達はもう、家族でしょう?」 「さーにゃ……」 「たとえ離れ離れになっても、側にいるよ。心と心で繋がってるんだよ。だから、いつまでも一緒。家族ってそういうものなのよ。きっと」 「さーにゃぁ……」 「ありがとう、わたしもエイラの事が、大好きだよ」 花が咲いたような笑顔、というのはこういうのを言うんだろう。 なのに、その言葉を聞いた瞬間、視界が滲んでその可憐な花を見ることができなくなってしまった。 泣くまいと思っていたのに、結局私は泣いてしまった。 けれどその涙はさっき込み上げてきた涙とは別の種類だったから、構わず流す事にした。 「じゃあ、いってきます」 「気をつけてなー」 「いってらっしゃい、サーニャちゃん」 小さく手を振りながらサーニャが夜の闇に紛れていく。きらきらとした尾を引きながら。 その光の尾が米粒くらいになるまで見送った後、振っていた手を下ろしながらミヤフジがようやく口を開いた。 「今日のサーニャちゃん、なんだか嬉しそうだった。……何かあった?」 やっぱりミヤフジは鋭いな。 その「何か」が具体的にはわからずとも、空気とか雰囲気とか、そういうものを感じ取ってしまう子なのかもしれない。 「んー……「好きだ」って伝えた。初めて会ってから一年越しくらいに」 「……そっかぁ」 ふぅと息を吐きながら、にっこり笑うミヤフジ。どこか嬉しそうだ。 「怒んないの?浮気みたいなモンじゃん、これって」 「怒るわけないよぉ」 そう言いながら踵を返して発進ユニットの階段をかつん、かつん、と小気味良い音を立てながらリズミカルに降りていく。 最後の一段を飛ばして、少し離れた位置に着地してびしっとポーズ。文句なし、十点満点の着地を決めた後、振り返りながら言う。 「サーニャちゃんを好きじゃないエイラさんなんて、想像できないもん」 「……確かになー」 想像してみるも、そんな自分はちっとも浮かんでこなかった。 たとえどんな出会い方をしたとしても、きっと私はサーニャの事を好きになるんだろう。そんな気がした。 見透かされてるな、そう考えながらぽりぽりと頭を掻きつつ後を追って私も階段を降りる。 降り切ったところで、待ってましたとばかりにミヤフジが私の顔を覗き込むようにして見上げてきた。 「それに、エイラさんのこと信じてるから」 「……期待に添えられるかわかんないよ?」 だって私は気まぐれだから。意志の弱いヘタレだから。それでもきみは、私の事を信じていてくれるのかな。 「それでも、信じてる」 言って太陽のような笑顔を浮かべるミヤフジ。花に例えるならばきみはまず間違いなく、向日葵なんだと思う。 「……ありがとな」 髪を撫でると少しくすぐったそうに目を細める。それだけで幸せな気分になれる。 ふと、ミヤフジが太陽だとしたらサーニャは月なのかな、という考えが頭に浮かんだ。 じゃあ私は何だろうかと考えて、一つだけ思い当たった。 「空、かな」 自然と声に出していた。 「なぁミヤフジ、バレンタインデーって知ってるか?」 「え?知らない。ヨーロッパの行事か何か?」 ベッドの上で壁にもたれかかりながら問い掛けると、案の定ミヤフジは今日という日の事をご存知無いようで、興味津々といった面持ちで聞いてきた。 見つからないようにこっそりと、ふたつあるうちの片方のポーチを触って中身を確認する。……うん、ちゃんとある。 いつもはお気に入りの飴を入れているポーチも、今日ばかりは中身が違っていた。 「恋人とか親しい人とかに、贈り物をする日らしいよ。私もブリタニアに来て知ったんだけど」 「へぇー。素敵な日だね!わたしもその日に何か贈ろうかなぁ」 「んー……残念」 うきうきと私への贈り物を考えてくれているらしいミヤフジに、不本意ながら水をさす。 いや、ちょっとだけ楽しんでるかな。きみの表情の変化を。 「それ、明日なんだよね。……正確には今日、かな」 ちら、と時計を見ながら言った。 もう長針が短針を追い越して、いつの間にか日が変わっている。 「へっ?」 私の言葉を聞いてきょとんとした呆けた顔でこちらを見つめてきた。 その顔がみるみるうちに紅潮していって、慌てたような表情になっていく。 「えええええええ!?」 「ひひひ」 「どど、どうして教えてくれなかったの!?」 面白いくらいに目をぐるぐるとさせて、ミヤフジが詰め寄ってきた。 鼻息が荒く、私の肌に当たるくらいの距離だ。……このままキスしちゃおうかなー……。 「だって私から教えたらなんか催促してるみたいじゃん。それってなんかかっこ悪いし」 言いながら腰のポーチを開いてリボンがかけられた小さな箱を取り出して、差し出す。 「……で、これが私からのバレンタインの贈り物」 「ず、ずるい!」 箱をみとめた瞬間にぷくぅ、と頬を膨らませながら抗議の声を上げてきた。 「なんだよもー、貰えるんだから素直に喜べってば」 「うぅ……かっこよくて……ずるい。わたしだって、何か贈りたかったのに」 少し俯きながら小さく呟かれたその言葉に、不覚にも胸の奥がじーんと震えた。 もう、その言葉だけで十分だ。 「いーんだよ。私が贈りたいから贈るんだ」 きみを笑顔にしたいから。きみに好きだと伝えたいから。だから、贈るんだ。 「だから、受け取ってよ、私の気持ち」 「…………うん」 たっぷり数秒悩んだ後、ようやく折れて小箱に手を掛けてくれた。 多分その時私は満足したような安心したような、そんな顔をしていたと思う。実際、肩の荷がひとつ下りたような気がした。 「開けていい?」 「もちろん」 即答すると、少し遠慮気味にリボンを解いて包装紙を丁寧に剥がし始めるミヤフジ。その様子を頭の後ろで手を組んで見守った。 蓋を開けると、綺麗に並んだ色々な形をした胡桃大のそれらが顔を覗かせる。 「……チョコレート?」 「花とかカードとかいろいろあるらしいけど、こういうのの方がいいだろ?ミヤフジって甘いの好きだし」 「うー、なんかバカにされてるような気がする」 「そんなことないってば」 へらへら笑いながら言う。説得力なんてあったもんじゃなかった。 しばらく唸った後、おずおずとそのうちの一つに手を伸ばして摘んで、口に運ぶミヤフジ。 頬張ってもぐもぐと口を動かした後、こくり、と喉を鳴らした。その仕草が妙に色っぽくてどきりとする。 「……あまい」 「そ、そりゃ良かった」 ドキドキと鳴る胸を誤魔化すように明後日の方向を見た。 窓の向こう側にはよく晴れた夜空に綺麗な満月が浮かんでいる。予想は当たっていたようだった。 「エイラさんも食べる?」 声に振り向くと、並んだうちのひとつをまた手にとって差し出してきてくれていた。 とても魅力的な提案だったけど、それってなんかちょっと違う。 「い、いいよいいよ、私の気持ちを私が食べるのってなんかヘンだし、全部食べて良いよ」 「そう……」 ぶんぶんと手を振って遠慮すると、少し残念そうに手を引っ込めてそのまま自分の口へと運んだ。 咀嚼した後、今度は口の中でチョコレートを溶かすようにもごもごとさせている。 ……素直に従っておけば良かったかな、と少しだけ後悔。 「……あ」 「ん?」 しばらくして、ミヤフジが軽く声を上げた。 何かと思って顔を見ると、不意に視線がぶつかった後、みるみる真っ赤になっていってすぐに俯いてしまった。 ……何だ何だ? 「あのっ」 「な、何?」 俯いたまま声を張り上げられて、少し気圧されながら次の言葉を待つ。 「じ、じっとしてて」 「え」 声を出そうとした瞬間にはもう、首の後ろに腕が回された上に口を塞がれていた。 触れるだけかと思いきや、いきなり舌が侵入してきて、自前の舌と艶かしく絡まっていく。 ……こんな積極的なミヤフジは珍しくて、思いっきり戸惑う。戸惑うけれど、抵抗もせずにされるがまま。ホント私は流されやすい。 だって、やばいくらいに気持ち良いんだ。 「ふ、は」 ひとしきり口内を舐められて、満足したのかどうなのかそっと唇を離すミヤフジ。 お互い顔は真っ赤。当たり前だ。不意打ちにも程がある。嬉しいけどなんとなく釈然としない顔でいると、ミヤフジが口を開いた。 「ちょ、チョコの味、した?」 一瞬何のことだかわからなくて、夢見心地の頭で必死に考える。 確かに口の中が甘ったるい、チョコレートの味がした。……えーと、つまり? 「わ、わたしからの……バレンタインの……わああ!やっぱ今のなし!忘れて!!」 今更そんな事言われても、しちゃったものはしちゃったんだから撤回なんてできるはずもなくて。 更に言うとそんなかわいい仕草をされたら意志の弱い私なんかはスイッチが入ってしまうわけで。 「……忘れられるかよ、ばか」 まぁ、そんな訳で今度は私の方から口を塞ぎに行っちゃったんだけどね。 ※言い訳※ ・うるせええええええ みたいな ・2月は非常に忙しいですね(いい笑顔で)