「ええ!?」 ミーナ隊長が大きな声を出すのは珍しい。 慌てて口を押さえて、小さな声で続きを話す。 「…ホントに今日も行ってくれるの?」 ひどく申し訳なさそうな顔。 「はい、それが私の仕事…ですから。夜間哨戒、そろそろ行ってきます…」 ふと視線を転じると、隊のみんなが思い思いにパーティを楽しんでいる。 今日はクリスマスイブ。 同時にルッキーニちゃんの誕生日でもある。 本当のところ、楽しそうなみんなとまだまだ一緒にいたいし、 私の誕生日を祝ってくれたルッキーニちゃんにもまだまだお返しはしたい。 でも、私が空を飛ぶ事で、 みんなが気兼ねなく笑い合えるなら。 安心してパーティを楽しめるなら。 それが恩返しになってくれるなら…。 「何かあったらインカムに直接伝えますから…隊長も通信室で待機してないで、パーティ…楽しんで下さいね」 せめてこれ以上心配をかけないよう、微笑んでみた。 「そんな…ダメよ、こんないい子を飛ばすなんて…あぁ私が代わりに飛びたいぐらいだわ」 逆効果だった。 困った。隊長も困ってる。 こういう時は、もう、先に空に上がっちゃうに限る。 「私の事なら気にしないで大丈夫ですから…行ってきます」 呼び止められる前に回れ右。 ハンガーに向かって走り出す。 …と思ったら。 いつの間にかエイラが後ろをついてきてた。 「ごめん、聞いちゃった。でも一人で行くのなんてなし、な?」 わざわざミーナ隊長を部屋の隅に連れて行って話してたのに…。いつバレたんだろう。 「エイラ…ダメだよ、今日はみんなと楽しんで」 「サーニャがいないのに、そんな気分になれるわけないじゃん」 事もなげにそう言っちゃうエイラがずるい。 かっこよくてずるい。 「あらあら、そういう事…二人なら安心だけど、任務は一応忘れないでね?  誰も見てないからって羽目を外しちゃだめよ?」 うう。 隊長も追いついちゃってるし。 「く、空中で何が出来るって言うんだよー!」 「そりゃまぁ色々、出来ちゃうんじゃない? うふふ」 余裕の微笑を浮かべる隊長を前に、 私たちは顔を真っ赤にして静かに退室する事しか出来なかった。 出来るだけ静かに発進するよう気をつけた。 ある程度の高さまで来て、一息つく。 暗い夜の空はいつもと変わらず静かだけど、 遠くまで見渡せる地平線には、少しだけウキウキしているような灯りがぽつぽつと点っている。 …それは私が浮かれているからそう見えるだけかな。 でも。 この世界のどこかでは、きっと不幸な灯りもある。 ネウロイのせいで。 だから、私たちが頑張らないといけないんだ。 むん、と張り切る。 …でも。 「今日は来て欲しくないよなー…」 横のエイラがぽつりと呟いた。 「うん…」 さっき見た、基地のみんなの笑顔を思い出す。 特にルッキーニちゃんの、太陽みたいに眩しい笑顔。 「前回来たのが…えーっと、4日ぐらい前だっけ。少し微妙なんだよなー」 だからこそ今夜も私は飛ぼうと思った。 みんなが余計な事を考えずにいられるよう。 みんなの笑顔が凛々しい顔に変わるのは、とても心強い。 でも、それはやっぱり、悲しい事だと思うから。 びゅう、と冷たい風が吹いた。 さすがに魔法である程度耐えられるとは言え、 この季節の上空は寒い。 「わっと、今日は冷えるな。サーニャ大丈夫か?」 エイラが心配そうに聞いてくる。 「うん…大丈夫だよ」 エイラのおかげで。 そう思いながら、首に巻かれたマフラーをぎゅっと握る。 エイラがくれたマフラー。 もらった時の事を思い出すと、今でも恥ずかしさで体が火照る。 そして、それ以上に、 私を受け入れてくれたエイラとのつながりを感じて、 もう寒さなんてへっちゃら。 「エイラこそ…大丈夫?」 私ばっかり防寒対策できてる気がして、申し訳なくなった。 「だいじょぶだいじょぶ、こんなのスオムスの方がもっとさむ…ふぁ、っくしゅっ」 「エイラ…」 言ってるそばから。 「い、いやいや、今のはアレだよ、基地の誰かが私の噂してるんだなー。大丈夫だから、うん」 私の前ではいっつも痩せ我慢。 それがかわいくて、でも悔しくて。 「無理しちゃダメだよ…? ホントに体調悪いなら、すぐ戻って休むんだよ?」 そう言いながら、エイラのところに近づく。 「あー…うん。大丈夫、だと思うんだけど」 心配が伝わったのか、エイラも真面目に自分の体調を確認したみたい。 とは言え、風邪は引き始めが肝心って言うよね…。 「じゃあ…こうしたら、あったかいかな」 くるり、とエイラの後ろ側に回り込んで、細い体を両手で包み込んだ。 「あ! あの、……。うん、あったかい」 一瞬体をこわばらせたエイラだけど、そのまま私に抱かれたままでいてくれた。 その姿勢のまま、ぽつりぽつりと言葉を交わす。 「…ごめんね、エイラ。こんな日なのに、つき合わせちゃって」 「言ったろ? サーニャがいないんじゃ楽しめないって」 「でもエイラ、パーティでも私に構ってくれて…『これおいしいぞ、食べてみ』とか、『眠くないか』とか」 「あー、ごめん、いい加減ウザかったかなぁ」 「ううん、違うの、そうじゃないの…私がエイラをね、独り占めみたいで…嬉しかったんだけど、ね。  …エイラ自身は楽しんでくれてるかなぁって」 「最高に楽しかったよ」 間も置かずに断言されて、少し戸惑う。 「楽しかった、っていうか、今も楽しいよ。  サーニャと一緒にクリスマスってだけで、こんなにウキウキするなんて、想像もしてなかった」 少しどころじゃなく戸惑う。 エイラからこんなにストレートに言われるの、珍しい、かも。 ホントにウキウキしてる…んだなぁ。 …わ、私のせいで。 顔が熱くなる。 「だから、ホントにうざったかったりしたら言ってな?  もう、何か、自分じゃよくわかんなくなってて…もしサーニャに嫌われる事でもしたら、私…」 と思ったら急に弱弱しい話し方になっていくエイラ。 …んもう、かわいい。 ぎゅーっと抱きしめる。 「パーティでも気にかけてくれて嬉しかったよ…ここについて来てくれるって言った時も嬉しかった。  私も、エイラと一緒にクリスマスをお祝いできて、本当に幸せ…」 「あ…うん、サーニャ…」 エイラの手が、私の手に重ねられた。 胸の奥から嬉しさが湧き上がってきて、二人とも体が熱い。 寒さなんてもう気にならないほどに。 「…ちょっとルッキーニには悪い事したかもなー」 「…ん」 プレゼントは渡したし、エイラも何かあげてたけど。 お祝いした…つもりだけど。 どうしても罪悪感がある。 ここで二人だけで、ルッキーニちゃんより幸せになっちゃってる気がする。 「まぁ今日言い足りなかった分も明日言おう。  たぶん明日もテンションマックスだから、あいつ」 得だよなー、二日続けて誕生日みたいなもんだよ、と言うエイラに くすくす笑った時、 私のアンテナが音を拾った。 「…!」 「どうした? …まさか出た?」 「ううん…これ、ネウロイじゃない」 もっと聞き馴染みのある…エンジン音。 しかも基地の方角から。 「あー、やっと見つけた! ひどいよー二人していつの間にかいなくなっちゃってー!」 ぷんすか、という擬音が似合いそうな様子で、 ルッキーニちゃんは詰め寄ってきた。 私はまず謝ろうとしたんだけど、 「いやうん、それよりパーティの主役が抜け出しちゃダメだろ」 エイラに先に言われる。 …あとさすがに誰かに見られるのは恥ずかしかったので、抱きつき体勢は解除済み。 「だいじょーぶ! 抜け出してきてないから! みんなも一緒に上がってきてるよー」 にぱっとルッキーニちゃんが笑う。 「…マジか」 …ホント? でも、確かに、アンテナに力を注ぐと様々な方向からエンジン音が聞こえる。 …どうしよう。 私、そんな、私のせいでみんなに余計な負担を。 「あのね、パーティはみんながいるからパーティなの! だいたい私からサーニャんにプレゼント、まだ渡してないのにー」 「え、私は誕生日でもないし…」 「そんなのかんけーないの! クリスマスなんだから!」 ぼふっ、とルッキーニちゃんから大きめの布を押し付けられる。 …毛布? 「サーニャん、いつもお昼眠そうでしょ? だからね、よく寝られますようにって! にひひー私とおそろい!」 「あ、ありが…とう」 全く予想もしてなかったので、うまく言葉が出てこない。 いつもいつも、私は口下手で、悔しい。 「おいおーい、私にはないのかー?」 私がうまく喋れない間をつなぐかのようにエイラが茶々を入れてくれる。 いつもごめんね、エイラ。 「うにゅー? それがね、シャーリーにね、サーニャんには毛布をあげるつもりって言うとね、  『大きめのサイズにして、サーニャとエイラ二人にあげな』って言うの。  その方が嬉しいって言うんだけどー、どお?」 つまり、それは、その。 二人で使え、と。一枚の毛布を。 顔が真っ赤になる。 ルッキーニちゃんが真っ直ぐ見つめてくるから、尚更。 「しゃ、シャーリーのやつ、何吹き込んでるんだよ…!」 エイラも同様らしい。 「うじゅー…嬉しく、なかった?」 「あ、いや、違うの、とっても嬉しくて、逆に言葉が出てこなくて…ホントにありがとう。大事にするね」 「ホント? よかった!」 不安げな顔を全開の笑顔にしてくれる。 「あ、それとね! 二人からもらったプレゼントすごくあったかいよ! ありがとー!」 私からは手をすっぽり覆う手袋を。 エイラからは、帽子かな? ルッキーニちゃんがかぶってる、魔法で耳が生えた時のために耳の形のスペースが取ってある。 「あはは、二人とも防寒具になっちゃってたか。ま、私ら北国出身だからなー」 嬉しそうに手袋をはめた手をこっちに突き出してくるルッキーニちゃんを見て、私も嬉しくなる。 「ちゃんとこうやってお礼言いたいんだから、勝手にいなくなっちゃダメだよ? ね?」 「うん…ごめんね」 「うんうん、わかればいーの! にっひひー!」 …かなわないなぁ。 散開して私たちを探し回ってくれてる隊員のみんなに、 通信を使って現在位置を告げる。 敵を発見した時の報告に必要だから、座標はおおむね頭の中に入っている。 近い人から順番に来てくれるはずだ。 まず、すぐバルクホルンさんが来てくれた。 「おいルッキーニ、見つけたらすぐに全員に場所を報告しろと言ってあっただろう」 「それがねー、ざひょーとかよくわかんなくなっちった!」 「…やれやれ。まぁ夜間だし無理もないか。二人とも、ご苦労様。こんな日まで済まんな」 「いえ、あの、私の任務ですから…」 「…全く、しょうがない子だなぁ」 ふっと微笑みながら、優しく頭を撫でてくれた。 …エイラが羨ましそうに眺めてきた。 そのエイラの背後からぬっと現れたのがハルトマンさん。 「…いやあんた、あれ以上にイチャイチャしてんじゃんいっつも」 「な! なんだびっくりしたぁ! 怖いから急に出てくんなー!」 「独占欲があんまり強いと大変だよー? 主に自分が。くっふっふ」 エイラでなく私に言われた言葉のようで、ドキッとする。 「あー、うん。そりゃわかってるつもりだけど、大丈夫だよ。うん」 でも、エイラは頷きながらも否定した。 「おお…信頼しあってるねぇ…。からかい甲斐がないじゃーん」 「おかげさまで」 ハルトマンさんの登場とは逆に、 遠くから「おーい!」と声を発しながら近づいてきてくれたのは坂本少佐。 「済まないな二人とも。にしても水臭いじゃないか、ミーナには言ってなぜ私には言ってくれなかった」 「あの…パーティに水を差したくなくて…」 「むぅ…私は上司として頼りないか、バルクホルン」 「い、いえ! 決してあの、そういうわけじゃ…!」 思わぬ言葉に慌てる。 「私もサーニャぐらいの年には上司に勝手を言った事もあった。  任務上ではもちろん信頼しているが、それ以外ではもっと甘えてくれていいんだぞ?」 「は、はい…」 「よーしよし、いい子だいい子だ。はっはっは!」 今度はわしわしと頭を撫でられる。 やっぱりエイラが見てくる。 「…うん、こりゃまだまだ楽しめそうだー」 「うるさい、ハルトマン」 エイラ以外の視線も感じた。 誰だろう、と振り向くと、ぷるぷると体を震わせるペリーヌさんがいた。 「…ええこれは仕方のない事ですわ私に夜間哨戒は向いておりませんしでもそれ以外の場所で取り返せば大丈夫ですわええ大丈夫ですわ…」 静かに呟いている。 …羨ましかったのかな。 きっと音に敏感な私にしか聞こえなかった呟き。 「…あの、坂本少佐。ペリーヌさんにも…」 「ん? なんだペリーヌ、お前もか? …まぁ無理もないな。そうならそうと早く言え!」 「え、えええええええ!? あ、あの、私は…その、だいじょ、ひゃぁんっ」 はっはっはと豪快に笑いながらペリーヌさんの頭を撫でる坂本少佐。 私の幸せ、おすそ分け。 とろんと表情がとろけるほど喜んでくれてるペリーヌさんを見て、全員の顔から笑みがこぼれた。 「おー? 良かったなーペリーヌ、下でパーティやってる時より楽しそうじゃないかー」 シャーリーさんも来てくれた。ルッキーニちゃんがすぐさま飛びつく。 「ねーシャーリー、あたしもあたしもー!」 「おいおい、わかったわかった。サーニャにちゃんとプレゼント渡したかー?」 「うん! シャーリーの言うとーりだったよ!」 「よーしよし、偉いサンタさんだ! あっはっは!」 ルッキーニちゃんの頭を撫でながら、私とエイラに微笑んで親指をグッと立てるシャーリーさん。 うう。 さっきのプレゼントの用途を思い返して、二人で赤面する。 毛布を抱く手に力がこもった。 「あー! いたよリーネちゃん! やっと追いついたぁ!」 「あ…良かったぁ…」 芳佳ちゃんとリーネちゃんは同時に来てくれた。 「あのねサーニャちゃん、今日は何とか二人に手をつないでもらわなくても飛べたよ!」 「わ、私、無理だったから、芳佳ちゃんに手握ってもらって、何とか…。怖いね、ホントに」 「それ、リーネがいたから宮藤も平気だったんじゃないかー?」 「う…それは、言われて見ると、エイラさんの言う通り、かも」 「や、やだぁもう! 何言ってるんですかー!」 「やれやれ、二人ともまだまだ訓練が足らんな…」 最後に来てくれたのはミーナ隊長。 それだけ遠いところから私たちを探してくれてたんだ。 「どう? サーニャさん、敵の気配は?」 「はい、…今のところありません」 常時警戒はしてるけど、改めてアンテナに魔力を集中させる。…うん、大丈夫。 「…良かった。ごめんなさいね、やっぱり二人だけに行ってもらうのが悪くて…みんなに言っちゃったわ」 「いえ、そんな…私こそ、みなさんに負担をかける事になってしまって…わざわざここまで来てもらって」 「何言ってるの、今更。いつもありがとう、貴女の任務遂行には本当にみんな助けられているのよ」 「そうだよ、せめてこんな日ぐらいはお礼言わせてよサーニャちゃん!」 「私達が勤勉に働く事が出来るのは、どこかで負担を受けてくれる者がいるからだからな」 みんなから一斉にお礼を言われて、胸が熱くなった。 「うん、サーニャがここにいてくれて、本当に良かったよ」 エイラまで。 「あ、ありがとう…ございます…みなさん…本当に…ありが……」 言葉につまる。 ちゃんとお礼が言えない自分が、これだけの好意に応える事のできない自分が、とても悔しい。 「…そろそろ日付も変わる頃ね」 「うじゅー、あたしの誕生日もう終わっちゃうのー…」 「まぁまぁ、364日なんてあっと言う間さ。その間にどれぐらいこのグラマラス・シャーリーに近づけるか見ものじゃないか」 「む! よーし見てろー今年はたくさん食べてたくさん育つぞー!」 「横には太らないように気をつけるんだよー?」 「うるしゃーい! ハルトマンちゅーいこそあたしとあんま変わんないくせにー!」 「私はこの体型で満足だもーん」 楽しそうにじゃれあうルッキーニちゃんを見て思う。 「私たち、家族みたいなもんなんだから。あんまり一人で無茶しちゃダメだぞ?」 そうだね、エイラ。 家族なんだ。私たち。 お父様。 お母様。 ごめんなさい、私ばっかり幸せになってしまっている気がします。 でも、いつか、私のここでの家族を紹介するから。 どうか待っていて下さい。 「じゃあ、日付変わる前に、ね…」 横の芳佳ちゃんから耳打ちされる。 うん、それは素敵。 私からもエイラに伝えて、エイラも横の隊長に伝えていって。 …全員に伝達したかな? ルッキーニちゃん以外の全員。 そして0時になるほんの少し前。 突然隊長が「せーの!」と音頭を取る。 きょとんとするルッキーニちゃん。 うふふ。 「「「誕生日おめでとう! フランチェスカ・ルッキーニ少尉!!」」」 一瞬ほけ、とする。 でもすぐに、夜なのに太陽がそこにあるかのような眩しさで、 「うん、ありがとうみんな! ホントに、ホントにありがとう!」 最高の笑顔をくれた。 そしてその瞬間、時計は0時を差したようだ。 時計をちらっと眺めた隊長が続けて叫んだ。 「みんな、メリークリスマス!」 こういう日の楽しさは、決して比較できるものじゃない。 お父様やお母様と向かえたクリスマスも、私の大切な大切な思い出。 でも、少し前まではここまで素敵な日を迎えられるとは想像もしてなくて。 横には私の大切なエイラも微笑んでくれていて。 再び胸がいっぱいになりそうになったから、 大声を上げてそれをごまかす事にした。 「「「メリークリスマス!!」」」 ・タイムオーバー…ウウッ! ・言い訳すると全員出すのマジ大変