よしこ×エイラSS 「たった、ひとつの」 エイラ視点 あわあわ、あわあわ。 手を動かせば動かすほど真っ白で雲みたいな泡がどんどん膨れ上がっていく。 サーニャの綺麗な銀色の髪をもっともっと綺麗にしてくれる魔法の泡だ。 「どっかかゆいとことか無いか?」 「……?無いよ」 いつだったかのミヤフジの真似をして聞いてみた。返答は生憎のノー。 「遠慮しなくてもいいのに」 「……してないけど……」 そうなのか。うぅん、残念。 その話題についてはそこで打ち切って、また頭を洗うことに集中する。 「それにしても今日のリーネちゃん、凄かったなー」 「えー?そ、そうかなぁ」 すぐ隣ではリーネ、ペリーヌ、ミヤフジの仲良しトリオがお喋りしながら身体を洗っていた。 話のタネはどうやら今日の出撃の際の戦闘の話。 ネウロイの機動が妙に素早くてなかなか仕留められなかったのを、リーネの強化弾頭が硬い外殻を突き破ってコアを射抜いたらしい。 らしい、というのは私が留守番役だったから、帰投後に人づてに聞いたからなんだけど。 「あんなのまぐれだよ〜」 「まぐれ……とは言えないレベルにまで成長してますわね。実際皆梃子摺っていた所を貴女の一撃で決めたのですから」 いつものようにつんとしたすまし顔で批判するかと思いきや、ペリーヌも素直にリーネの成長を認めているようだった。 親友が褒められたのが嬉しいのか、笑顔になったミヤフジが同意を求めた。 「ペリーヌさんもそう思いますよねぇ」 「ツンツンメガネが素直だとなーんか気味が悪いなー」 「お黙りなさいな。わたくしだって褒める所は褒めますわ。直すべき所はそれ以上に言いますけど」 あらま。ペリーヌの方も成長して、ちょっとした茶々程度じゃ動じなくなってしまったようだ。 いいことなんだろうけど、それはそれでからかい甲斐がなくてつまらないなぁ……。 「なんかそういうところ、坂本さんに似てる気がします」 ペリーヌの物言いに、ミヤフジが口を開いた。 「しょ、少佐に!?」 「あ〜、なんとなくわかるなぁ。坂本少佐もいつもは厳しいけど、上手くできたら『よくやった』って褒めてくれるし……」 顎に指を当ててそう言うリーネに同意したのか、サーニャもこくこく、と首を縦に振った。 「こ、こらサーニャ、動くと洗えない」 「あ……ごめん」 「いや……謝んなくてもいいけど……」 少ししゅんとしてしまうサーニャ。 わしわし、わしわし。んー、まぁ、こんなもんかな? 一通り髪を洗い終えたので今度は濯ぎだ。 「流すぞー?目ぇ瞑ってろよー?」 「うん」 取っ手を捻ってシャワーからお湯を出して、サーニャの頭にまとわりついた泡を洗い流す。 今日もお勤めご苦労さん、と思いながら排水口に流れていく泡をなんとなく眺めた。 「はいできた。次はリンスな」 「面倒……」 「そう言わない。髪の毛ごわごわになっちゃうぞ」 そう窘めながらポンプを数回押して、もう片方の手に少量とって手の平全体に馴染ませた。 「うううう!リーネさんの活躍の話がなんでわたくしと少佐が似てるって話になりますの!」 すぐ隣ではこの場の全員に集中攻撃されてわかりやすく顔を真っ赤にするペリーヌがきいきいと甲高い声を上げている。 少佐に絡められるとこうなってしまうあたりはまだまだ成長してないらしい。 「……ま、まぁ憧れの方に似てると言われて嬉しくないと言えば嘘になりますけど……」 「素直じゃないなー。リーネも謙遜してないで、褒められてんだから素直に喜んどけー」 「あはは……ありがとうございます、ペリーヌさ、ひゃあああああ!?」 突然の悲鳴に目を向けると、いつの間に忍び寄って来ていたのかルッキーニがリーネのその豊かな胸を揉みしだいていた。 シャーリーのそれとはまた違った具合に指を埋めて形を変えるリーネのそれ。リーネの白い肌とルッキーニの南国特有の褐色の肌という対比が艶かしい。 サーニャの髪にコンディショナーを馴染ませながらぼんやりとその様子を眺めていた。 「ほーんとリーネの成長はいちじる?しいよねー♪狙撃の腕もこのムネもー」 「ル、ルッキーニちゃ〜ん!?」 「それに比べてペリーヌはまだまだぺったんこ〜」 ふっふっふ、と笑みを浮かべてペリーヌの貧相な胸を凝視する悪ガキ一名。 その場に居る全員も同じように視線を向ける。……あ、アバラ浮いてる。食ってるもんは同じなのにどうしてこう差が出るのかねぇ。 ミヤフジの出すナットウに手をつけなかったりするのが原因なのか、単に体質なのか。ペリーヌの身体は妙に細い。 それに比べてリーネの方は少しばかりふくよか、というか、「うちの家系って食べたらすぐにお肉になっちゃうみたいで……」 と嘆いていたのを以前聞いた。ペリーヌもリーネも、体質の差なのかもしれない。 まぁどっちも見るからにガリガリだとか太って見えるという事も無いので気にする事無いと思うけどなぁ。 「おおおお黙りなさい!このッ、脳内年中南国娘!この台詞も何度目かわかりませんけど、貴女にだけは言われたくありませんわ!!」 「そんな事ないもーん。誕生日の後にシャーリーとミーナ隊長に計ってもらったらちょっとだけおっきくなってたもーん」 マジか。おいマジかルッキーニ。 「え?そうなのルッキーニちゃん」 「う、うう嘘ッ!?」 「ホントだってば!ねー、シャーリー?」 信じられないという顔をするペリーヌにトドメを刺すべく、湯船に浸かっているシャーリーに同意を求めるルッキーニ。 名前を呼ばれたシャーリーは眠そうなたれ目をこちらに向けて、 「ん〜?まぁ、ちょこっとだけな」 と、指で隙間を作って私達に示して見せた。本当にちょこっとだけらしい。 「…………」 視線を戻すとサーニャが実に無念そうな顔で自身のそれを見下ろしていた。 「サ、サーニャはそのままでいいんだかんな!」 「……うーん……」 「リンス流すぞ!」 「え、ふあっ」 私のそれに視線が行きかけたので誤魔化すようにもう一度お湯を出して目を瞑る事を促す。 ぬるつきを取り除いてつやつやになった頭をぽんぽんと軽く叩いて、「終わったぞ」と声をかけた。 少しばかり顔を振って水気を飛ばすサーニャ。 「さ、風邪引いたら大変だから湯船に浸かってきな」 「うん、ありがと」 隣のぎゃあぎゃあという口喧嘩に掻き消えそうな礼を告げた後、眠そうな足取りでふらふらと歩いていくサーニャを見守った。 明日の非番をみんなと過ごすために、今日はずっと起きてたもんな。そりゃ眠いか。 ……心配だったので予知を発動する。……うん、なんとも無いみたいだ。 「ヨシカだって腕もムネも成長してるんだよ〜?ペリーヌはどうかにゃ〜?」 「み、宮藤さんまで!?う、裏切り者!」 「ええええ!?」 ん、お前もそう思うか同志ルッキーニよ。私もなんとなーく、育ったかな、とは思っていたところだよ。 ……まぁ実際は来た当初のミヤフジのサイズを知っているのはルッキーニだけなんだから、私は確認のしようが無いんだけどさ。 でも、見た感じではちょっとは大きくなってるような……。 「目つきがいやらしいですよ、エイラさん」 「うぇ!?な、なんでそうなるんだよリーネ!」 リーネの指摘で私の視線に気づいたらしく、ミヤフジも今更ながら両腕で前を隠す。 「エイラに揉まれてるからおっきくなったのかな?ヨシカは」 「ル、ルッキーニちゃん!?」 「揉んでねー!!」 顔を真っ赤にして否定するも、ルッキーニは端から信じていない様子。 珍しく私相手に攻めに回ったのが気分が良いのか、嫌な笑顔で近づいてきた。くそ……マセガキめ。 「またまたぁ、そんな事言って毎晩……うじゅあー!?」 「はいはいルッキーニ、風邪ひいちゃうから一緒に湯船に浸かろうなー」 突然伸びてきたシャーリーの手に腕を引っ掴まれて引き摺られていくルッキーニ。その様子はまさに子を躾ける母親のようで、頼もしかった。 さんきゅーシャーリー、助かったよ。と心の中で礼を言った。 「……そうなんですか?エイラさん」 「も、揉んでない」 「……そうなんですか」 なんで残念そうな顔をするんだリーネ。揉むぞコラ。 ……だってそういう事は……友達の間ならただのふざけあいで済むかもしれないけどそういう関係になった後でするそれは……なんか違うじゃん。 ちら、とミヤフジの方を見ると、やっぱりというかなんというか、両腕で胸を隠した姿勢のまま顔を赤くして俯いていた。 バスタオルを身体に巻いて、片手を腰に当てて、肘は45度の角度。これが扶桑でのしきたりだそうだ。 「「「ぷはぁーっ!」」」 私とミヤフジとルッキーニの風呂上りはいつもこれで締められる。 火照った身体に良く冷えた牛乳の冷たさが染み渡り、爽快だ。 「……下品」 「そう言わずにペリーヌさんもどうです?おいしいですよ」 「……結構」 「そんなだからいつまで経ってもぺたんこなんだよペリーヌぅ」 「そーだそーだ。好き嫌いすんなー」 ルッキーニと私の挑発に乗るのも疲れたのか、ツンツンメガネはふんと鼻を鳴らして早々に着替えて行ってしまった。 シャーリーももう服を着終えて鏡の前で髪を梳いているし、まだ半裸に近い格好をしているのは私達三人だけだ。 リーネも湯船でうとうとしかけていたサーニャに付き添って行ってしまった。 ……ホントは私が付き添いたかったけど、「エイラもちゃんと頭と身体を洗いなさい」とどっちが保護者かわからない発言をされて渋々引き下がった。 「ホラ、ルッキーニも早く服着て。お前らもなー」 一応この中で最年長であり上官であるシャーリーに促される。はーい、とどこか抜けた返事を返して飲み終わった瓶を所定の場所に置いた。 脱衣棚まで歩く。少し近づいた所で、籠の中できちんと畳まれた服の上に銀色に光る小さなロケットが目に留まる。この前の私の誕生日にミヤフジから初めて貰ったプレゼントだ。 曰く、「いつも着けていて貰えて、思い出を持ち歩けるもの」だそうで、風呂とか以外はそれはもう肌身離さず身に着けている私だ。 しかも、お揃いのがふたつ。骨董屋の爺さんが「オマケだ」とか言ってつけてくれたんだとか。気の良い人がいるもんだ。 ちゃら、と手にチェーンを絡めて持ち上げる。頬が緩んだ。 「エイラ、ご機嫌だね〜」 ズボンを履いてブラウスのボタンを留めながらルッキーニが問い掛けてくる。 問い掛けというよりも、解っててからかいにきてる、といった具合だけど。 「ん、まーな」 曖昧に返す。まぁ、にやついた顔を見ればさすがにルッキーニでも解るんだろう。 貰ったプレゼントを見つめて微笑むなんて、似合わないくらいに乙女チックじゃないか、私。 「ほんとご機嫌だなぁ」 「まーねー。へへへ」 シャーリーも話に入ってきたので適当に返した。 この状態で何か喋ればそれはすぐに惚気認定されてしまうのでホントもう、適当。 「まったく仲がおよろしいことで。ほらルッキーニおいで。髪結んだげるよ」 「わーい」 そっちも仲いいじゃん。 すたたた、と走り去っていくルッキーニを見送りながらチェーンのロックを外して、後ろを振り返った。 ……だらしなく緩んだ顔で。 「ミヤフジー、つけてー」 「…………」 無反応。……これじゃ私がアホみたいだ。 「……?ミヤフジー?」 あまりに反応が無いのでもう一度呼びかけてみる。それでも反応は返って来ない。 ……むぅ。面白くない。両手に持っていたチェーンを片手に纏めて、おもむろにいつものアレ。 「ミーヤーフージー?」 「はひぇっ?ろうひはのへいらひゃん」 湯上りでいつもの1.2倍くらい触り心地のいい頬を引っ張ると、ようやく私の呼びかけに応えてくれた。 あー……やーらかい。出来る事なら今すぐ抱き締めてやりたい。ほんのりと上気したミヤフジの柔らかな肌を堪能したい。 ……邪魔者がいるからしないけど。 「んー……これ、つけて欲しいなー、なんて」 歯切れ悪く、チェーンの外れたロケットを見せながら言う。 一度無反応だったネタをもう一度披露するというのはこれほどまでに恥ずかしいものなのか。どうにも照れ臭い。 「あ、うんわかった。ごめんね」 OKを貰ってなんとなくほっとすると同時に、嬉しさが込み上げてきた。 たかだか首飾りのチェーンを留めてもらうだけだってのになんでだろうね、これは。 「ん、よろしく」 「うん」 ロケットを手渡して、留めやすいように後ろを向こうとしたら、振り向く前に問答無用でミヤフジの腕が伸びてきた。 そのまま首を抱くように腕を絡められる。まるでキスをされるかのような体勢。 「……へ?あ、あの、ミヤフジさん?」 「動かないでー」 呼びかけても上の空といった感じで、チェーンを留める事に集中している様子だった。身長差もあるせいか留めづらいみたいだ。 お互いバスタオル一枚の全裸に近い格好。肌が触れる。頬が擦れた。うぉぉ……柔らかい、あったかい。 身体が硬直する。ここまで接近されて抱き締めるべきか否かという考えがオーバーヒート寸前の頭の中をぐるぐると回る。 けど、すぐ背後にはシャーリーとルッキーニがいるんだ。そんな事できるはずが無い。 いやそれよりも何よりもこんな大胆に前から首に腕を巻きつけられている状態、ちょっと顔を上げれば丸見えなわけで…… 「うおおぉぉぉーーーい!?ナニやってんだお前らこんなとこでー!?」 「ぅわー……」 ……あぁ……ホラ、見られた……。 「え?」 当のミヤフジは不思議そうな顔で私の肩越しにシャーリーとルッキーニの方を向いた。 顎を乗せられてさらに密着度が上がって、私の心拍数も跳ね上がる。 「何って……これを、エイラさん……に……」 ロケットを二人に示して見せた後、相変わらず硬直したまんまの私と目が合う。 近い。ちょっと顔を動かせば唇同士だって触れ合えるほどの距離だ。 「えっ!?あ、あれ!?なんでわたし、こんな……」 目が合ってようやくそこで距離の近さに気がついたのか、急に慌てだして飛び退くミヤフジ。 うぅ……なんというか、その……ごちそうさまでした。 「ミヤフジー?」 「うん……」 風呂からずっとこの調子。声をかけてもぼんやりとどこを見ているのかわからない。 こういう反応の時は決まって何か考え事をしている時だ。 何を考えてるんだろう。私に言えないような事なんだろうか。 「……おーい」 「うん……」 顔の前で手をひらひらと振って見せても、変わらず上の空。返事はするけど意識を向けてくれない。 暖簾に腕押し、糠に釘。……つまらない。 弄っていたタロットを集めて重ねてチェストに置いて、ミヤフジの視界に入るようにベッドに倒れ伏した。 座っているミヤフジの顔を見上げても、相も変わらず雲がかかったような表情。 「……キスすんぞ」 ぼそりと呟く。こうなったら意地でも私の方を向かせてやる。 少しドキドキしながら返答を待った。 「うん……」 言ったな。ホ、ホントにするからな。ていうかこんな隙丸出しで大丈夫なのかミヤフジ。 むくりと起き上がる。四つん這いになって、ちょっと大袈裟なくらいにベッドをきしきし鳴らして近づいた。 鼻先同士が触れ合いそうな距離まで顔を近づける。 伏せ気味な栗色の瞳に私の顔が映っている。この上なく不機嫌そうな顔だ。……なんだよ、もう。 ……有り体に言って、今の私は構って貰えなくて拗ねているのだ。冬の初めの私の使い魔のように。 やっぱりあいつは私の使い魔なんだな、と妙に納得した。 「んっ」 「んむっ……!?」 隙だらけだった唇をそのまま奪った。 そこでようやく私に気づいたのか、ミヤフジの目が見開かれる。唇を重ねたまま目が合った。 混乱気味のミヤフジをそのままゆっくりと寝かせる。まるで獲物を組み伏す狐のよう。 「……ぷあっ」 唐突に唇を離した。水泳の直後のようにふぅふぅと肩で息をしているミヤフジ。 「ど、どうしたの?急に……」 頬を赤くして私を見上げながら、言う。 やっぱり私の台詞は右から左に抜けて行ってたのかよ。その事実にほんのちょっと、ムカッとした。 「キスするよ、って聞いたらうん、って返したじゃん」 「え?そ、そうだっけ?」 「そうだよ」 「そ、ん……」 言ってもう一度口付ける。返事なんか、聞かない。聞いてやるもんか。 私の話をまったく聞いてなかったんだから、お返しだ。 「んぅー……」 いつもより長く、唇がふやけるんじゃないかってくらい時間をかけて、ミヤフジの唇を味わう。 あまくて、いいにおい。やわらかくて、あったかい。ちっちゃくて、かわいい。私だけが知ってるキスの味。 少しだけ機嫌を直して、唇を離した。間髪入れずに小さな身体を抱き締めて、一緒になって寝転がる。 「……なんか考え事?」 「え……あ、うん」 「私には話せないような事か?」 「う、うーん……」 ほんのちょっとだけ腕に力を込めて聞くも、言葉を濁された。 なんだよもう。……なんだよ、もう。 ミヤフジの身体に絡めていた腕を解いてぐいっと離した。そのまま起き上がってベッドから飛び降りる。 「寝る」 「え?あ、じゃあ部屋に……」 「ダメ。今日は一緒に寝る」 背中で会話をしながら入口ドアまですたすたと歩いて、スイッチを切った。天井から吊るされた燭台型のシャンデリアの電源が落ちる。 途端に部屋は薄暗くなり、蝋燭のぼやっとした明かりだけになった。 「え、えええ!?」 「どうせ明日は非番なんだし、ずっと私を見てもらうからな」 部屋の至る所に設置された蝋燭の火を吹き消して回る。 徐々に部屋の明かりが消えて行って、最後には窓からの月明かりだけで満たされる。 ベッドまで戻ると、呆気にとられたような顔のミヤフジがちょこんとベッドに座ってこちらを見上げていた。 酸欠気味で歪む視界の中、青白い夜の光に照らされて妙に神秘的だ。……少し似合わない。 「寝るぞ」 「う、うん……」 ぐい、と肩を引いて少し強引に寝かせて、ちょっと乱暴に毛布をかけて、私もその隣に滑り込んだ。 毛布の中をまさぐって手を繋いだあと、顔を上げると目が合った。 「エイラさん、なんか変」 「……ヘンなのはどっちだよ。いくら話しかけてもぼんやりしちゃってさ」 「……寂しかったの?」 「ばっ!?」 いきなり図星を突かれて大いに焦った。 一瞬否定しようかとも思ったけど、この際だから全肯定することにする。 言わなきゃ気持ちは伝わらない。生憎、態度や目だけで伝わるほど私と彼女は器用にはできちゃいなかった。 「……っあー!そうだよ!全然私の方向いてくれなかったから寂しかったの!」 誕生日の直前なんかもあんまり相手してくれなかったし、正直言ってミヤフジ分が全然足りてない。 風呂から上がって時間も経って、もうとっくに落ち着いたはずの頬がまた熱を帯びてくる。 くすくすと笑うミヤフジの様子を見るに、やっぱり今の私の顔は月明かりの下でもわかるくらいに真っ赤なんだろうか。 「わ、笑うなよぉ」 「だって、かわいい」 「か、かわいいとか言うなー!」 思わず繋いでない方の手で頬を摘もうと伸ばしたものの、驚いたことにその手を掴まれて、阻止された。 そのままぎゅっと握られて、両手が塞がってしまう。 「ううん、エイラさんはかわいいよ」 「うううぅぅぅ……」 「すっごくかわいくて、好き。だいすき」 いいように手玉に取られて言葉が出ない。 私の方が少し年上だってのに、弱みを握られるとすぐに攻守が逆転してしまう。 いつもは子供みたいにそっちからおねだりばっかりのくせにさ。一度主導権を握られたら私はもう手も足も出ないんだ。 唸って、目を泳がせている私を笑って細めた目で真っ直ぐ見つめて、ミヤフジが口を開いた。 「ねぇ、キスして」 ほらまただ。すぐそうやって私の事を誘惑して、困らせるんだ。 「……さっきしたじゃん」 「もっとして」 けど、困るだけで私は拒まない。 何故ってそんなの、私もしたいからに決まってる。 「目、閉じて」 「うん」 「したら、寝るかんな」 「うん」 返事を聞いて、目を閉じたのを確認したあと、数秒だけ重ねた。 なんか妙に恥ずかしくて、口を離すと同時に手を振り解いて後ろを向く。異様にこっ恥ずかしい。なんでだ。 「お、おやすみっ!」 「えへへぇ……今日のエイラさん、なんだか照れ屋さんだぁ」 「うううううっさい!……ひああ!?」 後ろを向いたまま叫ぶと、もぞもぞと脇の下から手が伸びてきて、くすぐったさに思わず声が上がる。 そのままきゅっと軽く後ろから抱き締められて、身体が密着した。 「どきどきしてる」 「わ、悪いか!」 「そんなこと無いよ。わたしでどきどきしてくれるの、嬉しい」 ……くそぅ。素面でそんな事を口にするなよ。もっとドキドキしちゃうじゃないか。 落ち着いてしまえば今度は私がミヤフジの事を手玉にとってからかってやるのに。 「ね、寝るかんな」 「うん、おやすみなさい」 「さ、寒くないか?」 「平気。あったかいよ」 「……そ、そっか」 確かにこれだけくっついていれば寒いはずも無い。むしろ密着した部分が熱いくらいだ。 背中に感じる熱にドギマギしているうちに、すぅすぅという寝息が聞こえてきた。 早い……。どうやらもう眠ってしまったようだ。聞き分けは悪いのに寝つきだけは異常にいい。 「……腕、痺れちゃうだろ。ったく」 起こさないようにそっとミヤフジの腕を解いて、私の下敷きになっていた手を繋いで向き合った。 ずっとこのまま、朝が来るまで二人きり。 「おやすみ」 眠ったミヤフジにそう告げて目を閉じたものの、変に緊張してしまってなかなか寝付けなかった。 一緒に寝るって言い出したのは私の方なのに、かっこわる。 「だんだんあったかくなってきたね」 「そーだなー……」 翌日、散歩に行こうと誘ったら、喜んで上着を取ってきて付いてきてくれた。 私の使い魔はミヤフジがいると機嫌がよくなる。……というか外に出たがりの癖してミヤフジがいないと散歩に行こうとしない。 「エイラさん、あっちだって」 「あー、はいはい」 先を行っては振り向いてふさふさ尻尾をぱたぱた振って私達を促す。なかなか行かないと戻ってきては足に頭を擦り付ける。 んー、まぁ仕草は可愛いんだけどその仕草の向かう先が全部ミヤフジってのはどういう了見だよ。 懐くのはいいんだけどお前の主人は私のはずなんだけどなぁ。この駄狐め。 「そういえばあの狐くんには名前は無いの?」 「名前?」 聞かれて言葉尻を上げながらおうむ返した。名前、名前なあ。 「今まで不便しなかったから特についてないけど……」 「え、そうなの?」 「そういやミヤフジの使い魔にはなんか偉そうな名前がついてたよなぁ」 「兼定の事?」 そう言ってぽわっとした青白い光を放つミヤフジ。 「わっ!ばか、出すなよ!?」 「え?」 慌てて止めたけど時既に遅し。気づいた時にはミヤフジの肩に尊大な顔をした豆柴野郎が乗っかっていた。 ふんと鼻を鳴らして私を一瞥した後、人語を話すチビ犬。 「呼んだか小娘」 「小娘言うなー!なんで出て来るんだよ!今私はミヤフジとデート中なんだから引っ込めよ!」 「芳佳に喚ばれたからだ」 姿に似合わないオッサン臭い野太い声でぬけぬけと言い放って、尻尾を振りながらミヤフジに頬擦りしてやがる。 コイツ、嫌いだ。見ていて非常に腹が立つ。外見と内面がまったく一致していないのが余計に癇に障る。 「もう、喧嘩しないでよ」 「だって……ミヤフジも私とコイツが仲良くないの知ってるんだから出すなよー」 「そうは行くか。芳佳はオレのもんだからな。どこの馬の骨ともわからんような小娘に手出しされないように見張ってないと」 四速歩行の癖して器用に腰に前足を当てて胸を張って、素っ頓狂な事をのたまう駄犬。 「て、てめー!ミヤフジは私んだー!!」 「付き合い始めて半年近いのに碌に名前も呼べないヘタレが言えた口か!」 掴みかかってやろうと手を伸ばすも、うろちょろとすばしっこい動きでなかなか捕まらない。 予知全開でもし捕まえられても、遠慮なくガブリと来るのですぐ逃げられる。もうホントコイツ嫌い。 「えへへぇ。わたし、もてもてだねぇ、狐くん」 「キュウ」 駄犬と鬼ごっこをしている隙に、私の駄狐がまんまとミヤフジに擦り寄っていた。 ……くそ。使い魔2匹に遊ばれてるんじゃないのか、私。 というかミヤフジを取り合う相手が駄犬と駄狐って……。あー、なんかどっと疲れてきた。 カネサダを追う足を止めて踵を返す。黒狐の首根っこを掴んでカネサダの方に放った。 「ていっ」 邪魔者を排除した後、ミヤフジを抱き寄せた。 あいつらを追い掛け回すよりも、こっちを捕まえる方が簡単だし、早い。……逃げるどころか向こうからこっちに来てくれるし。 「あっこら小娘!オレの芳佳になんて事を!芳佳も尻尾を振るな!!」 「ビャア!ビャア!」 足元でなんか五月蝿いけど気にしないでおく。 ミヤフジの恋人が誰だか教えてやる。ああ教えてやるともさ。 「でへへぇ……ごめんね兼定、狐くん。わたし、エイラさんに捕まっちゃった」 「そういうわけだからお前らはおとなしくしてるよーに」 見せ付けるようにして抱き合う。ふふん、お前らじゃあこうはいかないだろう。 「でも使い魔相手にムキになっちゃうエイラさんかっこわるーい」 「ミ、ミヤフジぃ……?」 せっかくいい雰囲気になりかけてたのに、腰を折られて思わず半眼で睨むように見た。 けれどミヤフジはにこにこと笑って見つめ返してくるもんだから、私はもう何も言えなくなる。 ……敵わないなぁ。 「そうだそうだ!もっと言ってやれ芳佳!この一向にそれ以上に進めないヘタレめ!」 「兼定っ!?」 「な、ななな何だよ!?それ以上って何だよ!?」 駄犬の言葉に思わず吹き出しかける。 それ以上って……つまりその、キス以上ってことだろうか。キス、以上のこと。 無意識にミヤフジと目が合っていた。 「ふんっ!これだから小娘は!その調子だと身体も満足に触ってないんだろう?」 「か、兼定!ハウス!」 「あっこら芳佳!?ちょ、待っ……」 ミヤフジがいきなり叫ぶと、カネサダの身体がすっと半透明になって、そのままミヤフジの身体に溶けていった。 使い魔との同化が終わった後も、さっきまでカネサダが居た場所一点を見つめて動かない。 「ミ、ミヤフジ?」 呼びかけても応えず、服をぎゅっと握ってくるだけだった。 私も黒狐も、首を傾げるしかなかった。 それきりミヤフジはまた昨夜のようにぼんやりとし始めてしまった。 昼食でもお茶会でもどことなく上の空で、悩んでいるというわけでもないけど何か考えているような様子だった。 何を考えてるかはだいたい予想がつく。昨夜はルッキーニの台詞。さっきはカネサダの台詞。だいたい似通っている。 けどそれをしろってのか。この私に。 「……もー、どうしろってのさー……」 進めってのか。キス以上の行為に。キス以上って言ったらもうホラ、アレしかなくて、つまり、そういう事なんだろうか。 私だって……その、ミヤフジの事を思いながらした事……あるし。 ……けどあれは状況が異常だったんだ。使い魔の奴が出しゃばって情緒不安定だったからなんだ。 だからたぶん、ノーカウント。 「……言い訳にしか聞こえないな」 独りごちては天井を見上げて脚でベッドを叩く。もちろんそんな事をしたところで状況は変わらない。 こんな事誰かに相談するわけにもいかないし、大事な事なんだから簡単に行動に移すべきでもないと思う。 けどそれをミヤフジが望んでるなら、待ってるなら。動くべきは私の方なのだろう。 何気なくタロットの束に手を伸ばし、引いたカードは「運命の輪」。意味するところは転機。 (こんな時ばっかり、妙に生々しいな……) 脚を高く上げて、戻す反動で勢いよく起き上がる。胸に手を当てた。少し鼓動が早い。 「なんか、やだな……」 それは確かに魅力的だ。した時も、正直に白状すれば気持ち良かった、といえるかもしれない。 けどその快楽と事後の罪悪感のギャップに耐え切れなかった。 何をしても、口の中に髪の毛が入ったような、変な違和感というか異物感が取れなかった。 一人、だったからだろうか。 「二人なら、なんか違うかな」 答えを導き出せないまま、ブーツのジッパーを上げた。 「…………」 腕が上がらない。 上げても、ノックまで行かずにそのまま元に戻してしまう。 ドア一枚隔てて向こう側にミヤフジがいるのに、私はしかめっ面で立ち往生していた。 (こんなの、夜這いじゃないか) 意味としては完全にそれなのだろう。つまり私はミヤフジを抱きに来たわけだ。 (……できるわけねぇー……) ここまで来ておいてこれだ。私のそういう方面の度胸の無さは計り知れない。 どうしたものかと考えあぐねて、もう一度自室でいい方法を考え直そうと踵を返した瞬間、がちゃりとドアが開く音がした。 「ありがとう、リーネ。参考になった」 「いいえ、わたしも兄弟姉妹がいますから。お役に立てて嬉しいです」 一瞬ミヤフジが出てきたのかと思って胆を冷やしたけど、音源は隣の部屋からだったらしい。 バルクホルン大尉とリーネの声が少し離れた位置から聞こえてきた。 「この埋め合わせは必ずする。それじゃあありがとう。おやすみ」 「はい、おやすみなさい」 就寝の挨拶を交わしてどことなく満足げな大尉がこちらに歩いてくる。 隠れようにもここは廊下で、身を隠すものなんてどこにも無い。そうやって慌てているうちに大尉が私の存在に気づいて声をかけてきた。 「ん?エイラ、何をしているんだこんな所で」 「た、大尉こそ何してんの?」 見つかってしまったものはしょうがない。観念して呼びかけに応じた。 「うむ。少し相談事をな。そうだ、この際だからエイラの意見も聞いて……」 そこまで言いかけて数秒考え込むように顎に手を当てる大尉。 「いや、やっぱりやめておこう。恐らく向いてない」 「な、なんだよそれー」 言いかけてやめるなんてずるいぞ。 相談事だってんなら聞いてみなきゃ向いてるか向いてないかなんてわかんないのに。 「お前はクリスマスの時にプレゼントについて聞きに来ただろう。聞きに来た者に同じ質問を返しても無意味じゃないか」 「ぐ……。い、いや確かにそうかもしれないけど……って、大尉誰かにプレゼントすんの?隊長?ハルトマン?」 大尉の私の扱いに関しては一旦置いておいて、朴念仁の大尉がプレゼントとは珍しい。 そういやもうすぐミーナ隊長の誕生日だったような気がする。 これはちょっと面白い事に…… 「いや、クリスにだ」 「……あ、そう……」 うへぇ、またか。先月誕生日を祝ったばかりじゃないか。ホント、姉馬鹿だよなぁ、大尉は。 そういやミヤフジが連れて行かれそうだったのでついて行って一緒に祝わせてもらったけど、確かにミヤフジに似てて驚いたのを覚えている。 大尉と違って社交的で明るくて気立てが良くて、いい子だというのが印象だった。 ま、とは言っても当然ミヤフジの方がずっとかわいいんだけどね。大尉には悪いと思うけど。 「クリスがもうすぐ退院なんだ。その快気祝いの品を考えているんだが……いい案が浮かばなくてな」 「あら、そりゃめでたいね」 「誕生日には入院生活を退屈しないようにと思って行き着けの本屋の本を沢山贈ったんだが……もう病室から出るとなれば違うものを贈りたくてな」 まぁ確かに。妹さんは入院する前は割と活動的な子だったと聞いたし、いいんじゃないかな。 「タロットとか」 「うむ、インドアだな。却下」 「グローブとボール」 「年頃の妹に贈るものではないな。却下」 「す、スキー板」 「冬はもう終わる。却下だ」 全否定かよ……。ていうか検閲厳しくねぇ? 「ははは、エイラならこんなものだろう。だが、考えてくれてありがとう」 そう言ってぽんぽんと頭を軽く叩かれた。 ……ミヤフジがよく「撫でて」と言ってくる意味がなんとなくわかった。こりゃ嬉しいわ。 姉馬鹿姉馬鹿とは思っていたけど、こんな姉なら少し欲しい、と思った。 そういえばエルマ先輩も、うまくできたらめちゃくちゃ褒めてくれたっけ。それがすごく嬉しかった。 「宮藤は部屋にいるのか?」 若干照れて、ぼーっとしていた私に、大尉がまた声をかけてきた。 忘れかけていたここまで来た理由を急速に思い出して、少し慌てる。 「え!?あ、い、いると、思う……けど」 「なら丁度いい。宮藤の意見も聞いておくとしよう」 「え、いや、ちょっと……!」 「宮藤、いるか?入るぞ」 止める暇も無く、しどろもどろな私の横を通り過ぎてノック、声かけ、ノブを回すという流れるような動き。 私が振り返った時にはもう大尉はミヤフジの部屋の中への侵入を完了していた。 速い、速すぎる。これがカールスラントのDENGEKI戦だと言うのかー!? 私がドアの前に立って数分悩んでいた事を一瞬にして実行されてしまった事にショックを受けつつも、 これは大尉と一緒に何食わぬ顔で部屋に入るチャンスなのでは?という考えが頭をよぎる。 「どうしようか……?」 口に出した瞬間、叫び声が聞こえた。 「み、宮藤!?お前、何をして……っ!?」 大尉の台詞を聞き終わる前に、足が動いていた。 大急ぎで部屋の中に駆け込んで、異常が無いかと部屋を見回す。 「ミヤフジっ!?」 「えっ!?バ、ババババルクホルンさん!?エイラさんも……へ、部屋に入る時はノックしてくださいよぅ!?」 「な、何を言う!ちゃんとノックして扉越しに確認をとってからドアを開けたじゃないか!」 言い合いをする大尉の陰からベッドに腰掛けたミヤフジが見えた。はだけたパジャマの前を腕を交差させて隠している。 おい、マジかよ。 「き、聞いてませんよぅ〜〜〜〜っ!!」 「宮藤、貴様それでも軍人か!!平時とはいえいついかなる時……」 「大尉っ!!ちょ、ちょっと席外してもらえるか?」 説教を始めそうになった大尉を制して、部屋の入口まで押し戻す。 「おいエイラ!話はまだ……」 「また明日にしてくれ!私も一緒に説教聞くから!」 「こ、こら!そういう問題では……」 ぐいぐいと押してドアを閉め、なんとか追い出す事に成功する。 大尉はどうやら諦めてくれたようだけど、今までの反省から念のため、鍵をかけた。 「……ふぅ」 「エイラさん……?」 一息ついたところに後ろから声をかけられて、正常に戻りかけた心臓がまた一際大きく鳴った。 数十秒前に見たミヤフジの姿を思い出す。 「……と、とりあえず服、直して」 「え?あっ!?ご、ごめん……」 微かな衣擦れの音が響く中、私はずっと後ろを向いていた。 「着替えの途中に大尉が入ってきた、とか?」 「う、うーん……」 ダメもとで聞いてみるものの、やっぱりミヤフジは答えづらそうだった。 つまりは言いにくい事をしてたという事で、加えてあの状況。……ますます私が聞きづらい。 (……これは腹を括るべきか?いや、でも……) この期に及んでまだ私は迷っている。実行すべきか否か半々、いや、したくないという思いの方が大きい。 なんかこう、どっかにいいアイデアがあるかもしれないと、話を聞く傍ら頭をフル回転させていた。 もししてしまったら、後戻りはできないような気がしたから。 「ん〜〜〜〜……」 腕を組んで唸る。そうしたところでいい案が浮かぶわけでもなく、ただの気休めだ。 けどこうでもしないと間が保たない。会話が途切れた時の沈黙の方が数倍気まずいから。 「……エイラさんって」 息の続く限りうんうん唸り声を上げていた私を制して、ミヤフジが遠慮気味に切り出した。 「ん?」 「エイラさんって……む、胸、おっきいよね」 「っぶーーーーーッ!!?」 腕を組んで寄せて上げて、知らず知らずのうちに強調されていた私の胸部をじっと見つめながら、おずおずとミヤフジが口を開いた。 き、来た……のか?もしかしてこれは来てしまったのでしょうかその時が。 よもやミヤフジの方からとは思いもしなかったのでまだ心の準備がですね!?そ、そんな目で見ないでぇ……。 「いや!いやいや!!そ、そんなでもないよ!隊で真ん中くらいだし!!?」 反射的に飛び退いて、両腕を交差させて胸を隠した。服を着ているけど隠した。 「それでも……わたしよりずっとおっきい。エイラさんって腰細いから制服着るとさらに胸、強調されるし」 言って視線を移して、自身の胸を見下ろしてはぺたぺたと触っている。 「う……そ、そうかな?」 「そうだよ。ちょっと、羨ましい」 そんなもんなのかな? ミヤフジに倣って私も自分のそれを見下ろすも、いまいちピンとこない。 「あの……」 「な、なに?」 返事を返した後さらに数拍置いて、意を決したようにミヤフジが告白する。 「あの…………さ、触らせて……」 「うぇぇぇっ!?」 待って待って待って!もしかしてこれって「私が、ミヤフジを」じゃなくて「ミヤフジが、私を」って事なのか!? もしかして私、抱かれる方なの!?されるの!?されちゃうの!? 物理的にはミヤフジが上になって私が下になって、表記上はミヤフジが左で私が右って事なのか!?私って受けなのか!? 「だ、だめ、かな?」 沸騰直前でうまく回らない脳味噌に加えて、おねだりしてくるミヤフジがかわいすぎる。思わず首を縦に振ってしまいそうだった。 「え、あ、う、いや、その、ほら、あれだよ、うぅ……なんというか……」 「……だめ……かな?」 ミヤフジはいつも反則技ばっかりだ。顔を真っ赤にして照れながらもそんな真っ直ぐな瞳で見つめられたら、断れない。 こんな事させるの、ミヤフジにだけなんだからな。そう前置いて、ついに私は頷いてしまった。 「いい……の?」 「な、何度も言わせるなよ……ばか」 「ご、ごめん」 いや、謝られても困るんだけど……。 釈然としないままに、若干震える手で制服のボタンに手をかけた。 「ぬ、脱ぐの?」 「え!?ぬ、脱がないのか!?」 着衣か、着衣なのか。割とマニアックだな、ミヤフジ。 「わ、私は直にでも、構わないけど」 「直になんてそんな!?う……じゃ、じゃあブラウスの上、からで……」 脱ぎかけがお好みなのか!?そ、それはそれで確かにそそるのかもしれないけど……っていやいや何を考えてるんだ落ち着け私。 震えが増した手でボタンを外そうとするものの、なかなか思い通りに動いてくれない。 「は、外そうか?」 「いや!いやいや!」 さらに脱がそうってのか!?マズイって!それはなんかこう、年上として、上官として、なんかこういろいろマズイ。 けれど私はさっきからミヤフジの一言一言に動揺しまくって、指が動かない。 ……このままじゃ埒が明かない。いっその事日を改めて……と思ったけど、ミヤフジが勇気(どんな勇気だかは知らない)の扉を開いて言ったんだ。 これは、応えてやるべきなのかもしれない。 「…………た、頼む」 なんとか掠れた声を捻り出すと、ミヤフジも少し考えてから、遠慮気味に首を縦に振った。 ぷち、ぷちと上から順に上着のボタンが外されていく。青空に現れた入道雲のような、真っ白なブラウスが露わになった。 だ、ダメだ。もう限界点なんてとっくに振り切ってる。心臓は今までにないくらいに速く脈打って、顔どころか耳まで燃えてしまいそうだ。 「……ちょっとだけ……だかんな」 「う、うん……」 返事をした後、数回深呼吸してから恐る恐るといった具合にミヤフジが片手を伸ばしてきた。 ふにゅ、と軽く触れる。 「……ふ、あ」 声が漏れそうになるのを慌てて片手で口を塞いで止めた。 「い、痛かった、かな?」 首を横に振って大丈夫だと示す。 痛くはない。痛くはないんだけど、これは……なんか、せつない。 「……へ、平気」 「う、うん……」 ミヤフジが、触れた手の平を微かにすぼめるようにして、動かした。体じゅうの毛が波打つような感覚。 ぞくぞくして、背筋を指でつうっ、となぞられた時のように、痙攣するような、震えるような、未知の感覚。 口を塞いでいても、喉から声が漏れてくる。口元に添えた片手はまったく意味を成していなかった。 「ん……く、ん……っ」 「…………」 ふにふに、ふにふにと、断続的に手の平を開いたり閉じたりするようにして軽く揉んでくる。 口を塞いでいた手を下ろして身体を支えるためにベッドに置いた。 意味が無いから下ろしたんじゃなく、単純に片手ではもう身体を支えきれなかったから。 力が抜けて倒れ込んでしまいそうになる身体を、両手でもってどうにか支える。 ……私はこんな事を出会い頭に隊のみんなにやってたのか。いや、ただ単に今の私が『そういう気分』になって身体が敏感になってるからかもしれないけど。 けど、とにかくスンマセンでした。白く染まりそうな頭の中でぼぅっとそんな事を考えた。 「は、んんっ……あっ……」 熱い吐息を吐きながら、シーツをぎゅっと握って耐える。足の指もさっきから握りっぱなしで攣りそうだ。 やばい、せつない。でも、不思議と嫌じゃない。相手がミヤフジだからなのか、妙な安心感がある。 なんだろ、これ。シアワセってやつなのかな。好きな人に触れられるという事をシアワセと表現するならば、たぶんこれはそうなんだろう。 もしミヤフジとサーニャ以外の奴に触られたんなら、嫌がるなり、問答無用で引っ叩くなりするんだと思う。みんなが私にしたように。 なら相手がサーニャだったなら?私は拒まず、したいようにさせる? ……いや、多分やめさせる。私はサーニャに汚れて欲しくないのだから。ずっと綺麗なままでいて欲しいのだから。……たぶんきっと、そんな事は起きないのだろうけど。 じゃあ、私はミヤフジなら汚れてしまってもいいと思ってる?……わからない。わからないから余計にせつない。 せつなくて、ドキドキするとか恥ずかしいとか、そんな次元はもうとっくに越えてしまって、 今はもうミヤフジの手の動きによって崩れ落ちてしまわないように、必死で自我を保つ事しかできていなかった。 「あっ、あっ、あっ……んぅく……っ!」 手の動きに同調するように、声が出た。もうほとんど堪える事なんてできていなくて、声量も大きくなっている。 だめだ……このままじゃ……あたまんなか……まっしろに…… 「う……や、やっぱり、違う……」 「……ふ、へ……?」 突然、ミヤフジの手の動きが止まる。 落ちかけた意識が急速に戻ってきて、目の端に浮かぶ涙に滲む視界で、ミヤフジの姿をなんとか捉えた。 ふにふに、ふにふにと、胸を揉みしだいている。ミヤフジ自身の胸を。 「……な……え?らに、ひてんの……?」 情けない事に舌が回らない。 年下の、背も、階級も、キャリアも、胸も下の女の子の片手一本で、スオムスのトップエースが無抵抗のまま撃墜されかけてしまった。 エルマ先輩やエイッカ隊長が聞いたら泣くかな。ニパが聞いたらきっと今までのお返しとばかりにネタにされてからかわれるんだろう。 「ん……ふぅ、なにが……ちがうの?」 なんとか回復して、ちゃんと喋れるようになってきた。……まだ頭がふわふわしてる気がするけど。 「シャーリーさんは、弾力があって、ぷるんって感じ」 「…………ふぇ?」 「坂本さんとバルクホルンさんは、引き締まってた」 「……待って待って」 「リーネちゃんは……手で触った事はないけどふわふわ〜……って感じだった」 え?ナニコレ、胸評? 「エイラさんは……なんだかリーネちゃんと似てる」 「……は?」 私と、リーネが?ん?あぁ、胸がか……。 「いや、私あそこまででかくないし……」 「大きさじゃないよ」 「じゃあ何が似てるんだよ」 「なんだか、優しく包んでくれる感じがするの」 優しく、包む?言われて自分の胸を見下ろした。 「……だから包むほどでかくねえってば。大体何を包むんだよー」 「えへへぇ」 聞くと、にへら、と破顔したあと、 「わっ……と」 ふわりと、胸に飛び込んできた。 「わたしを」 一瞬、さっき以上に頭の中が真っ白になって、壁の何も無い所を凝視した。 卑怯だ。反則だ。ずるい、ずるい、ずるい。 そんな恥ずかしい事を平気で言えるなんてミヤフジはずるい。 私をどれだけ惚れ直させれば気が済むんだよ、ばか。この、女ジゴロ! 「……シャーリーだって、包んでるじゃん。ルッキーニをいっつもいっつも」 「シャーリーさんは包むだけじゃないんだよ。適度に弾き返して、包む所はちゃんと包むんだよ。だから、ぷるんっ」 「……わかるようなわかんないような……」 胸の感触ひとつで何を諭されようとしてるんだろう。 ミヤフジの表現はいつも曖昧だ。でも、何かそうなのかもしれないと思わせてくる。……理由なんてちっともわからないけど。 釈然としない思考の中で、ふとさっきの疑問が蘇ってきた。 「……で、何が違うのさ」 「ふぇ?」 「さっき。言ってただろ」 違う、と言って手を止めた。やっぱり、とも言っていた。 つまり私のそれが、予想していたほどのものではなかったという事なのか、手で触るという行為自体が違うという事なのか。 「いろいろ違う、って思ったから」 問いかけに対してのミヤフジの答えはやはり、つかみどころの無いものだった。 「いろいろ、って何だよ」 「さ、触り心地とかもあるけど……わたしは、手で触るより、こうやってぎゅってされた方が嬉しいし、しあわせ」 「…………」 何も言わずに腕に力を込める。 「えへへぇ、しあわせぇ」 くそぅ。ちょうかわいい。 この笑顔っぷりならもう聞いても大丈夫かなと判断して、思い切って聞いて見ることにする。 「昨日から元気なかったのって、その……私のを触ってみたかったからなのか?」 「ん……それもある、けど……」 「けど?」 なんだろう、つい今の今までにこにこと笑っていた顔から、途端に元気が失せていった。 少し頬が赤い気がする。まぁ、こんな話題なのだから無理はないと思うけど。 「な、なんでもない」 「なんだよもー、気になるだろー」 言いかけてやめるなんてひどいじゃないか。 けどに続く言葉のせいでミヤフジが笑顔になれないのなら、それをどうにか取り除いてやりたい。 不安とか悩みとか、そういうものを全部解消して、二人でずっと笑っていたいんだよ、私は。 「……変な悩みだから……笑わないでよね?」 「努力はするよ」 「笑わないって断言してよぉ……」 ぷくぅ、と頬を膨らませるミヤフジ。だんだんと、いつもの調子に戻ってきたみたいだ。 ミヤフジが何かを言って、それを私が茶化して、ミヤフジがちょっと怒って、その後なんだかんだあって最後にはどっちも笑顔。それが理想。 少し名残惜しかったけど、一度腕を解いて離れて、ミヤフジは心を落ち着けていた。 「もう……あ、あのね」 「うん」 数秒押し黙って目を泳がせた後、意を決したように言う。 「……エイラさん、やっぱりおっきい方が好きなんでしょ」 「は?」 おっきい方? 一瞬銃とかか?とボケようかと思ったけど、話の流れからしてそれは許されないんだろう。 「んー……まあ、好きかな。シャーリーのとか、いっぺんでいいから揉んでみたいよなー……」 私の部屋にある水晶玉より遥かに大きくて、まるでスイカのような胸。いや、胸と呼んでいいシロモノじゃないな、ありゃ正真正銘のおっぱいだ。 いつか揉んでやろうと隙を窺っていたらいつの間にかルッキーニの奴に先を越されて、そのままルッキーニ専用になってしまったのが残念だ。 「むう……」 「リーネも凄かったよなぁ。ふかふかで、マシュマロっぽかったなー」 ふわふわ包む、っていうミヤフジの形容も的を得ている気がする。 ルッキーニも私も何度か触ってからかってやってるけど、なんか触るたびに育ってる気がする。 「うぅ……やっぱり、わたしのぺったんこな胸じゃ、二人には敵わないよ……」 「はぁ!?なんでミヤフジが二人に敵う必要があるんだよー!?」 いじけたように目を伏せてまたぺたぺたと胸を触っている。 まあ、つまり。ミヤフジは、自分の胸の小ささにコンプレックスを抱いているという事だ。 そんな事気にしなくてもミヤフジは十分かわいいのにさ。 「で、でも……わたしの胸がちっちゃいから、魅力ないから、エイラさんは触ろうと思わないんでしょ?」 「う、うえぇ!?」 「それってなんか……ちょっとショック」 確かにミヤフジの胸は見た目に小さいけど、それがなんで魅力がないって事に繋がるんだ。私は別に……小さくても全然構わないというか……。 ああ、でも私の今までの言動を思い返してみれば、各人の胸については大きさくらいにしか触れてないような気がする。 触った事が無い事についても、ルッキーニに先を越されてしまったから遠慮しているだけであって……。 「自分で触ってみても、感触が全然違うし……さっきも、おっきくなるようにマッサージしてたんだけど……効果あるのかなぁ?」 「さっき、って」 「バルクホルンさんに見られちゃった……うぅー」 マッサージ。豊胸の?……ああ、なんだ。その程度の事だったのか。 肩の力が抜けかかる。どうやら私はえらく勘違いしていたようだった。 「なんだ……私はてっきり」 「てっきり?」 「……なんでもねーっす」 「えぇー?」 ……てっきり一人でしてたのかと勘違いしてましたとは言えない。言えるか。 失礼な邪推かき消すようにして振り払った後、努めて冷静に声をかけた。 「大きさとか、別に関係ないってば。全部ひっくるめて私が好きなミヤフジなんだから」 「そう、かなぁ」 「そーだよ。それに、もしミヤフジの方がおっきかったらからかって自慢できないじゃん」 「むぅ、ひどい……」 またフグのように頬を膨らませるミヤフジ。 そうだよ。こうやってからかえなかったら、そんな表情も見られないんだからさ。 「これから先、ずっとからかってやるからなー?だから、あんま成長しないでよ」 「……ずっとからかわれるの……?」 「うん、ずーっとからかってやるよ。にひひ」 ずっと二人で笑っていたい。 無理に変化を求める必要なんて無いと思う。二人とも幸せなら、それでいいと思う。 これからずっと、その事でからかわれるのかと落ち込みかけたミヤフジの肩を抱いて引き寄せる。 「だから、ずっと一緒にいてよ」 そう言って微笑みかけると、少しはにかんだ後、恥ずかしそうに頷いてくれた。 ああ、もう。その反応だけで十分だ。 結局、そういう事にはまだ早いのかもしれないと、私は思うのだ。 時期がどうと言うわけではないけど、今のままで十分だと思うから、まだいいや。というのが私の本音。 けどそれは言い訳で、実は興味津々なのかもしれない。たまに、目が行ってしまう事もあるし。 一応、確認しといた方がいいのかな?それくらいの軽い気持ちだった。 「……うりゃ」 「ひあっ!?」 ふにふに、ふにふに。……やーらかい。 「えええええええ、えいらさん!!??」 「んー……?」 珍しくミヤフジの方からサウナに行こうと誘ってきて、服を脱いでいる時になんとなく、手が伸びた。 妙なことにその時の私には下心とかそういう気持ちは全く無くて、変に落ち着いていた。 触って欲しい的な事を言っていたし、私も確認しておきたかったし、脱衣途中のボディースーツの上から思い切って揉んでみる。 ふにふに、ふにふに。やーらかい。やーらかいんだけど…… 「なんか、違うなぁ……」 「違うって……しつれ、んんっ」 「……あ、そうか」 「あん……な、なに?」 手を離して別の場所に手をかけた。摘んで引っ張って、伸ばす。 「ふひぇー」 「うん、これこれ」 こっちの方がずっと触り心地がいいや。 モチ肌ってやつ?捏ねて摘んで、ずっと触っていたい。 「いひゃいいひゃいー」 「でも、ミヤフジもこっちの方が好きじゃない?」 「……ひゅき」 じゃあこっちだ。うん。 頬を引っ張るのをやめて軽くさする。 さすっている間、ミヤフジは口を尖らせて上目遣いに私の事を見上げていた。 「……えっち」 ついさっき私を撃墜しかけた人間が何を言い出すか。 触られたから触り返しただけで、おあいこのはずじゃないのか。 「入る前にのぼせちゃったらどうするの」 「その時はまた看ててあげるからさ。なんなら膝枕もつけるよ」 「うぅ……魅力的だぁ」 冗談交じりに提案してみると、何気に満更でもない様子。 なんだかんだで私は惚れられてるんだなと思うと、嬉しさが込み上げてくる。 「……っと。準備できたよ」 身体と頭にタオルを巻いた。お互いにロケットは外した。上がった時に飲む牛乳も冷やしてある。 準備は万端だ。 「んじゃ、行くか」 「うん」 すっと無意識に手を引くと、ミヤフジも微かに、握り返してくれた。 小さな手から伝わる温もりが、ただ愛しかった。 ずっとこのまま、いつまでも。 たった、ひとつの私の願い。 ※言い訳※ ・な が い ・392大好きです。初音?俺がみくって言ったら下川だろうが! ・おっぱい揉んだり揉まれたり。百合っていいね!最高だよね!