よしこ×エイラSS 「たった、ひとつの」side-B バルクホルン視点 まずい現場を目撃してしまった、というのが第一印象だった。 いや、ノックしたからと言って返事も聞かずに勝手に入った私の方にも非があるのかもしれないが、 見られて慌てるような事をする時はドアに鍵くらいはかけておいて欲しい。まったく無用心な。 もし入ってきたのが私ではなくネウロイならどうするつもりだったのだ。……いや、まぁノックをして行儀良く入ってくるネウロイというのも無いか。 だが、軍人ならばいついかなる時どのような状況にも対応できるよう、心構えをしておいて欲しいものだ。そういう意味では宮藤もまだまだ、ということだ。 ……それにしても。 「こんなもの大きくしてどうしようと言うのだ?」 独り言を呟いて自らの乳房を見遣った。 フラウが以前ペリーヌや宮藤に対して教えていた、胸を大きくするマッサージ。恐らくさっきのあれはそれなのだろう。 しかしこんな戦いの邪魔になるようなものをさらに大きくしてなんの得になるというのだ。 サーニャやルッキーニも興味津々でフラウの話を聞いて実践していたし、まったくここは小学校か何かか? 任務や訓練にもその熱意を少しでも向けてくれれば上官としても助かるのだが……はぁ。 ……エイラに部屋を追い出されて、結局宮藤に話を聞くことができなかった。ふむ、どうしたものか。 「今のうちにリーネに聞いた意見を纏めておくか」 確かミーティングルームになら紙とペンがあったはずだと思い当たり、足をそちらに向けた。 「お、堅物」 「なんだと、リベリアン」 部屋に入ると先客がいた。コーヒーカップから口を離して開口一番憎まれ口を叩いたのはイェ−ガー大尉だ。 ジャージにズボンというラフな格好でソファーに深く腰掛けるその膝元では、ルッキーニ少尉が安らかな寝息を立てていた。 暖かくなってきたとはいえ夜はまだ寒い。早くベッドに寝かせてやらないと風邪を引いてしまってはどうする。 「お前はまだ寝ないのか?」 「まぁいいじゃん。非番なんだしゆっくりさせてよ」 そう言ってまたコーヒーを美味そうに啜った。 寝る直前にそんなものを飲んだら眠れなくなるぞと思ったが、いつもの事なので黙っている事にする。 戸棚からメモ帳とペンを引っ張り出してソファーに腰掛けた。 「なんだ?クリスちゃんの為にポエムでも書くの?」 「書く訳ないだろう!?……ちょっと覚え書きをだな」 どういう神経をしているんだこのリベリアンは。 どうしてこう……自由すぎる思考を持っているんだろうか。発想が突飛すぎる。 「でもその覚え書きは、あたしの予想ではクリスちゃんの為のもの」 「……何故わかった?」 「あはは、当たりかぁ」 予想が的中してへらへらと笑うイェーガー。 あてずっぽうじゃないか。まったくなんでこんないい加減な奴が私と同じ大尉なんだ。 腕がいいのは認めるが、こいつの従軍期間は2年に満たないというじゃないか。リベリオンの昇級基準はどうなっているというのだ? 「何故わかったと聞いている」 「わかるって。いっつもいっつもクリスクリス〜って妹の話ばっかりだし。あんたって」 「そ、そうなのか?」 うぐぐ……確かにクリスの事は片時も忘れた事など無いが、そこまで口にしていたというのか。 まったく気づかなかった、カールスラント軍人として情けない。 「ま、いいんだけどね。その妹っていう大切な人の存在が、あんたの力の源だと思うし」 そう語って、膝元のルッキーニの髪を愛しげに撫でた。 イェーガーにとってのルッキーニは、私にとってのクリスのようなものなのだろう。 しかしその仕草は姉が妹に接するというよりも、既に母と子のそれのように見える。 私よりも二つも年下だというのに。大した貫禄だ。 「……まるで母子だな」 「えぇー?ちょーっと複雑だよその発言」 「何を言う。なかなか様になっているぞリベリアン」 イェーガーが入隊してきてからこっち、ほぼ毎日セットで行動しているのだからまぁ、様にもなるだろう。 それにあの、「合体だー」などと言いながらルッキーニがイェーガーの胸に顔を埋める遊び。見方を変えずとも母と子の戯れではないか。 「……ったく、あたしゃまだ17だってのに母親、ってなぁ……」 「…………」 ……よくよく観察してみれば恐ろしい程の大きさだ。 私は特に興味があるという訳は無いが宮藤やエイラが「触ってみたい」と言うのもなんとなくわかる気がする。 しかし、こんなに大きくて重くないのだろうか。よく胸の大きい女性は肩が凝る、というのを聞くが……やはり大きくて得になる事など無いのだろう。 「……ま、悪い気はしないんだけどねぇ。こんな娘が欲しいと思う事もあるし……って何言わせんだよー!」 それに空気抵抗もあるだろうし、最速を目指すイェーガーにとっては邪魔なだけではないのか? やはり、こう、宮藤やペリーヌのような流線型の体型の方が戦いにも有利に働くと思うのだが……。 「……ん?おーい、堅物ー?」 うむ、やはり胸など大きくても何の得にもならないな。 宮藤もペリーヌもサーニャもルッキーニも、何を考えているのかさっぱりわからんぞ……。はぁ。 イェーガーも坂本少佐が以前していたサラシというやつをして、大きさを抑えてみればいいのではないだろうか。 「……ははぁん?」 「ん?なんだリベリアン、にやにやして。私の顔に何かついてるのか?」 「いやー?」 気づけばイェーガーが私にしたり顔、というような視線を送っていた。 飲み終わったカップをテーブルに置き、肘をついて顎を手の平にゆっくりとした動作で乗せた。 二の腕に触れた乳房が形を変える。……実に嵩張りそうだ。 「あんたもあたしの胸に興味があるのか?そんなじっと見つめちゃってさ」 「なっ……!?」 「別にあたしは見られても全然構わないよ?なんなら触ってみるかい?」 得意げに胸を両手で下から持ち上げて、上下に揺らす。ぽよんぽよんと音がしそうだ。 「い、いや!わ、私はだな!?航空力学に基づいて真面目な考察をだな!?」 「あら〜♪いんだよー?別に照れなくってもさー。当然の事だからねー」 あっはっは、と能天気な笑い声を上げるイェーガー。 同じような笑い方だというのに坂本少佐のそれとはまるで正反対で、癪に障る。 これは無責任な笑いだ。私にはそう感じられた。 「だから違うと言っているだろう!?」 「なんだよ、素直になりゃいいのにさ。そんなんだからあんたはいつまで経っても堅物なのさ」 「なんだと……?」 かちん、と来た。 ああ、やはりこいつと解り合える事など、きっと永遠に訪れないのだろう。まさに水と油という奴だ。 「必要最低限の事しかしない、ストライカーは勝手に改造する、おまけに私と同じ大尉だというのにいつまで経っても自覚が足りない!そんな奴に言われたくはないな!」 「なっ、やるべき事はやってるじゃないか!改造は非番の敵が来ない時だけだし、許可もとってる!訓練だって最近は真面目にやってて坂本少佐のお墨付きだぞ!」 「我々がやっているのは遊びではない!戦争だぞ!?貴様は趣味との両立だとか思っているようだがそんなつもりなら国へ帰ってやれ!!平和なリベリオンにな!!」 「てめぇ……皮肉のつもりかよ……?やろうってのか?」 「ふん、平和ボケしたリベリアンなどに私が負ける訳がなかろう」 「上等だ!!」 イェーガーの叫び声をゴング代わりに掴みかかろうとした時、か細いが存在感のある声が響いた。 お互いの動きがぴたりと止まる。 「うじゅぁ……なーにー……?うるさい……」 「う、あ?あぁ、ごめんごめん。起こしちゃったか?」 私達の口論のせいで眠っていたルッキーニを起こしてしまったようだった。 拳を解いてイェーガーがルッキーニを抱きかかえる。 「なにー……?二人ともケンカしちゃダメだよー……?」 「ああ、うん。ごめんな、ルッキーニ……おい、堅物」 その様子に見入っていて呼ばれた事に一瞬気づかず、はっとした。 「な、なんだ」 「……ルッキーニ寝かせてくるからここで待ってろ。逃げんなよ」 背中をさすられてまたうとうとと船を漕ぎ出したルッキーニを器用に抱えながら、凄みの効いた声を出すイェーガー。 直前のルッキーニに対するそれとはまったく違うものだった。 「……喧嘩はしないんじゃ無かったのか?」 「あたしの事は別に馬鹿にしてもかまわないけどな、国と同胞を馬鹿にされるのは我慢ならないんだよ」 「ふん……認めたくは無いがその点については同感だ」 「そうかい。ただ殴りあいはナシだ。徒競走とか力比べなんかもどっちかに分があるからナシ」 「なかなか見上げた心意気じゃないか。なんだ?芋でも蒸かすか?」 「時間も遅いし、食い物を粗末にして喰い散らかすのは気が引ける。……そうだ、あれにしよう」 「あれ?」 結局勝負方法はサウナでの我慢比べと相成った。 成る程面白い。これならどちらも得手不得手という訳でも無いし、どちらかが傷つくという事もなかろう。 ……ただ。 「……少し、言いすぎただろうか」 着替えとタオルを取りに行く道すがら、呟いた。 売り言葉に買い言葉で、ついイェーガーだけでなくリベリオンの事まで罵ってしまった。 今こうして衣食住問題なく暮らせているのは、ひとえに産業大国リベリオンの支援のおかげだというのに。 「カールスラント軍人失格だな」 ともに我が祖国を取り戻す為に戦ってくれている仲間を傷つけてしまうなど。どうやら私もまだまだ未熟のようだ。 イェーガーはフラウよりもずっとしっかりしているはずなのに、何故こうもイライラしてしまうのか。 後で、ちゃんと謝罪しよう。勝負が終わった後に。これは互いの信念を賭けた勝負なのだ。今更引く事はできない。 自分の意見を他人に無理矢理押し付けるようなつもりは無いが、本音を言えば同じ大尉として、私は彼女にもっと成長して欲しいのだ。 隊長であるミーナの負担を減らして、積極的に戦闘に出れない坂本少佐の代わりとして、二人で隊を纏められるように。 ……一人でなんでもやろうと思っていたあの頃を思い出して、苦笑が漏れた。 二人で、か。私も丸くなったものだ。 「うぅぅ〜……」 「ん?リーネ?」 気の抜けるような声に顔を上げると、廊下の向こう側からパジャマ姿のリーネがふらふらと歩いてくるのが見えた。 おやすみと言っていたし、もうベッドに入ったものだと思っていたが……心なしか顔が赤い。風邪でも引いたのだろうか? 「どうしたんだリーネ。大丈夫か?」 「ね、眠れません〜……」 「??何かあったのか?」 「何か……って、せ、説明できません〜〜〜っ!」 「あ、お、おいっ!」 理由を聞くと顔を覆って走り去ってしまった。 ……何なんだ、一体。 「逃げずに来たのか」 「逃げる筈無かろう」 一足先に脱衣所まで着いていたイェーガーに迎えられる。 既に服を脱いで身体にはタオルが巻かれていた。脱衣籠の中には脱いだジャージが乱雑に放り込まれている。 「ちゃんと畳まんか。まったくだらしない」 「まぁた説教かい?聞き飽きたんだよ」 指摘したが、聞く耳を持たない様子だった。まぁ、仕方が無い。 こうなったら完膚なきまでに叩きのめしてやるだけだ。そうなれば少しは修正する気も起きるだろう。 服を脱いで、髪留めを解く。確か……こうやって……? 「ああもう、違う違う!ここをこうして、こうだってば」 髪をアップにしてタオルを巻くのに難儀していると、見かねたイェーガーが手を貸してくれた。 ……普段はシャワーばかりでこんな事しないから正直助かる。 「……すまん、助かる」 「別に礼なんていらないよ。あんたが変な巻き方して、それが原因で勝っても、嬉しくない」 「そうか」 フェアだな。その点は評価している。 暑い……。 以前一度エイラに無理矢理連れて来られた事があるが、やはりスオムス人はわからん。何故こんなものに好んで入ろうと言うのか。 血行促進だとか、新陳代謝がどうとか、健康にいいとか聞くが、これは今の私の精神的に非常によろしくないと思う。 汗を流す事が目的ならば訓練を思いっきりやって、シャワーでさっぱりした方が実になると思うのだが。 「……くっ」 「どうした……こ、降参か?」 「……声が、漏れただけだ……」 イェーガーもなかなかに頑張るじゃないか。お互い汗をだらだら流しながら睨みあっている。 始めこそ余裕だと思っていたが、これは予想外にキツい。今は冬だからいいものの、夏はどうなってしまうのだろう。 「貴様こそ……顔が赤いぞ……」 「あんたにゃ……負けるよ……へへ」 張り合いがあるのは結構なのだが、痩せ我慢は身を滅ぼすぞ。……まぁ人の事を言えた立場では無いのだが。 どうやらまだ勝負は続くらしく、少々うんざりしかけた瞬間、サウナ室の重い扉が不意に開いた。 「……げっ」 「あれっ、バルクホルンさんにシャーリーさん、珍しいですね」 エイラと宮藤が仲良く手を繋いで入ってきた。こんな時間にサウナに入ろうなどと言う変わり者がここにもいたか。 「よう……お前らもか」 「う、うぅー……ミ、ミヤフジが入ろうって言うから」 「入ることは結構だが……今は取り込み中でな……」 「お二人とも顔が真っ赤ですよ?のぼせて倒れちゃいますよ!」 宮藤の意見はもっともだ。だがこれは勝負なのだ。どちらかが倒れるか、降参するまで続くのだ。 「……これは互いの信念を賭けた勝負なんだ……今更やめられるか」 「同感だよ……あたしは曲がるのが嫌いなんだ……一度言った事は真っ直ぐ貫く主義だ」 「ふふ……貴様のそういうところは……嫌いじゃないぞ」 「そりゃ……光栄だね……」 辛うじて会話はしているが、もう殆ど頭が働いていない。 イェーガーもそれは同じようで、ふらつく頭を気力でもってどうにか保っているようだった。 ……もう何年もウィッチとして戦ってきたが、一対一でここまで私を追い詰めた相手は、イェーガーが初めてかもしれなかった。 「……お互い、そろそろ限界のよう、だな……」 「……丁度いいや……宮藤、エイラ。審判してくれよ……」 イェーガーが隣ではらはらと私達を見守る二人に声をかけた。ああ、それは良い案だ。 「ええっ!?」 「私達がいなかったらどうするつもりだったんだよ……ったく」 宮藤はただ驚いただけだったが、エイラは渋々ながら了承してくれたようだった。 「……恩に着る。……おいリベリアン」 呼びかけた後、数秒のタイムラグののち、満身創痍といった面持ちでなんとか返事をするイェーガー。 ふふ……この勝負、もらったな。 「んぉあー……?」 「後で……話が、ある……。私が、勝ったら……真面目に、聞け」 「じゃあ、あたしが、勝ったら……堅物に、説教、食らわせて……やる」 「くく……面白い。……いいだろ、う……貴様が、勝った、ら、な」 勝者の特典を約束し合って、お互いに不敵な笑みを浮かべた直後、目の前が真っ暗になって、意識が途切れた。 次に目が覚めた時が楽しみだ。 「……う……」 頭が痛い。喉もからからだ。 「あ、大尉起きた。……ってシャーリーも大尉か」 「バルクホルンさん!大丈夫ですか!?」 エイラと宮藤の声がする。何だ?もう起床時間か?この私とした事が寝坊をしてしまうとは、カールスラント軍人として情けない。 ふらつく頭を押さえながらなんとか身体を起こそうとする。 「宮藤、声が大きい……きんきんする……」 「あ……す、すいません」 「バルクホルン大尉ー、しばらく寝てた方がいいぞー」 「……う?」 そういえば手の平にひやりとした感触がする。これは……濡れ布巾か? ……ああ、頭がやっと回ってきた。そうだ、私はイェーガーと勝負をしていたんだった。どちらが勝ったのだろうか。 「感謝しろよなー。私達が偶然居合わせなかったら、翌朝に干からびて発見されてたかもしれないんだから」 「ああ、感謝しているよ。ありがとう」 「う……わ、わかればいいんだよっ」 素直に礼を述べるとすぐにエイラはそっぽを向いてしまった。相変わらず照れ屋だ。まぁ、私もなのだが。 ふと、イェーガーはどうなったのかと考え付く。 「リベリアンはどうしたんだ」 「バルクホルンさんの頭の上で寝てますよ」 そう言われて確認の為に手を伸ばすと、ぽよん、と柔らかい感触がした。……なんだこれは。 「ば、バルクホルンさん!?シャーリーさんのお、おぱっ……」 「おぉ?大尉も好きだね〜。にしし」 「……?」 二人の反応が妙だったのでようやく自由が利くようになった身体を起こしてみる。 ……私の右手が、イェーガーの胸の上に置かれていた。 「う、うわあああああ!?ち、違うんだ!これは不慮の事故であってだな!?」 「んんぅ〜……?ルッキーニかぁ?」 胸に触られた事でルッキーニと勘違いしているらしい。すぐに起きられるのは便利だと思うがどういう仕組みなんだ。 目を擦りながらむくりと起き上がっては、周りを見回している。 「いやっ!?こ、これは誤解だぞリベリアン!!」 「あれ……ここどこだ?」 幸いな事に、寝惚けているのか私が触ってしまった事には気づいていない様子だった。 「脱衣場ですよ。バルクホルンさんと勝負だーって言って、サウナでお二人とも倒れたんです」 「……勝負?……っと、そうだった!どうなったんだ!?」 そういえばまだ結果を聞いていなかった。 私自身も急に気を失ったからイェーガーが倒れる瞬間を見ていないのだ。 「どっちが勝ったんだ?」 「え、えっと……」 「WKO。ほぼ同時だったよ」 私達に急に詰め寄られて口篭りかけた宮藤の代わりにエイラが答えた。 ほぼ同時……引き分けと言う事か……ん?ほぼ? 「ほぼ、とはどういう事だ。明確に報告しないか」 「即席の審判に高望みしないでくれよー。同時ったら同時なんだよ。こっちはせっかくミヤフジと二人っきりだと思ったのに……」 「エ、エイラさんっ!」 そう不満げに答えるエイラは実に面倒臭そうだ。 いまいちしっくり来ない結果だが、どうやらどちらも負けてはいないらしかった。 「なんだ、引き分けかぁ〜……ところでなんか飲み物無い?喉渇いちゃってさ」 「あ、えっと……牛乳なら……お二人ともどうぞ」 「サンキュー、悪いな」 宮藤が良く冷えた瓶を二つ差し出してきた。 用意が良いところを見るに、サウナの後に二人で飲むつもりだったのだろうか。だとしたら、申し訳ない事をした。 「うぅ、牛乳まで取られた……なぁ、もういいだろー?」 「あ、あぁ。付き合わせてしまってすまなかったな」 瓶を受け取りながら答える。 「よし!行くぞミヤフジ!」 「わ、わわっ……ひ、引っ張らないでぇ〜」 「大幅に予定が狂っちゃったんだからさっさと行くぞ!……ふ、二人とも、覗くなよ?」 宮藤の手を引っ張りながら扉の取っ手に手をかけて、エイラが振り向いた。 「覗くかっ!」 「あはは、ごゆっくり〜」 確認を取ってから扉が閉められる。 ……一体中で何をするつもりなんだ。 「……仲が良すぎるというのも考え物だな」 「ん〜?いい事だと思うけどなぁ」 そう言った後、瓶を傾けるイェーガー。体調はもう良いようだった。 「……おい、リベリアン」 「ん?」 会話が途切れて訪れた沈黙に耐え切れなくなり、呼びかける。 先程からこいつの反応は、勝負の前までの険悪な雰囲気を感じさせない。 いくらか私も話しやすかった。 「少し話を聞け」 「えぇー?引き分けだったからナシにしないか?」 「私は勝負に負けていないからな。私の話が終わったらお前の話も聞いてやるからそれで手を打ってくれ」 我ながらこじ付けにも程がある。 だがこうでも言わないとこいつは話を聞こうとはしないだろう。 「なんで堅物が先なんだよー?」 「私の方が早く目覚めたからな」 「くっそー……クイーンオブスピードの名が泣くなぁ……まぁ、いいや。手短に頼むよ」 渋々といった感じで聞く耳を持ってくれたようだった。態度は少々気に食わないが、まぁ上々だろう。 とりあえずは何から話せばいいものか。まずは謝罪からだろうか。 「……その、さっきは言い過ぎた。……すまなかった」 「は?」 「だから、失言だったと言っている。世界を守るという共通の目的を持っている以上、リベリオンも同胞だと言う事を失念していた。……許してくれ」 喋りながら俯いた。 膝の上に、両手で握った手付かずの牛乳瓶が見えた。 「あー、いや、あたしもからかい過ぎたかなーとは思ってたけど……堅物軍人がここまで素直だと逆に気持ち悪いなぁ」 「な……っ!?ひ、人がせっかく頭を下げていると言うのにこのリベリアンは!!」 「じゃあ次はあたしの番な」 「は、話を聞かんか!」 ぶんっ、と勢いよく、イェーガーが頭を下げた。 一瞬何をしたのか理解できず、固まる。 「先に謝られちゃ立場無いけど、ごめん!」 「……なんだこれは」 「元はと言えばあんたの反応が面白いからって、ついついからかいが過ぎた私にも原因があるんだし。だから、ごめん」 「いや、侮辱の言葉を口にしてしまったのは私の方であるし、私の辛抱が足りなかったのが原因だ」 「何だよー。人がせっかく謝ってんのに、この堅物は」 渋い顔を上げるイェーガー。 「……お互い様のようだな」 「……そうだなぁ」 苦笑しながら言うと、イェーガーも同意見だったようで、肯定しながら残った牛乳を口に流し込んだ。 ごくりと飲み込んだ後、瓶を床に置いて頬杖をつく。 「でもさ、なんかあんたの肩の力が抜けてるみたいで少し嬉しかったんだよ、あたしは」 「嬉しい?……どういう意味だ?」 「戦いと規律以外に興味なんて持ってなかったあんたがあたしの胸をじっと見つめてさ。なんとなく、ほっとしちゃって、つい、な」 「い、いや、あれはだな!?」 待て、何か勘違いされているような気がする。 私は本当にその大きな胸のメリットを真面目に考えていただけなんだぞ。 「ああ、うん。あの時の難しそうな顔でわかってるよ。大真面目に突拍子も無い事を考えてたんだろうなぁってさ」 「なら妙な事を口走るな!」 「けど前よりはどこか丸くなったのは確かだろ?前のあんたなら「就寝時間が近いんだからとっとと部屋に帰れ!」くらいは言いそうだったんだけど」 眉間に皺を作り、声色を変えて私の真似をする。 似ているとはまったく思わなかったが、確かに以前の私ならそのような事をすぐに口に出していたのだろう。 「それに私闘なんて絶対認めなさそうだったしさ。悪口言われたのはちょっとハラ立ったけど、途中からなんかどーでもよくなって、楽しんでたよ」 「お、お前なぁ……」 愛国心のある奴かと思って見直したつもりだったのだが、どうやらそれ以上にいい加減な性格らしい。フラウと良い勝負かもしれない。 ……しかしそんな事を思う手前、私の方も少し楽しんでいた節があった。 自分の非を認めていたから、イェーガーの言うとおり肩の力が抜けたのだろうか。 「だからもっと楽にのんびりしろって。肩肘張ってちゃ人生つまんないぞ」 「お前はもう少し自分に厳しくしたらどうだ……まったく……」 「はは、違いないや。努力するよ、先輩大尉」 軽く笑ってソファーにもたれかかる。 そうは見えないが、多少は性格改善したのだろうか。 「なぁ、堅物」 「うん?」 天井を見上げながらイェーガーが口を開く。いや、天井を通り越して、もっと上のほうを見つめている気がした。 「あたしもあんたみたいに強くなれるかな。大尉として、年上として、下の奴らを引っ張っていけるかな」 似合わない台詞に目を見開く。 いいかげんなように見えて、こいつはこいつで自分なりに考えているようだった。 そんな事に気づきもせずに、「自覚が足りない」などと口走ってしまった自分が、ひどく恥ずかしい。 「……自信を持て。お前のその真っ直ぐ前を見る目は嫌いじゃない」 「そう言われるとなんか自信出てきたわ。サンキュ」 「私から言わせればまだまだだがな」 こいつの事を褒めるというのに慣れていなくて、ついまた減らず口を叩いてしまった。 ……慣れない事はするもんじゃあないな。 「ああ、頑張るよ。だからあんたも、ちょっとだけでいいから力抜いてくれよ」 「……お前の撃墜数が少しでも私に近づけたなら、考えてやってもいい」 「んな無茶な。……んー、じゃああんたの背丈があたしに少しでも近づいたら、あたしも真面目にやるよ」 「言ったな?お前などすぐに追い抜いてみせる」 宣戦布告をして牛乳瓶の蓋を開けて一気に飲み干した。 何故だかこいつにだけはどうしても負けたくないと思った。 ……結局、私とこいつは相変わらず水と油なのだ。 私は真面目人間で、こいつはいい加減。こいつは柔軟で、私は凝り固まっている。 両極端でどっちもどっちだ。完全に理解しあえる日などきっと訪れないのだろう。 だから競い合う。お互いがお互いを目標にして、切磋琢磨する。 私達の関係としては、それが似合いだと思った。 「おはようございまひゅ……ふあああ……」 「おはよう、リーネ。朝食ができているから食べるといい」 朝の食堂にだんだんと隊員達が集まってきた。 起床時間はもうとっくに過ぎているというのに、なかなか顔を出さない者が何人かいる。……嘆かわしい。 「え……っと、あの、またお芋ですか?」 「ジャガイモは繊維質たっぷりで腹持ちもいい。保存も利くし生産性も高い素晴らしい食品だぞ」 「えー……ま、まぁそうですけど」 蒸かし芋とポテトサラダとジャーマンポテトが乗ったトレイを手渡しながらジャガイモの素晴らしさをとくとくと語った。 ちゃんと語り終えるまで聞いてくれて、リーネは本当に出来た子だ。素直なのは良い。うむ。 「おっはよー!今日の朝ごはんなーにー?」 「まーた芋かよー。もうちょっとバリエーション無いのかー?」 ルッキーニとシャーリーが仲良く元気に飛び込んできた。 ルッキーニは文句も言わずにトレイを受け取ったというのにシャーリーは相変わらずだ。 「おい、シャーリー。お前の分はこっちだ」 皆のものとは違うトレイを差し出しながら、呼び止める。 メニューを見たシャーリーの表情が一気に苦いものになった。 「ん?……げっ。蒸かし芋だけかよ」 「昨夜の勝負の決着がまだついていないからな」 言ってにやりと笑みを浮かべると、挑発に乗ってきたのか同じような不敵な笑い顔になるシャーリー。 「おお?やるか?」 「手加減無用だ」 「よっしゃ!勝負だトゥルーデ!」 朝っぱらから叫び声を張り上げた私達の事を、食事中だったみんなが妙なものを見るような目で注目した。 同じ大尉として、こいつにだけは負けたくない。 私達はいいライバルになれるかもしれない、と思った。 ※言い訳※ ・喧嘩して仲直りって話を書きたかったんだけど結局何も変わってないかもしれない。 ・ラヴじゃないけど友情以上みたいな。ピンナップのシャーゲルっていつもいい表情してるから好きだわぁ。